タイトルがちょっと違和感あったので修正。
「いつもありがとなー、助かったよ勇者さん」
「いえいえ、これくらいは軽い軽い。またいつでも手伝いますよー」
「おう、その時はまた頼ませてもらうよ」
夕暮れの商店街。約束したスーパーの手伝いを終えると、通りへ出て大きく背伸びをする。見上げる空は赤く染まり、もう少しで太陽は沈もうとしていた。伸ばした体から疲労が抜けるのを感じながら、今日も一日頑張ったことを実感する。普段ならもう一件別の店の手伝いに行くけど、今日は別の予定がある。スーパーすぐそばの路地裏で待っていた女性──乃木若葉さんと合流した。
「用事は終わったのか?」
「は、はい。お待たせしました」
「気にしなくていい。それにしても、精密検査が終わった後にすぐに町へ帰りたがっていたが……その理由がスーパーの手伝いだったとはな。あれだけの事があったというのに大したやつだよ」
「この程度の疲労程度で値を上げてたら勇者失格ですからね。雨にも負けず風にも負けず、暑さにも負けず、寒さにも負けず、病気にも負けず疲労にも負けず。いつでも戦えてこその勇者です」
「……勇者ってそういう物だったか?」
「勇者である乃木さんが言いますか?」
それもそうだな。おかしそうに乃木さんは笑った。その後にやっぱりおかしいと付け足された。
乃木若葉さんからの『根之堅州國の調査』依頼を受けることにした。
報酬として提示された『勇者になれる』ことが魅力的だったのもあるが、不思議なダンジョンに、不思議なモンスターに、不思議なお宝。僕が夢見ていた勇者の物語の定番が溢れているあの場所を探索していると、僕はなんだか勇者になれた気がするから。
もちろん、あそこがどれだけ危険な場所なのかということは乃木さんからしっかり聞かされた。封印されてから長い年月が経っており、何らかの拍子に崩落する危険があること。出入り方法は『カガミブネ』だけだから、スマホが壊れたら脱出する手段は無いということ。
それらを踏まえたうえで僕は依頼を受けた。勇者になれるのなら、命は惜しくないのだから。それから少し時は流れて、夕方──つまり、今。僕に用事があるそうで、スーパーの手伝いが終わるまで待っていてもらったのだ。
「……ところで。なんですかその恰好?」
上下ジャージという女性らしからぬ格好はまだしも、野球帽、サングラス、マスクの三点セットで顔を隠してるせいで一瞬誰なのかわからなかった。髪型と声で何とか分かったけど。
「神官の服装は目立つから変装してきた。完璧な変装だろう?」
「確かに誰なのかはわからない完璧な変装ですけど、どう見ても不審者です」
「そうか? 前に変装した時は問題なかったし、一緒に変装した仲間からも好評だったぞ」
そんな馬鹿な。絵に描いたような不審者スタイルで問題がなかったとかどうなってるんだ。
「……まあ、警察には追いかけられたことはあるが」
「やっぱり問題起きてるんじゃないですか!」
「仲間の変装が奇抜だったせいだと思うが。あいつは服装は私と似たような物だったがお面で顔を隠していた。変装としては悪くないんだが、今思えば追いかけられても仕方ないな」
仲間の変装センスがそんなんだったら、乃木さんの不審者スタイルの変装でも好評だろうなぁ。うんうん頷いている乃木さんを眺めながらため息を吐きだす。
「とりあえずそれ全部没収します」
思いっきりショック受けて抗議を始めたけどダメだ。その恰好で一緒に歩かれたら警察のお世話になる未来しか見えない。有無は言わせないぞ。
.
.
.
この時間帯の商店街を歩いていると、昨日の様に知り合いに頻繁に出くわすもので。紺色のスーツを着た青年が僕を見つけると、にっこり笑いながら絡んできた。
「よう、勇者さん。今日は早いお帰りだな。時間空いてるんだったら、今から仲間とそこの広場で麻雀打つんだけど面子に加わってくれると助かるんだが、どうだ?」
「ごめんなさい谷村さん。実は今日別件の用事が入ってまして。また今度誘ってください」
「そうかそうか。お前も体壊さないように気を付けろよ」
肩をポン、と叩くと谷村さんは広場へと向かっていく。それに手を振って見送っていると、乃木さんがどうも怪訝そうな目を向けていた。どうしたのかと聞こうとしたタイミングで別の人に声をかけられた。綺麗なドレスを身にまとった色っぽい女性。乃木さんの視線がきつくなったような。
「こんにちは、勇者君。相変わらず元気ですね」
「僕は元気ですけども……小雪さん、そんな恰好で大丈夫ですか?この時期にそれは風邪ひきますって。ほら、カイロあげますからあったかいうちにお店に戻った方がいいですよ」
「わっ、ありがとうございます。ちょっと買い出し済ませたらすぐに店に戻るところだったんだけど、偶然君を見かけたから声かけちゃいました。もしよかったら仕事の後で一緒に食事に行きませんか?ボーナス出ましたし、少し高級な料理おごりますよー!」
「ダメですよそれは。小雪さんは商店街一の人気キャバ嬢なんですから、僕なんかが一緒にいたら嫉妬される。明日が大変なことになりますね、断言します」
「あはは……それもそうだね。じゃあまたねー」
かわいらしくウインクした小雪さんは人ごみに紛れてあっという間にどこかに行ってしまった……また、迷子にならないといいけど。あの人結構抜けてるからなぁ。店の人に頼まれて探しに行ったことを思い出していると、曇り顔の少女を見かけた。
「君は……綾子ちゃんだっけ?どうしたのそんな顔して」
「あっ、こんにちはひかげ先輩。実は冴島先生が出した冬休みの課題がちょっとわからなくて困ってて……友達も悩んでるみたいです。もし良かったら今度時間がある時に教えてもらえますか?」
「わかった。時間がある時にまた連絡するよ。冴島先生の問題は一見難しいけど、ヒントが見つかればどうにかなる解きごたえのある問題だからね。後で問題をメールで送ってくれるかな?」
「わかりました。いつも頼りになりますね、先輩」
「勇者だからね。任せておきなよ」
曇り顔が笑みでクスリと崩れた。勇者と名乗るたびに後輩にはいつも笑われるけど、こういう使い道もありかな。綾子ちゃんは頭を下げると家へと帰ってゆく。乃木さんの視線はいつの間にかきついものから驚き交じりの物へ変わっていた。
「君のことを事前に調べた時にここの商店街の人から親しまれていると聞いたが、サラリーマンにキャバ嬢ときたか。そして学校の後輩……こんなにも交友関係が広いとは思わなかったよ」
「困っている人を助けるのは勇者らしいと思ってこの町に来た時からいろんな人に手助けをしてきて、もうすぐで七年くらいになるからね。築いてきた信頼と交友関係にはちょっと自信ありかな。そのせいでみんなから『勇者』って呼ばれるのは嬉しいのやら悲しいのやらだけども」
「謙遜することはない。誰かを助けるというのは勇者としては当たり前のことだ、それを積み重ねたことは自慢してもいいさ。私から見れば君は立派な『勇者』だよ」
「……んんっ」
「ん? どうした? 顔が赤いが……風邪か?」
「だ、大丈夫……」
嬉しかっただけだから。商店街の人々が勇者と呼ぶ時はちょっぴりのからかいと愛称が入り混じっていたけれど、乃木さんに呼ばれた時、素直に尊敬されているという感情が伝わってきて……嬉しかった。勇者である乃木さんに呼ばれたから、というのもあるんだろうけれど。
……こういう形で誰かに『勇者』と呼ばれるのは初めてだった。
嬉しさを誤魔化そうとして、ふと気になっていたことを聞いてみることにした。
「そ、そういえば。一つ聞きたいんですけど……」
「なんだ?」
「乃木さんが言ってる用事って何をするんですか? 一緒に商店街を歩いてくれればそれでいい、って言ってましたけど。そろそろ何をするのか教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「そうだな。そろそろ教えてもいいだろう。ここまでで何か違和感を感じなかったか?」
違和感? そう言われて今日あった出来事を思い返す。ハッ、と気づいて財布の中にしまってある色褪せた写真を取り出し、乃木さんと見比べる。乃木さんはなぜか疑問符を浮かべていた。
「なるほど、勇者だった頃と今の乃木さんの髪型が違う」
乃木さんが額に手を当てて呆れた。あれ、違った? どう見ても写真と比べると横のリングみたいなやつと後ろのトサカっぽいやつがなくなってるんだけど。
「た、確かに当時と髪型は違うんだが……」
「合ってるじゃないですか」
「私が言いたいのはそこじゃない。髪型は元の髪型のやり方を忘れただけだ。自分でセットしようとしてもなかなか上手くいかなくてな。当時はもっぱらひなた──君の先祖に結ってもらっていたからなぁ」
「……ああー」
「おい、何故納得しているんだ」
「これ西暦時代に撮影された乃木さんの写真なんですけど、髪と服装をセットしただけで眠たそうにしてるんですよ、乃木さん。それが不思議だったんですけど、理由がやっとわかりましたよ」
目が半開きで若干ボーっとしているのに、髪と服装はきっちりしている写真の中の乃木若葉さん。なんでこんな状態なのか疑問に思っていたけれど、ご先祖様が身の回りの準備していたとすれば納得だ……いや、それくらい自分でやるべきでは。何やってるんだ乃木さん。
「それはこっちの台詞だ……! なぜ君がその写真を持っている!」
「倉庫で見つけた古びたアルバムからくすねました。写真のタイトルが「寝坊助若葉ちゃん」で、多分初代勇者の乃木若葉さんなんじゃないかなー、と思って財布に入れて御守りにしてた」
「ひ・な・た・め……! 葬式の時に全部燃やして処分したつもりだったが、まだアルバムが残っていたか……! そんな写真に御利益なんてあってたまるか。よこせ、今すぐ処分する」
「ええー……」
「ええー、じゃない。恥ずかしい写真を残してたまるか」
怒気を秘めた瞳でじっと睨まれた。仕方ない、乃木さんは今回の依頼人でもあるしおとなしく言うことを聞いておこう。写真を渡そうとして、ふと閃く。
「じゃあその代わりに新しく乃木さんの写真撮ってもいいですか?」
「……わかった。一枚だけなら許してやる」
許可をもらったので写真を手渡し、代わりにスマホを手にして早速撮影の準備をする。贅沢を言うとジャージ姿じゃなくて神官姿の方がカッコいいからそっちにしたかったけど、この様子だと今後撮影を許してくなさそうだし、仕方ないか。スマホを構え、撮影しようとして──
ようやく乃木さんが言っていた違和感に気付いた。
「もっとも、私はカメラに写らないんだがな」
映らない。故障かと思ったけれど、何度やっても結果は同じ。カメラに乃木さんが映らない。そして、カメラ越しに周りの人たちが少し不思議そうな目で僕を見ていることに気付いた。周りの人には乃木さんが『見えていない』のだろう。乃木さんは悲しそうにその理由を口にした。
「私は、神樹様の力を借りて勇者か巫女にしか姿が見えない『精霊』としてここにいる。はるか昔に死んだ勇者である私がここにいる理由はそれだ。それでも。大赦の研究で神官の才能がある人間には姿が見えるようになったが、カメラに映らないしほとんどの一般人には見えない欠点がある」
君に神官の才能があってくれて良かったよ。乃木さんはそう言って笑ったが、それは口元だけ。悲しみの表情は崩していなかった。
「それに加えて、重大な欠点がある。神官の才能がある人間が見える時間にも限界があり、いずれ見えなくなってしまうとのことだ。その時間を増やす手段は見つかっていない」
「……いつ、限界が?」
「――年明け。1月1日には君は私が見えなくなる」
短すぎる。今日は12月25日で、1月1日までは残り5日しかない。乃木さんは最後に呟いた。
それまでに、君が私の夢を叶えてくれることを祈る。
次の更新には大分時間がかかります。気長にお待ちいただければ幸いです。