しばらくして案内されたのは、当然ながら炭治郎と禰豆子だった。
二人とも既に着慣れたらしい隊服を着て、案内してきた隠の後藤くんに促されて耀哉の前に跪く。
俺達はそんな炭治郎たちの後ろに立っており、二人は俺達と耀哉に挟まれるかたちで居る。
「竈門炭治郎に、竈門禰豆子だね。急に呼び立ててすまないね」
「いえっ、必要なことだとわかっていますので!」
様々な覚悟をしてきたのだろう、炭治郎の返事は力強く、どんなことになろうとも妹を守るという意思が感じられた。
そんな炭治郎を見て静かに頷くのは、“逃げずに男らしいぞ、炭治郎……!”と思っているっぽい錆兎と、同じく家族が鬼にされたという境遇を持つ実弥だった。
「禰豆子。まずきみに訊ねたい。今もこうして日の下に居るわけだけれど、辛くはないかい?」
「……辛いです。痛いです。けれど、私は殺されなければならないことをしていません。ただ普通に生きて、そんな日々を急に鬼に壊されて、鬼にされたと告げられて、日の光が苦手になってしまっただけです」
「うん、そうだね」
「失礼を承知でお訊かせください。なぜ、私は殺す殺さないの判断を求められなければならないのでしょうか」
「おまっ……!?」
禰豆子の言葉に、傍に跪いていた後藤くんが大層驚く。
けど、実際その通りだとは思う。今まで普通に生きてきて、急に鬼に襲われて、あなた鬼にされたから殺すよ? なんて、ひどい話だ。
衝動に襲われて兄に飛びかかってしまった記憶があるとはいえ、だからってもう人を襲いたいなんて気持ちもこれっぽっちもないのに、半分鬼だから殺すよ? とか冗談じゃあないだろう。人の意識がしっかり戻ったからこそ余計にだ。
「禰豆子。きみは半分鬼でありながら、鬼を斃す道を選んだ。その功績は素晴らしく、鬼を五十、十二鬼月も斃したそうだね。誰がそうした方がいいと言い出したのかは、訊くまでもないかもしれないけれど」
ちらりと耀哉がこちらを見てくる。対する俺は、素顔のまま隊服と羽織に身を包んだ姿でそこに居た。炭治郎を待っている“しばらくの間”に着替えたものだ。
「本来ならば柱に迎えたいところだけれど、きみたちが望むのはそういうものではないだろう。本来ならばこの場にて、信頼を得たいなら十二鬼月を倒しておいでと告げたかったのだけれど……」
「段取りがあったって納得しない奴は納得しないだろ。特に宇随と伊黒は」
ちなみに俺は、“一応は部外者だから”という理由で柱より一歩後ろに居た。
そんな中、隠れてこっそり着替えをしたので素顔なこととか羽織を着ていることは、耀哉以外気づいていなかったりする。着替えている時、耀哉は笑いをこらえようと必死だった。ほんと、いい顔をするようになった。
「そりゃあそうだろう、隊律は隊律だ、それを簡単に無視したとあっちゃあ派手も地味も……はぁっ!?」
「どうした宇随。お館様の前だぞ、派手に失礼だろう」
「……!? ……!?」
宇随がすごい顔で俺を指差し、ぷるぷるしてる。それはあっさり他の奴らにまで伝播するわけだけど、俺はたまぁに耀哉がやる、口にそっと人差し指を近づけて“しーっ”てやるあれをやってみると、「似合わないな!」杏寿郎に声を大にして言われた。悲しい。
「え……え!? 北郷さん!? 匂いが……えぇえええっ!?」
「炭治郎も、ほら静かに、ちゃんと前を向け」
「あっ、は、はいっ!」
「北郷さん……! 騒ぎの中でもきちんと誰かを気遣えて……素敵……!」
「甘露寺!?」
いーから、甘露寺も伊黒も集中して? 誰かの命がかかってるって場だから正装しただけだから。
隠の服が正装じゃないって言うんじゃなく、何かを物申すことがあるなら、その場に合った服を、と思っただけだから、本当にそれだけだから。いわゆる“顔も見せぬとは無礼であろう!”みたいな御奉行ツッコミを回避するためだ。伊黒あたりがしてきそうだから先手をと。
「先に言った通り、炭治郎は鬼舞辻無惨の匂いを、禰豆子はその顔をしっかりと見たそうだね」
「は、はいっ」
「はい」
「うん。とても心強い情報だ。動かなかった事態がようやく動いてくれた」
「しかしお館様! 竈門少年の情報はともかく、肝心の竈門少女の情報は人相書きを描かせれば解決してしまう情報だと思う次第!」
「───! ぐっ……!」
「炭治郎、我慢。問いかけられる問題の全部を潰して、大手を振って歩けるようになるんだ。そのための質問はここに居る全員が投げかけてくれるし、やましいことがない竈門の家族を自己満足で追い詰めるっていうなら、俺も全力でお前側について協力するから」
「……、北郷さ……ん」
炭治郎がぽろりと涙をこぼす。けれどすぐに歯を食いしばって目付きを確かに、姿勢を戻した。
隣の禰豆子も同様だ。そしてその先の耀哉は“まるで悪者扱いじゃないか……”と少し落ち込んだ風情で、こちらを見ている。
「炭治郎、禰豆子。私は二人を罰するつもりなどないよ。二人の境遇は北郷さんにもよく聞かされた。人を食わず、人の意思を以て鬼を滅する子をどうして殺せるだろう」
「っ……! そ、それじゃあ───!」
「規律は必要だ。でも、なににだって例外はあるし、なにより……今は“人同士”で争いを続けている場合じゃあないんだ」
「───!!」
人同士。きちんと禰豆子の方を見てそう言う耀哉に、炭治郎の涙腺が崩壊した。
きっと鬼狩りをする中で、鬼に対する気持ちを吐露する他の隊士と会ったこともあったんだろう。禰豆子の鬼の匂いはほぼ完全に消えている。とはいえ、無理矢理ならされたとはいえ鬼であることも事実で、対峙していた鬼相手に毒を吐く隊士も居ただろうし、そんな言葉を耳にして、“完全に自分のことではない”、なんて聞き流すことも難しいのだ。
鬼は殺すべき。鬼は死ぬべき。なんで生きてるんだ。そんな言葉を聞いてきたとして、禰豆子は違う、他の鬼とは違うとどれだけ心の中で叫んだって届きはしない。悔しかっただろう、言い返したかっただろう。けれど口にした途端に禰豆子が鬼だと知られ、他の鬼に向けられたその気持ちが禰豆子に向かうとわかっているから、なにも言えなかったのだろう。
だから彼は泣いた。その“人同士”というのが、完全に禰豆子に向けられている言葉だとわかったからだ。
「私の可愛い剣士たち。言いたいことも許したくないこともあるかもしれない。けれど、ここは飲んでもらえないだろうか」
「僕は最初から許すもなにもなかったので」
「俺も。むしろ堂々としてて気に入ったよ。竈門炭治郎と、竈門禰豆子、だよな。俺は時透有一郎。こっちは弟の無一郎。竈門は継国の家族で隣人だ、これからよろしくな」
「えっ……時透? 継国……あっ! 北郷さんが言ってた……!」
時透兄弟は人懐っこい顔で炭治郎と禰豆子に声をかけ、炭治郎は戸惑いながらも振り向き、双子を見ると少し安心したような顔をした。しっかりと鼻を動かしていたので、嘘じゃない匂いも嗅ぎ分けただろう。
そうしたら“俺は長男だしっかりしなくちゃうおおお長男んんん!!”って険しさが、少しほぐれたようで───
「お館様! 竈門少年と竈門少女への質問の許可を頂きたく!」
「ああ、構わないよ」
そしてそんな緩和も許さず、すかさず質問を飛ばす気満々の杏寿郎。マイペースさんだ。
「───竈門少年、竈門少女! 鬼にされ、妹が鬼になり、思うことも苦労もあったと思う! だが隊に入ったならば規律は守らんとだ! だがそれもお館様が良しとし、鬼を狩っているという真面目さ故に頷こう! それよりもだ竈門少年! 竈門少女! ───君達がどんな思いで刀を振るっているのか。それを訊ねたい! 鬼を殺したいほど憎んでいるからか! それとも───」
「「守るためです!! 家族を、幸せを守りたいからです!!」」
「うむ! よし!! ならば俺から言うことはもうなにもないな! なるほど!!」
「待て。口だけならどうとでも言える。人間の頃の記憶が残っている鬼なら助かるために鬼の首を斬ることくらい出来るだろう」
「むう! ではどうする!」
「言わせてみればいい。そいつに、鬼側で言う“あのお方”の名を。そして、そいつをどうしたいのかを」
「鬼舞辻無惨を斃します」
「ほひょっ!?」
言った。あっさり。そして、禰豆子の体にはなにも起こらない。呪いはもう死んでいるからだ。本来ならば呪いの所為で、無惨の名を口にしただけでも殺されるけれど、それがなかった。
あと伊黒がヘンな声出した。隣の甘露寺が笑いをこらえてる。めっちゃぷるぷるしてる。
「うん。確かに聞いたよ、禰豆子。けれどまずは続けて下弦を斃せるか、上弦をどうにか出来るかから考えよう。上弦の弐、童磨の情報はカナエから聞いている。ただ、それだけだ。恐ろしく強いということくらいしかわからない。だから、今は前へ進むための情報を集めることに専念してもらいたい」
「は、はい」
「では禰豆子の話はこれで終わりだ。彼女もそろそろ限界だろう。これからの信頼は君達がその目で確認してほしい」
耀哉の言葉に、全員が声を揃えて返す。
俺は早速黒子の頭巾を……被ろうとして、宇随にハッシと止められた。
「お館様ァァァァ! まだ禰豆子の話が終わっただけだというのに、勝手に行動する者がァァァァ!」
「なっ!? ちょ、おまっ! 地味に勝手に動いてるのはてめぇもだろうが北郷!」
「ふふっ、構わないよ北郷さん、私が許可しよう。天元、彼が隠の姿になるのは阻止してほしい」
「お館様直々のご命令だぁ……! 派手に派手派手なほど邪魔してやるぜ北郷……!!」
「うわー、すげぇ楽しそう」
ここ数百年でとっくの昔に諦めた口調を惜しげもなく吐き出して、手に持った黒子頭巾がソッと胡蝶姉に奪われてしまうのを見送り、他の柱が近くに寄ってじーろじろじろと俺の顔を見る状況に耐える時間が───とりあえず禰豆子の頭の上から自分の羽織を被せてから続いた。
「宇随……男なら女の子に辛い思いをさせたまま私欲を優先させるなよ……」
「嫁なら別だがすまん、忘れていたな」
「あ、ほ、北郷さんっ……ありがとうございますっ!」
「いいって炭治郎。お前も気が気じゃなかっただろ。ほんとはすぐに動きたかったんだけど、禰豆子の話が終わる前に動くと覚悟の量がどうのでこいつらうるさそうだったし」
「うるっ!? うるさいって! ひどい北郷さん! す、少なくとも私は早く解決するようにって、口を挟まなかったのに!」
「……姉さん、北郷さんの顔見たくてすごくうずうずしてただけじゃない」
「しのぶ!? ち、ちがっ……」
「炭治郎……! 男として、禰豆子をすぐに庇ってやれないですまなかった……!」
「いいんです錆兎さん、錆兎さんにも隊の柱としての立場もあったでしょうし……こうして心の底から心を痛めてくれてるってわかるだけで、どれだけ救われるか……」
「炭治郎……!」
「ずっと、後ろから“申し訳ない”って気持ちを含めた匂いが届いていました。錆兎さん、本当にありがとうございます。それがあったから俺、勢いとか感情任せに動かないで済みました」
「……! ……ああ! よく耐えた……! 男だな、炭治郎……!」
心温まる会話の中、俺と目が合った耀哉が少し苦笑を漏らした。“こんな状況も、案外楽しいものだね”って顔だ。
「で、耀哉。禰豆子の話は、ってことは、まだ話があるのか?」
ならばと声に出してみれば、全員がバッと姿勢を正して向き直る。……宇随はまだ俺の邪魔をしたままだけど。
「うん。聞いている者も居ると思う。炭治郎や禰豆子、そして行動をともにしている他の二人の隊士も、この二ヶ月で三十以上鬼を斃している」
ほお? と宇随が感心した声をこぼす。
「誰もが北郷さんに氣を習った子たちだ。炭治郎においては始まりの呼吸とも言われる“日の呼吸”を用いて戦う」
「派手にか! もとい本当かお館様!」
「うん。継国の……縁壱、という者が伝えたとされる型を、神楽舞として伝えてきたそうだ。恐らく鬼舞辻はその事実の抹消を狙い、炭治郎の家族を狙ったと推測できる」
「お館様? それでしたら何故今に到るまで、竈門くんの家は狙われなかったのでしょう」
おおう、本人居るのにそれ訊いちゃいますか、胡蝶妹……!
けど、大体の予想は立ててある。耀哉もたぶん俺と同じだろう。
「おそらくは炭治郎の父君が居たからだろう。鬼舞辻は継国縁壱に手も足も出ないまま追い詰められ、無様にも逃げ出したほどだったそうだ。彼が死んで、なんらかのかたちで神楽は途絶えたと鬼舞辻が判断するまでは潜み、確信を得てから確実に殺しにきた。私はそう思っているよ」
「そんな……父さんが居なくなったから……?」
「炭治郎。きみは父君から型を継承したのかな?」
「あの……見て覚えて、北郷さんと一緒に完成させました」
「見て覚えて……なるほど。父君の舞を目に焼き付けていたんだね。ありがとう、その目に我々は救われるのかもしれない」
「いえ! もちろん目に焼き付けたということもありますが、北郷さんが“すまほ?”とかいうので縁壱さんの動きを見せてくれたので、俺だけの功績なんかではありません!!」
「バおたっ!?」(*訳:ばっ、おまっ、炭治郎っ!?)
途端、視線という視線が俺に集中する。
炭治郎自身は、“自分だけがありがとうなんていわれるのはお門違いです!”とばかりに真っ直ぐさんで居る。違うよお前! なんてこと言い出すのスマホのことなんてみなさん知らない方がいいのに! ていうか錆兎! お前は知ってるでしょーが!
「……北郷さん? その、すまほ? というのはなにかと、聞いてもいいことかな?」
「俺のことを名前で呼ぶならいいぞー。お前にさん付けされるたびに、こいつらの目が怖いから……」
「では……一刀。これでいいかな」
「いいです。というわけで、これだ」
柱の皆様には見せず、失礼して、と言って炭治郎たちの前に立ち、部屋には上がらずホレとスマホを耀哉に見せる。
動画を再生してみせれば、その中で綺麗に舞う縁壱の姿。
「……!! これが、継国の……!!」
耀哉は一気に動画にくぎ付けになった。その手がスマホに伸びたものの、触れていいかどうかを迷ううちに、その姿勢で止まった。
お館様なんて立場じゃなければ、もっとフレンドリーに接したいところだ。
「刀兄、あとで俺達にも見せてくれよ」
「ああ、あとでな」
「北郷、俺にも派手に───」
「見せるわけないでしょなに言ってるの図々しいにも程があるよ宇随さん」
「時透弟は地味に俺になにか恨みでもあるのか!?」
「派手にあるよ。地味なわけがないじゃない。普段は派手派手言ってるくせに自分への悪感情は地味にとか、宇随さんて結構ずるいよね」
「………」
そこで悲しそうな顔で俺のこと見てもなにもないよ? やめて?
「というわけで。継承は完全に成功してる。ただ実戦経験がまだまだ少ないと思う」
「三十は倒していると聞いているよ? まだ足りないかい?」
「炭治郎ー、お前、急ぐあまりに決着急ぎすぎたり、禰豆子に任せたりしまくっただろ」
「あっ……は、はい。二ヶ月以内に、と考えれば考えるほど、どうしても焦ってしまって……」
「なるほどなるほど! そういうことならば俺が引き受けよう! 竈門少年! 竈門少女! 俺の継子になるといい! 面倒を見てやろう!」
「いや! 禰豆子は水の一門で、炭治郎はともに狭霧山で修練を積んだ後輩だ! 男として俺が面倒を見よう!」
そしてまた騒ぎ出す柱たちと、再び肩をすくめる耀哉さん。
まあ……うん、よくわかるよ。下手に上に立つと、治めるのとか大変だもんなぁ……。
「それで、耀哉? 継承がどうとかだけじゃあないんだろ?」
「うん。出来たらでいい。一刀には、氣を知らない隊士に氣を教えてほしいんだ」
「よし断る」
「……一度、教えた隊士が裏切って鬼になった、という話は聞いている。以来、守るという意思のもとに鬼と戦う者以外には教えていないということも。けれどね、一刀。私は我がままなんだよ。可能な限り、剣士たちに死んでほしくない」
「そいつの育手をしてた奴は切腹したよ。気づかなきゃ死んでた。介錯しようとするヤツを必死で止めて、腹を繋げて治したんだ。あんな責任の取り方なんてもう見たくもない。だから嫌だ」
「柱だけでも、というのも無理かな?」
「………」
向き直って、こちらを見ている柱全員を見る。
それから、覚悟を胸に問うてみる。
「氣を習いたい人~」
「「「「軽っ!?」」」」
覚悟とはべつに、口調は楽に。
そうしてから耀哉に向き直って、答えを告げた。
「誰も挙手しなかったからもういいだろ」
「い、意地悪だねキミは……!」
そしたらさすがの耀哉も相当困惑していた。でも誰も挙手しなかったし……。
「は、はいっ! 私、習いたいです!」
「甘露寺!?」
「や、伊黒お前、今日だけで何回同じ言葉で驚くの」
「あの……北郷さん。氣を習えば、私にも鬼の首を斬ることが……出来ますか?」
「そもそも胡蝶妹。お前にはまず鍛えが足りない。筋肉つけなさい、しのごの言わずに」
「なっ……!?」
前から思っていたのだ。足りないなら肉つけなさい。見た目を気にする存在が鬼を斬れますかい。むしろ見た目も麗しい僕の知る女性たちは、君より腕細くても楽々斬れると思います。氣とかそういうのじゃなくても。
「不死川、お前ももう北郷さんには氣を習っていたのか?」
「ガキの頃から一応な。だが、氣の扱いなら弟の玄弥の方が上手ェよ」
「そうか。男として見習いたいところだな」
「そういうテメェも氣は習ってんだな?」
「ああ。無事に修了は頂けた。ただ、俺の場合も真菰の方が上手く扱えるという結果付きだが」
「…………お互い、弟、妹の活躍が楽しみじゃねェか」
「ああっ!」
錆兎は不死川と話をして、お互いの絆を深め合っているようだった。
時に握手なんかをして、ニコリニヤリと笑い合っている。すげぇ、もう擬音だけでどっちがどっちだからわかる。
で……
「……おい北郷。氣ってのは地味にあれか。戦闘に役立ったりするっていうのか」
「最終選別抜けて二ヶ月で三十倒したり、下弦くらいなら倒せるくらいには」
「他に恩恵みてぇなのはないのか? この祭りの神である派手な俺が、誰かに教えを乞うほどに派手派手な利益が」
「………」
きょろきょろと人との距離を確認。宇随をちょいちょい手招きしながら離れた位置に立って、耳に口を近づける。
「……宇随。お前、たしか嫁さん三人居たよな」
「あ? おう、居るが?」
「相手しすぎて体が動かなくなった時、氣だけでも体が動かせる」
「───」
「どうする?」
「……聞かせろ。お前、そんなことをわざわざ言うってことは、複数相手にしたことがあるんだよな? 誰だ? 何人だ?」
「全員妻だ。……50人以上」
「!?」
……なんか、表現できない顔された。
そしてなんか炭治郎連れてこられて、「コレ、嘘の匂い、するか?」とか訊ねて、炭治郎が「いいえ! 北郷さんはいつも真実の匂いです!」なんてきっぱり言ってくれて。「あ、でも疲労と苦労の匂いもします。大丈夫ですか?」なんて純粋な目で心配してくれた。
途端、宇随が俺の肩にぽむと手を置いて、「受ける。教えてくれ、氣」と言ってきた。
……なんだろう。なんか知らないけど死にたくなってきた。死なないけど。