ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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校務仮面は青春したい⑫

 『純愛』とは怠慢を表す言葉である!

 

 真に恋を望むのならば、ありとあらゆる手段を以て恋を勝ち取るべきである!

 必要なのは策略! 演出!! 駆け引き!!!

 運命の導きなど存在しない! 真に恋を望むのならば、知略の限りを尽くして臨むべし! ……と。

 

「どーせ思ってるけど思ってるだけの二人をこうして見守っているわけですが」

 

 渡り廊下前の通路の角でとすんとぶつかり合った、白銀とかぐやを眺める校務仮面は、静かにとほりと溜め息を吐いた。

 幸いにも歩く姿勢もいい二人。歩く速度も緩やかなものだったこともあり、双方ともに倒れるなどといったこともなく、二三言葉を口にして生徒会室へ向けて歩き出す。

 そんな二人が、窓際の柱に書かれた相合傘(二人の名前入り)を発見、軽くわいわいしているのを、校務仮面は静かな眼差しで見ていた。

 というのもこの男、かぐやがこっそりとあそこに相合傘を書いているのを見ていたからである。ツッコむことはしないものの、頭脳戦っていうかなんともまあ……うん……と遠い眼差しで彼女を見ていた。

 田沼翼が四条眞妃にスポットAにて壁ダァン告白をし、成功したと聞き、いつかはなにか行動をするだろう、いやするよな? しないの? え? するでしょ? ……え? し、しないの? いつするの? え? やっぱりしない……!? などとやきもきしていた先に、ようやく行動に移った彼女が取った行動が……相合傘である。

 “あの天才様はあげな場所に相合傘を書くことで、いったいどんな環境利用闘法を見せてくれるのか。ていうかなに? あれ御行と一緒に生徒会室に向かうかしなきゃ全く意味なくない?”などと考えていた彼は、ようやくこの時が来たかーと、あの相合傘がどういった効果を生むのかを眺めていた。“会長/かぐや”などという、誰が描いたかを深く考えれば分かってしまいそうな内容であり、というか近侍が見れば“なにやってんですかかぐや様”とひどく冷静な真顔でツッコみそうなこの状況。

 結果は…………結果は。なんか青春っぽい会話を交わし、テレテレと照れ合った結果、相合傘のことなぞすっぱり忘れて歩き出したのである!!

 

(おいコラァアアアアアアアアッ!!)

 

 これには“校務”仮面さん、憤慨!

 なにかの作戦にきっちり使用し消すのならいい! しかし照れのあまりにそれを放置するなど魂呉満天星! もとい言語道断!

 しかしそんなぷんすか北郷に気が付かぬまま、二人はテンション高めに、だが外面はひどく冷静に渡り廊下を歩く!

 その先にあるのはかぐやが求めるスポットA!! ここに己を置き、環境の全てが自分のためのステージを作るその一瞬で、白銀を自分に完全に惚れさせる腹積もりなのである!

 

(さあ……さあ会長……! 私に惚れなさい! そして、そのっ……今度は正面から、壁ダァンとかいうのをやってみてはどうで───! ど、どう……どう、でしょう? やって……や……や、やってみればいいでしょう!? どーせ私には効きませんけどええ効きませんけどー!!)

 

 やがてかぐやの足が、膝が、体が、ザッ……とスポットAへと納まる。

 瞬間、白銀が見ていた四宮かぐやという存在の全てが一瞬にして輝き出し───!!

 

「へぶぅ!?」

「四宮!?」

 

 その輝きが霧散した。飛んできたサッカボールが側頭部に直撃したのである。輝きの散り様はまるで、力尽きたジンオウガの背毛から霧散する雷光虫のようだった。

 思わずスポットAから弾き出され、廊下に蹲ってしまう。

 

「だっ……大丈夫か四宮!」

「はぁうっ!?」

 

 そして迂闊! スポットAから弾き出されたかぐやに代わり、短い距離だろうと心配して駆け寄る白銀がスポットAに入り込んだ瞬間、かぐやはその凛々しくもドキツいのに格好よくステキな眼差しに心を奪われてしまう!

 思わず自分が惚れ込み、うっかり告白してしまいそうなほどの心臓の高鳴り───!

 

「───っ……ぐぅ……!」

 

 秘技、舌噛み───!

 かぐやはうっかり告白してしまいそうになる自分を痛みで押さえつけ、己を心配する言葉をやさしく何度もかけてくれる白銀に平気ですと返し、余裕の笑顔をしてみせる───その先で、サッカーボールを校舎へと蹴り込んだ愚か者がギャアアアアと悲鳴を上げていたが、かぐやは気にしないことにした───! が、その途中で相合傘を消していないことを思い出し、一気に「ひぃ」という悲鳴が喉元までこみあげてくるのを感じていた。

 

「あ、あの、会長」

「ど、どうした四宮、ていうか本当に大丈夫か? サッカーボールの直撃なんて」

「少々痛みますけど平気です。それよりも───」

「それよりも?」

「……相合傘、やっぱり消しませんか……?」

「四宮!?」

 

 白銀、動揺! 先ほどまでは甘い愛空間のような言葉の求め合いめいたことをしていたというのに、いったいこれはどうしたことか!

 ……などと考えてみたものの、遠くでギャアアと叫ぶ男子生徒の声を聞けば、キュッと真顔になって「そうしよう、迅速に」と頷くほかなかったという。

 そして相合傘は消えた。二人は“恋人が思い出の品を二人で処理する時って、たぶんこんな気分なんだろうなぁ……”なんて気分を味わいながら、それを綺麗に消したのだ。その空気の重さときたら、スポットAがどうだのどころの問題ではない。

 二人はとぼとぼと生徒会室を目指して歩き、

 

「ん、そうだ四宮、ま───」

「え───会ちょ───」

 

 それはまったくの偶然であった!

 スポットAのことなど完全に忘れ去ったかぐやの足がそこへと進入し、白銀がそういえばここで四宮の頭にサッカーボールが、と思い出し、位置交換をしようと振り向いた拍子に足をもつれさせ、かぐやの方へと倒れるように傾く!

 当然倒れまいと手を伸ばした先には窓枠と壁があり、咄嗟に身を下げたかぐやは図らずもスポットAの窓際に追い詰められることになり、直後に白銀が伸ばした手が窓枠横の壁をダァンと叩く!!

 

(ひゃあっ!?)

 

 瞬間! そう、咄嗟に踏ん張り、必死にかぐやにぶつからんとする真剣な表情の白銀が、スポットAの力で美しく美化され、そしてその顔がかぐやのすぐ目の前に来た瞬間! かぐやの脳裏に浮かぶのはいつかの日! 扉越しに壁ダァンをされ、イケボで“俺と付き合え”と言われたあの時が浮かんだ!!

 そうなると今告白されたわけでもないのに“俺と付き合え”と言われたかのような錯覚を覚え、目の前の素敵な殿方へと思わず“はい”と言いそうに───

 

(ぐううううっ!!)

 

 秘技! 舌噛み(再)!!

 たった一度やられた壁ダァンなんぞにパブロフ効果を発揮しそうな自分を、しかし彼女の中の“氷かぐや”が踏み止まらせた!

 そう、このようなことはあってはならない! スポットAだかなんだか知らないが、場の空気や条件程度で美化された容姿に惹かれ、恋をするなど“四宮かぐや”にあっていい筈がない!!

 彼女はその思い一つで己を律し、寸でのところで止まってみせたのだ!

 一方!!

 

(あ、可愛い)

 

 壁を使って衝突を免れた白銀は、スポットAの力で美化されたかぐやを至近距離で見ることで、外面は真剣な表情のまま、内面では“かわぇええええええええええっ!!”と絶叫していた!

 

(え、え!? なに!? なんだこれ! なんでこんなに四宮が綺麗に可愛く見え……いや待つんだ俺! それよりもさっさと離れるんだ! この状況、あたかも俺が四宮相手に壁ダァンをしているかのようではないか! こんなところを生徒たちに見られでもしたら───!)

きゃあ! 会長が副会長を壁際に追い詰めていますわ!

あんな風に壁に追い詰めて……! 会長は面と向かって正々堂々と告白する実直な人だと思っていましたのに!

そんなっ……幻滅ですわ……っ! 策など弄せず真っ直ぐに告白するような方だと思いましたのに……

(俺が嫌がる四宮を追い詰めて告白しているようではないか!! しかも───)

あらあら会長……こんな渡り廊下で女性を追い詰め告白だなんて……。今時子供でももっとましな告白の場を選びますよ……まったく、本当に……お可愛いこと……

うわっぁぁああああああああああああっ!!

 

 白銀、心の中で絶叫! 一方!

 

はわわわわわわわわ!! 凛々しりりりりしりしりりりりしししししぃいいっ!?

 

 スポットAにて美化された白銀の目を間近で見てしまい、その鋭さと凛々しさに心底とろけさせられるかぐや!

 いい加減舌を噛みすぎて痛い程だがそれでもなお耐えるかぐや! 踏み込んでしまえば待つのは敗北! 告白なぞしてしまった方が負けなのだ! しかもここに誘い込んだのは自分! これで自ら告白なぞしようものなら、策士策に溺れるどころの話ではない! 策士としても四宮としても女性としても負けてしまうなぞ、あってはならないのだ!

 

「しっ…………! ……四宮……」

「───! は、はいっ……会長……っ!」

 

 だが。

 べつに相手から告白してくるのであれば、それは全然まったくこれっぽっちもおかしくもなく、予定通りなのである。

 声をかけられ、つい期待が声に乗ってしまったが、テンパった状態の白銀がそれに気づくこともなく。しかし目の前の少女の表情が、やわらかく、やさしく、微笑みに変わるのをこのような間近で見てしまえば、期待の籠った声云々を聞き逃した事実なぞどうでもよいのである。

 

(───……)

 

 白銀の心は、もう、いっそ告白してしまおうか、と解放を求めていた。

 ここでかぐやに告白し、受け入れてもらえたら、それはどれだけ───

 

(……いぃや……ッ!!)

 

 ───どれだけ考えても、身分の差が脳裏に浮かんだ。そして彼も同じ手段を取った! そう、秘技、舌噛み!!

 

(俺から告白など断じて有り得ん! 有ってはならない!! 何度も自身と確認し続けただろう白銀御行! 俺は……俺と四宮は、四宮から告白してきてようやく対等!! 俺から告白をするなど、玉の輿を狙って軽々しく告白する有象無象となにも変わらん!!)

 

 白銀、全力で己を律する! しかし声を掛けてしまった現状が消えるわけでもない! 続く言葉が、苗字を呼ばれたかぐやの期待の範疇で無ければ、女性を壁に追い詰め、急にさっぶいギャグをぶちかますような頭のおかしな男と思われてしまうも同然!

 

(考えろ白銀御行! 今ここで口にするに相応しい最適解を導き出せ!)

 

 高速思考! 今、白銀の脳内でこの場における抜け道を導き出すための、己の知識の貯蔵を全開放するが如き思考の回転が行なわれていた! ───などと考えていると、壁にダァンとついた手に、なにかしらの感触。ハテ、と手を離してみると、

 

「───」

 

 白銀、硬直───!! なんと、壁と手の間で蜂がもがいていたのである!

 偶然にもその蜂が雄であったため、刺されることなど無かったわけだが───白銀は気絶した。目を開いたまま、微動だにせず、死後硬直もかくやという程に壁ダァン状態のまま気絶!

 そう、彼は虫が苦手なのである。なんならGを発見しただけで、目を開けたまま気絶出来る猛者なのである。

 

「か、会長? ───きゃあっ!?」

 

 蜂は白銀の指と指の間に羽根を挟まれ、ヴヴヴヴヴと時折にもがく程度であった。

 その羽音に気づいたかぐやの悲鳴に、意識を飛ばしていた白銀、覚醒───! と同時に舌噛み(再)───!!

 

「───悪かったな、四宮。蜂がお前の傍に居たから、つい」

「え───そ、そんな会長! 刺されるかもしれないのに!」

「驚かせてしまったならすまなかった。俺も考えが足りなかったな、考えるよりも先に体が動いてしまった」

「会長……!」

 

 硬直したままの指をなんとか離すと、蜂はスポットAの窓からヴィー……と外へと飛んでいった。

 そして、手に残る虫の感触に、一刻も早く手を洗いたい白銀。軽く涙目であったりする。

 

(よぉっしゃあああああ!! 乗り切った! 不自然無く自然に乗り切ったァアアアアアアッ!! っしゃおらぁああっ!!)

 

 やがて歩き出す。動揺を悟られぬため、あくまで自然に、優雅に、そして力強く───!

 

(生徒会室に着くまでの辛抱だ……! ここで振り向いて、無理して平気な振りをしている顔を四宮に見せるなど愚の骨頂! そ、そうだな、着くなり藤原書記にコーヒーでも頼んで、心を落ち着かせよう。コーヒーの香りにはリラックス効果が期待できるからな。うむ)

 

 彼は歩いた。極自然に。なんでもないように。かぐやもまた、その三歩後ろを歩くように、しずしずと。

 やがて生徒会室までの一本道をさあいざ歩き終えんとするその先で。

 

「あっ、白銀会長、四宮副会長っ」

 

 待ってましたと言わんばかりの反応で、早歩きで二人に近づいてくる伊井野ミコを発見。

 

「聞いてください、実は渡り廊下の一部に、お二人に関する悪戯書きがっ……!」

「───」

 

 白銀、ピンチ───! 圧倒的ピンチ───!

 あとは生徒会室に入ってコーヒーを飲むだけ、と。それだけの余力のみに根性を振り分けていた彼にとって、誰かとの会話など微妙にだろうと感情を動かす結果にしか繋がらない!

 あ、今口を開けばたぶん涙こぼれるわ俺、とどこかで悟っていた白銀、まさかの窮地!!

 

(ぐっ……どうする!? あくびでもして誤魔化すか!? ……っ……いや……いや! 同じく学年一位を取り続けている伊井野を前に、激務続きだからとはいえあくびなど……! 生徒の模範となる会長にあるまじき行為!)

「それでしたら先ほど会長と消しました。まったく、どのような意図で書いたのかは知りませんが、本人達が消すことになるかもしれないことくらい、想定してほしいものです」

「そうですよね! 失礼だと思います!」

「───!」

 

 白銀の代わりにかぐやが受け答えをした刹那、白銀は無駄のない動きで伊井野の視界から外れ、その横を通り生徒会室への扉に手を掛けた。

 “そこへ辿り着きたい”という執念が生み出した、その道の達人でもやすやすと出来ない無駄の無い自然体の歩法を今、白銀はやってみせたのである───! まったく意味の無い行動かもしれないが、その動きの美しさにかぐやは目を奪われ、伊井野はその動きがあまりに自然であったため気づけもしないまま、二人はその場に残され───

 

「ミコちゃん! 会長とかぐやさん、来ましたかー!?」

 

 勢いよく開けられた扉が、ノブへと伸ばされていた白銀の指を弾き、額を強打することで、その場に静寂が訪れた。

 

「あれ? わー!? 会長!? どどどどうしました!? って私の所為ですよね!? 指痛いんですか!? 頭も!? 大丈夫ですか!? 頭大丈夫ですか!? わわわわ涙出ちゃってますー!?」

「ぐっ……つぅう……! い、いや藤原書記……! よくやってくれた……!」

「なにがですか!?」

「痛ければ涙は出るもんな……! あ、いや、ほんと痛い……! 突き指ってたまにするとほんと痛い……!」

「ごごごごめんなさい! ごめんなさいです会長ー!」

「藤原さん? 何度も言ってますがあなたはもう少し落ち着きを───」

「ふぅぐっ……! も、猛省します……!」

「ふふっ、まあ気にするな藤原書記。なんなら心を込めたコーヒーでもご馳走してくれ」

「あ……はいっ! えへへ、さすが会長ですねー、器が大きいです、太っ腹ですっ!」

「はっはっは、やめいやめい」

「あの……白銀会長。声震えてますけど、痛みますか?」

「やめて」

「え?」

 

 本日の勝敗。……白銀の勝利。(なんだかんだでかぐやの好感度を上げた)

 

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