ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

74 / 79
校務仮面は青春したい⑪

 悪戯。

 それはある意味で侮辱でありある意味で信頼関係の現れであり、ある意味で遊びの一つでもある。

 する者される者の信頼関係の上下でその意味はまるで変わり、多くの場合は“この人はこの程度では怒らない”という信頼があればこそ、許される行為でもある。

 

「……御行? 御行ー? ……ぐっすりだな」

「珍しいですよね、会長が寝落ちなんて」

「や、普段から無理しすぎだってのはあるから、分からないでもないって」

「生徒会長の激務の上にバイト掛け持ちですもんね。しかもテストじゃ学年一位。……どんな風に生活すればそんなことが出来るのかって、結構噂になったりしましたよ」

 

 さて、ここ生徒会室の机にて、腕を枕にスピースピーと眠る生徒会長がおる。

 この場に居るのは忘れものを取りに来た石上優と、そもそも隠し通路の先に部屋がある校務仮面のみ。

 中庭あたりでは、二階にあるここ、生徒会室の窓から漏れる明かりを見て、まだ生徒会の皆様は頑張ってらっしゃるのね、なんて言っている生徒が居たりして、その話を聞いたかぐやもまた、見上げたりしているわけなのだが。

 

「優は忘れもの、持ったか?」

「はい。仮面先輩はこのまま?」

「御行を起こさないとな。バイトあるかもだし。無いなら別に泊まってってもいいんだけど」

「翌日が楽そうでいいですね」

「まあ、着替えさえ用意してくれればなんの問題もないよ」

「なるほど、重要ですね」

「ちなみに。知ってるか優。人が浅く眠ってるか深く眠ってるかは、瞼に触れると分かるって」

「ああ、眼球運動ってやつでしたっけ」

「そうそう」

 

 眼球運動!!

 睡眠の深さはレム睡眠とノンレム睡眠の二種に区分される!

 レムとはREM、急速(Rapid)眼球(Eye)運動(Movement)の略であり、これが起こっている時は浅い眠り、REM睡眠! 深い場合はNONREM睡眠となる!

 つまりREM睡眠時は急速眼球運動が働いているということであり、深いか浅いかを調べるには対象の瞼に触れるだけで十分!

 

「……まあ。気配でわかる方法もあるんだけどな。……御行。もうちょい呼吸は不規則に。人は思っているほど、眠ってる時は規則正しい呼吸なんてしてないもんだぞ」

「───!」

「仮面先輩?」

「んにゃ、レム睡眠時には睡眠誘導みたいなのも出来るって、そんな話」

 

 白銀から離れた校務仮面は、どこか楽しそうに石上を促し生徒会室を出てゆく。寝たふりが出来るのであれば、バイトは無いのだろうと踏んだからである。

 渡り廊下を歩く中、途中でかぐやと擦れ違ったりもしたが、特にする長話があるわけでもない。

 心の中でグッドラックとサムズアップすると、彼は優とともにのんびりと歩いたのだった。

 

  ───さて。

 

 白銀御行は大抵のことでは怒らない。

 そもそもが弱い自分を偽り、仮面を被って仕立て上げた存在だという自覚もある彼だが、それでもその仮面を被り続け、頑張ってきている事実を知っていると、知る者というのは案外過保護になるものだ。

 苦労の分だけ報われてほしい。頑張ったんだから、せめて幸せをと。

 そんな彼がたとえば───

 

「ただいまー。って、御行まだ寝てたのか」

「っ!?」

「あ、仮面くん、ただいまって帰宅気分ですかー?」

 

 眠っている間に、誤字付きで果肉入り、なんて悪戯書きを額にされていようものなら。

 

ラブ探偵貴様……!!

「ぴうっ!?」

「ひやぁあああやややや!? え、えぇえっ!? どどどどーしたんですか仮面くん!」

 

 瞬時に“阿修羅面・怒”が如く憤怒の形相となった校務仮面が(紙袋被ってるから見えない)、怒気を撒き散らしつつズチャリと生徒会室へ歩を進めてゆく。

 かぐやの頭の中では瞬時に、自分が背後から刀で斬られるイメージが完成した。悪戯など知らないかぐやにとって、人の顔に落書きをするなど大罪中の大罪なのだ! それを、あろうことか激務にて疲れているであろうために眠ってしまった会長に! よりにもよって会長の額に! 自分がやられたとしたら許せるものではない! 近侍に頼んで復讐をすることになんのためらいもない!

 ……ならば、この場合の自分にとっての近侍、白銀にとっての場合の近侍は? 

 

「………」

 

 ちらり、と景色がゆがむほどのなにかを放ちながら近づいてくる校務仮面を見て、かぐやは己の死をイメージした。

 その手にはいつの間にか黒い刀が握られており(鍔付きの木刀が鞘付きの刀に見えただけ)、一層に背中から斬られるイメージをより鮮明に思い描いてしまった。

 

「生徒会長という激務、家のためのバイトの掛け持ち、学年一位を取り続けるという、たゆまぬ努力を続ける御行の気の緩みを前に、よもやよもや……! 額に悪戯書きをするなど……!!」

「ひぃいいいっ!? だだだだだだってそこに眠っている人が居るなら額に肉って書きたくなるじゃないですかー! 悪気はなかったんです! 悪戯心ならありましたけど!」

「そーいうことを言ってるんじゃない! お前が御行の沸点を利用して悪戯心に踏み込んだ、そこまではまだよし! けどそれを、疲れ果ててようやく休めた人にするとは何事! 行儀の善し悪しじゃない! 日々の激務を知っているなら、労いのひとつでも掛けるべきじゃあないのか!」

「う、うー、うー……そうですけど……」

「あと千花。これ果肉の果の字が間違ってる。なんて読むんだこれ」

「!?」

「教えてくれ千花書記。これはいったいなんと読む字なんだ。書記のお前なら知ってるだろう?」

「!? !? ───……! ……!!」

「さあ、胸を張って答えるんだ千花! 書記の千花! さあ! 千花!」

「~! ……~!!」

 

 藤原、自分でも謎の文字を見せられ、今さら誤字に気づき赤面!

 詰め寄られる度に涙が滲み、顔は赤く染まり、今にも逃げ出してしまいそうなほどに追い詰められていた! つい先日のあの感動場面とかが、なんか消し飛ぶくらいの切羽詰まった状況に───

 

「あ、あう、あうあううあああああ! うわぁああああん悪戯書きなんかしてごめんなさぁああいっ!!」

 

 藤原、校務仮面を押し退けて扉の先へ逃走!

 

「逃がさん」

「えぇええええええっ!?」

 

 しかし回り込まれた!!

 ゴロゴロという炸雷の音とともに、押し退け、背後に残してきた筈の校務仮面が、いつの間にか眼前に居たのである。

 

「さ、殿の弔い合戦にござる。大人しく報復されませい」

 

 きゅぽんっ、と小気味の良い音が鳴って、マジックが姿を現した。代わりにいつの間にか刀(木刀)は無くなり、かぐやが死のイメージから解放されるのとは別に、藤原は己の未来を予測する! あわあわと震えながら後退し、生徒会室へと戻ってしまった!

 

「ひっ、やっ……ひゃああ! 殿中ー! 殿中ですよぅ!! やめてください仮面くんー!」

 

 と言いつつどこか余裕がありそうなのは、生来の性格故か。

 しかし、そんな多少の余裕もがっしぃと腕を掴まれれば瞬時に霧散。抗うも追い詰められ、その額へじりじりとマジックが近づくのに気づけばさらに渾身の力で抗うが、見事に(あた)わず!

 

「や、やめっ、やめてくだっ……やっ……やー! やあー! かぐっ、かぐやさん助けてください! かぐやさん! か、やー! あうっ! やっ、やああぁぁあーーーっ!!」

 

 願い虚しく、抵抗空しく、きゅきゅっ、きゅー、きゅっ、と額に文字が連ねられてゆく。

 本気の本気で抵抗しても、これっぽっちも抗えないこの無力感。藤原はそれを味わい、噛み締め…………なんだか終いにはどこかうっとりしていた。……実は彼女、“多少強引にでも奪われたい、所有されたい”という願望が、松竹梅で言うと松レベルで心の中に存在する女の子である。

 そんな藤原は白銀が眠る机に仰向けに、頭の上で両手首を片手で押さえつけられ、額にきゅきゅっと悪戯書きをされた時点で抵抗をやめ、顔を逸らしつつはらはらと涙していた。していた、というかしているのだが、やはり松であった。

 所有されたい、という願望なぞを持ってしまっている藤原にとって、力強く、抗うことも無駄で、且つまるで所有物のようにお仕置きをされ、くたりと無力感を味わっているところに耳元で「……お仕置き終了だ、悪いやつめ」と囁かれては、能天気ではいられない。

 ……ちなみに。藤原が額に書かれた文字は、“ラブ探偵”である。

 

「うぅうう……ひどいです仮面くん……」

「はいそれ。その気持ちを忘れない内に、御行の額を見なさい」

「ごっ……ごべんなざびぃいい……!!」

「ん、わかればよろしい。ほら、事後処理するからこっち向きなさい」

「えっ、やっ、いいですよ! 自分でやりますからっ!」

「ダーメ。いいから任せなさい」

「だいじょーぶですからっ……だ、だいじょっ……! あのっ、今されると開きかけの扉が開いちゃって……! だめなんですやばいんですやめっ……やー! やあー! かぐやさん! かぐやさーーーん!!」

 

 そして再び額に手が伸びるのを、さらに本気の本気で抵抗したのに押し退けることも出来ず、ウェットティッシュで強引なくせにやさしく綺麗に拭われてしまった藤原は、どこかポーっとしていた。

 涙を滲ませ、力を込めていた所為か顔は上気し、息も荒く、けれど顔は逸らさず、自分の額を拭う紙袋を見ていた。

 両手は自由である。今回の藤原は校務仮面の肩に手を置き押し退けようとしていたため、そんなものではビクともしないと自負していた校務仮面はそのままで彼女の額を拭っていた。

 そう、藤原の両手は自由なのである! なもんだから、かさり、と。自然な流れで自由な両手によって紙袋がずらされ、その下にある素顔が藤原の眼前で露わになった時。

 

「~~~~~~~~~~!?」

 

 彼女の中の熱は爆発した。

 ただ軽い仕返しみたいなことがしたかっただけなのだ。乙女の額に悪戯書き&抵抗している女の子を無理矢理なんて、などと心にもないことを理由に、猛省してくださいとばかりに軽い意趣返し。

 軽ぅく素顔を見て、“ほら、おかしなところなんてない普通の顔じゃないですかー”なんて、にぱーと笑うつもりだったというのに。

 あ、なんてこぼして、ぽかんとする素顔と目が合った。

 そこらへんに居る、秀知院の草食な男子たちとは明らかに違う、幼さを残しながらもどこか大人びた雰囲気。

 精神的に大人になるのが早いといわれる女性に比べ、子供っぽい人ばかりな男子に比べ、様々な経験をしてきたんだなと無理矢理にでも分からされる眼差し。

 そんな目が藤原を覗き、藤原もまた彼を見つめ、思考回路が爆発した。

 必死に“開きかけ”でなんとか留めたおいた扉を自分で蹴破ってしまったような、そんな気分を味わいながら、

 

「あ……ぁあああ……あーーーっ!! あーーーっ!! わぁああん!!」

 

 藤原、暴走!!

 びやー! と泣き叫ぶように校務仮面を押し飛ばし、押し、押……押し退けることすら出来なかった! びくともしないのである!!

 じたばた暴れ、五体全てで押し退けようとするもまるで微動だにせず!

 その内に紙袋は校務仮面の手によって戻され、視覚的トキメキは無くなったものの今見たばかりの光景がそんなに簡単に頭から消える筈もなく! 藤原は真っ赤なままにじたばたと暴れては許しを乞うかのように声を───あげていたところに、部屋の扉側からバッサァアアという音。

 “背後の音”に誰より驚いたかぐやが振り向いてみれば、手に持っていたであろう書類を落とし、真っ青な顔で震える伊井野ミコ!

 

「校務先輩が藤原先輩を……! 神聖な生徒会室で……! 嫌……っ! こんなっ……嘘……!」

 

 話しかける必要もないほどに誤解されまくりな状況に、むしろ日常が戻ってきたような錯覚を覚えたかぐやは伊井野へと接近! 校務仮面が彼女の誤解から来る暴走を止める傍ら、せめてケジメやセプクを迫られる結末だけは免れる未来を手繰り寄せようとしていた!

 

「お二人だけは他のどんな人とも違うとっ……やっ……いやっ……いやぁああっ!」

 

 しかし伊井野は涙を浮かべて背を見せると、脇目も降らずに駆けだしていってしまい───

 

「逃がさん」

「えぇえええっ!?」

 

 しかし回り込まれた!

 藤原を押さえつけていた筈の校務仮面が炸雷の音とともに伊井野の進路に立ち、涙に滲んだ視界でそのまま走ってきた伊井野がドゴォとぶつかろうと、微動だにせずむしろ抱き留める力強さ!

 そしてかぐやが見つめる中、消えたかと思えば再び「ぴぎゃー!」と叫ぶ藤原! 振り向けば押さえつけられている藤原と、その隣であわあわと首を左右に振って自分が居る場所に困惑する伊井野!

 

(…………あ、これ考えたらダメなやつですね)

 

 かぐやはしばしの思考ののち、考えることを放棄した。

 そんな無情劇場など知るよしもなく、丁寧に丁寧にきゅきゅりと額を拭われた藤原。なおも駄々っ子のように暴れる自分はやさしく「はいはい」なんて抱き寄せられ、気づけばソファに座った彼の膝の上にお姫様抱っこのような形で降ろされていた。

 伊井野がこうされているところを見たことはあるとはいえ、よもや自分がされるとは思ってもみなかった彼女は、もはや思考回路がまともに機能していない!

 そして校務仮面の背中しか見えていなかったかぐやは、いったいそこでなにがあったのか、何故藤原が顔を真っ赤にして目を回しているのかもわからない! 悪戯書きをしたという大罪を、され返され、拭われた。それだけで許されたというのに、なにをあのように騒ぐ必要があるのか、と首を傾げるような状況!

 そんな謎状況の先でお姫様抱っこをされている藤原は、氣でやさしく包まれてから頭を撫でられつつ、「ごめんな、ちょっと怖かったよな」なんてやさしい言葉をかけられていた。

 

  飴と鞭!

 

 まるで飼い主がペットにそうするかのような、叱りとやさしさを交互に味わった藤原は、それがまるで所有者による飴と鞭のように感じられてしまい、さらに顔を真っ赤に、目はぐるぐる、口はあわあわ震え、やがてIQ3の頭からぽしゅうと煙を上げて、K.O.された。

 

「あれ? 千花? 千花ー? おーいー!?」

「藤原さん!?」

 

 声をかけてもゆすってみても、「あうあうあうあうあう……」と声をあげるだけ。

 真っ赤な顔をしているところと目を回しているところから、「……のぼせたみたい」と言ってみれば、かぐやもまた呆れていた。

 

「仮面くん。その、ウェットティッシュを……」

「ああ、御行の額の悪戯書きか? ほら」

 

 それはまあそれとして。

 かぐやにしてみれば藤原の行動は罰せられて当然の行為。むしろ斬り捨てられなかっただけ、有り難すぎる温情行為と思えるほど。

 故にかぐやは、くたりとなって動かない藤原のことは割と早めに意識の中から切り捨て、白銀の額をどうにかする、という意識に集中していた。

 一方で校務仮面は伊井野を手招きし、眠っている(気絶している?)藤原に気を使ってか小声での説得を開始。

 

「で。ほら、ミコー? 御行の額を見てみなさい。さっきのは寝ている御行に悪戯書きをした千花に、激務で疲れ果てて落ちてしまったモノノフに、悪戯書きをするとは何事かと悪戯書きをやり返してただけだから」

「───……えっ? あの、襲───」

「襲いません」

「いかがわしいこと───」

「しません。むしろ書いて反省させたあと、綺麗に丁寧に拭いてあげたくらいです」

「───、……、……!」

 

 軽い説得ののち、自分の勘違いに気づいたのか涙目で真っ赤になる伊井野は、いつの間にか腕の中にある落とした筈の書類を胸に抱いたまま、ペコーと綺麗な角度のお辞儀をし、謝った。

 もちろんお手伝いさんもどきとして彼女の世話をしたこともある彼は、「思い込むと止まらないからなぁミコは」なんていって、下げられた頭を良い子良い子~と撫でたりしている。

 そんな彼女をよそに、ウェットティッシュを手にしたかぐやはごくりと喉を鳴らしつつ、眠る(フリをしている)白銀の額に手を伸ばす。もし、もしそんな、自分が拭っている時に目覚めてしまったらどうすればいいのか、という葛藤と恐怖が胸と脳内を占めていた。

 

「かぐや。途中で起きてもいいから、しっかり拭ってやりなさい。千花が暴走した所為だってことはちゃんと証明するから」

「お願いしますっ……!!」

 

 渡りに船と船頭である。

 かぐやにしてみれば、こんなことで、本当にこんなことで白銀に嫌われるわけにはいかない気持ちでいっぱいだった。

 なのでその気持ちも込みで、かぐやは眠る白銀の額を、やさしく、けれど丹念に拭っていった。

 悪戯用のものだったのか、悪戯書き自体は簡単に消え、少しの跡さえ残らなかった。

 しかし拭っていた手はウェットティッシュから離れ、気づけば無手で、さらりと白銀の頭を撫でている。

 校務仮面が来る前までは、レム睡眠にかこつけて睡眠誘導をしていたかぐやであったが、自分は悪くないのに抱いてしまっている罪悪感と、自分の前だというのに無防備に眠る白銀を前に、今度こそ“あ……意外とまつ毛……長いんだ……”なんてことを普通に考えていた!

 そうなってくると罪悪感は別のベクトルへと向かい、妙な方向の扉をノックしだし、“いつも激務をこなして、お疲れ様です……会長”なんて労いも浮かび、白銀の頭を撫でるたびにオキシトシンやバソプレッシンがジワジワと分泌される! 未成熟ながら、とくんとくんと愛情が湧き出し始めていた!

 

「……どうしてこうなった」

 

 そしてそこから少々離れたソファでは、校務仮面の両足が書記と監査に封じられていた。

 眠っているようだしと藤原を横に寝かせ、しかし頭が向こう側だと視覚的によろしくないと膝枕したまではよかった。よかったのかは分からないがまあよかったのである。

 しかし今までお姫様抱っこ睡眠を独り占めしていた伊井野。珍しくも頬をぷくりと膨らませ、膝を貸してくださいときちんと許可を得てから反対側へと頭を下ろす。

 

「……狭くない?」

「構いません」

「いやそーじゃなくて」

 

 頬をぷくりと膨らませ、書類を抱き締めたまま横向き膝枕で寝転がる伊井野。

 生徒会室の机で眠ることを行儀が悪いと断じた藤原と同じく、生徒会室のソファで眠るなど行儀が悪いとは思うものの、日々を藤原に言いくるめられて毒されてきた伊井野ミコ。“藤原先輩が先にそうして眠っているのなら……”という抜け穴を見つけてしまっては、もはやブレーキのかけかたすら忘れがちになってしまっていた!

 が、実際にそうして寝転がってみれば、ふつふつと罪悪感と己の正義への葛藤が湧き出してきて、“このままではいけない”が勝ちそうになったその瞬間!

 

「……まあ、うん。ミコも毎日お疲れ様。今日も頑張ったな」

「───!」

 

 さらり、と。頭がさらりと撫でられれば、“このままではいけない”は“あ、このままで”にあっさりと蹴落とされそうになる! 理性としてなんとか頭の片隅にしがみつくも、思考の隅という崖っぷちにしがみつくその手にハケで油をぬりたくるような徹底っぷり! 今、彼女の中で彼女の正義が塗り替えられようとしていた!

 それは親に構ってもらえなかった童心からくるものだが、彼女がそれを自覚することはない。そして誰かが指摘しない限り、その理由を知ることもないだろう。

 

(人間だもの、安らげる場所は一つでも多く欲しいよなぁ)

 

 そして、漫画的表現ならば集中線を描かれながら恵比須顔で微笑むこの男が、それを伝えることもない! 何故ならば! ……人に振り回される苦労をこれでもかというほど知っているからである。

 

(休める時に休む。安らげるときに安らぐ───ダイジ!)

 

 校務仮面は恵比須顔のまま二人の女子の頭を撫で、考えることを放棄した。

 

  本日の勝敗。……白銀の勝利。(寝たふりしてただけなのに、無駄に好感度を上げた)

 

(……寝たふりしてたらなんか藤原書記が襲われてるみたいな感じの声上げて……! え!? なに!? なにがあったの!? やめてとか何度も言いながら四宮に助けを求めて、それで……事後処理ってなに!? 藤原書記の開きかけの扉って……あぁあああもぉおーーーっ!!)

 

  備考。なんかモヤモヤも受け取るハメになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告