夢の行方   作:あおい安室

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お待たせしました。


冒険の始まり

 ──声が、聞こえる。

 

「この子が──ですか?」

 

 ぼやけた声がぼやけた部屋の中で聞こえる。体は鉛のように重く視界を動かすことすら億劫だった。何がいるのか? 何があるのか? どこにいるのか? 何もわからないけれど、聞こえてくる声は安心できる声だった。聞いたことがないようで、聞いたことがあるような……不思議な声。

 

「そうですか。この子があの人の──」

 

 だけど、その声は──

 

 ──出来損ないですか。

 

 一瞬で痛みを伴う冷たい声に変わった。体中の毛がゾクリと逆立つような、冷たい声。その声にはとても受け止められないほどの感情が込められていて、僕は耐え切れず──

 

 

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 ──意識が覚醒した。

 

「が、はぁっ!」

 

 勢いよく起き上がらせた体は先程聞いた言葉で酷く怯えていて、呼吸は荒いままで視線がうまく定まってくれない。胸に手を当て、自分を励ますように呟くことで落ち着こうとする。

 

「ぼく、は……出来損ないじゃ、ない……じゃな、い……!!」

 

 先程聞いた「出来損ない」という言葉がまだ胸の奥に残っている気がして気分が悪く、言いようのない恐怖で体に力が入らずしばらくうずくまったまま動けなかった。

 

「……よし。落ち着いた」

 

 中学一年、13歳となると多少の悪口も気にしなくなった。しかし、先程聞いた言葉にはどうしようにもないほどにドロリとした感情が込められていて、かつてのように取り乱してしまった。それほどの言葉を発したあの人は一体誰なんだろうか……? 

 

 ……いや、今はここがどこなのかを確かめるのが先か。今いくら見渡しても目に見えるものは何もなく、壁も床も『何も』見えないこの場所がどこなのかを調べないと。手で床を触ってみるとコンクリートらしき地面に座っていることはわかる。何も見えないのは明かりがないからだろう。

 

「確かこの辺に懐中電灯を入れてたはず……」

 

 学生服の裏ポケットから目的物を探す。僕の学生服には使い捨てカイロを始めとして困ったとき用のあれやこれを入れており、なんでも出てくる様子から同級生や商店街の子供からは『リアル狸型ロボット』と呼ばれることがあったり……さすがになんでもは持ってないけど。

 あれだろうか、私服が青系だったり背が低めなせいだろうか。ああ、早く大きくなりたい……

 

「おっ、あったあった」

 

 ようやく見つけた懐中電灯のスイッチを入れて周囲の確認を始める。

 

 先程感じた感触の通り床はコンクリート造りで壁も天井も同様。目の前と後ろには懐中電灯を向けても照らしきれない闇が広がっており、どうやら通路にいるようだ。昔商店街の大工さんに連れてこられた建物の作業用通路に雰囲気が似ているけれど、天井に備え付けられた明かりは全く点灯していないし、床には足跡が残る程に埃が積もっていたりと長年使われていないようだ。

 

 見るからに怪しいこんな場所で倒れていた原因は、これだろうか。先程拾った勇者システム入りのスマホを起動すると、記憶の最後と変わらない黒い花のアイコンが表示された。もう一度触ったら元の場所に帰れないかと思ったけど、うんともすんとも言わなかった。

 

 それどころかいろいろと触ってはみても画面は全く変化しない。どうやらバグっている様だ。こんなところに来てしまった原因と思われるスマホがこんな状態で元の場所に帰れるんだろうか。

 

「……ええい、考えるのはやめだ!頭を使うのは向いてないのは自分でもよくわかってるし!」

 

 コンクリート造りということは人工の通路だからどこかに出口はあるはずだ。いつもみたいに体動かして落とし物──今回は出口──を見つける簡単なお仕事だと考えれば気分は楽なものだ。

 

 よし、いくぞ……!! 

 

 頬を叩き気合を入れて懐中電灯片手に謎の通路の探索を開始する。その表情は少しだけ笑みで緩んでいた。物語の中で勇者が探索するダンジョンみたいで、ワクワクしてたから。得体の知れない場所にいる恐怖よりもワクワク感が上回っているあたり、僕はやっぱり子供なんだろうな、と思う。

 

 

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 懐中電灯が照らす通路を歩き続ける。聞こえる音は僕の足音と呼吸音のみ。寂しいけれど、未知の場所を探索する好奇心に満ち溢れた今の僕にとってそんなものどうってことない。懐中電灯の電池も交換したばかりだし、不安要素があるとしたら通路が崩落することだろうか。

 

「うわっ、ここもか」

 

 路上に散らばっているガレキを発見した後天井を確認するとやはり崩れている。通路を探索していると何ヵ所か天井や壁が崩れている場所を目撃することがあった。使われていない様子の通路とはいえこれ程に老朽化しているとは……いつ崩れてもおかしくない。

 崩れている箇所に懐中電灯を向けるとこれまでと同じく木の根らしき物と土が見える。どうやらこの通路は地下にあるようだが、そうなるとここがどこなのかますますわからなくなってきた。

 

 そもそも、地下施設の建設は小規模なものならともかくこんなに大きな施設は禁止されている。

 

 禁止されている原因は神樹様にある。神樹様がウイルスから守るために四国の外に作った壁は『神樹様の根』と呼ばれているが、四国の外側にある壁が『根』であるのならその『根』は当然四国の下にも張り巡らされているのだ。そんな地下で下手に工事を行うと神樹様の根を傷つけてしまう可能性があるため、地下施設の建設は大赦が厳重に規制している。

 

 どうやってこんなに歩き続けられる程巨大な地下施設を作れたんだろうか……? 

 

 この施設が地下ではなく建設規制が緩い山の中にある可能性はあるけど、本当に地下にあったとしたらこの施設はますます怪しくなってくる。早く元の場所に帰ってここについて調べたい。

 

「……分岐路か」

 

 考え事をしていると道が左右に分かれており、左は相変わらず通路が続いているが右には金属製の扉があった。右側の扉を開こうとしてみるが扉は開かない。

 

「クソッ、ダメか……!!」

 

 これまでにも何度か扉を見つけることはあったがどれも開かなかった。見つけた扉にはドアノブがなく、上部に自動ドアのセンサーらしきものがあるのだが明かり一つついていないこの地下通路でそのセンサーが稼働している様子はない。自動ドアの手動解放装置について大工さんから聞いたことはあるけど、それらしきものが見つからなくてどうしようにもない。

 

 自動ドアは停電時に自動でロックがかかるタイプがあると聞いたことがあるけど、多分この施設にある自動ドアはそういうやつだ。何とかして電源を回復させられたらいいんだけど……

 

 そんな方法が見つかれば苦労してないんだよなぁ。諦めて左の通路を進むことにした。

 今のところ収穫が『崩れた通路』と『開かない扉』しかない。物語だったら道中で薬草や武器が入った宝箱の一つや二つくらい見つかってもいいんだけど、現実はそう甘くないか。

 

「……ん?」

 

 左の通路を進んでいると目の前に不思議なものが見えた。ぼんやりと薄く光っており、ところどころ光の帯のようなものが巻き付いている謎の人型。幽霊みたいなそれを見つけた僕は興奮していた。そうそう、これだよこれ。冒険っていうのはこういうのが出てくるものだ……!! 

 向こうはまだこっちには気付いてないみたいだし、まずは落ち着いて深呼吸、と。

 

「すまない、一つ聞きたいことがある!ここがどこなのか知らないか?」

 

 街の人に話しかけるときみたいに声をかけると、人型はこっちを向いて──相手には目も口もなかったけどそういう風に見えた──こちらに向かって駆け出してくると同時に殴りかかってきた。

 

「っ!」

 

 どうやら友好的な相手ではないようだ。人型がこちらに近づいてきたタイミングを見計らって後ろに跳躍し、空振りしたのを確認してから全力で体当たりして姿勢を崩す。

 

「まだまだっ……!」

 

 すかさず腹部を殴りつけてひるんだ隙に蹴り飛ばし、僅かながらも距離をとる。蹴り飛ばすのは相手が重いと厳しいけど、殴った時の感触がそこそこ軽かったからこっちにした。赤嶺のおやっさんから稽古つけてもらったかいがあったけど……予想通り相手は立ち上がった。

 

「まだやる気?」

 

『──―』

 

 人型は問いかけに言葉では答えず、代わりにこちらに向かって構えなおして抗戦の意思を示してきた。やっぱりあの程度じゃ威力が全然足りないか……本当、早く大きくなりたいよ。

 

 威力が足りないのは僕が子供であることと、昔から同級生と比べると少し小柄な方というのが原因だ。おやっさんに7年間鍛えてもらってスピードは大人並みに出るようになったけど、力不足の欠点は改善されていない。だけど、力不足を補う手段はいくらでもある。

 

 今度はこちらが人型との距離を詰めると相手は反撃の動作に入ったが、それは予想できている。反撃で繰り出された腕を狙い鋭く手刀を叩きこむ。人型がひるんだわずかな隙に膝に一発蹴りこむことで姿勢が崩れて無防備になった。すかさず人型の腕を掴み、円を描くように投げ倒す。

 

 相手の姿勢を崩して投げる。おやっさんから力不足の僕でもそれが行えるようにコツを学んでおり、力不足を補う手段として活用している。なぜなら、投げられた直後の人間は無防備になりやすい──つまり、強力な一撃を叩き込みやすいのだ。

 

「せりゃぁっ!」

 

 がら空きの腹に全力で蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた人型が苦しそうにしながら立ち上がろうとするも──

 

「遅いっ!!」

 

 人型の頭にコンクリートブロック程の大きさの『ガレキ』を振り下ろした。その辺で拾ったこれは見た目よりも軽いけど、元々はこの通路の一部だったんだ。硬さはお墨付き。

 

 力不足の僕でも『武器』を使えばある程度の威力は出せる。そのためにどんなものでも武器として扱えるように手ほどきをしっかりと受けている。これくらいの重量物の扱いは得意中の得意だ。

 

『──』

 

 人型はその一撃を最後に動かなくなり、体が霧散して光の粒となって消えた。幽霊らしい消え方に驚きつつもなんとか勝てたことにほっと一息つく。一体この人型はなんだったんだろうか。

 

 人型とは言ったけれど、あいつは首がなくて頭が直接体につながっていたり手足には指が無かったりと厳密には完全な人型とは言い難い。触れた時の感触も奇妙なことに体格に反して軽かったし、掴んだときは熱くなければ冷たくもない。まるで空気が形を持ったかのような感じだった。

 

 ……考え事してたらお腹が空いてきた。だいぶ長いこと歩いたからか。いつもバッグの中にエナジーバーとか軽食は入れてあるんだけど、残念ながらバッグはここにはない。目覚めた時そばになかったから多分元の場所に置きっぱなしだと思われる。今度から学生服に入れておこうかな? 

 

 座り込んでぼんやりと休憩していると、懐中電灯の光を反射して輝いている何かに気付く。拾い上げたそれは透き通った青いガラスのかけらにみえるけど、触るとほんの少し暖かかった。落ちていた場所から考えると人型が落とした物みたいだけど……戦利品としてもらっておこう。

 

 不思議な宝石を手に入れた! 

 

 うーん、いまいち。なんとなくガラスというよりも宝石っぽいからそういう風に名付けたけど、どうせならもう少しいい名前をつけたいな……宝石……青色……温かい……閃いた。

 

「『勇気のかけら』……うん、これがいい」

 

 手のひらに載せた物体に光を当てるときれいな青色に輝く。その色を見ていると、幼い頃に読んだ絵本に出てきた勇者──今も憧れている蒼い装束の勇者──を思い出して懐かしい気分になる。絵本を初めて読んだときに感じて、時と共に忘れていた『勇気』を思い出したような気がした。

 

 だから、これの名前は『勇気のかけら』。

 

 名前を付けると手のひらのこれがなんだかすごいものに見えてきた。帰ったらこの宝石を土居さんに頼んで加工してもらおっと。この大きさだとペンダントとかいいかもしれない。ダンジョンを冒険して見つけた素材で新しい装備を作る……こういうのってすごく勇者っぽい気がするぞ! 

 

 これで後は剣や盾といった武器が欲しくなるところだけど、案外見つかりそうな気がする。古びた通路に開かないドアはたくさん、謎の人型は倒したら勇気のかけらを落とす。こんなに非現実な要素があるんだから剣の一本や二本くらいきっと出てくるはずだ。

 

「……よし、いこう!」

 

 ほのかな期待を抱きつつ、頬を叩くことで気合を入れて謎の通路の探索を再開しようすると、急に視界がぐらついて思わず膝をつく。同時に意識がどこかへ引っ張られて視界が暗転していくこの感覚には覚えがある。ここに来た時と同じ感覚で意識が遠のいていくということは──

 

 その予想が正しかったことを示すかのように、電子音声が聞こえた。

 

『カガミブネ、緊急起動します』

 

 

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 今回は何も見ることはなく意識が目覚めた。重たい目を開くと暗い空と僕の顔を覗き込んでいる誰かの姿が見えた。ぼやけた視界でも白い仮面に描かれているマークを捉えることは出来た。顔を覗き込んでいる誰かはどうやら大赦の神官らしい。

 

「目が覚めたか、上里ひかげ」

 

 目覚めたことに気付いた神官が声をかけてきて、その声で昨日出会った神官と同じ人であることに気付く。体を何とか起こして辺りを見渡そうとするが体が信じられないくらいに重い。

 

 それでも何とか起こして周囲を見渡すと、すぐ近くに海が広がっていた。じっと見つめ続けてぼやけた視界が鮮明になると海上にねじれた建築物が見えた。あの建築物は新聞やテレビで見た記憶がある。二か月程前に起きた大きな災害で無残に破壊されてしまった『瀬戸大橋』だ。

 

「あー――?」

 

 玉藻市からはほとんど見えないはずの瀬戸大橋が近くで見えるここはどこなのか。それを聞こうとしたが声がうまく出せず、呻くような力のない声を発し続けていると神官が口を開いた。

 

「ここは大橋市にある大赦が管理している施設の展望台だ。君はつい先ほどここに転移してきたばかりだから、体に上手く力が入らないんだ。体を起こすのも大変だっただろう?もう少し時間が経てば治るから安心して寝ていろ――と、言いたいところだが色々聞きたいことがありそうだな?」

 

 神官の問いにうなずく。声で返事をしようと思ったが、まだ口元に力が入らなかった。

 

「最初に、君が別の場所に移動していた現象について説明しよう。あれは『カガミブネ』という勇者システムの機能の一つだ。神樹様の力を使って勇者を転移させる機能だが、現在も研究及び開発が続けられている未完成の機能だ」

 

「むぅ――」

 

「なんでそんな未完成の機能が作動したのか、か?」

 

「!?」

 

 疑問に思っているとまたしても言いたい言葉を察してくれた。この人、只者じゃない。怪訝そうな瞳に神官は言葉を返す。

 

「理由は君に渡した勇者システムが特別な仕様だからだ。君が持つ勇者システムはカガミブネの試験用に作られた最初期のもので、とある巫女専用に作られた。その巫女の名前は『上里ひなた』」

 

「っ――!」

 

「ああそうだ、君の御先祖様である『上里ひなた』だ。恐らく、勇者システムの使用者を判別する機能が経年劣化で故障して君を『上里ひなた』と誤認して誤作動を起こしたんじゃないかと考えている。それが誤作動の原因であり――君に勇者システムを渡した狙いでもあった」

 

「……ろういう、ひみら?」

 

 神官の言葉に驚き、力が入らなくてもつれる舌で何とか言葉を口にして問いかける。

 

「君に渡した勇者システムに搭載されているカガミブネは『根之堅州國』と呼ばれる特別な場所へ転移することができる。『根之堅州國』とは神世紀の始まり頃に大赦が建設した地下施設だ。およそ300年前に勇者システムの研究が行われていたが、とある事故が起きて閉鎖されている」

 

 その言葉を聞いて僕が訪れたあの場所に関して納得がいった。300年前と言えば神樹様が現れて間もない頃だから地下に対する規制も緩かったのかもしれない。それなら大規模な地下施設も建設できただろうし、閉鎖されてからの年月を考えればあの荒れ果て具合も納得だ。

 

「最近、大赦はある理由で『根之堅州國』の調査を行うことにしたが、閉鎖されてから時間が経ちすぎて当時の入口は全て使えなくなっている。唯一侵入できる方法は上里ひなた専用のカガミブネのみ。それが使える人間の調査も行ったが、私が偶然見つけた君しか見つかっていない」

 

「……ほくに、ろうひろと?」

 

「君の力を借りたい。カガミブネを使って『根之堅州國』を調査してほしい。『根之堅州國』への出入り手段はカガミブネのみで、万が一内部で端末が故障した場合に生還する方法はない危険な依頼だ。まだ幼い君に頼むべきではないとは思っている。だが、君にしか頼めないんだ……!」

 

「……ひとつ、ききふぁいことが……ききたいことが、ある」

 

 体にも大分力が入るようになっていたが、僅かに舌がもつれる。これだけは、聞きたくて何とか口にしようと頬を数回叩いて顔に力を入れなおす。それで正常に喋れるようになったことを確認すると神官に問いかけた。

 

「神官さん。僕は――『上里家の出来損ない』と呼ばれている」

 

 

 .

 

 .

 

 .

 

 

 上里家は『上里ひなた』を始めとした優秀な巫女を何度も輩出してきた名家だった。

 

 しかし、僕が生まれた当時は巫女の才能を持つ人材が減ってきていて名家としての地位が危うくなっていた。だから、かつて優秀な巫女だった僕のお母さんの子供には上里家の人々は大きく期待していて、成長した子供が『巫女になる』か『勇者になる』ことを誰もが望んでいた。

 

 その期待に反して、生まれたのは『巫女になる資格』も『勇者になる資格』もない『男の子』だった。最悪なことに母親も出産時に命を落とし、父親はその直後に亡くなった。子供が期待していた性別ではなかったことと最愛の妻を失ったショックによる自殺だと言われてる。

 

 両親を失った子供は大赦の施設で保護されて育っていたけれど、そこでの扱いは決していいものではなかった。優秀な巫女から生まれたというのに巫女にも勇者にもなれず、結果的に両親を殺してしまった子供。その子供を――大赦の人々は『出来損ない』と呼ぶようになった。

 

 それが僕だった。上里家の出来損ない、上里ひかげ。

 

 だから僕は――勇者に憧れた。勇者になりたいという夢を抱いた。「巫女は女性の役目だからなることは出来ないけれど、勇者になることはできるんじゃないか」と思った。男が勇者に選ばれた前例はないし、勇者になれるわけがないと誰もが笑った。それでも僕は諦めたくなかった。

 

 お前たちが出来損ないと笑った少年でも、勇者になれることを証明したかった。勇者になることで「出来損ない」と笑った奴等を見返してやりたかったんだ。

 

 

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「だから、僕はどうしても勇者になりたい。そのためならなんだってする覚悟はある。根之堅州國でも、地獄だろうと、どこでも行く覚悟はある。神官さん、教えてくれ。あなたの依頼をこなしたら僕は――」

 

 勇者になれますか。

 

 問いかける彼の姿に、私が初めて上里ひかげから意志を感じた。どこか腑抜けているようで抜け殻の様だった少年はもう目の前にはいない。夢を叶えるためならばどんな困難にも立ち向かおうとする覚悟を秘めた少年がそこにいた。私は彼の問いに――曖昧な答えを返すしかなかった。

 

「絶対になれるとは言えない。根之堅州國では勇者システムの研究が行われていたが、当時の研究データが見つかったとしても君が勇者システムを使えるようになれるかはわからない」

 

 この言葉には嘘が混じっていた。当時の研究ではそもそも男性が勇者になるための研究は全く行われていないことを知っている。彼が勇者システムを使えることは絶対にありえないし、それを言えば協力は得られないだろう。『勇者になれる』と嘘を吐いた方が良かったのかもしれない。

 しかし、彼を利用して根之堅州國の調査に送り出すことに罪悪感を感じつつあった私は、気が付くと曖昧な答えを返すだけでなく、彼の希望に沿おうとしていた。

 

「だが、君に『勇者』という称号を与えることは出来るかも知れん。かつての勇者には神樹様に選ばれたが勇者システムを使わなかった勇者も何人かいる。彼女たちと同じように君を『勇者』扱いにすることができないか大赦に掛け合ってみよう」

 

「……そんなことが、できるのか?」

 

「できるとも。私になら、できる」

 

 私は彼に正体を明かさず最後まで大赦の神官の一人として接するつもりで、彼の前で仮面を外す予定はなかった。しかし、予定よりも彼の信頼を得ておく方が重要だと判断した。親友にそっくりな少年に隠し事をすることに耐えられなかった、というのもある。

 やはり私はこういうことは向いていないらしい。自嘲気味に笑いながら仮面に手をかけた。

 

 仮面を外して素顔を露わにするとともにフードを脱ぎ捨ててくすんだ金髪を彼の前に晒す。勇者に憧れている彼は予想通り私のことを知っていたようで、驚きの表情に満ちていた。

 

「嘘、だ。ここにいるはずがない。だって、あなたは……!」

 

「そう、君も知っている通り私は既に死んだはずの人間だ。だが、私にはまだやらなければならないことがある。そのために私は神樹様の力を借りてこの場所にいるんだ。名乗ろう、私は――」

 

 

 

「乃木若葉。かつて世界を救うために戦った初代勇者の一人だ」

 

 

 

 

 

 この物語は、勇者になる夢を抱く上里ひかげと、秘めた夢を描く乃木若葉の物語。

 

 神世紀298年12月25日。『夢の行方』の物語の幕が上がった。

 

 その結末はきっと、幸せな終わりを迎えるだろうと上里ひかげは信じていた。




 地下施設『根之堅州國』は原作には存在しない……はずなんですが、「上里ひなたは巫女である」の最終回に「神樹様の根元なら勇者システムの研究はバレない」的な発言があるそうな。
 今後詳細が出てきた時に設定が被ってたらどうしようにもないので、序章だけでも出そうとして現在に至ります。
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