さて。
「俺さ、錆兎が炎の呼吸じゃないのってどこかおかしいって思うんだ」
「うん。それ、私も何度も錆兎に言ったよ。男なら水だろう、って返されたよ」
「……それ、返事としてどうなんだろうな」
「うん」
穏やかな顔をして、結構辛辣なところもある。それが真菰って少女だった。一言で言うと鱗滝さん大好きなマイペースな子。
じゃなくて。
「鮭と大根を買ってきた」
「他は?」
「?」
「他は!?」
「……?」
後始末をささっと済ませ、ともかく竈門一家に血や肉になるものを、と義勇に食材のお使いを頼んだんだが……まさかの鮭と大根オンリー。
錆兎が“他は?”と訊ねても、なぜそんなことを訊かれているのかわからないって顔をしていた。
「すいません北郷さん! 預かった金がまさかの……!」
「いやうん、まさか全額鮭と大根に使うとは。ていうかよくあったな!? そりゃ寒い時期だからいけないこともないかもだけど、ここまで運べるか!?」
河川は結構遠くだった気がするのですが。ああうん、まあいいや。
「よし、っと。じゃ、調理始めるか」
「あ、あの、北郷さん、私が……」
「葵枝さんは休んでて。まだ貧血気味でしょーが」
「……いいえ、お台所は女の戦場です。そこに殿方を立たせたとあっては夫、炭十郎に合わせる顔がありません」
「え、や、でもさ」
「いいえ私がやります!」
「ああもう頭硬いなこの親子!!」
買い出しを義勇に頼もうって時も、炭治郎が「いいえ俺が行きます!」ってなかなか譲らなかった。
「そりゃあ硬いですよ。母ちゃんは頭突きで猪を撃退するほどですから」
「うん」
うん。うんちょっと待って? 猪の頭って下手な生物よりよっぽど硬いんじゃあございませんでしたっけ? え? んんぅ?
「はぁああ……ふぅううう……よし。ええと、葵枝さん、竹雄くん、茂くん、花子ちゃん、こっちへ。氣が回復したからもう少し流すよ。あ、炭治郎も六太くん連れてこっち来て」
「え……けど北郷さん、顔色が……」
「大丈夫! こう見えても俺は!
あの時代じゃ顔色悪いのなんて珍しいことじゃなかったしね!
なのでまずは、炭治郎が連れてきた六太くんの状態を氣を通して調べて……よし、よし、ここに氣を通して、細胞を活性化させて、と。
「ふう。これでご飯いっぱい食べて、よーく眠れば大分よくなるよ」
「ありがとうございます、北郷さん」
「葵枝さん、感謝は全部終わってからで。縁壱が守りたいって思った場所なら、俺だって守りたいんだ。ずうっとこの家の笑顔を見守ってきた。今さら鬼なんかに壊されてたまるかってんだい。……って、そうだ葵枝さん。匂いだけじゃなくて、ええっと……鬼。相手の顔、覚えてるかい? おぼろげでもいいから、描いてもらえると嬉しいんだけど」
「顔……はい。よぅく覚えています」
筆と紙を渡すと、葵枝さんはきゅっと口を引き結ぶようにして腰を落ち着けた。俺はそんな葵枝さんの後ろに屈むと、背の中心に手を当てて、氣を集中させる。
そして弱っているところをとことん治して、細胞の活性化をさせる。
終わる頃には絵も描きあがっていたようで、そこには……目つきの悪いワカメヘアーの人相描きがあった。
「あ、そうそうこんなのだった!」
「急に入ってきて、いまーしいとか言ってたー!」
「ばっか、忌々しい、だろ」
「えー? いまーしいとかいまわしい、とかそんな言葉だったよー」
子供たちの言葉に、炭治郎は呆然。震えるようにこちらを見て、どうして……なんて呟いた。
「縁壱っていうのがね、ずうっと昔に鬼の祖を追い詰めてみせた唯一の人だったんだ。鬼は彼を恐れて、彼が死ぬまで出てくるのはやめようって引き篭もった。縁壱は人間だ、時が経てばもちろん死ぬ。縁壱に子供は居たけど、子供に継承させはしなかったし、俺が知らないだけで、別の子に継承させたかなんて俺達にはわからない。でも───」
「……まさか」
「日の呼吸、縁壱が使っていた呼吸法の型は結構あって、それを壱から拾弐までつなげて壱に戻ることで、拾参の型とした。……炭治郎の先祖、炭吉はこれを神楽舞として竈門家で伝え続けた。耳飾りと一緒に」
「………………じゃあ。ヒノカミ神楽が原因で、俺の家族は……禰豆子は、鬼に……?」
「え? 違うけど」
「え!? 違うんですか!?」
「当たり前だろ何言ってるんだ馬鹿者。言っただろ、縁壱が炭吉に託したのは“鬼を殺す技”じゃない。“幸せを繋ぐもの”だ」
「あ……」
「人が急に殺されて、妹が鬼になった原因? そんなの襲ってきた鬼に決まってるだろ。炭十郎は一度でも神楽を殺しに使ったか? 使ったとして、忠告もせず殺したいから殺したことなんてあったか?」
「ぇあ、あ───ありません! 父さんはいつだって、人を食った大熊にだって忠告から始める人だった! 立派な人だ! 尊敬する父だ!」
「そう。だからな、そんな人たちが“約束なんだ”って言って伝えてきたものを、人死にの原因だなんて言わないでくれ。それは、“幸せと笑顔”から伝わったものなんだから」
「あ……、………………~~っ……すいません!! 俺っ……すいません!!」
「ん、いいよ。わかってくれさえすれb───」
「いいえ俺の気が済みません! 俺に出来ることならなんでも言ってください! 納得できるまでなんでも何度だって受け入れます!!」
「落ち着きなさい炭治郎。……北郷さん、子の責は親が」
「ああもうほんと頭硬いなこの親子!! いいってばもう!!」
「真菰、大根が分厚い。もう少し小さくていい」
「義勇! 男ならその程度の厚さ、味がしっかり染みるまで待て!」
「まさか一個目から文句いわれるとは思わなかったよ。いいよ錆兎、義勇の好物だもん、好きなものは好きな人の好みに作るのが一番おいしくできるって鱗滝さんも言ってたし」
「…………」
「お前そのムフフって顔やめろ!! お前が認められたわけじゃないだろう!」
「ねぇねぇ兄ちゃんたちー、そのお面なんなんだー?」
「……、これは厄徐の面といって」
「かっこいー!!」
「……!! だろう! 男ならばわかるはずだ! お前はいい目をしている! これは格好いいんだ! なのになぜつけないんだ義勇!」
「……、…………息苦しいからだ」
「男ならそれくらい我慢しろ!!」
……竈門家って……賑やかだよね。
まさかこの世界に来て、左近次の家と蝶屋敷と藤屋敷以外でこうまで賑やかさに巻き込まれるとは思わなかった。
煉獄家は別の意味でやかましいけど。瑠火さんの病気治してから、いつでも来い状態でそれはもう元気だった。
……とにかく残りの治療、ちゃちゃっと終わらせてしまおう。終わらなきゃ食べられないし。
───……。
……。
結局、もう竈門家は危険だってことで、竈門一家は藤屋敷で預かることになった。
炭治郎は、家族をあんな目に遭わせた相手が許せないと言い、鬼殺隊への入隊を決意。
意識が戻ったとはいえ、鬼の禰豆子は藤屋敷には入れない。炭治郎と一緒に、鬼殺隊に入隊することになった。
とはいえ呼吸法も覚えなきゃだし最終選別をクリアしなきゃだ。
なのでまずは───
「まずは呼吸法だな。呼吸ならば断然水! 呼吸ならば狭霧山以外は無い!!」
「はいはい落ち着こうね錆兎。北郷さん、お願いします」
「え? 俺? えぁ、あー……えっと……まあ、肺臓を鍛えるなら断然あそこだよね、うん。錆兎の提案は正しい。ただし、炭治郎にはヘンな癖がつく前に日の呼吸を覚えてもらう」
「日の呼吸、ですか? ヒノカミ神楽の」
「そう。狭霧山は体と肺臓を鍛えるには本当にもってこいだ。でも、そこで水の呼吸の稽古を受けても完全には身につかない。何故って、もう何代もお前の家の者が日の呼吸で暮らしてきたからだ」
「呼吸で……変わるものですか?」
「………」
よくぞ訊きましたとばかりに説明を開始する。
血液と酸素の関係とか、呼吸法と肺臓、血の循環の関係とか。
説明し出すと炭治郎は本当に真面目に聞いて、その横で禰豆子もふんふんと頷き始めた。
「というわけで、ずうっと同じ呼吸を何代もの人が続けていくと、そういうものはやがて血に受け継がれていく。酸素は血に影響を与えていくものだからね。そうしているつもりはなくても、呼吸器がそうしてくれる、なんてこともある。そうしたものが日輪刀……色変わりの刀にも現れる時もある。水の呼吸の鍛錬をしてきた筈なのに、刀が黒くなったり、とかな」
「じゃあ俺は、ヒノカミ様のように赤く───」
「いやたぶん黒」
「黒ですか!?」
「縁壱が黒だったから。でも戦う時は赤くなった。お前も炭十郎も赫灼の子だったし、竈門家は大体が黒だと思う」
「あの……黒だとなにかまずかったり……?」
「日の呼吸の適正だと思うから気にしない気にしない。代わりに他の呼吸はろくに使えないから、他の呼吸で鬼狩りを目指しても危険がいっぱいだ」
「俺頑張ります! ヒノカミ様になりきります! 日の呼吸……でしたっけ!? 頑張ります! 具体的にはどうしたらいいでしょうかぁあ!!」
「じゃ、まず意思確認から。お前は鬼を殺したいから鬼狩りになるのか、人を守りたいから鬼狩りになるのか」
「……守りたいからです。でも、殺したいほど憎いからとか、そういう気持ちで鬼に向かう感情は、きっと違うって思います」
「じゃあ、鬼をどうしたい?」
「これ以上罪を重ねないよう、止めてやりたい……です」
「家族に危険が! お前ならどうする!?」
「守ります! 長男ですから!!」
「家族が空腹で困ってる! お前ならどうする!?」
「飯を炊きます!! 料理は火加減です!」
「……殺すしか救いがない鬼が居たら。話し合いの余地もないほど狂暴な鬼が居て、家族が危機になったら」
「───……」
「鬼は、腹が空いている。腹が減れば食べるしかない。人間だって同じだ。……お前は、どうする?」
「……………………自己満足かもしれません。でも……俺は、殺してやりたい、ではなく、救ってやりたいって思います」
「ん。
質問を終えれば善きお子善きお子と笑いながら───走った。
「ところであの! 北郷さん!」
「なんだ!?」
「どういう脚力と腕力してるんですか!? あと持久力も!」
「どういうって、こんなの普通じゃないか」
「いいえ普通じゃないと思います! こんな巨大な荷車引いて、俺たち家族やええっと錆兎さんたち全員乗せてこの速さって!」
「大丈夫だ! なぜなら───俺も長男だからだ!」
「なるほど長男なら当たり前でした! 野暮な質問失礼しました!!」
そんなわけではい、大きな荷車に全員乗っけて走ってます。
氣で車輪を包んでるから、コンクリートじゃなくてもガッコンガッコン揺れたりいたしません。
なのでこのまま進み、一応“柱”預かりの俺の屋敷の藤屋敷へと向かっております。
竈門家の皆様にはそこで暮らしてもらうとして、炭治郎と禰豆子は狭霧山へ。
「錆兎と義勇と真菰はどうする?」
「あそこへ帰るのも久しぶりだ、俺も行きます」
「邪魔じゃないだろうか」
「義勇は心配性だね。大丈夫だよ、鱗滝さんだもん」
「あの……その鱗滝さん、という方は、いったいどんな───」
鱗滝さん? 一言で言えば天狗だが。
どう伝えよう。
1:ウォロコ・D・K・サッコンジーという外国人だと言う
2:てんぎゃんであると伝える
3:おそばを打つのが得意な極限流の師範であると伝える
4:人の判断力を測るのが大好きなやさしい素顔のおじいさまです
5:これ小童! そこは朕への関心を抱くところであろう! 朕、憤慨!!
結論:2。普通に天狗をつけた老人であると伝えよう。あとやめて5。沸点低いにも程がある。
とくだらないことを考えていると、誰より先に義勇が言った。
「天狗だ」
「天狗?」
「天狗だな」
「天狗ですか?」
「天狗だね」
「天狗なんですか!?」
「ああその。天狗の面をつけた老人だよ。水の呼吸の育手をしてるんだ」
「あ! 天狗じゃないんですね!!」
ヨカッター! と安堵の息を吐く炭治郎。うん、こいつらほんとなにかしらの説明とか下手だから困る。
そして俺も上手いわけじゃないからまいった。
「………」
禰豆子は家族とずうっと話をしている。
今のうちに話せること、話したいことをしておいた方がいい。
鬼との戦いは命懸けだ。五体満足で居られる保証は、残念ながら無いのだ。
……。
狭霧山への道中、ちょっとばかりの休憩と称して、とあるお堂に留まることにした。
俺が平気でも、ずうっと揺られっぱなしっていうのも疲れるもn「判断が遅い!!」鬼の首が空を飛んだ。
「は……? な、なんで俺の首が飛んでるんだ!? こんな丸腰の男相手に! しかも……しかも!? 崩れていく! どうなってやがる! 俺の、俺の体がぁああ!!」
「お前……お前えぇええっ!! ややこしい声してるなよ! 左慈かと思って本気の本気でびっくりしただろーがもおおおーっ!!」
「おいこら人の話をっ……ああああ消える! 消えるぅうううっ!!」
「こんな蹴りも避けられないでそんな声してるんじゃないこの馬鹿! 馬鹿この! 馬鹿!!」
「ギャアアアアア……!!」
お堂に鬼がおりました。中には襲われ中の人間がおり、なんとか助けることは成功したようで。
ただなぁ、鬼の声がなぁ、まるっきり左慈でなぁ。
キサマコロス! とばかりに襲い掛かってきたもんだから、つい“構え⇒蹴り”の流れで首を蹴りとばしてしまった。氣も存分に籠っていたので一撃である。
「つ、強い……! えっ!? あのっ、道中の話では、鬼はその、にちりんとう? でなくては倒せないんじゃ……っ!」
「ああ。北郷さんは氣と呼吸で鬼を討つ。得物は選ばないんだ」
「氣を纏った北郷さんは全身が太陽みたいなものなんだよ? だから触れるだけでも、鬼は日に触れたみたいになって焼けちゃうんだ」
「……(北郷さんは常に自分を鍛え続けて、身体を刃のように研ぎ澄ませている。だから)全身が鋼のような人だ」
「義勇ー? それだと鋼鉄の肉体みたいだから、頭に思い浮かべた言葉は最初から最後まできちんと伝えようなー?」
「……いや。俺はすべてを語ると喩えが長いとよく錆兎と真菰に……」
「ていうかあの……人増えましたけど、北郷さんは大丈夫で───」
「聞くまでもないだろう炭治郎。長男ぞ、この北郷は」
「長男ですもんね!!」
大正コソコソ話。炭治郎はとりあえず長男って言っておけば、どやさ顔で頷いてくれる。
「あの、ところで鬼を蹴った時に判断が遅いとは、何を指した言葉で……?」
「たぶんお前が左近次に言われるであろう言葉」
「?」
「?」
炭治郎と禰豆子が首を傾げていた。
まあ、わかるよきっと。
……。
で。
「判断が遅い!!」
家族を藤屋敷に送り届けたのち。辿り着いた先で、やっぱり言われてた。