狭霧山での鍛錬は、やっぱり竈門兄妹に向いていた。
山から下りてくるだけの最初の訓練で、苦労しながらも一発合格。
空気が薄くてつらいと言いながらも呼吸法を頑張っている。
なによりまず身体はもちろん内臓も鍛えなきゃいけないので、その矯正も織り交ぜていく。
「まず肺に目一杯酸素を詰め込む」
「はいっ! すぅううう……───んっ!」
「ん?」
「んんっ!?」
「や、まだ吸って?」
「ん!? ふむぅううぐぐぐうううっ……!!」
「限界まで吸ったら、舌で気道を塞いで口を開いて、舌と口の間に空気を詰めてそれを飲み込め。それを続けろ」
「んんん!?」
「……判断が───」
「んんんんんん!!」
「とりあえずアレ。育手の言葉には頷くだけでいい。それを知りなさい。出来ないやれないは聞かない。やれ」
「んん!!」
「じゃ、次禰豆子。息吸って」
「は、はいっ! スゥ───」
「……おお、炭治郎より多く吸えてるな。さすが長女」
「!!」
「!!」
焚きつけるようにぽそりと言うと、兄の力になれるかもしれないと喜ぶ妹と、妹に負けていてなにが長男かと目を見開く兄。
それからは競うように、けれど喧嘩はせずに協力し合う兄妹が居た。
「次。真剣素振り千回」
「千回!?」
「禰豆子は一万回」
「一万!?」
「ま、待ってください! なんで───」
「鬼の身じゃあ生半可な鍛錬なんて意味ないんだよ。いいか、実際には回数は問題じゃない。体に“振り方”を叩き込め。振ればいいってもんじゃない。振り方を覚えろ。最適を知って、無駄を削げ。そうすれば、自分が握るものの振り方なんて体が教えてくれる。どれが一番疲れないか。それを知れれば、疲れず動ける」
「あ……」
「お兄ちゃん……?」
「その言葉、父さんも言ってました。疲れない呼吸があるんだ、って。無駄を削げばいいんだって」
「よーし、じゃあはい開始」
「はい!」
「はいっ」
二人はとても素直だ。それが自分の父が言っていた言葉に近しいと知ると、もっと頑張る。
一つずつきっちり教えて、それをこの期間まで続けろと言って、俺は俺で旅に出ると、何度か帰る頃には案外見違えるもので。
「ア゙ァーーーッ!! からだっ……体がぁあっ……!!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「だっ……大丈夫だ禰豆子っ……! いつものっ……ヒノカミ神楽の反動だから……!」
だったのが、
「いける頑張れる俺は長男だ! 少しずつ継続時間も伸びている! 疲れない呼吸! 無駄を削ぐ! うおおお父さぁあああん!!」
「私も頑張る! 水の呼吸、頑張るから!」
になって、
「……そっか。舞いだ。殺す技術じゃない。北郷さんも言ってたじゃないか、守るためのものだって。幸せを繋ぐものだって。父さんと約束したのは、殺す技術を伝えていくことじゃないんだ……! そうだ、そうじゃないか!」
「もっともっと呼吸、深く深く…………お兄ちゃん痛い肺痛い!」
「頑張れ禰豆子頑張れ! 頑張れぇええっ! 兄ちゃんも頑張るから!! うおおおおおっ!!」
になっていき、
「───」
「……すごい。お兄ちゃん、もう何時間も……んっ、私も常中、頑張ろうっ!」
になると、
「」
「お兄ちゃん息して!?」
「ゲホォッハ!? ゲッホゴホッ! ───あぃいいいっ!? 体が体が体がぁああーーーっ!?」
になったり、
「……………」
「お兄ちゃんがお父さんみたいなげっそり顔になった……!!」
「炭治郎ォオーッ!? どっ……お前どうした!? お前飯は!? 久しぶりに来てみたらすごい顔になってるぞ!?」
ついにはそんな感じになった。いやお前もしかして飯食ってないの!? なんでそんなげっそりしてんのちょっと!
「ヒノカミ様は食事なんてしない……なんかそんな気がして絶食してたら、自分の中のことがすっごくわかるようになってきて……わかるようになったら、無駄がどんどんこぼれ落ちていって……わかった途端、なんかいろんなものが透き通っていくような……」
「速いよ!? なんでもう“透き通る世界”会得してるの!? 炭十郎この子ったら末恐ろしい! お前が急に肉が見えるとか言い出した日が懐かしい!」
「え? これそういう名前なんですか!?」
「知らなかったの!?」
「ああいえ父さんから名前だけは聞いていたんですけどとりあえずお腹空きすぎてだめです倒れそうです!」
「お前ほんと正直ね! とりあえず俺が調合してる栄養ドリンクでもどうぞ」
「ありがとうございます! んぐっ、んっ、ん……うわぁ美味しい! すごいですねこれ! なんだかお腹にすごい優しいかんじです! じわーって広がってグワーって熱が広がって、でも熱がジワーってゆっくり体を包んでくれるような!」
「炭治郎。お前表現とか下手って言われない?」
「言われます!」
「だよね!」
才能溢るる存在の教育は、わくわくするのと同時に危なっかしくもある、なんて聞いたことがある。
でも竈門少年なら慢心とかないだろうなぁと妙に安心出来た。それこそを俺の慢心としてブチノメして、さあ修行の続きです。
「じゃあ、常中も出来るようになったところで、次は氣の覚醒だ」
「氣の覚醒……ですか? 氣ってあれですよね、北郷さんが鬼を倒してみせた……」
「あ、いや悪い。俺の氣はちょっと特殊なんだ。お前の日の呼吸と同じで、普通の氣じゃあ鬼は溶かせない」
「そうなんですか!? うわあすごいなぁ! 北郷さんってやっぱりただものじゃなかったんですね!」
「はっはっはいやいや。……北郷ほんと大したことないヨ……ゴミクズ同然の雑魚野郎ダヨ……。北郷弱いヨ……トテモ弱いヨ……!!」
「あなたの過去になにがあったんですか!? 北郷さん!? 北郷さぁああーん!!」
氣の鍛錬を開始した。まずはなによりも氣を感じ取るところから───ではなく、氣を引き出してあげるところから。
炭治郎の手を握り、氣で包み、炭治郎の中に眠る氣と同調し、ゆっくりと起こすことから始める。
ゆっくりとゆっく───ワア、綺麗な蒼空、どこまでも続く空と水。なんて綺麗なんだ……このまま身も心も委ねて、とろけてしまいた───危ねぇ!! 自我がとろけるところだった! ていうか心象風景綺麗すぎない!?
いやいやいややばいやばいやばいやばい! 急に世界が開けたと思ったら、夢の世界と同調してた! この子純粋すぎ! こんなの、相手が恋じゃなかったら中々なかったぞ!? 恋の場合はどこまでも続く広い草原で、動物達が穏やかに過ごしている、なんて世界だったけどさ!
あ、でも氣は引っ張れた。思った通りの守りの氣だ。とても温かい。
禰豆子も同じくやさしい守りの氣。その周りを、ごんごんと音を立てて回っている禍々しいなにか。たぶん、これが鬼舞辻の氣。
既に呪いは破壊してあるから、彼のことを話したところで死ぬこともないし、彼の目が禰豆子を通した景色を見れるわけでもない。
それに、氣を想い通りに扱えていけば、鬼の力のコントロールもどんどん出来るようになるだろう。それはつまり、血鬼術と氣と呼吸を合わせた行動が出来るようになるということ。
……あれ? これ……禰豆子ちゃん、最強じゃない?
……。
狭霧山は空気が薄い。
ここで鍛錬すると、肺臓がよく鍛えられるし呼吸の大切さがよぅくわかる。一言で言うなら、酸素を無駄にしない行動を体が覚えていってくれる。
炭治郎の日の呼吸の馴染む速度もそれに関係しているのだろう。
あとは……スマホで見せる縁壱の型が、なによりも彼の体に“最適な動き”を教えていった。
「ここはこうじゃない……ああっ、こうじゃないのに! こう……こう? 違うこうっ! ああっ、これも違う! あ、そうかこれは前の動きからこう動くから無駄が無くなって、体に負担をかけずに……あ、そうかぁっ! あっはは、禰豆子やったぁ! 兄ちゃんわかってきたぞっ!」
「よかったねぇお兄ちゃん! よかったねぇ!」
……そして竈門兄妹がめっちゃ純粋です。
こりゃもう一度ここに来た時、もうマスターしてるんじゃないでしょうかね、はい。
というわけでまた旅に出る。
出会った鬼を塵に帰して、困っている人を助けて、孤児が居れば引き取って。
ふと気になって藤屋敷に行くと、散々と引き取ってきた孤児達が、葵枝さんの下に集い、笑顔で行動していた。
母は強し。なるほど、あの炭治郎と禰豆子の親でありながら、日々を冷静かつ笑顔でいられるわけだ。強い。
ああ、強い女性といえば……カナヲは元気にしてるかな。胡蝶姉妹のところに貰われていってから、あまり会えていない。
発見出来た時にはもう心が弱り切っていた子だった。
胡坐の上に乗せて後ろから抱きしめて、お腹に手を当てて氣を同調。凍えるような冷たさの氣を持っていた子だったから、温まるまで繰り返しそうしていたっけ。
そしたらいつの頃からか俺のあとを追うようになって、ダメって言ってもついてくるようになって、追い付けなくてもついてくるようになって、追い付いてこれるようになって、頑張って、頑張って……うん。そうだね、うちのカナヲも結構大概だった。ありゃ強い。
胡蝶姉に継子にしたいと引き取られていったときは、さながらドナドナのようだった。胡蝶姉と胡蝶妹に手を引かれながら、見えなくなるまでず~…………………………っと俺のこと見てたし。
心が痛んだなぁ……ほんと、痛んだなぁああ……。
でも俺と同じことが出来るようになりたいって言っちゃったからには、それを邪魔する気は俺にはないわけで。
「で……」
「「九千九百九十八! 九千九百九十九! 一万んんんっ!!」」
「ほんとに一万やっちゃったよこの子たちったら……」
「やった禰豆子ぉ! 兄ちゃんやり遂げたぞぉっ!」
「やったねお兄ちゃん! やったねぇっ!」
氣を行使して、型を崩さず、姿勢を維持してリズムも崩さず一万回。
止めることなくやり終えた二人は、汗は掻いても呼吸を乱していなかった。
こうまで完璧にやり遂げられちゃうと……うん。
「じゃあ次」
「はい! 次はなんでしょう!」
「頑張ります! 北郷さん!」
「マブシ……!」
前略華琳様。竈門兄妹がまぶしかとです。
こんなに素直で、しかも教えたことをぐんぐんと身に着けてくれるって、なんて嬉しいのでしょう。
でも手抜きは出来ない。葵枝さんに、くれぐれもお願いしますと言われているし、そもそも竈門家の子を死なせるだなんて気はこれっぽっちもない。
むしろ平和な場所で、笑顔で幸せに神楽を伝え続けてくれていたら、それでよかったのに。
……とりあえず無惨とやら許さない。
「それで、次は」
「俺の真似、してみよう」
「はい!」
「はい!」
「この素直さよ……!」
そんなわけで始まった、御遣い式鍛錬法【御遣い級】。
やり方はとても簡単。氣を纏わせたまま俺の動きを真似るだけです。
はい、まずは氣脈拡張から始めましょうね?
「ア゙ァアアアーーーッ!! 筋肉が骨が氣の匂いを感じるいろんなところがあぃいいだだだだぁーーーっ!!」
「お兄ちゃん大丈夫!? お兄ちゃん!?」
「炭治郎」
「はっ……は、は、はいっ……!」
「───長男!」
「……長男!!」
早速挫けそうになったけれど、秘密の合言葉で“スキル:根性”が発動。
そう、疲労してからが本番だ。その疲労状態で、疲労した部分を補おうとする部分も思い切り鍛える。
だから、今まで氣で支えていた部分が疲れ果てて補えなくなってからも本番。
炭治郎のように筋疲労でアーと叫んでからも本番。
……本番しかないね。つまりは根性。根性はすごいんだぞ根性は。
普通だったらもう嫌だーとさっさと諦めてしまうところを、根性さんがあれば耐えられる。
だから根性は出来る限り鍛えよう。折れない気持ちが土壇場の一歩を作る。それは絶対に無駄にはならない。
「もうだめだって思ったら、まず切り離そう」
「切り離す……なにをですか?」
「“もうだめだ”を」
「もうだめだをですか!?」
「き、切り離しちゃっていいんですか!?」
「いいとも。“なにかを切り捨てなきゃこれ以上耐えられない!”……なにを捨てる? 耐えなきゃ家族が死ぬとしたら?」
「なるほど! “もうだめだ”ですね!! 要りませんそんなの!」
「なるほど!」
「本当にだめなら、そもそもその時点で体は死んでる。死ななきゃ動けるって思え。動けなきゃ氣で動かす。で、生きる。筋が切れてようが氣があればくっつけられるし動かせる。だから、心だけは折っちゃだめだ」
「はい!」
「はい!」
そうして少しずつ、すこぉしずつ、竈門兄妹の限界値が、ミリミリと広がっていった。
その広がった限界値を利用して、少しずつ少しずつ禰豆子の氣に細工をする。
疑問をぶつける炭治郎に、必要なことだからと言って納得させて。
そうして、一年が過ぎた頃には……禰豆子の体から、鬼の匂いが消えていた。
あんまりにも少しずつだったために、言われなきゃ炭治郎が気づかなかったほどだ。
「えっ……え!? じゃあ禰豆子はもう人間に───」
「いや、匂いを殺しただけ」
「えぇええええええええええっ!?」
鍛錬は続く。最終選別までもうちょっと。次の機会くらいがちょうどよく仕上がる……といいな。
「よし炭治郎。まず間違い訂正」
「間違いですか!?」
「表面的な真似だけじゃなく、俺の内側にも目を向けてみよう。ということでさあ乗れ」
「え……おんぶですか?」
「氣を通してしっかり俺の動きを見るんだ。ただ氣を纏って走るんじゃない。加速は螺旋。それを、しっかり氣で感じ取るんだ」
「……はいっ!」
「あ、禰豆子はまた後で」
「はいっ!」
とにかく様々を教えていく。
覚えたものをひとつの方向からじゃなく、様々な方向から見ることも大事ってことも忘れずに。
「……! すごい……筋のひとつひとつ、氣脈の一本一本が、まるですべての行動のために協力し合ってるみたいに……! こ、こんなこと、俺は出来てなかった……ただ纏った氣で走っただけ……すごい! すごいです北郷さん!」
「集中!」
「はい!」
「長男!」
「はい!!」
傍から見れば謎なことを掛け声にし合っての鍛錬は続いた。
全集中の呼吸と氣の行使。これを同時に扱うのはとても難しく、努力家な炭治郎でも
けどなぁ、炭治郎くんったら本当に一歩ずつでも成し遂げるし、その一歩を一日で何歩でも進もうとするから。
「くうぅ……氣を行使していると常中を忘れる……! 常中を意識すると氣を忘れて……!」
「ようは慣れだよ炭治郎。氣を使うことを当然にしてから、常中を当然にするの。それからまた氣に戻って常中に戻る。繰り返していけば出来るよ」
「真菰さん……」
「ちなみに錆兎は根性で身に着けたよ」
「根性で!?」
「出来ないのか炭治郎。そんなものは男ではない。男ではないなら───長男でもない!」
「長男じゃ……ない……!? いいえ俺は長男です! やってみせます絶対に!」
「急にやってきたと思ったらいきなり何言い出しとんのだお前は」
「はい北郷さん! 厄徐の面が罅割れてしまったので鱗滝さんに修繕を頼みにきました!」
「面が? 珍しいな、攻撃喰らったのか?」
「いえ。洗い、干していたら真菰に踏まれました」
「錆兎がね、かつて見たこともないほど激怒したの。怖かったんだ、とても」
「その割にはほんとおっとりしてますねアナタ」
「私も素足で硬いモノを踏む激痛を味わったんだから、それでどっこいにしようよ」
「北郷さん。俺は真菰の面にも一撃入れることでお相子としようとしたんです。相手の勝手な激痛など対価と言えるでしょうか!」
「錆兎……」
「はい!」
「男なら、笑って許すんだ」
「男!!」
「そうだ。長男だったら、叱りはしても最後は笑ってるところだぞ?」
「長男!! ……なんと男らしく潔い……! これが長男か……!」
「……ところで義勇は一緒じゃないのか?」
「義勇は面つけないから……」
「ほんとに面ひとつのためにはるばる来たのか……」
「もちろん、ただ会いたかったっていうのが一番だよ。私達、鱗滝さんのこと大好きだから」
左近次は、顔がやさしすぎるから面をつけている。
素顔を見たことはあるが、なるほどって思える。けど厳しくなれる人だから、面なんてつけなくてもいいって言ったんだけどな。
……ちなみに錆兎と真菰は結構な頻度で左近次に会いに来る。最近はここいらで任務中なんだそうだ。