夢の行方   作:あおい安室

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半年くらい前にこの作品のプロトタイプを思いつく
→試行錯誤していたら『上里ひなたは巫女である』連載開始
→次回作でこの作品の設定が使えなくなりそうな雰囲気……!

どうしてもこの作品を執筆したいので序章まわりだけ先に出します。本編部分はもうちょいかかりそうです……


序章
勇者を夢見る少年


 小学生になる直前、大赦の人から「大事な話がある」と言われて呼び出された。

 

「はるか昔、致死性のウイルスが世界中に蔓延しました。人々はなすすべもなく次々と死んでいき、世界は滅びる寸前でした。ですが、人類を守ろうとした神様達が集まって一本の大きな木──『神樹様』になり四国の外に壁を作ることでこの四国を守ってくれたのです」

 

「今の四国に生きる人々は皆この話を知っていますが、この話には秘密があります。当時の神樹様は四国を守るために生き残った人類から五人の『勇者』を選びました。選ばれた勇者はウイルスから四国を守るために傷つきながらも戦い抜きました」

 

「その中で勇者たちの過酷な戦いを支える『巫女』となり、戦いが終わった後に四国を守るための組織『大赦』を作ったのがあなたの御先祖様、『上里ひなた』様なのです」

 

「そして、ここからが本題になります。時期は不明ですが再び四国にウイルスによる危機が迫ることがわかりました。これに伴って神樹様は新しい『勇者』を選ぶことにしました」

 

「ですので――あなたには勇者を支えてもらいたいのです。かつての『上里ひなた』様の様に」

 

 大赦の人は頭を深々と下げて頼んできたけど、僕はそれを断った。

 

「お断りします。僕は勇者を支えるよりも、勇者になりたい」

 

 勇者になること。それは僕の――上里ひかげの夢だから。

 

 

 あの頃の僕は夢を諦めるということを知らなかった。その夢が決して叶うことがない夢だということに気付いていたけれど、それを認めようとしない典型的なわがままを言ってる子供だった。

 

 結局のところ僕はいつだって、ただの子供にしか過ぎないのだ。

 

 

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 神世紀298年、12月24日、香川県玉藻市内のとある商店街。

 今年のクリスマスイブは中学校の終業式の日と被っており、学生たちがクリスマスムードに浮かれて遊んでいる姿をちらほらと見かける。僕は彼らに混ざることなく、地元の商店街の本屋でレジ打ちをしていた。会計と袋詰めを手早く済ませて金額を読み上げる。

 

「全部で1890円です」

 

「2000円で」

 

「かしこまりました。お釣りは110円です。ありがとうございましたー」

 

 さっきのお客さんが買ったのは週刊誌二冊と単行本一冊。まずまずの売れ行き……かな。今週は新刊少し出てたからまだまだお客さんは来そうだ。ぼんやりと店内を眺めていると見知った顔を一人見つけた。オレンジのジャンパーを着た髭面のおじさん。

 

「土居さん。何か探してるんですか?」

 

「おー、ひかげ君か。今日は本屋でお手伝い中かい?」

 

 土居さん。この商店街でリサイクルショップを経営している人で中古家具や家電の販売はもちろん、壊れたものは何でも直してくれるすごい技術の持ち主だ。

 

「はい。店長のおじいさんが病院で検査の日だから手が足りないそうなので。土居さんのリサイクルショップでも何か手伝ってほしいことあったらいつでも言ってくださいね」

 

「わかった、その時は頼らせてもらうよ。『商店街の勇者』さん」

 

 勇者。そう呼ばれて僕は照れ臭そうに笑った。僕の将来の夢は「勇者になること」。それを商店街のほとんどの人が知っていて、僕のことを『商店街の勇者』と呼んでいるのだ。

 

「で、ひかげ君の言う通りちょっと探してる本があるんだけど……ひかげ君、口は堅い?」

 

「堅い方ですかね……あ、月刊快楽の都を探してるんですか? 今週特別号出てましたし」

 

 月刊快楽の都。一言で言うと大人向けのそういう本。土居さんは既婚者なので妻に内緒で毎月こっそりと買いに来ている……というのを店主のおじいさんから聞いた。何やってんだ土居さん。

 

「特別号も欲しいけどさ。俺が探してるのは魔女ッ子クリンReverseって漫画だよ」

 

「魔女ッ子クリン! 懐かしいなぁ。テレビでやってる魔女ッ子シリーズの昔の作品だっけ」

 

「そうそう。で、魔女ッ子クリンRevarseっていうのは最近連載されてる漫画版で、それをうちの娘が読んでるんだけど最新刊の予約をうっかり忘れちゃって。娘がそれを知ったら間違いなくしばらく会話すらしてくれないよ。だからこっそりと探し回ってるってわけ」

 

「なるほどねぇ……娘さんにはバレないようにしておきますね」

 

「助かる。玉藻市中回ってここが最後の希望なんだけど……置いてないかな?」

 

「残念だけど、もう棚に置いた分は売り切れちゃって予約してる人の分しか在庫はなかったはず」

 

「マジかー。やっぱり人気なんだね……仕方ない、娘には謝るしかないか」

 

「諦めるにはまだ早いよ。ちょっと待ってて、予約してる人に相談してみる」

 

 スマホの連絡帳から目当ての番号を見つけると、そのまま電話をかけた。

 

「もしもし、ひかげです。ちょっとお願いしたいんですけど、魔女ッ子クリンRevarseの最新刊の予約取り消してもらってもいいですか? 土居さんの娘がどうしても欲しいそうなんですが、予約忘れてたみたいで……ありがとうございます。今度埋め合わせもしっかりしますよ」

 

 通話を終える。土居さんにサムズアップした。パッと笑顔になった。 

 

「予約してる人と交渉成立しましたよ。南ゲートの弁当屋さんの人が予約してたんで今度お礼に行った方がいいですよ」

 

「すまない、助かった!」

 

「これくらいお安い御用です。ところで買うのはそれ一冊でいいんですか?」

 

「……快楽の都の特別号も取ってくるよ」

 

「ですよねぇ。いつもの本棚にまだあると思いますよ。その間に最新刊取ってきますから」

 

「いつもすまないね。お詫びに快楽の都読む?」

 

「読まないよ。大体僕まだ未成年だし、女の子には興味はあまりない」

 

「本当かい?僕が君くらいの年の頃はそういうの興味あったけどなぁ。そのせいで同じクラスの女の子を普通の目で見れなくなった時が懐かしい……」

 

 土居さんがこういう人なのになんで結婚できたのか本当に謎だ。お嫁さんどころか娘さんまでいるんだから、そろそろ女の人のこういうやつから卒業しないとそのうち娘さんに本当に嫌われるんじゃないかと不安だ。一応僕の方でも何か対策も考えておいた方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 それからもお客さんをこつこつ捌いていると、時は流れて日は沈み。

 

「ひかげくーん。まだ閉店まで時間はあるけど、もう夕方だから上がっていいわよ」

 

「了解です。今日も一日お疲れ様でした」

 

 副店長から終了指示が出たので、ロッカールームに荷物を取りに行く。

 

 ギィギィ音を立てるドアに打ちっぱなしのコンクリート部屋。ここも大分古いからこういうところは年季を感じる。僕の荷物が入っているロッカーは部屋の隅のフリーのロッカーだ。学校終わりにそのまま来た時はいつもここに着替えとバッグをしまっている。

 

「相変わらず学ラン似合ってないねぇ」

 

 お店の制服を脱いで着替えて終わったところで副店長が部屋にやってきた。

 

「人が地味に傷つくことを言わないでくださいよ」

 

 苦い顔をしつつため息を吐く。商店街どころか学校を含めて色々な人によく言われるのだ。思わず部屋の中にある鏡の中の自分を見つめた。そこに映っているのはかなり背が低い少年の姿。僕は小学校の頃からあまり背が伸びず、クラスの中でも非常に背が低い方だ。

 加えて顔つきはどちらかと言えば女性よりで、性別を間違えられることもしばしば。そんな僕が学ランを着ると男子中学生のコスプレしている女子に見えるそうな。悲しい。

 

「ごめんごめん。その分お給料には色付けておいたからさ。バッグの中に給料袋入れてるからね」

 

「前から言ってますけど、そういうの別にいいですよ。僕が好きでやってるんですから」

 

「ダーメ。労働には対価があって当然なんだから。それに今日はクリスマスイブで終業式もあったんでしょ? この後飲みに行ったりする予定あるだろうしお金はあったほうがいいよ」

 

「僕、まだ未成年の中学一年生です。飲みに行けないです」

 

「あはは、冗談だよ、冗談。だけど、お酒を飲まなくても雰囲気を楽しむっていうのもいいものだよ? それにこの辺のお店はひかげ君のお世話になってるから、飲みに来ても学校とかには黙ってくれるはずだし大人の階段上ってみたら?」

 

「むー……考えておきます。今日の晩御飯もどこかで食べるつもりでしたし」

 

「おおっ! ひかげ君が今日は外食するんだ……今夜はホワイトクリスマスだね」

 

 いくらなんでも失礼すぎないか。

 

「だってひかげ君っていつも家でご飯作って食べてるんでしょ? レストランのお手伝いした時にまかないをもらうことはあっても、客としてくることはめったにないって聞くし。そんなひかげ君がついに外食するとは……お姉さん嬉しいよ」

 

「だとしても雪が降るとか言うのは酷くないか。一人暮らしだからあまり外食できないだけです」

 

「ああー。なるほど、そういうことか……からかってごめんね?」

 

「別に気にしてませんから。その代わりに普段あまりしないようなことたくさんして、副店長さんが帰る時には猛吹雪吹き荒れる天候にしてやるつもりですので」

 

「ひかげ君の仕返しが割とガチでシャレにならない! そうなったら私帰れないんだけど!?」

 

 慌てる副店長に「冗談ですよ」と一言。ほっと胸をなでおろす姿を横目に制服をたたみ終わった。いつも通り制服をロッカーの中にきちんと戻して、と。

 

「それじゃ、今度こそお疲れ様でした。閉店まで頑張ってくださいね」

 

「うん。ひかげ君もあんまり無理しないでよ。最近なんか頑張りすぎに見えるしね」

 

 そう言うとひらひらと手を振って副店長はお店に戻った。肩を下ろして大きく息を吐きだすと、手伝い時のかしこまった口調を崩す。

 

「あんまり無理しないで、か。馬鹿馬鹿しい」

 

 無理の一つや二つこなせなくて勇者になれるものか。さて、ご飯食べに行こう。たまには外食してもいいかな。大人っぽいお店でご飯が美味しそうなところとなると……『赤嶺飯店』か。

 

 

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「その考えでこの店が出てくるあたり、お前さんは大分ダメな方進んでる気がするんだがな」

 

「ええー?どういうことかな、赤嶺のおやっさん」

 

 商店街の裏通り。そこには居酒屋やバーなど大人向けの店が並んでおり、その中に中華料理店『赤嶺飯店』はある。ここの手伝いをしたことも何回かあるため、遅い時間帯の飲食を黙認してくれているのだ。その代わりに店長の『赤嶺のおやっさん』がうっかり酒を飲まない様に監視についている。

 

 赤嶺のおやっさん。商店街でもかなり年長のお爺さんで豊富な知識と人脈を生かした悩み相談等色々やっていることから『商店街の相談役』と呼ばれている頼りになる人だ。僕もこの街に引っ越してきたばかりの頃からよくお世話になっている。

 

 余談だが、下の名前は全く名乗ろうとしないので不明。下の名前を知ってしまった人はあの『大赦』によって消されてしまうという恐ろしい噂もあったり。何者なんだおやっさん。

 

「普通は大人っぽいお店と言ったらオシャレなバーとか高級そうなレストランを連想するもんだろ。なんでうちみたいな飲み会向けのお店を連想しとるんだ」

 

「僕の周りの大人って大抵こういうお店でワイワイ飲んでるけど」

 

「しまった、お前の周りの大人は土居を筆頭に中身がガキの連中ばかりだった……」

 

「ガキって。そこまで言わなくていいんじゃ?」

 

「土居なんてあいつ中学生の頃から胸のデカい女を追いかけてたぞ」

 

 そんな事実知りたくなかった。

 

「人間なんてそう簡単に変われるもんじゃねぇよ。小さい頃からずっと勇者を目指してるお前みたいにな。俺も昔から喧嘩が得意なのは変わってねぇなぁ」

 

「それはおやっさんに稽古付けてもらってる僕が良く分かってる。そろそろ米寿だって聞きましたけどなんでそんなに強いんだか……」

 

 呆れた視線を向けると、おやっさんは子供っぽく笑った。

 

 赤嶺のおやっさんは昔から喧嘩が非常に強いことで商店街では有名なのだ。拳法や空手、柔術といった基本的な武道はもちろん、剣や棒といった武器の扱いも長けている。それを聞いた僕はおやっさんに頼み込んで時々稽古をつけてもらっているのだ。勇者は強くなくっちゃね。

 

 ……なお、今まで模擬戦で勝てたことは一回もなし。おやっさん強すぎです。

 

「年取っても弱くなるだけじゃねぇぞ。年齢に合わせて体が衰えるからこそ見える境地ってのもあるもんさ。それに俺の家系は元々荒っぽいことが得意だからな。後は生まれ持ったこの体か?」

 

「……あのー、遠回しに背が低い事馬鹿にしてまして?」

 

「割と。すまんなぁ。でも背が低い事は戦いにおいて基本的にはマイナスになるのに本当にお前は稽古を頑張ってるなと思うよ。ほら、今日はサービスで唐揚げおまけしてやるよ」

 

「やった、肉だ!ってごまかせると思うなよおやっさん!?」

 

 確かに肉は大好きな男の子だけども! 

 

「あっはっはっはっは」

 

「くそっ、来年はもっと背を伸ばしてやる……! おやっさん、背が伸びそうな料理無いのか!?」

 

「そうだなぁ……煮干しならあるぞ。いるか?」

 

「ください」

 

 コツコツ背を伸ばしてやる。目指せ160cm台。

 

 

 

 

「帰り道気をつけろよー」

 

「わかってますって。おやっさんも最近冷えますし体に気を付けてください」

 

 言われるまでもねえよ。ぶっきらぼうに言い返したおやっさんに見送られ、日が落ちて暗くなった商店街を歩いて自宅へと向かう。その途中でいろんな人とすれ違った。

 

「よーう、勇者さん。今帰りか?」

 

「そんなところですね。伊達さんも会社帰りみたいですけど、早く家に帰ったほうがいいですよー。八百屋さんで見かけたんですが、お嫁さん今日は特製カレー作るみたいですよ」

 

「マジか! 女房のカレー絶品なんだよなぁ。余ったらお前んとこ届けてやるよ」

 

「あはは、その時はよろしくお願いしまーす」

 

「おや、こんな時間に珍しいね勇者君。一杯うちの店でどう? クリスマス特別カクテル一杯無料サービス中よ」

 

「愛理さん僕まだ未成年ですよ。バーとかそういうとこ入ったらダメですって」

 

「ふふふっ、冗談冗談。大人になったら飲みに来てねー」

 

「ええ、その時は考えておきます」

 

「勇者さんよーい。明日の夕方空いてたら品物の陳列手伝ってくれねぇか?」

 

「了解。いつも通りの時間に行くよ」

 

「すまねぇ、いつも助かるよ!」

 

 会社員にバーのマスターにスーパーの店員。商店街のあらゆる人々から『勇者』と呼ばれ、頼りにされているのだ。この町に来た時からずっと頑張って積み上げた信頼の賜物である。勇者になることを目指している僕にとってそれはとてもうれしい事だけど。

 

「……いつまで、こんなこと続けようかなぁ」

 

 冷たい空を見上げながらため息交じりに呟いた。

 

 僕の夢は勇者になること。だけど、何をすれば勇者になれるのかわからなかった。人助けをすることは勇者らしいと思って何年も続けているけれど、こんなことをしても勇者になれないことに気づいていた。僕が憧れる勇者は、昔読んだ絵本に出てくる蒼い装束を身にまとった勇者だけど――

 

 現実に魔王はいないし、勇者の剣もないし、勇者の証もない。

 

 だったら僕はどうすれば勇者になれるんだろう。答えが見つからない問いを抱えながら今日も一人、悩みながら家へと帰ってゆく。

 

 

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 月明りと街灯が照らす帰り道。僕の自宅であるアパートは商店街のはずれの方にあり、夜になると辺りの人気も少なくなる。だからこそ、帰り道で出会った人物はよく目立っていた。

 

 その人は白い装束を身に纏い、白いフードと大樹をかたどった紋様入りの仮面で顔を隠している。神樹様に仕える組織『大赦』の神官の服装だった。道の端で立っていた神官は僕を見つけると、突然目の前に立ちふさがって進路を妨害する。

 

「あのさ、邪魔なんだけど。どいてくれない?」

 

「上里ひかげだな? 君に試してもらいたいものがある」

 

 神官──声から相手が女性だと分かった──は僕にかまわず話を始める。神官は懐から大赦のマーク入りのスマートフォンを差し出した。その画面の中心には青い花のアイコンがあった。

 

「これに触れてみてほしい」

 

「別にいいけど……」

 

 人差し指でアイコンに触れる。アイコンは何も変化することはなく、何かが起きるということはなかった。わかってはいたけれどその結果に落胆する。

 

「やはり何も起きないか。時間を取らせてすまなかったな」

 

「起きるはずがないだろうに。だってそれ、勇者システムでしょ?」

 

「知っていたのか?」

 

 神官が仮面越しに驚きの視線を向けているのがなんとなくわかる。苦笑しながらその訳を話す。

 

「昔はそれなりに本家の方でいろいろと勉強してたから勇者システムについて大なり小なりは聞いたことがね。神樹様に選ばれた人にしか使えない、勇者になるためのアプリが『勇者システム』」

 

「ああ、その通りだ。勇者システムが君に反応するんじゃないかと思ったが……」

 

「するがわけない。神樹様が勇者に選ぶのはいつだって女の子。僕はいくら頑張っても男の子だから絶対に勇者には選んでくれないよ」

 

「……そこまで知っていたのか。試させてすまない」

 

「謝らなくていい。そんなことはずっと前から分かってるから」

 

 僕が勇者になりたいと思った時から、勇者になれないことはわかっているのだ。

 

 かつて大赦の人に「勇者になりたい」と語った時、大赦の人は笑いながらその事実を告げた。幼い自分ショックを受けると共に「いつか勇者になって見返してやろう」とムキになって意地でも勇者を目指すことにして――夢を諦めきれない今の僕がいるのだ。

 

 そんな自分が馬鹿なのはわかっている。それでも夢を諦められる程僕は大人じゃなかった。

 

 

「さてと、今晩はよく冷えるし神官さんも風邪ひかないうちに早く帰った方がいいよ。僕も帰り道の途中だし」

 

「そうだな、確かに今日は寒い。これだけ着込んでいても寒気を感じるくらいだ」

 

 仮面越しに神官が苦笑しつつ服をバサバサと動かす。神官用の服は見た目通り厚着なのだが肝心の生地が結構風通しが良く夏場でも快適なのだ。つまり防寒性能はほとんど死んでいる。本家にいた頃の僕がこれを着るときは中に綿とか詰め込んでた記憶。最終的に本家の人に怒られたけど。

 

「あ、使い捨てカイロあるけど、使う? 大小はもちろん貼るタイプも貼らないタイプもあります」

 

「気持ちは嬉しいんだが……お前が使わなくていいのか?」

 

「この程度の寒さ程度どうってことない。この時期は寒さに困ってる人がたくさんいるから、そういう人に配る用にいつでも持ち歩いてるんすよ」

 

「そういうことなら小さいやつを一つもらうとしよう。すまないな」

 

 バッグの中から小さいカイロを取り出して手渡した。その時神官の手に触れると信じられないほどに冷たかった。冷え性なんだろうか? でもこの冷たさにはどこかで覚えがあるような……どこだったか。思い出せない。

 

「これはカイロのお返しだ。持っておけ」

 

 少しだけボーっとしていると神官は僕の手にあるものを握らせた。渡された物の金属特有の冷たさにハッとして確認すると、それは先程試した勇者システム入りのスマホだった。

 

「いやいやいや! それはダメだよ神官さん。勇者システムは極秘中の極秘だって聞いたことがあるし、僕には使えないんだから持っていても意味がない」

 

「大丈夫、そのスマホには勇者システムしか入っていない上に肝心のシステムも旧式だから廃棄処分が決まっている。君が持っていて問題はない。それに君には使えないとしても、それは勇者であることの証のようなものだ。御守り代わりにでも持っておけばいいさ」

 

「むう……勇者の証、か。そういうことならもらっておくよ」

 

 手にしたスマホを見つめる。スマホ自体が古いデザインで小さい傷もちらほらとあり、勇者の証らしいといえばらしい。大切に保管しておこう。ボタンをおして電源が入れると先程の画面が表示された。一応気になってもう一度青い花のアイコンに触れてみるけども、やはり変化は――

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「なんか花が黒くなったんだけど」

 

「見せてみろ」

 

 神官に青い花の花弁が全て黒く染まった画面を見せる。さっき触れたところから花が黒く染まっていったのだ。気味が悪いそれを見た神官も戸惑っていた。

 

「確かに黒くなっているな……ちょっと貸してみてくれ」

 

 神官も確かめるように画面に触れる。花の色は変わることはなかったけれど。

 

「……あ、れ?」

 

 急に視界がぐらつき、意識がどこかへ引っ張られていくかのような感覚と共に倒れる。神官が咄嗟に手を掴んでくれたけれど倒れる勢いは止まることはなく、掴まれた手は外れて――沈む。

 

 沈む。体が、意識が、そのどちらもが闇へ沈んでゆく。

 

 漠然とした恐怖と暗闇に上里ひかげという存在が飲み込まれるのを感じると共に、心のどこかでわかってしまった。もう後戻りできないところに足を踏み入れてしまった、と。

 

 

 

 

 闇に溶けて地面の中へ消えていった上里ひかげを見届けた神官は呟く。

 

「これで私は地獄に堕ちるな……」

 

 男でありながら『上里ひなた』に似ている容姿を持つと聞いていたが、実際に会ってみれば性別による差を除けば顔も体格もほぼ瓜二つと言っていい容姿だった。「彼ならば旧型勇者システムの隠し機能を起動できるのではないか」と考えていたが、その目論見は見事に成功した。

 後はこちらで彼の帰還準備を進めるしかないが、それまで彼があの場所で生き延びてくれるかどうか……わずかな不安を抱いていると、ポケットのスマホに連絡が来た。

 

「……私だ」

 

『――様!? 良かった、ご無事でしたか!』

 

 相手はそれなりに付き合いがある大赦の職員で、よほど焦っているのか冒頭の名前を呼ぶ声は途切れて聞こえた。

 

『突然端末の反応が消えたため、連絡を入れさせていただきました。一体何があったのです?』

 

「上里ひかげに勇者端末を渡した。結果はアタリだ。彼にはあの勇者端末を持つ資格がある」

 

『なんと……! やはり彼も上里ひなた様の血を引いているということですか。わかりました、事前の連絡通りこちらでもなんとか反応をキャッチできないか試してみます。それと彼の帰還に協力してくれる巫女の方ですが、既に準備は出来ているとのことです』

 

「了解した、直ちにそちらに向かう」

 

『ええ。お気をつけて――』

 

 

 勇者様。

 

 




 序章の後半部分は来週出す予定。
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