ドゴシャドッガァアアン! ギャアアアアア……!!
宇随天元さんが壁画と化した。
「どうした宇随! 氣の有る無しの力の差を見極めるんだろう!? 男ならば立て! 立って立ち向かえ! それが出来ぬのなら、そんなものは男ではない!」
「やかましいわ男馬鹿! 動きが人間のソレじゃねぇだろこいつ!」
「なに言ってんだよ宇随……こんなの俺が知る中じゃ下の下だぞ……? 俺、毎日毎日毎日毎日……鍛錬に“突き”合わされて散々死ぬ思いしながら生きてきたんだから……」
「お前どんな派手な環境で地味に生きてきたんだ!?」
ほぼ全員が人を片手で空飛ばせる力を持っていて、なんとか捌いても“次は鈴々なのだー!”って元気に襲い掛かってくるような派手派手な世界です。
そんな中で必死に鍛錬をして、体を練磨して、意識を研磨して、この世界で縁壱の氣に触れて自分を奥底から作り変えるつもりで鍛錬して……今があります。
でもね、自分がいくら“強くなったかも……!”とか思っても、どうせみんな僕ヨリ強イヨ……! 僕マダマダ未熟ダヨ……! 僕キット弱イヨ……!
これなら勝てる……とか希望を以て向かった途端、ボッコボコにされて心の芯をボッキボキに折られるんだきっと……! だから心に抱くのは慢心じゃなくて、まだまだ足りないっていう欲求じゃなきゃダメヨ……!!
さて、そんな俺の悲しみは横に置いておいて。
現在は蝶屋敷にて、機能回復訓練に使う道場を借りて柱稽古中。柱稽古っていうか……柱を稽古? そこに炭治郎が加わったのがこの場の集いだ。
まずは宇随の提案で、氣の有り無し状態で俺と戦ってもらい、どれほど違うのかを比べてもらった。
氣無しの呼吸法無しの俺で、ドゴォと飛んだ宇随は、軽く咳き込みながらもニヤリと笑った。
氣無しの呼吸法のみの俺でもドグシャーアアアと吹っ飛んでいった宇随は、きっと俺に気遣って手加減をしてくれたのだろう。
氣有りの呼吸法無しで戦った状態で、ドカーンと空を飛んだ宇随は、大げさに飛んでくれたのだろう。
氣有りの呼吸法有りで戦った状態で、ドゴシャドッガァアン!! と壁画になった宇随は、ツッコミ入れられる余裕まであるほど元気だ。なんだやっぱり俺弱いじゃないか! 宇随なんて足をガクガク震えさせる演技まで入れられるくらい余裕みたいだし、やっぱりそんなもんなんだって俺の実力……。
だから調子に乗っちゃだめなのですよ北郷。戒めなさい、あなたはまだまだです。うんわかってる、北郷わかってるよ。調子に乗るとポカやらかす北郷だから、調子に乗ってはならんのです。
「えぇっと、まあ宇随にしてみたら地味な氣かもしれないけど……どうする? やっぱりやめるか?」
「教えてくださいお願いします……」
「なんで敬語!?」
でれれれー! 宇随天元さんが氣勁鍛錬の仲間に加わった!!
「うむ! 氣は覚えておいて損はないぞ! なにせ呼吸法と合わせると、傷口を塞ぐのが格段に速くなる!」
「……柱で覚えてないのは地味に俺と伊黒と甘露寺だけか? ああ、あと胡蝶のと」
「はい。なにせ会う機会が滅多になかったので」
「怪我人は引き受けるって言ってるのに、北郷さんがさっさと治してこっちに連れてこないからよ」
「え? いや、なに言ってるんだ、痛みなんてさっさと消してやったほうがいいに決まってるじゃないか。痛みは長引けば長引くほど、人のやる気とか立ち向かう勇気を削いでいくんだから」
治すだけ治して、あとは頑張れ! って言うだけなのもどうかと思うけど。
でもそれ以上してやれることとかないもんなぁ……。
「北郷。お館様と話してた、氣を教わっといて裏切った奴ってのは誰のことだ?」
「昔の話だよ。氣を覚えて調子に乗って突っ込み過ぎて、十二鬼月に遭遇してぶちのめされて、勧誘されて鬼になった。ある山奥の寺を根城にしてたのを見つけて、“凄まじい力を手に入れましたよ北郷さん!”なんて自慢してきてさ」
「そいつはどうなった?」
「地味に瞬殺したよ。言い訳もなにも聞かなかった。人を、もう食ってたから。だから、氣を教える前には質問をすることにした。守るためか殺すためか。自分のためか誰かのためか」
「……そいつが食った人の数は、わかるか?」
「一人。食事中だった。口回りを血で汚しながら、嬉しそうに俺に報告するんだ。こんなに晴れ晴れした解放感は初めてですよーって。その解放感抱いたまま、干天の慈雨で滅んだよ。あ、ちなみに食われてた人はしっかり蘇生させた」
「地味にしんみりしてやがった空気返せこの野郎」
宇随が俺の前にどっかり座って、俺にも座れと促してくる。実力判定は終わりらしい。
なのでどっかり座ってみれば、一列に並んで正座で座って観戦していた柱の中の一人、胡蝶姉が、軽く手を挙げて訊いてくる。
「あの、北郷さん。一度人を食べてしまっては、それが途中でももう禰豆子ちゃんのように戻せないのですか?」
「うん無理」
なので即答。
何故って、人を食うと鬼の血、鬼舞辻の血が活性化して、人の細胞が食い尽くされるからだ。
人の細胞が残っているから半分だけでも戻せるのであって、人の血肉を摂取して活性化した鬼の血は、人の細胞を一気に食って広がる。
鬼になる前の人の細胞でさえ結構な速度で食っていく鬼の血だ、それが他所から栄養を摂取してしまったら、一気に増殖するに決まっている。
だから、一度でも血肉を摂取して活性化させてしまえば、もう戻れない。さらに言えば、鬼化しても人を襲わないように耐えられたとしても、時間が経ちすぎていては難しいと思う。人である部分が少なすぎるからだ。
たとえば人の血肉を食わず、幾度も細胞を変化させ続けて鬼の血を誤魔化し続ければ、そういう鬼が居たならば、戻せるかもしれない。人の部分が多く残っていれば、の話だけれど。
でもまず居ないだろう、そんな鬼。だから無理なのだ。そういう鬼は、もう気配でわかる。ああ、これはもうだめだって。人の気配がこれっぽっちもしない鬼は、もうそれだけで手遅れだってわかるから。
試さなかったわけじゃない。試してもだめだったのだ。鬼であることに満足してしまっている、人間の部分が一度でも鬼の力に“万能感”を感じてしまったら、もう戻れない。これでいい、これがいい、こんな自分がいいって納得して、細胞レベルで“自分の人間”を捧げてしまうのだ。
そういったことをこの場の全員に伝えると、実弥と炭治郎が静かに俺に頭を下げてきた───ってやめて!?
「南無阿弥陀仏……北郷殿。鬼を半分でも人に戻す際、どれほどの氣を消費するので……?」
「さっき宇随が壁にぶち当たったけど、あの掌底を出すために必要な氣を50発分以上くらい……かな」
「───」
「宇随さん? 宇随さーん? それはどういった表情ですかー?」
「し、しのぶっ! 今はそっとしておきなさいっ!」
「あ、あぁあああの……っ! 北郷さん……!? あの時、それと一緒にうちの家族も蘇生していたわけですけど……!」
「蘇生はもっと使う。正直あの人数じゃあギリギリもいいところだった」
「うあぁああああああすいませんすいませんありがとうございますすいませんんんんっ!!」
「いいから、炭治郎。いいから」
道場の床に手をついて、頭を下げまくる炭治郎に、さすがにやめてくれと言う。いやほんと、竈門家には幸せになってほしいんだ。そのためって言ったらそこまでのことなんだから、そこまで感謝されると困ってしまう。
人の命は無くなったら替えが利かないんだ。俺の氣で救えたなら、それは喜ぶべきことで、罪悪感を抱くようなことじゃないんだから。
そう伝えると、炭治郎は頭を下げたまま震えて、顔を上げなくなってしまった。
「あのー……北郷さん? 竈門くんのご家族は、その時何人……?」
「へ? あー……禰豆子を合わせれば六人、かな」
「吹き飛ぶ宇随さん300発分以上ですか……」
「!?」
「しのぶー!? やめて! やめてー!!」
いざって時のために七回の瞬間錬氣は取っておいたとはいえ、あの時は大変だったなぁ……。
まあ、全員無事でなによりだよ。禰豆子も半人半鬼とはいえ元気にやれている。氣の流れを調べてみたら、凄い勢いで自分の細胞を作り変えているみたいだけど、鬼側が勝って人の細胞を食っている、ってことは無いみたいだから。
たぶんだけど、氣の力も手伝って、近い内に太陽も克服出来ると思う。
そうなれば、もう力が強いだけの人の子だ。
「よし、じゃあまずは誰の氣から引き出そうか。宇随か? みつりんか? 伊黒か?」
「私でお願いします」
「しのぶ?」
「胡蝶妹?」
「守るためではなく、殺すためで申し訳ありません。本来なら北郷さんは私のような意思で鬼を狩る人には教えたくないとは思いますが」
「鬼を殺す毒の向上のためなんだろ? 御遣いの氣じゃないなら混ぜるのも難しいかもだけど、何事もやってみないとだもんな。いいよ、じゃあこっち来て手を出して」
「はい」
胡蝶妹がこちらへ来て、すとんと座る。
差し出された手を取って、意識を集中して氣を同調させてみれば……張り詰めたような氣を発見。
あー……毒の開発とかで結構追い詰められてたりしたのかなぁ。もっと良い毒を作らないとー、とか。
なのでそんな氣を引っ張ってあげて、閉ざされていた氣脈を広げながら流してやる。
「んっ……んんぅっ……!! いたっ……!」
「閉じてる氣脈を広げてるから、最初は痛いぞ」
「最初に言ってくださっ……! う、あぅっ!! あのっ、やさしくっ……!」
「閉じてるもん開くのにやさしくもなにもあるか。少しずつが辛いなら一気にいくか?」
「ひうっ……!? あ、あのっ……それで構いませんけど、少し心の準備を……! ね、姉さんっ、手、手を握って……!」
「うん、いいけど……うふふっ、しのぶもまだまだ子供ねー♪」
「───じゃあ次姉さんやって。本当に痛いんだから」
「えへへー、いいよー? お姉ちゃんは痛いのとか我慢できる子ですからっ」
「そか。じゃあ胡蝶姉、先にやるか」
「へ? ───あうぅううううんっ!? やっ……いたっ! いったぁああぃいいっ!! やめっ! やぁっ! ひろげないでぇええっ!!」
「ほらー……まったくもう、姉さんは……」
「……、…………、……!!」
「甘露寺! 顔が真っ赤だぞ! どうかしたのか!」
「ひゃばぁあぱぱぱぱいえいえべつにっ!? べつになんでもないですよ!?」
「………」
「南無阿弥陀仏……」
時透兄弟がだらしねー、だらしないなぁ、なんて言う中、炭治郎が「あれ痛いんだよなぁあ……」と顔をこわばらせていた。
宇随は何故だか顔を真っ赤にしてそっぽを向き、ヨメニアイタイヨメニアイタイとぶつぶつ言っている。
行冥は……南無阿弥陀仏。
「お宅のところのアオイちゃんもしっかり耐えたんだから、ぎゃーぎゃー喚かない」
「えぇっ!? アオイちゃんが!?」
「患者、氣で癒したりしてただろ? 見せなかったかもだけど、“鬼と戦うつもりがないなら”って教えたことがあるんだ」
「ふわぁああ……知らなかった、って痛ぁあっ!?」
「はい完了。氣脈ばかりは呼吸法でどうの、ってのはすぐには無理だから、痛んでるうちに氣脈への干渉を頭に叩き込んでおくといいよ。痛みが無くなるまでに把握できなかったら、わざと傷つけてでも把握しないとだから」
「ひぃいっ!? う、うんっ! 頑張るねっ! 大丈夫! 私お姉ちゃんだからっ!」
「そっか。じゃあ胡蝶妹」
「しひぃっ!? う、うぅうう……お、おねが痛ぁあああああああっ!?」
「はい、約束通り一気に」
「なんてことするんですか一声かけてからっ……うくっ……ふ、ふぇえええええあああ……!! あぁああ~……っ!!」
「あ。北郷が蟲柱を派手に泣かせやがった」
「北郷さん! 女性を泣かせるなど男児にあるまじき行為!!」
「や、錆兎? お前も泣いただろ、最初」
「ぬごっふ!?」
「あー、なんだったかなー。“男児が泣いていいのは! 家族の死か友の死恩師の死、そして愛しき者が死んだ時のみだ!”だったっけ?」
「……! ……! ……!!」
錆兎、真っ赤になってぷるぷるするの巻。口が波線になるほどに、ぎう~と口を閉ざして真っ赤になり、そっぽを向いている。そんな錆兎の視界にひょいひょいと先回りする伊黒サン。やめてやりなさい。
「ほら、癒しの氣も流したから。でも泣ける時には思いっきり泣いとけ。大人になったら泣けなくなるからな、貴重だぞ、涙」
「ぐすんっ……女性に、そんなこと言う人、ひっ、初めて、見ました……! 最低です、最悪です、よくもっ……よくもこんな大勢の前で……!」
「場所も場面も気にして大人が泣けるかばかもの。ほれ次、誰だー?」
「俺だな。ま、俺はこんなものは余裕で乗り越えるが。多少痛いくらいなんてことはないだろうに。ほれ、やってみろ。地味にさっさと終わらせてやる」
「ちなみに宇随。生物としての個体差で、男性より女性の方が痛覚に対して耐えられる上限が上って知ってた?」
「あ? それがなんンンンギャアアアアアアアア!?」
「あ、でも宇随は忍者なんだっけ。特殊な鍛錬とか痛覚耐性とかあるだろうから、氣を多めに流してすぐに拡張から入るか」
「ああぁあああんぎゃああああああああ!! ほんぎゃああああああああっ!! まままぁあままままでぇえでででいででだぁあああだだだだぁあああっ!!」
「あ、あのっ、北郷さんっ!?」
「? どうかした? 甘露寺」
「そのっ……その氣の拡張? というのは、やるとどんなことになるのかなぁって……!」
「俺が初めてやった時は死にかけた。冗談抜きで」
「エッ───しっ、不死川さんっ!? 北郷さんの言ってることっ……!?」
「ォッ……オ、オウ……シニ、シニ……カケタ」
「鱗滝さん!?」
「しっ……死にかけた……!!」
「れれれ煉獄さぁん!?」
「うむ! 死にかけた!! 初めての時にやるものではないな! うむ!!」
「…………あの。時と───」
「うん、死にかけたなぁ」
「あー、死にかけたなぁ。でもいいだろべつに。自業自得だろ、こいつの場合」
甘露寺が問いかけるまでもなく返事をした時透兄弟は、苦しむ宇随を見ながら笑っていた。
けれどもそんな大激痛もすぐに飲み込むと、宇随はキリッと表情を引き締めてみせた。……体は既に床に倒れて、ぴくぴくと痙攣しているが。
「な、なるほど……ド派手に痛ぇじゃねぇか……! お、俺でなければ死んでいただろうな……!」
「お、まだ拡張いけるか? 最初でこれだけ挑戦するって言ったのは宇随が初めてかも。じゃあ───」
「やめろやめてくれ俺が悪かった!! 氣のことを軽く見ていた! 本気で謝る遠慮させてくれ!!」
「そ……そうか? 宇随ならいけると思ったんだけど」
宇随が汗びっしょりな状態で、一列に並んで座る柱のもとへと戻っていく。
で、戻った先で錆兎や実弥にぽんぽんと肩を叩かれまくってた。「やめろ派手に痛ぇ! やめろ! やめっ……やめろォオ!!」労いで肩を叩かれるだけでも痛いらしかった。
まあ……うん、普通に“あ、これ死ぬわ”って思うほど痛いもんなぁ、拡張。やるにしたって長年かけて少ォしずつ。北郷さんとの約束だ。
それを左慈との決戦まで地味に続けて、ようやく勝てるか勝てないかってくらいだったんだもんなぁ。
で、その拡張の先に縁壱式氣脈拡張があるので、まだまだこれで満足してはいけません。
な、炭治郎! な意味も込めて炭治郎ににこりと笑ってみせると、物凄い引きつった顔をされた。
「じゃあ次。甘露寺でいいか?」
「ひいっ!?」
「───! 俺だ。俺にやれ」
「い、伊黒さん……!」
「バナか」
「バナ言うなお前……! ……いいか甘露寺、こんなものは心構えの問題だ。痛いと不安がれば痛くなる。なら意識を逸らしてやればいい。自分に無関心になれ。それで───」
「あった。よし行くぞ」
「甘露゙ォっ……!?」
眠っている氣と同調し、それを引っ張り上げる。
ゆっくりやるとまたネチネチやかましそうだから、もういっそ一気に。
「───」
「……! す、すごい伊黒さん……! 悲鳴もあげずに堪えるなんて……! 素敵……!」
「───」
「いや……こいつ白目剥いて気絶してるぞ」
「エ……」
「………」
「………」
「じゃ、次は甘露寺」
「キャーッ!?」
悲鳴上げられた。なんでだ。