ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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校務仮面は青春したい⑤

 はい、あーん。

 古くは親が子へと食事を食べさせる様から発展されたものとされ、現在は恋人間で交わされることが多い食事等の摂り方である。

 対象が差し出した食物を口を開けて食べるという、自分の手は一切動かさないで食べさせてもらう、甘ったるぅ~い食べ方とされている。

 

「えー、いいじゃーん。一口くれよー」

「いいけどー、もー……はい、あーん」

 

 さて、ここに一組のカップルが在る。

 人目もはばからず中庭のベンチにて、イチャコゥラと寄り添い、キャッキャウフフと笑い合っては、食べて食べさせてを続けていた。

 偶然そこを通った白銀とかぐやの生徒会会長・副会長コンビはそれを横目に通り過ぎ、生徒会室へと辿り着くわけだが───

 

はしたない!!

 

 部屋に入るなり、かぐやの第一声はこれだった。

 

「……おべんと食べようとしただけなのに……」

「はっ!? あ、いえ、違います! 仮面くんがはしたないと言ったわけではっ……!!」

 

 そして、たまたまそこに居た校務仮面がしこたま傷ついた。

 しかしそれも白銀に状況を説明されて、なるほどーと落ち着くに到る。

 

「なるほどなー……でもそこまで怒るほどのことかな」

「当然ですっ! 人前であんなっ……物乞いじゃないんですからっ!」

「他人のものが欲しいって口にしてる時点で物乞いみたいなもんだと思うけど。あ、御行もかぐやも今から昼食? 俺も今からなんだ、一緒に食う? 実は───」

「ああ。今日は俺も手弁当だ。田舎の爺様が大量に野菜を送って来てくれてな。しばらくは弁当になりそうだ」

「……OH。お、おー、いいなー。じゃあさぞかし野菜マシマシな弁当に───」

 

 ───その弁当は。かぐやにとって人生で初めて見る“光景”であった。

 かぐやの昼食は四宮家の専属料理人により、休み時間に温かい出来たてが届けられる。

 栄養バランスはもちろん、旬の食材を基軸とした調和の取れた弁当。それが、かぐやの知る“弁当”である。

 

「野菜の要素、煮物以外ほぼないじゃないか」

「ふふっ、甘いぞ校務補佐。このハンバーグには野菜が練りこまれているし、かかっているソースとて野菜を煮出して作った手間暇かけたソースだ」

「それ逆にすごいな!」

 

 煮物! ウインナー!! 出汁巻き卵! ハンバーグ! 梅干し! そして───ふ り か け。

 和洋のジャンルを問わず、旬にも話題にも左右されず、食べたいものをとにかく詰め込んだかのような献立!

 まるで子供の宝物入れのような自由さが! かぐやの心を激しく打った! 特にウインナーに対して! だってなんかウィンナーだけ“!”が二つあるし!(原作第一巻をどうぞ)

 

(タコさんウィンナー……!! 実在していたなんて……!!)

 

 かぐやの心に隠された童心が激しく揺さぶられる。(特にウィンナーによって)

 つつっと一歩歩んでその宝物入れを覗いてみれば、詰め方も綺麗な宝物たちが食べられるのを今か今かと待っているかのようだった。(特にウィンナーが)

 さらに一歩踏み込んでみれば、きっちりと目までつけられた手間暇かかったタコさんウィンナーに気づく。知らず、かぐやの喉がこくりと鳴った。(主にウィンナーを見つめて)

 ───しかし。

 

【───はしたない! 人前であんなっ……物乞いじゃないんですから!

(あぁああああああっ!! 私アホーーーッ!!)

 

 かぐやは数分前の自分を八つ裂きにしたい気持ちでいっぱいであった!

 自分の一言が今の自分を苦しめ、手を伸ばせば届く宝石に手を伸ばすことが出来ずに居た!!

 これを手に入れるにはごくごく自然な(てい)で、白銀が“食べてみるといい”なんて言ってくれるのを待つしかないのである。

 

(いえ……会長のことですから、言えばきっと分けてくれるはず。……けれどっ! 四宮家の者として、一度言った言葉を易々と撤回するわけには……! こう見えて、嘘をつかないことで己を通してきた私なのだから───!!)

 

 ……そして、困惑するかぐやと、それと弁当とを交互に見る校務仮面。

 

「……なぁ御行」

「うん? どうした、校務補佐」

「さっき言っていたことを検証してみる、っていうのはどうかな」

「検証?」

「うん、検証。かぐやはあ~んをして食べさせることをはしたないって言ってたわけだろ? けどさ、あ~んのそもそもは、親が子供に食べさせるところから始まったって言ってもいいと思う。だから、まあ、高校生にもなって~なんて意識があるのはわかるけど、じゃあその高校生の時分だ。かぐや、一度あ~んをしてもらってみたらいい」

「───!?」

「なっ……してもらってみたら、って……俺がやるのか!?」

「御行も一緒に見てたんだろ? そこに居なかった俺じゃあ再現できないからさ。……ってわけでほら、肥えた舌にお前の料理がどこまで通用するか、を試す機会でもあると思うし」

 

 その言葉に白銀は心打たれた。

 

「───なるほど。じゃあ四宮」

「ぇぁ、は、はいっ!」

「ほらかぐやかぐやー、こっちこっち」

 

 校務仮面、にこりと笑って立ち上がると、かぐやを誘導して白銀の傍へと立たせる。

 

「ええっと、じゃあどれがいいか……」

「弁当の定番っていったら?」

「タコさんウィンナーだな。これは譲れん」

「───!!」

 

 刹那、白銀が用意した爪楊枝が、ぷつりとウィンナーに刺さる音に、かぐやの胸の鼓動はさらに音量を増した。

 綺麗に分けられ焼かれたタコさんウィンナーの足の部分。ちょこんとついている目の部分。“なんというお可愛い食べ物なのでしょう……!”と、かぐやの心は慈愛と期待と幸福で満たされていた。

 

「よ、よし……じゃあ……行くぞ、四宮。あ、あー……ん」

「は、はい、会長。その……失礼しますね。あ、あー……んっ」

 

 ぱくり、と。白銀自らの手で楊枝とともに差し出されたそれを、かぐやは一口で食べた。

 口にし、噛んでみれば、パキリと弾けて溢れ出す肉汁。軽く味付けを施してあるであろうそれは、かぐやの味覚をやさしく刺激し、さらなる幸福へと誘ってゆく。

 タコさんウインナーとは言うが、所詮は市販のものを買って切って焼いただけ。だが、妹のことも考えて丁寧に調理する白銀が、ただ焼いて入れるだけなどするわけがない。

 食べたいものを詰め合わせたとはいっても、極力余計な油分は取ってあるし、一品一品の間に敷居のように添えられた野菜が、それぞれの味が混ざらないように挟まれているのも嬉しい。

 じわりと旨味と幸せが口内に広がっているのか、かぐやは両の頬を押さえるようにして目をきゅうっと瞑る。

 

(会長の手料理……! それもタコさんウインナー……! それでいて、あーんだなんて……!!)

 

 様々な条件が揃った瞬間、かぐやは幸福の中に居た! 

 勝手に染まった頬、緩んでしまう口角、自制していないと勝手にぱたぱた動いてしまいそうな足! それらを必死に抑え、しかし幸せを噛み締めては、その瞬間その瞬間を文字通り噛み締めた!

 

(あ、可愛い)

 

 しかし傍から見ればバレバレであったそれを間近で見た白銀は、素直な感情を胸に抱いていた。

 自分の手弁当でこうも緩んでくれるあの四宮かぐやを前に、“今日……弁当でよかった。爺様ありがとう!”と生涯で一番祖父に感謝していた。

 

「美味いか? ほら、このハンバーグも食ってみろ。細かくした野菜を、肉の味を損ねない程度に混ぜて、さらには崩れてしまわない工夫から考えた力作だ」

(───会長が、その手でこねたハンバーグ……!)

 

 かぐや、さらに幸福の扉を開ける。

 二回目ともなればそれが当然とばかりに“あーん”で食べさせてもらい───かぐやは目を見開いた。

 熱々のハンバーグならば知っている。出来立ての小さなハンバーグを昼食として食べたことも当然ある。だがこれは次元が違った。

 確かにそう高くない肉で作られたのだろう。しかしそこには工夫が為されており、熱とともに肉十溢れるハンバーグはなく、冷めたからこそ旨味がぎっしりと閉じ込められた未知の味が今、かぐやの味覚を襲う。

 頬の奥がじゅわぁああと、あのなんとも言えない感覚に襲われ、やはりかぐやは両の頬を押さえた。

 

(ふっ……四宮め。庶民の味に随分と驚いているように見える。だが俺のターンはまだ終わっていない!)

 

 白銀はかぐやの様子を見て、幸福の中に居た。美味しいと直接聞いたわけではないにせよ、なんかもうこの様子見れば一発でわかるじゃん。喜んでるよあの四宮が。なんて、えびす顔になりそうな表情を必死に抑えているところである! なんかもう自分の行動で喜んでくれる孫を見ているような気分なのである!

 

「ウインナー、ハンバーグと来て、白飯を食べないのもあれだろう。四宮、食べてみるといい。冷めた飯というのも、これで悪くない」

「は、はい、では」

 

 かぐやにはもはや、抵抗する力が失われていた!

 先の二つでこうまで幸せを感じさせてくれるのだから、と高い期待を持ってのいざ、白飯!

 温かいご飯しか知らないかぐやが白銀の箸を使い、それを口に入れる。

 感動───は、なかった。連続の肉のおかずという、口内にある油分が多少紛れるといったところでしょうか、と妙に冷静にさせられるに───到らせるわけがない! 白銀は既に手元にあった魔法瓶の蓋をゴシャアアアと大回転させ、中身───熱々の味噌汁を用意していたのだ!

 

「四宮、白米を口にしたままこれを口に含め」

「?」

 

 口にものを入れたまま喋ってはいけないを当然としたまま、かぐやは首を傾げる。一方の白銀は、「化けるぞ。信じろ」と言うのみ。

 なにが化けるのか……と、言われた通り咀嚼中の白米をそのままに、シュルッ……と味噌汁を口内に迎えた途端!!

 

「!!」

 

 化けた。なるほど、化けたのである。

 おかずの味を殺し切らない程度の、しかし確かな塩分と味噌の味、そして熱が、冷めて固まり、くっついていた米をやさしくほぐし、少し冷静になった味覚を幸せの頂にまで運ばんとしたのだ!

 三度(みたび)襲う、頬の奥のじわぁああ感! 手で押さえたいが両手は箸と味噌汁で塞がっている! かぐやは目をぎゅうっと瞑ることでなんとか制御しようとしたが、緩む頬も抑えられない!

 ならばせめてこの幸福をしっかり噛み締めようと、かぐやはゆっくりと、確かめるように咀嚼をし、やがて嚥下した。

 しばしの間、幸福は口内に残り、やがてそれが消える頃には、かぐやは上気したうっとり顔で、ほう……と熱い息を吐いた。

 

(───やだ色っぽい! え!? 白飯と味噌汁飲んだだけだよな!?)

 

 白銀は困惑した。

 ───そして、校務仮面はこの時を待っていた。

 

「ん、よし。それで……かぐや? あーんはどうだった? はしたなかったか?」

「……いえ。その。同意の上でならば、思っていたほどではなかった……といいますか」

「まあ途中から御行が目的を忘れて、かぐやに手料理食べさせることに夢中になってたっていうのもあるけど」

「!?」

「ちょっ、おまっ!」

 

 白銀、かぐや、赤面! その狼狽えが露わになった瞬間に、校務仮面はがさりと紙袋を揺らして追撃する!

 

「御行、かぐやもお前の手料理が気に入ったみたいだし、送られてきたものが余ってるなら……どうだ? 少しの間、かぐやにも弁当を作ってきてやる、っていうのは」

「「!!」」

 

 白銀、かぐや、驚愕! その手があったかとばかりに口を開いてまでの驚愕!

 あーんで食べさせるわけでないのであれば、はしたないなどと最初から言う必要もない上、白銀にしてみればああまで喜ぶかぐやをみるのは願ってもない事実!

 そう、つまり、利害一致!! 害なんて有って無いようなものに割く感情もないのなら、二人の心にはいっそ相互扶助という言葉が浮かび上がっていた!

 

(───いや、だが、ここで即答しようものなら、まるで俺が四宮に気があるように───)

(───いえ、けど、ここで即答しようものなら、まるで私が意地汚い女であるかのように───)

 

 だが。そんな助言でさっさと落ちるのならば、半年もの間、進展もない時間を過ごしていないのである。

 

「かぐや。これだけは入れてほしいっていうおかずはあったりするか? おべんとのリクエストは、作る側としては嬉しいもんなんだぞ」

「はえっ!? あ、えと───……タコさんウインナーを」

「ほら、御行」

「え!? あ、お、おう……了解」

 

 そして、そんな二人を補佐してきた男が、わざわざそれに付き合う理由もまた、いい加減ないのである。

 さっさとくっつけと言わんばかりなのは、今日までこの頭脳戦に付き合ってきたからこそ言えることでもあるのだ。

 

  本日の勝敗。白銀&かぐやの勝利。

 

「───あれ、藤原先輩も屋上飯ですか」

「あー、石上くん。なんか仮面くんがおべんとあげるからちょっと生徒会室貸してくれーって。だからミコちゃんと一緒に」

「校務先輩、なにかあったのでしょうか」

「僕も仮面先輩に弁当もらったクチだけど……四宮先輩と会長に、なにか話があるのかもしれないな」

「べつにアンタに訊いてない」

「お前ほんとそういう返し方が敵作ってるって気づかない?」

「……てゆーかミコちゃんだけお重!?」

 

 ちなみに、校務仮面側も知り合い(OB&OG)から食材をもらったので、全員分の弁当を作っただけである。白銀とかぐやだけが昼までに捕まらず、生徒会室で待っていたら、はしたない事件が起きただけなので、彼は三人分のお弁当を一人でたいらげることとなった。

 屋上使用の許可を得てまで生徒会室を借りたのは、一人ずつで内容が違うお弁当であるため、ぎゃいぎゃい騒がれても困るなぁと思っただけのこと。

 

  備考。校務仮面の敗北。(腹いっぱいで動けなくなった)

 

 翌日から数日、お弁当を交換する白銀とかぐやの姿を生徒会室で見ることとなったが、そこで踏み込んだ藤原の所為で様々な頭脳戦が起こることになるのだが───

 

  備考。重なる校務仮面の敗北。(藤原千花(対象F)に振り回されたため)

 

(牡蠣美味い……!!)

 

  さらに備考。白銀の大勝利。(交換したお弁当に牡蠣が入っていた)

 

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