全てのウマ娘の幸福を願う───そんな夢を掲げる少女が居た。
少女は強くなりたいと願い、夢を叶えるための地盤作りのため、己の人生を捧げんとし───
「いや重い重い重い。なんでそんなちっこい内から全国何千万のウマ娘の未来を背負おうとしてんの」
「誰かがやらなきゃいけないからですっ! だ、だからそのっ……さっきのっ……教えてください!」
「ぬう」
それは九月だった。怪しい季節真っただ中。なんで九月が怪しいのかはペガサスファンタジーに訊いてほしい。
そんなとある季節の道路にて、少女が暴走トラックに轢かれそうになったところを、あわや朔雷とともに助けた俺が、助けた少女とは別の少女にタックルされたところから物語は始まる。や、まあ流石に人目につくから公園に移動したけど。
さて───ウマ娘、という存在をご存知だろうか。
よもやよもや、まーた女性がとんでもなくお強い世界に降りることになるとは思いもよらなかった北郷ですが、なによりもまず少女にタックルされた瞬間から頬が緩んで仕方ない。
何故って……ほら。あの世界でさ? 鈴々とか季衣とか美以がさ、タックルしてきたわけですよ、俺に。その衝撃にとっても似た感じがして、なんだか心の奥底が懐かしい懐かしいって喜んじゃって。いやMじゃないよ? ほんとだよ?
こんな風にさぁ、世界を渡ることになってさぁ。もう何年もみんなに会えてなくて。会いたいなぁって、寂しい時にさ、急に懐かしいタックルが来ればさ……泣くでしょ?
……それはないって? …………そりゃあ俺だって出来ればタックル以外で懐かしみたかったさ! 当たり前だろ!? でも痛烈に思い出せるのがそういうことばっかだったんだからしょうがないじゃん!! そうじゃなきゃ助けてが口癖みたいになってないよバカ!! ばっ……もう馬鹿! ばっ……バカ! なんだよもう! もっ……バッ……もー!!
「とにかく落ち着いて。見知らぬおじさんに急に腰から下への芸術的タックルをしてはいけないって習わなかった?」
「……、…………、……習ってません」
「ちゃんと考えてから答えてくれてありがとう」
それじゃー、と笑顔で手を振り合って、俺達は別れ《ドゴォ!!》オ゙ォーーーゥ!?
歩き始めた体が、背後からの熱烈タックルで少女とともに地面に転倒した。思わず、どこぞの素晴らしい世界のカズマさんにタックルした女オークみたいな声が出た。
「待ってくださいまだなにも、終わるどころか進んでもいないではないですか!」
「だから後ろからウマ娘のバネから為る全力タックルはやめなさいと! 習わんでもなんとなく分かるでしょう!?」
俺じゃなかったら人身事故レベルだよまったくもう! ていうかどういう脚力してるんだこの娘! ウマ娘とはそりゃあ何度か知り合ったりもしたけど、この娘のそれはその中でも異常ってくらいに力強いぞ!?
鈴々にタックルされ、季衣にタックルされ、美以に飛びつかれ遊ばれた経験がある噂の北郷さんじゃなかったら、腰骨とか砕けてたかもしれませんよ!?(*注:ウマ娘の力は人間のソレを軽く超越します。200kgの重りを軽く持ち上げたりとか。腕でそれならば、脚力との差は今さら言うまでもなく……ッッ)
「~……お願いします。それがどういった苦難の先にあるとしても、私は手段なんて選んでいられないんです」
「大志の前じゃ、形振りなんてどうでもいいってやつか」
「はい。なんとしても私は……ウマ娘の頂点に立って、それを導ける存在になりたい。いえ、なるんです」
「………」
こんな小さな娘が考えることじゃないだろうに、それでも、と既に覚悟を完了していると見える瞳が、俺の目を覗いている。
……溜め息ひとつ、体勢を立て直してからきちんと彼女の目線と合わせるように屈み、その目を見つめる。
「第一に。俺はトレーナーじゃないぞ?」
「はい。トレーナーと組むのはまだ早いです」
「お互い名前も知らないんだが」
「すぐに出来ることを説得条件にするのは、あまり賢い選択とは思えませんが。でもその。教えてくれるのなら戒驕戒躁に学びますから」
「……ちっこい内は無理に四字熟語で語らなくていいぞ」
「~……は、博識みたいに見えるじゃないですかっ! ……でも、気をつけます」
ぽしゅりと湯気を出せそうなくらい赤くなって俯く幼女は、どうやら大人の女性に憧れているらしい。
いや、どっちかっていうと……そういう女性じゃないと、ウマ娘の頂点だなんて認められない、と思っているんだろう。
けどそれは間違いだ。どんだけ情けなくったって頼りなくたって、仲間に頼ってばっかりだって、慕われ続けた人を知っている。戦えなくても戦って、覇王に真正面から気持ちをぶつけた蜀の王を知っている。
だから、俺は笑ってその娘を真っ直ぐに見て言うのだ。初対面の人を撫でる? ノン。人って結構、いやかなり、頭に触れられるのは嫌うものですよ?
「取り繕うな。ありのままのお前で、頂点に立てばいい。目指すものがたとえ堅ッ苦しくなきゃ辿り着けない何処かの果てでも、そこに“お前”が辿り着けなきゃさ、お前が笑ってられなきゃ……それはお前の夢じゃないだろ?」
「ぁ……」
「俺の名はキャロットマン。ウマ娘の平和を守るヒーローもどきなんぞをやっている、謎多きおっさんだよ」
「その声調でおっさんは無理があると思います。……シンボリルドルフです。夢は全てのウマ娘が幸福を抱ける未来を作ることです」
「───」
にっこり笑って頷く。頷きながら、心の中で“え? なんて?”と問い直した。
シンボリルドルフ。はい知ってます。あの時代で都が完成して、競馬もどきなんてものを手伝った俺です。そうすることの出来る、多少の競馬知識を知っていれば、その“絶対”の名を知らずにはおれません。
シンボリルドルフ。“レースに絶対はない”の常識の外に君臨したとされる“絶対の皇帝”。ウマ娘がかつての世界の馬の名を冠して存在していることは知っていたけど、まさか……! まさかまた……!
(三国志の次は競馬かよぉおおおおおっ!!)
頭を抱えた俺が、笑顔の裏で絶叫した。
そりゃ前にマルゼンスキーとか名乗る少女と出会ったりもしたけど! てっきり競馬好きのご両親が名前をつけたものかと! 耳も尻尾もアクセサリーとか思っていましたが何か!? ウマ娘のことを詳しく知ったのそのあとでしたしちくしょう!
道術や呪術の世界とか、剣と魔法の世界とか、鬼と呼吸の世界とか……いろいろ回ってるとね、時折常識を忘れるんです。馬みたいな耳と尻尾が生えた少女が居る? そうかそうかぁ、…………え? うん、それで……どうした? なにかあったのか? とか普通に
あ、ところでシンボリルドルフって額の体毛が三日月の形に白かったことから、小さい頃はルナとか呼ばれていたらしいですね。
ご丁寧にこの娘も前髪の一部が三日月のようにくるりんしていて、そこだけ白かったりするのです。
ア、アー、ナルホドー! ルナちゃんですねルナちゃん!
「あ、あー、シンボリルドルフちゃんか」
「ルドルフでいいです。ちゃんはいりません。子供っぽいですから」
「あ、前髪が三日月みたいだから、ルナちゃんとか───」
「やめてくださいなんですか子供扱いしたいんですか私はウマ娘の幸福のために強くならなきゃいけないんですやめてくださいルナはだめです却下です」
「わかった分かったから落ち着いて!」
用意したみたいな長文的発言を早口で言うほどのこと!? そんなに子供扱い嫌!?
いいじゃないルナちゃん! いやそりゃ俺だって子供の頃特有のあだ名をいつまで経っても呼ばれてたら嫌かもだけど…………ふむ。
たとえば紫苑が幼馴染だったとする。年上のお姉さん。俺は彼女に憧れていたとして、でも紫苑はいつまで経っても“かずちゃんかずちゃん”と───ぁ嫌だわこれ嫌だったわなるほど嫌だわ。
……でもね、ルドルフさんや。耳はピコピコ嬉しそうに揺れておりますが? もしや呼ばれるのは好きだけど、“これからのために頑張って凛々しくなろう”の第一歩?
「でもなぁ……ルナも可愛いぞ?」
「……!!」
ピコッ、といった感じに空気を弾くようにこちらに向けられるお耳様。
「ルナ」
「……!」
次いで、パタッ、パタタッ、と尻尾が高めに振られる。(*馬は嬉しいと尻尾を高めに振るらしい)
「ゴンザレス」
「誰ですか!!」
耳が後ろに絞られ、明らかに怒りを露わにしていた。
ほら、やっぱり好きなんじゃない、ルナ呼び。
しかしまあ、だからといって本人がそこから脱したいというのなら。
「じゃあ、シンボリルドルフ、の間から取って、“リル”で」
「リル……ですか」
「ああ。子供扱いじゃない、可愛いから口にする名前でもない、お前がお前でいられるあだ名だ。どうだろう」
「リル…………あだ名……! は、はい、是非そう呼んでくださいっ! これから進む道で、ルナだけは嫌だって思っていましたし、なんならそれ以外ならばなんでも……とか思っていたので」
「じゃあゴンザレス」
「嫌ですよ! なんなんですかそれは! 名前の原型を少しは考慮してください!」
思いつきを口にしてみれば、元気に返してくれた。うん、素直な娘なんだろうなぁ。
……そう。これは。
のちに日本ウマ娘トレーニングセンター学園の会長になる少女が、まだまだ幼く、素直で元気に言葉を返してくれていた時の記憶である───!
◆北郷一刀のヒミツ⓵
この世界に来てからも人助けは校務仮面でやっていたが、
ウマ娘、なる存在が居ることを知ると、馬……人参?
と連想ゲームをしてキャロットマンで活動を始める。
……とある公園、その広場にて、一人の赤いヒーロースーツを着た男と、緑を基準にした色の服を着たちびっこ一人。
「まずは基礎トレから開始しようか。人間よりも身体機能が上とはいえ、使う筋肉が違う可能性もある」
「は、はい。あの、基礎トレ、とは……なにに対する基礎で……?」
「おお、そこで確実に“速く走るためのものに違いない”って断定しないのはいいことだ。手、出してもらっていいか?」
「手、ですか? はい」
疑問も持たずにどうぞとばかりに差し出される手。それをひょいと下から支えるように取り、氣で包んでいく。
その上で、彼女の中に氣を沁み込ませて“足りないもの”を探っていく。
筋量は……やっぱり人間よりもすごい。いや、かなり細い筋肉なのに、その力強さというのか、それを担う力が人間のそれと違う。
つまりそのー……種族がウマ娘で、筋肉ゴリモリの人が居たとしたら、それはある意味で天災に成り得る存在なわけで。
ここでアホみたいに鬼に対抗する呼吸法だの氣の扱い方だの……言ってしまえば呼氣常中なんて教え込んだりしたら、日本の未来やウマ娘の未来がやばいかもしれない。
と、いうことで。
「……よし。足を軽く持ち上げてみて。右足から。はい」
「え、と。こう、ですか?」
「よし。じゃあ右下ろして次左」
「はい」
左右交互に足を上げてもらい、筋肉の動きを感じる。
ウマ娘の本能からなのか、脚を上げるとともに“走るための筋肉”にギウウと力が入っているのが分かる。
普段からこれじゃあ疲れるだろうに……いや、コレだからこそ、日々走る力が養われているとか?
「よし、下ろして」
「はい…………、……?」
これになんの意味が……? と首を傾げているリル。そんな彼女を促して、「じゃあ軽く走ってみようか」と言う。
「走る、ですか? 走ればいいんですね?」
「うん。俺と一緒に」
「え…………」
向けられたのは疑問の眼差し。
あたかも、“大丈夫ですか? ついてこれますか?”と言いたげだ。
まあ、子供とはいえウマ娘。走る、というものには自信があるのが当然なんだろう。そして俺から教わりたいものは、一歩を強く踏み出すだけのもの、と認識しているっぽい。
違うぞリルちゃん。奥義っていうのはな、極めれば極意になるものなんだ。で、極意はその先へ辿り着ければただの技になり、ついには“日常の動作”に変わる。
「じゃ、いくぞー」
「はい」
少し得意げな顔が、かわいかった。…………かわい、かった。
◆北郷一刀のヒミツ②
氣と呼吸とその他もろもろ、様々な世界で学んだことを、
その場その世界で出会った人との絆と思い、常に昇華させてきた。
つまり……こやつもう身体能力が人間じゃないよねうん。
とりあえず走った。走って走って走りまくって、常に前を走って“ファイトファイトネジョーヤブーキ!”と声を掛け続けた。すると可愛さは険しさに変わり、驚きに変わり、焦りに変わり、やがて疲労に塗り潰された。けどそこが狙いなので、疲れた時にどうしても出てしまう癖の修正から入り、筋肉を酷使させてからは動けなくなった彼女をベンチへと運び、膝枕で休憩。
「あ、あっ……あのっ……膝枕の、意味は……」
「すぐ分かるから、はい吸ってー、吐いてー」
「うぅ……すぅうう…………はぁああ……」
「はい、ここで思いっきり吸って、自分の体の中の疲れている部分に酸素を送るイメージを働かせる」
「!? ……すぅうううううう………………、ぅう…………!!」
意識を集中しているところに氣でもって筋組織の回復速度を向上させつつ、痛んだ部分の回復もして、疲労物質を尖らせた氣で排除し必察必治癒。
頑張って息を吸って、良くなれ良くなれ~と集中しているであろう彼女の頭を撫で───そうになったのを止めて、氣で触れて全身のマッサージをば。
内側の細かい部分のマッサージだから、感触はそうそう無い筈。ただ、気持ちよくはあるだろうから……
「はいリラックスリラックス~」
「うぅ……? なんだか体が熱くなって……」
「今、野良式押し付け自分勝手ヒーローパワーでお前の体の自然治癒能力を高めている。疲れ切った体は回復するし、負荷をかけ続けた部分は回復と一緒により強靭になる。いわゆる超回復ってやつだな」
「え……じゃあ」
「これを繰り返せば一日に何度も練習が出来る。ただし当然疲れるし、さっきやった運動より苛酷なことをしなくちゃならないし、エネルギーも使うから栄養も摂取する必要がある。……どうする? 人によってはズルをしているみたいに見えるかもしれない。けど、味わう息切れも運動の苛酷さも本物だ。その先にお前が得る身体能力は、お前が努力して得ることになんら変わりはない。それでも、この先に行くか? それともちょいと前へ飛び出すだけの奥義だけを学んでサヨナラするか?」
「……言いましたよ、私は。手段も、形振りだって選ばないし構っていられないと。……限界までやります……! やらせてください……!」
「よしっ、よく言った! そうだぞ、形振り構わないんだったら、体だけじゃない……心まで頑丈な、タフなウマ娘になれ! ───」
あ。なんか今ちょっと、今まで生きて来た北郷の中の、ちょっとしたオジサマ北郷が“やあ”と手を挙げた。
そして、厳しいばかりじゃこの娘の心が罅割れちゃうでしょう? ここはね、ちょほいと緩急ってものを用意してあげるのサと笑った。
「───そう。
そして、気づけばこの口からそんな言葉が……親父ギャグと呼べる言葉がまろび出ていた───!!
ああっ……ダメッ……! これダメだ……っ! せっかくウマ娘の未来を真剣に思い、自分の身さえ犠牲にせんとした娘の決意が「ぷふしゅっ……!!」…………ややっ!?
「タフ……ターフ……くふっ……ふひゅひゅふひゅ……!!」
「──────」
…………わあ。
いやまてまてまて、これあれだからきっと。これから師事を仰ぐ相手だから、空気が重くならないように笑ってくれてるだkやべぇこの娘マジだ。
心の底から笑ってるよ。むしろ笑い始めたらタガが外れたみたいに笑い続けてる。やべぇ。
笑うのって結構体力使うのよね。これは……まあやる気向上に繋がるんならいいのかなぁ。
さて、そうして一頻り笑い、その疲れも癒した頃。
心身ともに充実した風情で立ち上がったリルは、その足の力強さが増し、自身でも自覚出来るほどの変化に驚いているようだった。
「よし、じゃあ同じトレーニングを負荷をかけて始めよう。やるのは基礎だ。基礎を、ランク分けしてやっていく。いいね?」
「はいっ!」
もはや疑うこともない、といった感じでリルの顔は非常に晴れやかだった。
そのきっかけが親父ギャグってのもどうよとも思ったけれど、わざわざ指摘してギスギスする必要もないだろう。
というわけで基礎鍛錬……再・開。
氣を繋げて、行動の全てに抵抗がつくように細工。筋肉にどっしりと負荷がかかるようにして、同じトレーニングをさせた。
公園の広場を……一周、二週、三週四週と何度も続け、やがてふらふらになって戻ってくるのを迎えると───
「足が棒になっても♪ スコップちゃんは止まらなーい♪」
「!?」
ヤバイ時こそファイナル根性。ここから全力ダッシュでGO! と指示を出し、けれどリルはそれに望むところですとばかりに笑みで応え、ダッシュを開始。
疲れてくるとどうしてもその部分を庇いがちだけど、フォームを崩さず理想の走り方を乱そうとしないその走りはまさに見事。
けれどそうして超限界ダッシュを見せたリルは、こちらへ辿り着く頃には足はブルブルと震え、今にも崩れ落ちそうな様相のままにゴール。
気の緩みから倒れていく彼女をとさりと受け止め、ベンチへ運んでは膝枕で寝かせて氣で回復。
超回復を済ませると、スーパーキャロットマンジュースを飲ませて栄養補給完了。北郷だけの秘密の製法、ビタミンパワー(クエン酸配合)のエネルギー! グゥウウレイトォッ!!
「ワンモアタァイム! ゴー!」
「…………!!」
起きた彼女は驚愕してらっしゃった。でも筋力は向上していることを確認すると、ウオオオオとヤケを起こしたかのように走り出し「リルー! フォーム乱れてるぞー!」「うわぁあああん!!」……早速未来の皇帝の泣き言が聞けた。
そうして先ほどよりも多い周回をして、よろよろになって戻ってきたところに───
「足が棒になってもー♪ スコップちゃんは止まらなーい♪」
「……知りもしませんけど、理不尽にスコップちゃんとやらが嫌いになりそうです」
でも走った。いい娘だ。
結局その日は4度の超回復を済ませ、最後に軽く走ったあたりで終了。
まだやれますと言うリルに「あんまりマッスルになりすぎると背が伸びなくなるぞ」と言うと「やめます!」……とても素直になりました。良い娘。
「で……これで他のウマ娘よりも4日ほど前に立つことが出来たわけだけど。明日からもまだ続ける?」
「はい! というか、あの。4日どころではないと思うのですが。本に書かれていることや、自分でそうだと思うことを4日実行したところで、こんなに体が変わることはないと思います」
「それもやり方次第だけどね」
「? と、いいますと?」
きょとんとした顔が傾ぐ。厳格でカッコEウマ娘になりたいみたいだけど、この何気ない動作が可愛くて、なんというか甘やかしたくなる。まずいなぁ、反応とか結構知っている子に似ていて、それこそ甘やかしたくなる。
気を抜くと頭に手が伸びそうになるとか変態さんかな俺。……割と結構変態さんだった気がする。ごめんみんな。特に桂花。
「まず、人でもウマ娘でも、筋肉の超回復には三日くらい必要になるって言われてる。けど仕事はしなきゃいけないし学校だってあるし、その途中に運動系のものが混ざれば休むどころじゃないだろ? このやり方の場合、誰にも何にも邪魔されることなく筋肉を休ませて、回復させることが出来るっていうメリットがある」
「あ……そうです、これなら癒すことに集中出来るから……」
「そ。だからやり方次第なんだ。デメリットは休憩している最中には一切運動をしていないことになるから、柔軟に時間を取られること」
「な、なるほど……! あれ? でも私、柔軟なんて……」
「寝てる最中に氣で柔軟させといた。最初に言っただろ? 膝枕をする理由がこれさ! HAHAHAHAHAHA!!」
「……!!」
ア。こちらを見る目が本物のヒーローを見るような目に変わったような。
ア、アー……まずいことになったかも。こういう状態になると、妄信っていうのか……こちらが言うことを無条件で信じ始めたりするっていうか……!
(……でも炭治郎ほど激烈妄信はしないだろうし、大丈夫大丈夫!)
炭治郎は他に例を見いだせないほどに真っ直ぐであった。あんなヤツ他に居ないって。素敵なことだ。
とまあ、そんなわけでシンボリルドルフ強化計画は始まった……と言っても、彼女が初等もとい小学生を治めるまで、だが。
中等からはトレセン学園に行くのだろう。だったら俺とは関係が無くなる。そうなればまた各地を旅しながら、ウマ娘を助けるキャロットマンに戻るだけだ。
◆北郷一刀のヒミツ③
実はキャロットマンとしての正体を隠すつもりはあんまりない。
訊ねられれば「そうです、私がキャロットマンです」とか言いそう。
ただしひとたび紙袋を被れば、その正体は絶対に秘密となる。
景色が恐ろしい速度で流れる。
背にはリル。
姿はキャロットマンのままで彼女を背負い、レース場をはしごしては、そのレースを見たりした。
「……キャロットマンさんは、どうやってこれほどの速度を……?」
「たゆまぬ鍛錬の成果だな。俺だってもちろん、最初はただの何処にでも居る、ほ───キャロットマンさんだったんだぞ?」
「ほ?」
「忘れなさい。中の人など居ない」
「むうっ……教えてくれませんか? お名前、知りたいです」
「教えてくれません。っと、人が増えてきたな。屋根行くぞ」
「はいっ」
こうしてリルを背に走るのも一度や二度じゃない。もはや慣れた調子で俺の首に腕を回しているリルは、流れる景色を眺めては……たぶん耳とか振り回してるんじゃないでしょうかね? 振り向くと危ないから振り向いてないのですよ。
あ、ちなみに“馬”は車両扱いで、この世界の“ウマ”は走るんだったら車道の専用道を走らなきゃいけない。
そして俺はキャロットマンで、ウマ娘じゃないから何キロ出して走っても一向に構わない。
「このふーんふーんふーん♪ はーいっひーぃるっふーん♪」
「とびーまーわっふふーん、びーっぐまーねふふーんふーん♪」
足に氣を集中させて、屋根を蹴って屋根へ着地。
着地の衝撃も音も氣で完全に殺しているから苦情が来るこもなく、俺とリルは闇夜のゴーストスイーパーのように都会の屋上を跳ねるがごとく駆けていた。
なお、歌は俺が教えたものである。ただ走るのも暇なので、親父ギャグと一緒に教えたりした。
リル、本当にいい子です。こんな子が、いつか凛々しい風情になるのだろうか。ウマ娘たちの先人をしょって立つような……出会った時に無理に使おうとしてた四字熟語とかを使いまくって? 笑うのもフッ……とかそんな感じで?
「……………」
俺としては、今みたいに可愛い笑顔で笑ってほしいなと。
だってさ、ほんとくだらない冗談とかで笑ってくれるのだ。頑張る姿も必死だし、余裕よりも向上心がまだまだ勝ってますって感じの在り方。
つい先日、目標にしていた距離のタイム更新を為した際、“あ、あのっ、あのっ……あぁぁああ……あたっ、頭をっ……撫でてもらえますかっ……!”とか真っ赤な顔で上目遣いで言われた時なんて、“ク~ッソカーワイイ~~~ッ!”とか言って変なポーズで謎の熱光線出しかけたよ。
まあ……撫でたけど。
甘えることを、褒められることを求めてくれるのは本当に嬉しいことだ。ウマ娘の幸せを願うなら、自分だって幸せじゃなきゃ北郷ダメだと思うの。
なので小学を卒業するまで、俺はこの子を厳しく育てるとともに、“楽しい”もた~っぷり教えようと思うのだ。
「ほらリル、好きなの食べていいぞ。頑張ってるリルに、キャロットマンのおごりだ」
「は、はいっ! えっと、なに味がいいかな……!」
「べつに全部でもいいぞー? アイス各種を全段とか俺も見てみたい……っと、あれ? ……え? ……エッ!? いやいやまさか……いや、でも……えっ!? ほんとに!?」
『パッポーイ! パッポーイ! 好き好きパッポーイ! パッポーイ! パッポーィイエー! イッツアメーリカァンパッポーイ!! おいしいポップコーンはいかが?』
「……ぁああああああああああっ!! なぁああつかしぃいいいっ!?」
「キャロットマンさん!? どうしたんですか!? どう……えっ? ポップコーンの機械がどうしたんですか!? キャロットマンさん!? キャロットマンさーん!!」
そんなわけであっちへ行ってこっちへ行って、様々なレースを見ては、“本番の緊張感”をその目で見てもらった。
鍛錬に戻ればしっかりと鍛えて、休みの日はとことんまでに休む。
氣で休息回復させるのはいいけど、そうすると内臓に負担がかかるのだ。胃腸が頑張って消化吸収しようとするから、どうしてもね。
なので……休肝日とはまた違うけど、消化吸収の良い食べ物を食べさせては、ゆ~っくりと休ませている。
不思議なもので、俺には甘えるようになったものの、他の子が居ると大人っぽく振る舞うようになった。
……どんなに背伸びしてもまだまだ子供だけど……まあ、“そうしたい”って思いは大体尊重したい北郷ですので全然OKだけど。
「じゃ今日もレッスンレッスンレッスン。はいタンタンタン、タンタンタン、タタッタッタタン」
「ふっ、ふっ……ふっ……んっ、ふぅっ……!」
当然、ウイニングライブのためのダンスレッスンも実行。
かつては数え役萬☆姉妹のためにプロデューサーもどきをやっていた俺だ、そこのところもいろいろと腕を振るえますとも。
俺の手拍子とともに、リルが淀みない綺麗なステップを見せてくれる。体幹がしっかりしている証拠だ。
「………」
「ふっ、ふっふっ……ふっ……ここで、こう、こう、こう……」
間違えることもな、ステップは完璧。この娘の成長速度どうなってんでしょうね。
そう思いつつも嬉しくもあるから、油断せずに鍛錬を続けてい───たのだが。
ある部分に差し掛かると、思い出したことで口が緩んでしまう。
「………」
「………」
……たぶん、同じこと考えてる。だってリルの口角がぷるぷる震えてるし。
なのでリズムを合わせてみると、笑いそうな顔で俺を見てきた。ので、変化させてからの手拍子が一定の部分に差し掛かった瞬間、華麗なるステップをしてみせた。
「ぷくっふ……!!」
リルが耐えきれずに笑った。
どうやらこの世界にもアレはあるらしい。
ならばもうなにも恐れることなく、声を出してリズムが取れる……!
「スコーンスコーンコイ〇ヤスコーン! スコーンスコーンコ〇ケヤスコーン! スコーンスコーンコイケ〇スコーン!」
「カリっとサクっと美味しいスコーン!」
「「カリッとサクッと美味しいスコーン!!」」
そうして綺麗にステップをしてみせては、顔を見合わせて笑った。
……当然、歌とダンスの練習にはならなかった。ならなかったが……リルのやる気メーターは超が付くほど絶好調だった。
……。
一頻り運動をこなすと、もはや言わずとも膝枕。
むしろ、しないと首を傾げたのちに俺を座らせ、自分からこてりと寝転がってくる。ほんと、俺の前だと皇帝してない。俺の前以外なんてあまり知らないけどさ。
俺はといえば……日々をキャロットマントして動き、未来あるウマ娘たちや、たまに普通の人も助けていることもあって、寝不足がたたって公園のベンチにてまさかの寝落ち。
かくんと垂れた顔とともに、ずるりと動いた手がリルの耳を丁度包むような姿勢になったらしく、とんでもなく驚いたとのちにリルに聞かされた。
「ひゃああっ!? なっ……なな、なにを!? あのっ、これも必要なことでっ………………あれ? キャロットマンさん? キャロットマンさん……? …………寝てる?」
寝ている最中の記憶なんて覚えてるわけがない。とはいえ、ヒーロースーツの赤いヤツが少女を膝枕してぐったり動かないとか、絵面としてどーなんだろう。聞いた話だからなんとも言えないけど。
「………………今なら、素顔……」
それにしても熟睡だったらしい。息苦しくなかったのかなぁ俺。
ヒーロースーツ着て、ベンチに座って、項垂れるように寝てたっていうから、絶対呼吸とかスペシャルしづらかったと思うんだけど。
◆北郷一刀のヒミツ④
実はある女神が居なくなった天界にて、
天使から“変換”の特典をもらっている。
この前の世界では四本足でノーザンブレードという名前だったが、
種〇になることだけは絶対に頷かなかったらしい。
なんて踊ったり走ったりして笑い合った日は一気に過ぎ去ったわけで。
ウマ娘には“本格化”という時期がやってくる。
大体は小学の最後か中等に上がったあたりに、一気に。
一生のうち、最高に体が仕上がる時期をそう呼び、この時に集中して鍛錬をすることが、実力者と呼ばれるウマ娘になる絶対条件だ。
だから半端なトレーニングをさせるトレーナーなんぞ必要ではないし、ウマ娘の夢に頷いてもくれないトレーナーに付いて行くなどウマ娘側にも有りはしない。
リルも小学の卒業が近づいているからか、最近はいやに俺にトレーニングをせがむようになった。もっと上を目指したいから、もっと強くなりたいから、もっと速く走りたいから。
なにより───
「あのっ、キャロットマンさん!」
「キャロットマンです」
「私の専属トレーナーになってくれませんか!?」
「ダメです」
「………………」
リルが、俺以外に教わることに抵抗を覚えるようになってしまったようで。
それについては今までも、お助けヒーローに教わったなら強くて当たり前だ、みたいに思われていーのかー? と説いてきたんだけど……今のように顔を赤くして涙目で、片頬をぷくーと膨らませてそっぽ向く、みたいなことをしているわけで。
「ウマ娘でもない存在が足の速さをご教授した、となれば、そこに異常性を疑うのが人ってもんだよ、リル。だからお前はこれから、きちんと自分の力と他と同じトレーニングで強くなっていきなさい。お前はスタートダッシュが他と違った。ただそれだけなんだってこれから知ることも多いだろう」
「ぅう……」
「でもな、そうしなきゃあ卒業じゃない。ちゃんとお前がここから出発して、これからは同じ条件で強くなって、ウマ娘の頂点に到ったんだ、って証明していくんだ」
「……トレーナー試験とか受けませんか?」
「受けません」
「~……」
頬が一層膨らんだ。
もう背も大分伸びた、この“本格化”が始まったウマ娘は、まだまだ心が少女なのだろう。ていうか俺と半端に関わった所為で成長しきれてない可能性もなんというかそのー……。
なので、まあ。
「ウマ娘を助ける活動は今後も続けていくから。中央に行くことがあったら、また会うこともあるだろうさ。だから、そんな顔しない」
「でも……」
「ウマ娘の幸せのために、ウマ娘を引っ張っていける頂点を目指すんだろ? こんなところで足踏みするな。ちゃあんと前向いて走っていけ。そんな走り方に慣れたら、前後左右上下にナナメ、何処でも見られるお前になればいいよ。その時に気づけることに首を突っ込んで、迷っている奴を引っ張ってやればいい。頂点を目指しすぎて、それ以外が見えなくなった、なんてお前じゃないんだからさ」
「───!! キャッ……キャロットマンさんが教えてくれたから! “楽しい”、たくさん教えてくれたから!」
「ははっ……ああ、世辞も一人前だ」
「世辞じゃありません事実です!」
「お、おう」
本気の想いに対して世辞扱いはやっぱりツッコまれると思うの、クラースさん。
「でもな、ほら。そんな風に子供っぽく反論してたら、諭せる相手も諭せないだろ? だから、」
「キャロットマンさんにだけです。私、これでも普段はキリっとして凛々しくて、子供らしくないと教師の間でも有名です」
……ドヤァアアアン! とすごいドヤ顔だった。
いや、それたぶん褒められてないよリル。
「じゃあ俺の前でだけは気を抜いてリラックスしてるってことか。じゃあ試しに面白いことを言ってみてくれ」
「おもっ……面白いこと、ですか。いいでしょう。タフなターフに敗けないくらいの強烈なものを……!」
それから、リルは必死になって“おもしぃじょーく”を説いてくれた。
語り途中で自分でウププと笑ってしまうくらいに自信があったらしい。どーですかとばかりに笑顔で胸を張る彼女に、俺は───
「ん~~!! ……なかなかオモシロかった。かなり大爆笑。いいよリル、気に入った。あっ……ヤバイ! スゴクいいッ! 激ヤバかもしれないッ! 耳にこびりつくんだよ! ダートのとこが。傑作っていうのかな……クセになるよ! ヨーロッパなら大ヒット間違い無いかも!」
「ヨーロッパ……! …………? ……キャロットマンさんはどうなんですか?」
「───」
「キャロットマンさん?」
「───」
固まった。キャロットマンのヒーローマスクの下は、きっとポルナレフに質問を投げられているドッピオ並みにヤバイことになっているだろう。
しかしキャロット怯えない。キャロット強い子。
「───あるところに、一組のウマ娘とトレーナーというよりは師匠と呼びたい、引退はしたがトレーナーをするウマ娘が居た」
「え? あ、はい」
「トレーニング中、ウマ娘がそのトラックを走ると、いつもトレーナー……師匠ばかりが褒められた。私だって頑張っているのに、とウマ娘が愚痴をこぼすと、師は苦笑して違うよと言った」
「……! なにが違うと……?」
「師匠は言う。あれはいい芝の手入れだね、って言ったのさ。そう、“師ばかり”褒められる……“芝刈り”が褒められたのさ!」
「───!!」
リルは不意を突かれたように笑った。
タフなターフに続くウマ娘関連のジョークにはなってくれたようで、一安心。
俺は岸辺露伴に敗けたジャンケン小僧のような笑みで、キャロット一安心のままに拭えるはずもない顎に伝う汗をグイと拭ったのだった。
「面白かったと褒めてくれた上に、手本まで語ってくれるなんて……! キャロットマンさんは本当にすごいですね!」
「ダイジョウブ、キットスグ、抜ケルヨ。ターフノ上デモ、ジョークデモ、キミハ皇帝ニナルンダ。キャロットマン、抜ケルヨ」
「ターフの上でも、冗句でも……!」
「だって、人参は抜くものだからね」
「!?」
感心していたところに不意を突かれたみたいに、リルは爆笑の渦に飲み込まれた。
こんな素直な子が皇帝になるって。
北郷信じられないんだけど……なるんだろうなぁ。
どうかこんな純粋な心を無くさないまま、皇帝へと到ってほしいもんだ……。
……。
多くは語らなかった。
来たるべき日が来て、行くべき場所へと向かうウマ娘が居た。それだけ。
会おうと思って会えるのも、きっとこれで最後とばかりに、リルは俺の前に立って、涙ながらに俺を見つめ、何度もお礼を言ってきた。
「ああ、たくさん泣いて、弱さは置いていきなさい。きっとこれから、弱さが足を引っ張る場面ばかりにぶつかることになる。そんな時は、この公園で笑ったことを思い出して、また前へと走りなさい」
「~……キャロットマンさん……!」
「さあ、卒業の証だ。キミはこのキャロットマンの鍛錬の先に立った、この世界で初めての生徒なんだから」
「……人参型の……ネックレス……?」
「これからのキミの活躍に幸あれ! やってやれ、リル! キャロットマンの生徒だからだとかそんなことを考える必要は一切ない! キミは、キミが目指したなりたい自分になりなさい! そして……どうか目指すことに囚われて、走る楽しさ、というものを忘れぬキミで居て欲しい」
「───!!」
「卒業おめでとう」
言って、チャラリと彼女の首にネックレスをかけた───途端、ぶわわっと涙が新たに溢れ、声にならない言葉とともに感謝を届けられまくった。
小学を初等と書いてあったら、書き始めの名残りです。ああもう恥ずかしい……!
なお。
何故9月が怪しい季節なのかは~のくだりの意味は、すみれSeptember Loveとペガサス幻想の作詞が同じ人だからである。
あと久しぶりにパッポーイおじさん見たい。最後に見たのはSeriaにぽつんと寂しく置かれてた時かな……さすがうるさかったのか、音声は流してなかった。あれがよかったのに……。
でもあれ絶対パッポーイとしか言ってないよね? ポップコーンとは聞こえないよね?