へくち、とくしゃみをする音が生徒会室に響いた。
エアコンが存在しない生徒会室は冬は寒く夏は暑いという、気温に思い切り左右される場所である。
故に、既に春だというのに肌寒い日などはまだまだ寒い。
「んぅ……今日は寒いですねー、早く夏来ないかなー……」
「ん、寒いのか? じゃあこっちおいでこっち」
「? 仮面くん?」
くしゃみをし、寒いと言う藤原を手招きして、既に石上と伊井野が集まるそこへと誘導する。
どうしてか部屋の隅で縮こまっていた三人は、やってきた藤原を輪に加え、しゃがみこんだ。
「ではではお立合い。今よりこの校務仮面が───部屋を暖かくしてごらんにいれましゃう」
「え……暖房器具でも持ち込んでるんですか?」
「えっ……こ、校務先輩! いくら先輩でも校則違反は───!」
「伊井野さ、もうちょっと相手のこと見ろよ。なにも持ってないのなんて見ればわかるだろ」
「なっ! だっ……! ら、ライターとかポケットにあるかもでしょ!?」
「へぇええ……伊井野って仮面先輩がそんなの持ってくるだなんて思ってんだ」
「校務先輩がそんなの持ってくるわけないじゃない! 馬鹿なんじゃないの!?」
「そうです猛省してください!! 石上くんのアホ!」
「えー……」
「まあまあ。ほら、実際なにも持ってないから安心していいよ、ミコ。今からやるのは、ちょっとした裏技だ」
「「「裏技?」」」
(裏技?)
(裏技……? なんのことでしょう)
聞き耳を立てていた白銀とかぐやは関心を抱いた。
そんな関心の先で、校務仮面はひょいと部屋の隅の壁に取り付けてあった器具を手に取る。
それは軽く打ち込んだ釘に引っ掛けてある程度の、気にもしなければただの飾りのような備品である。
「仮面くん、それ、ただの飾りだと思ってましたけど……なんなんです?」
「エアコンみたいなもの」
「「「そうなんですか!?」」」
「え!? そんなのあったの!?」
藤原、石上、伊井野、そして白銀は大変驚いた。特に白銀は庶務時代からここで過ごしているというのに、初耳である。
しかしそれも当然である。そもそもこれが空調であることなど嘘であり、実際にはこの生徒会室に校務仮面が居る時のみ、暑い寒いを口にした者のために校務仮面が行使する空調を誤魔化すためのもの。
いわば氣での温度調節を誤魔化すためのものである。
「ただ権限があって、校務仮面じゃないと動かせない」
「そんな権限初めて聞きましたよ僕。会長は?」
「俺だって初耳だわ」
当たり前である。実際歴代生徒会メンバーにさえ教えないことがある程なのだ。
紙袋の奥でニコリと笑いながら、校務仮面はまず氣で火を灯した。
謎の飾りのような箱の中で、火が踊り出したのである。
「うえぇえええっ!? なにもないのに火が!? 仮面くんは手品師さんだったんですか!?」
「あわわわわわわわ消火器! 消火器をー!!」
「落ち着きなさい千花、ミコ。これ、よっぽどのことがない限り何かを燃やすとか出来ない火だから(───で、ここに───スゥ───炎の呼吸)」
ゴオ、と荒々しい呼吸をすると、彼の手の平の間にあった飾りの中の火が炎になり、周囲の温度を変えた。
(そんでもって───風の呼吸)
そして風。すると生徒会室で風による循環が起こり、肌寒かった空気が心地良い温度へと変わった。
それが終わると飾りを元の位置へと戻し、サムズアップ。
「はい暖房。じゃ、作業に戻ろうか」
「「「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」」」」」
ニコリと紙袋の中で笑って、作業に戻ろうとする校務仮面を、あいや待たれいと止める面々!
一方で校務仮面は“え? なに?”とばかりに首を傾げるだけであった。
「校務補佐! いい加減いろいろツッコミたかったけどお前って何者!?」
「校務仮面だ」
「知っとるわァァァァ!! そうじゃなくて! 今のなに!? 火が、炎が! 風が! え!? 校務仮面の特権てなに!? マジでお前何者!?」
「校務仮面だ」
「だから知ってるンだわぁああ!!」
「おち、落ち着いてください会長。きっと今のはあれです。指紋認証かなんかで動く暖房器具のリモコンかなんかなんですよ」
不正解。指紋認証もそんな権限もそもそも無く、彼の能力を誤魔化すためのただのそれっぽい空洞があるだけの飾りものである。
気になった藤原がぺたぺたと飾りを触ってみても、中で燃える不思議な気がゆらめくことすらないのである。
というのもこれ、氣を蓄積させる真桜製の絡繰を、校務仮面がいじくっただけのもの。火の氣を込めれば赤い氣が一定時間ゆらめいているだけの、本当の意味での飾りなのだ。
しかしそんなものを見せられれば気になる者も出てきて、今まで黙っていた好奇心が擽られるというもの!
「仮面くん! やっぱり一度紙袋取って見せてください!」
「いかん! 校務仮面の正体は絶対に秘密なのだ!!」
「それは前にも聞きました! けどじゃあなんで秘密なんですか! 不細工だからですか!? 不細工だからなんですか!?」
「校務仮面だからだ」
「理由になってない!!」
「なんだとラブ探偵貴様この野郎……!!」
「キレどころがおかしいですー!?」
ツッコミどころ満載で、実際藤原が連続してツッコめるほどの謎加減に、藤原の呼吸も荒れ放題である。
「むー……取って困ることでもあるんですか? べつにどんな顔だって笑いませんよ?」
「校務仮面だからだ。校務仮面の正体は絶対に秘密なんだ」
「……じゃあぶっちゃけて、校務仮面くんの本名ってなんです?」
「ほんご───校務仮面だ」
「本名あったんですか!?」
「無いと思われたのが心外すぎるわ」
「わ、わあ、わあー! なんですかなんですか~? ほんご? 本後? 本江? あ、もしかして北郷ですかー? 下の名前はなんですか? 仮面くん、仮面くんー!」
「人の言葉は聞かずに自分の興味に真っ直ぐさん……はぁ。あーうん、そのー……実はだね……」
「はいー!
「本名は……」
「はいー!!」
「藤原千花っていうんだ」
「それ私じゃないですか仮面くんのアホー!!」
元気に返事を続け、それがからかいだと気づいた時、藤原は鋭くツッコんだ。
「あ、正体辿られても困るから名前は校務仮面で」
「え、えー……べつにいいじゃないですか。あ、じゃあ、ほんご? ほんごー? “北郷くんの”、正体を見せてください! “校務仮面の”正体じゃなければ構わないんですよねー?」
「いかん! 校務仮面の正体は絶対に秘密なのだ!!」
「北郷くんの正体をって言ってるじゃないですか北郷くんのアホー! わからずやー!! うわーんかぐやさーん!」
融通の利かない状況に、藤原はかぐやのもとへと退いた。
寒ければまだ大人しかったのになぁ……なんて思っている石上は、溜め息ひとつ、言葉を発する。
「藤原先輩ってアホって言葉、好きですよね」
「うん。俺が“御行は馬鹿って言われるのが嫌いなんだ”って教えたらアホって言うようになった」
「たぶん仮面先輩はそういう意味で言ったんじゃないんですよね……」
「あ……わかってくれる……?」
「あ、それで呼び方どうします? さっきのえっと、北郷? が本名なら、そっちで呼びます?」
「今まで通りでよろしく。紙袋の中身以外ならほんのちょっぴりくらいは教えるから」
「じゃあ仮面くんの素顔が正体とは思わないので紙袋取ってください」
「いかん! 校務仮面の正体は絶対に秘密なのだ!」
そして懲りない藤原である。
「まあ、話題は俺の仮面の中身なんてしょうもないところから離すとして。夏が来たら、やりたいこと行きたいところとかないのか?」
「強引に話題を変えてきましたね。そーですねー……僕はこれといって特には。そういう仮面先輩は?」
「俺は校務だな。みんなが夏休みの間、壊れた備品や欠けた壁の補修とか、まあいろいろ」
「そんなことまで仕事なんですか!?」
「校務仮面だからな」
「いやそんな、得意げな声で言われても」
校務仮面とは校務に命を燃やす職務である。
校務を愛し校務に生き、時に校務に学び、校務を貴ぶ。
そんな彼なので、この学園の校歌は大好きで、上機嫌だと鼻歌交じりに歌っていることもあるほど。
「あ、ああその、校務補佐? バイト尽くめな俺が言うのもなんだがその。ちゃんと休みは取っているのか?」
「御行もなー……ちゃんと睡眠取らないから目付きが鋭くなって、以前から声かけてたのに“御行だ~”ってかぐやに認識されないんだぞ?」
「え!? そうなの!?」
(え!? そうなんですか!?)
白銀、かぐや、驚愕の事実である。
「かぐや、実はな。お前が御行を認識する前からお前に“重いだろ、半分持とうか”とか声をかけていた男は御行だぞ」
「いえそれはありません。会長のような鋭い目つきを私が認識したのは、白銀御行という人物が学力テストで挑戦状を叩きつけてきたその時です」
「いや、だからそれ、寝不足になった後の御行だからね? 庶務時代の御行は普通の瞳してたから。なんだったら桃・元会計に確認とってもいいぞ?」
「寝不足程度で会長の鋭い目つきが変わるわけがないでしょう。そんなことが起きたのなら、周囲に寄生虫に襲われただの呪いが解けただの言われるに違いありませんっ」
(寄生虫……! 呪い……!!)
白銀はしこたま傷ついた。
「こほっ……校務補佐。その、休みのことは自己管理に任せるとして。話題を戻そうか」
「……大丈夫か? 涙滲んでるぞ」
「いや俺別に泣いたりなんかしてないから」
嘘である。
「あー、でもいいですねー。夏になったらみんなで計画立てて、どこかに行くとか。皆さんどこか行きたいところとかありますか?」
「ふむ。そうだな……夏といったら山だな」
「海ですね。海以外ありえません」
「自宅ですね。もっと言うなら自室です」
「宿題と予習復習のために自室で勉強です」
「校務だな」
「わー、これっぽっちも一致しませんねー」
珍しく藤原は困り果てた。
しかし、ならばこそ計画の立て甲斐があるというもの! 部屋も温まり心のテンションも上がり始めた藤原は、生徒会メンバーで行く旅行のためにフンスと気合いを込め直すのだった!
「石上くんもミコちゃんも、一日か少しくらい時間を割くことできますよね? その日にみんなで旅行とか───」
「いえほんと僕結構なんで。そういう旅行とか出かけても、隅っこでゲームしてる自分しか想像出来ませんし。大体やること変わらないのにお金かけて出掛ける人の気が知れませんよ。知ってます? ウェイ系の人って何処に居たって、行ったって、ウェイウェイ言ってるだけなんですよ。たまたまそういう人のツイート見る機会があったんですけど、写真乗っけてウェイ言ってるだけなんです。それに賛同してウェイウェイ言ってる人の数が、これがまた笑っちゃうくらい多いんですよね。リアルを充実してる人でそれなのに、僕が場所移して何が変わるってんですか」
「それ言い出したしたらなんも出来ないでしょ石上くんのアホ!! 出不精! 責任転嫁人間! 大体ウェイ系の人と石上くん関係ないじゃん! 行きたくないなら石上くんの理由で断ればいいでしょ! 石上くんに関係ない理由で断られてもなんにも伝わってこないでしょぼけなすー!!」
「……!」
石上、藤原のドストレート正論パンチに80のダメージ。
「はいはい。今のは優が悪い。……断る理由。自室でのんびり気兼ねなくゲームがしたい、でいいんだよ。なんだったら恋人と過ごしたいから、でもいいし。まあ言ったら言ったで千花のことだから結構踏み込んで誘ってくるかもだし、都度断るのは確かに優も悪い気がしてくるよな。でも、それで他人を理由にするのはNGだよ、優」
「……すいません、藤原先輩」
「ぐすっ……えぐぅ……仮面くーん……」
「でも行きたくない相手をしつこく誘うクセつけてるお前も悪い。猛省しなさい」
「傷心の女の子に正論腹パンひどい!」
「ミコはどうだ? 一日くらい時間取れたり───」
「ど、何処に行きますか? 服装とかどうしたらいいですか? 私そういうの初めてで……」
(((うわあすっごいウキウキしてる)))
白銀、石上、校務仮面は、ほっこりを通り越して少し気の毒な気持ちになった。
なので、かどうかは別として、石上は校務仮面の耳に口を寄せ、ぼそりと伝えた。
「……行きます。目を離したら、あいつがヘンなヤツに騙されて連れて行かれるかもしれないんで」
「心強いよ。助かる」
「………」
自分が行っても間が保たなかったり会話が途切れたりして、気を遣わせるんじゃ、なんて思っていた石上、偽りなんてこれっぽっちも感じられない真正面からの言葉に、若干照れる。
「じゃあ候補に出た山か海かって話だけど───」
山か海か、と考えて、そういえばそんな場所なら誰かに連れていかれる、なんてないかも、と石上は安堵した。
「山だったらビッグフット、海だったらナンパに遭うかもだから、出来るだけ男は来てほしいってのはあるな」
「どんな奇跡レベルの遭遇率ですか! ありませんよビッグフット! そんなナンパと同レベルの遭遇率ならもっと研究進んでますよ!」
「だめだぞ優。大きい動物が好きな誰かが興味本意で付いてっちゃうかもだろ」
「───」
石上、ちらりと伊井野を見つめた。
なんか、“山……山の動物……大きな……”とかうっとり顔で言っている。
(あ、だめ、ありそう)
石上は敗北を認めた。
「海での行動はそこまで経験があるわけじゃないけど、山だったら任せてくれ。一度野生を経験してる身としては、遭難しようがどうしようが必ず生還させると約束しよう」
「生還意識して山行く選択肢とかありませんから! ……あ、ありませんよね会長! ていうかそういえば山っていっても何しに行くんですか!? 生死のリスク背負って虫に刺されに行くとか嫌ですよ僕!」
「いやないから。普通に行って普通に帰ってくるのが当たり前だから。命懸けで山行くとかはっはっは、まさかまさか(え? そうなの? 最近の山ってそんな、生死のリスクとか背負って行くものなの? 怖いんですけど!?)」
「やはり海一択のようですね。ええ、心配事があるのなら四宮家のプライベートビーチを利用しましょう。ナンパの心配も無ければ、サメが出ても仕留められます」
(だめだっ……海だけはダメだ! 俺はっ……俺は金槌なんだ……!!)
備考:白銀は泳げない
この男、地味に弱点がありすぎである。四宮の情報力を以ってして、何故今までも、そして今も露見していないのかが謎なレベルで弱点が多すぎである。
なお虫も苦手であり、山に行けばそれはそれでリスクを背負うことを忘れている。
「海、山以外に選択肢はないか? 行きたい場所とか」
「私は恐山がいいですねー」
「却下 他には?」
「却下から質問に移るの早すぎません!?」
「はいはい。ミコは? どっか無いか?」
「あ、あの……旅行、とは違いますけど、動物園、とかは……。その、ラクダとかが居る……」
「え? 最近の動物園ってラクダまで居るものなのか?」
「えー? 知らないんですか会長。サファリとかだったら普通に居ますよ? サファリじゃなくても、最近じゃそういうのも増えたみたいですし」
(え? マジで?)
“精々でパンダとかナマケモノとかあとえーと猿とか? が、ちらっと見えるくらいなんじゃないの?”程度の認識しかなかった白銀は、強い興味を抱いた。
「そうだな。ラクダとのふれあいとか、乗ったりとか出来る場所もあるとか」
「マジですか仮面先輩。あのデコボコした背中に一度は乗ってみたいって思ったことはありますけど……」
「鳴き声とか癒されますよね……ラクダ……」
(((えっ……いやっ……癒し……?)))
男子三人は伊井野の言葉に停止した。
冗談だろうと思ったら、なんかうっとり顔で言っているのだ。冗談どころか
さすがに後輩の情緒が心配になった白銀、校務仮面と石上に耳打ちをする。
「大丈夫なのか校務補佐。ラクダの鳴き声を想像してあんなにうっとりしているなんて、なにか精神的に相当追い詰められたりとか……!」
「……正直たまに“手遅れなんじゃ……”って思う時がある」
「それダメなやつじゃないですか」
マジである。この男、彼女が小さい頃からの顔見知り(仮面見知り)ではあるが、だからこそ頑張りすぎている彼女を知っている。
そんな彼女が、一人で居る時に環境音を癒しに使っていることももちろん知っている。川の流れやカエルの鳴き声、雨の音などが流れる自然の音を聞いて癒されているのだ。
だが。いつからかそこにラクダの鳴き声が混ざった。
そこから少しずつ事態は歪み、気づけば彼女のCDラックに“環境音BGM:川のせせらぎ”や“田舎の自然BGMシリーズ”、“珍しい動物の鳴き声集”に挟まって、“イケメンが励ますCD”があるのを発見し、なんだかものすンごく伊井野の両親に謝りたくなったいつか。
校務仮面はその様子からは想像できないくらいに遠い目をして、石上のダメなやつじゃないですか宣言に、とても素直に頷いた。
本日の勝敗……校務仮面の敗北。(普段からいらん苦労を背負っているため)
「ちなみに仮面先輩は、たとえば海にいっても仮面先輩なんですか?」
「ああ、それは気になるな。まさか被ったまま海に入るわけにもいかんだろう」
「や、案外平気なんだ。これ、濡れた程度じゃ破けないから」
「へー……いい素材使ってるんですね」
「なんだったか、ライメックス? とかいうやつだったか? あの石から作られた紙~とかいうやつ。ちなみにどんなだったら破けたりするんだ?」
「……コルトパイソンで撃たれたりとか?」
「うん。それもう紙袋じゃないよな」
「しかもそれでも疑問形ってどんだけですか」
なお、旅行先は決まらなかった模様。