ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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辻褄が起こす奇跡の価値③

 死ュウウウ……!

 

「…………」

「………」

 

 いやあのその…………やりすぎた。

 あの手この手で向かってくる姐御さん相手に、それはもう真っ向から技術であろうと策であろうと叩き潰して黙らせた。

 で、とうとう本当の本気で泣かせてしまいまして。

 アッチャアアア……!! 強者であることのプライド、ぶち壊しちゃった……!?

 

「相手の氣の総量さえ見極められんのか……未熟者が」

 

 そんな俺の困惑なぞ関係ないとばかりに、思春さんが甘尖に呆れた視線を投げつつ仰った。……観客席から結構離れているのに、案外聞こえるもんだなぁ。

 

「えーと、李さん。用事も済んだし、娘たちの墓参りをしたいんだけど」

「──────えっ、あ、は、ははははいぃっ! ただいまぁっ!!」

 

 呆然としていた李さんに声をかけると、ビクーンと体全体で跳ねた彼女が慌てて動き出す。

 一応喝を入れることが目的だったんだし、いいよな、これで。

 

「っ……ま、待て……!」

 

 そそくさと移動しようとしたら、ガシィと掴まれる我が衣服。

 急だったんで思わずヒィとか言いそうになったものの、なんとか飲み込んで向き直る。

 

「お、お前……あたしの名はいらないってのか……!」

 

 名? ……ああ、そういえば字で十分だろうとか言われてた。

 でもなぁ、それよりもやってほしいことがある。

 

「ん、名の前に……そうだな、少しは身だしなみに気をつけなさい」

「なっ……!? るっさい……! そんなの、あたしの勝手、いたっ」

「勝手を語るなら、まずは勝ちなさい」

 

 蹲りつつも睨む彼女の額に、軽く手刀を落とす。

 きょとんとした顔が見上げてくるけど、まあ結局はこの娘のこの反応の原因はアレなのだろう。

 

「戦も刺激も無い世界だろうけどさ。先祖がどうだろうと、自分には同じ功績なんて得られるわけがなかろうと、お前はお前だ。なにも思春───甘興覇の名に勝とうなんて思う必要なんて無いんだよ。見えない伝説を追うんじゃなくて、今ある世界を存分に楽しめばいいんだ。……名前は?」

「え───あ……()……。姓が甘、名は史で……字が尖───ぷわっ!? なっ、こらっ! なに急に頭をっ!」

「そか。じゃあ、史。何度でも受けて立つから、何度だってかかってこい。誰の娘だろうが子孫だろうが関係ない。ただの甘史尖として」

「撫、で───…………」

 

 わしゃわしゃと引っ掻き回すみたいに頭を撫でて、最後にポムと弾ませるように撫でると立ち上がる。

 そう、偉大な存在を親や祖父、先祖に持ったりすると、伝説ばかりが大きすぎて、自信の置く場所を忘れてしまう人が居る。

 先祖とまで大げさに言わずとも、娘や孫や曾孫がそうだったのだ。じっくりと目を見ればこの北郷、もはやそれしきのことなぞ軽く見抜いてみせましょうぞ。

 

「じゃ、行こうか」

「……さらっと落としたわね」

「落としたねー……」

「一刀。あとでちょっと話があるわ。そこまで顔を貸しなさい」

 

 ニコリと笑顔で観客席へと向かったら、なんだか王らがジト目で迎えてくれた。

 

「……あの。蓮華さん? 桃香さん? 落としたってなに? それと華琳さん? あとでと言いながらどうして既にツラ貸せって感じで通路の陰を指差しているので? しかも親指で」

 

 流れで見ると、喉を掻っ切るポーズと指差すポーズが一緒になって怖いのですが?

 え、あの……俺、そこの陰で死んだりしませんよね? ね!?

 

「リ、李サン、次ニイコ? オイドンマダ死ニタクナイデゴワス」

「え……あの、疲れたりとかは」

「へ? いや、あれくらいじゃ疲れないって」

「で、ですが私たちが知る男性は、多少の氣を使うだけでも息切れをするほどで……!」

「───」

 

 軟弱であった。

 現代の男よ……なんと軟弱!

 いや、恐らく男のみに限ったことじゃないぞこれ……!

 確かに俺も、覚えたての頃は散々と苦労したけど……なんだか嫌な予感がする。

 バッと華琳を見ると、彼女も呆れた表情でこくりと頷いた。

 

「李さん! 今すぐ各国の腕自慢を集めてくれ! 年齢性別問わずで!」

「え……それは、今回御遣い様がいらっしゃるということで、呼んではいますが……、……!? ま、まさか戦うおつもりでは───!?」

「おつもりです!」

 

 そんなことはないと心から願う!

 だがしかし、思春の血筋でこうならば、他はどうなのか! 血筋だから強いとかを高々に語るつもりはないが、これで自信満々なのはおかしい! 絶対におかしい!

 だから───ああ、だから───!!

 

……。

 

 ───……嘘だと言ってよトニー。誰だトニー。

 

「………」

 

 懐かしの中庭の中心で、頭を抱えた。

 周囲には息を切らして肩で息する末裔さん達や、気絶して起き上がってこない末裔さん達。

 え? ええ、まあ、うん……勝っちゃったんだ……俺……。

 勝っちゃったんだよ……一人で……。

 

「李さん。質問」

「ひゃはぁっ!? ははははいぃいっ!?」

「いや、なにもそんな慌てなくても……」

 

 現在、五体満足なのは李さんだけ。

 “男が何用ぞ”とばかりにのっしのっしと歩いてきた末裔さん達を、こう……大暴れ将軍のように千切っては投げ千切っては投げをした俺は、現在どうしたものかと頭を痛めていた。

 

「あのさ。世界大戦でも影に潜んで勝利を得てきたとか聞いたんだけど……」

「あの……はい。時代の流れといいますか。ご先祖様の仰る通り、現在は戦などありません。競い合う競技が多少ある程度で、それも氣を使ってしまえば有利に立てるので……」

「……多少鍛えた程度で満足してしまっていると」

「……お、お恥ずかしながら……っ!」

 

 なんだろう。

 今、初の超野菜人2になれた子供が青年になった頃のあの漫画を思い出した。

 これも平和ボケってやつなんだろうか。

 痛む頭をもう一度抱えるように息を吐くと、近くで震えていた少女が俺を睨んでくる。

 

「図に乗るなよ男がっ! 御遣いだかなんだか知らないが、所詮はそんなもの、語られてきただけの誇張の話だ! 嘘ではなく貴様が本物だというのならっ! この書物に書かれている御遣い式鍛錬とやらをやってみろ!」

 

 で、その震えていた少女がバーンと広げて突き出してきたのは、いつか俺が書き記した、鍛錬の仕方【粉骨砕身編】だった。

 子供編や青年編、大人編があるそれの上級者向け……いわゆるとことんまでに自分をイジメ抜く“御遣い編”だった筈だ……! まさかあんなものがまだ存在していただなんて……!

 

「言っておくがなぁ……この書物に書かれた鍛錬は、私が幾度も挑戦し、その度に吐いて昏倒したほどの鬼畜鍛錬だ! およそ人間のやるものではない! だが……本当に本人なら、出来るだろう?」

「………」

 

 ニヤァと笑うこの少女。

 なんというか小さな春蘭みたいである。オールバック的な処理こそしていないものの、髪を前に降ろした春蘭というか、なんというか。

 

「ええっと、それはいいんだけど。きみ、名前は? 俺は北郷一刀」

「ふははははは! よくぞ訊いた! 我こそが世に知らぬ者無し! 曹孟徳様が築いた魏の旗の下に立つ現代の魏王の娘! 夏侯頌瑛(しょうえい)である!」

 

 なんと、魏王の娘であったか!

 ……などという驚きも半端に、一日は待ってくれないので、早速トレーニングを開始した。

 もちろん、ぷんすか怒る夏侯さんの手を引っ張って。

 王の娘がするなら自分たちもと動き出す魏の者たちにニコリと笑みつつ、俺達の鍛錬は始まった……!

 あ、ちなみに一緒に来たみんなも、せっかくだからと鍛錬に参加してくれた。桃香なんて久しぶりだな~なんて笑っているくらいだった。……だった。

 

 

……。

 

 で、数時間後。

 

「「「「「…………」」」」」

「よしっと。じゃあ次はたっぷりと柔軟な~……って、おーい、聞いてるかー?」

 

 死屍累々。

 別に言葉通り、“死体が多く重なっている”とかじゃあないが、それに近い状態が視界の先にあった。

 

「ほらほら、ぐったりしてても柔軟はするぞ? 散々足に負担をかけたんだから、血のめぐりを良くしてやらないと違和感が残るんだ。リンパとか小難しいのは抜きにして、むくみを取るものだって思ってくれ。ほら、立て立て~」

 

 ぐったりさん達を促して柔軟運動をさせる。

 もちろん走る前にも入念な柔軟をさせたが、走り終わってからの柔軟だって相当大事なものだ。

 なにせ、やったのとやらないのとじゃあその後の鍛錬に酷く影響が出る。

 まずはゆっくりと水を飲ませるのも忘れない。水分補給、大事。

 次に足を肩幅より少し広く開いて立たせてから、その状態のまま足の外側で立つみたいにして足の裏の内側、土踏まずを持ち上げるようにする。故意にO脚を作るみたいな感じだ。

 その状態でしばらく固定。次は逆に足の裏の外側を地面から離すようにして、足を内側に絞る感じでぎゅ~っと……こちらもそのまましばらく固定。

 それを何度か繰り返したら、今度は軽く屈伸。あまり素早くやらないように。

 次は手を大きく伸ばして背伸びの運動~。

 はい次。はい次。はい次は───

 

……。

 

 コーン……

 

「華琳、大変だ。みんな動かなくなってしまった……!」

「少しは加減を知りなさいっ、このばかっ!」

 

 過去に生きたみんなは……まあ、武官であった皆様や一部の文官であった皆様は無事だ。一部の文官っていうのは主に亞莎。というか亞莎。

 が、現代に生きる子孫達はもう……本当の本当にぐったりさんで、もはや荒い呼吸を繰り返すだけの存在になっていた。

 

「お兄ちゃんの鍛錬、久しぶりだったのだー!」

「久しぶりにやるとさすがに疲れるな……」

「はい。蓮華様、拭く物を」

「ありがとう、思春。……けれど、前ほどは疲れないわね。一刀、やっぱりこれも“御遣いの氣”が原因なの?」

「たぶんね」

 

 両手を頭の後ろで組んで、にゃははと笑う鈴々の傍ら、軽く汗を拭って訊ねてくる蓮華にそう返す。予想は立てられても、実際にそうなのかは俺にも解らないからなぁ。

 というか蓮華さん。独り言と俺へ投げる際の口調が違いすぎます。独り言は男らしささえ感じたのに、俺に訊ねてくるとなったらどうしてここまで女の子になれるのか。これが王の在り方なんだろうか。

 うーん、王ってわからない。

 

「ん」

 

 ともかくだ。

 まずは少し休ませてから、良い体作りのための第二歩、栄養摂取を。

 ということで料理をしましょう。厨房を借りても平気だろうか。

 ぐったりさんな頌瑛さんに訊ねてみると、かろうじてこくりと頷いた。

 むしろ“今は休ませてくださいお願いします”と顔に書いてあるようだった。

 

(───)

 

 やれるものなら、という条件に乗ってしまってなんだけど。

 ごめん、娘達。向かうの、ちょっと遅くなる。


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