真面目な器用貧乏 in 暗殺教室   作:斗穹 佳泉

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今回ここまで書こう、と思って書き始めたら、書き終わるまでに文字数がとんでもないことに……。


2時限目  真面目は武器を振るったことに気づかない

「フムフム、やはり君は不得意な分野がないみたいですねぇ衆人(しゅうと)君。知識と応用力にムラがない。しかし、そこが自分の弱点、と?」

「はい、先生。僕は得意科目というものがないんです。テストの点数を見てわかる通り、どれも人並み程度の点数しかありません」

 

 

僕は視線を先生から自分の持つ答案に移す。

 

数学72点

英語74点

国語71点

理科73点

社会75点

 

5教科合計365点。可もなく不可もなく、まさしく平均のような点数だ。

 

 

「そうですねぇ。しかしそれは、裏を返せばベースアップをするだけで高得点が取れるということです。君のような真面目な子が私に相談をしてくるということは、一通りの努力はしてきたのでしょう」

「……はい。いくら勉強を頑張っても、これ以上伸びなくて。これが僕の限界ってやつなんですかね」

 

 

はぁっとため息を吐きながら僕は肩を落とす。

E組のクラスメイトや環境にもだいぶ慣れ、落ち着いてきた。そこで、これまでの悩みを殺せんせーに打ち明けてみたのだ。

 

 

「……確かに、人には能力の限界というものがあります。しかしそれは、子どもの頃には存在しないものです。大人になっても伸びる能力はあるにはありますが、それはほとんど今持っている力の応用でしかありません。今衆人君が直面している壁は、誰しもが通る道の一つです。私にも昔、その壁は現れました」

「殺せんせーにも、ですか?」

 

 

意外だった。

教えるのもうまくて、マッハ20で飛べる怪物せんせーにも、昔は僕と同じ悩みがあったなんて。

ヌルフフフ、意外でしたか?と笑って先生は続ける。

 

 

「えぇそうです。しかし、答えは誰かに聞けばすべて答えてくれるというものではありません。この教室でじっくり一年学ぶことで、答えはおのずと見えてきますよ。まぁ、その後私を殺せなければすぐに地球は爆破ですけどね。ヌルフフフ」

 

 

あ、顔に緑の縞模様……渚君に教えてもらった、なめられてる時の顔だ。

袖に隠してあるナイフを抜くか?

そう考え、やめようと自分の中で首を振る。

僕の平凡なナイフ術では、今この瞬間かすりもしない。

 

 

「……にゅやっ!?もうこんな時間!?イギリスでテニスの試合が始まってしまいます!それでは衆人君また明日!」

 

 

焦り顔で、更に早口で捲し立て、殺せんせーは職員室の窓から飛び去って行く。

……一瞬で見えなくなった。

相変わらず速いなぁ、どうやったらあの速さで動く殺せんせーにナイフ当てられるだろ?

 

相談した内容を反芻しながら、再び悩む。

 

どうやったら先生を殺せるだろう。

その思考にフッと笑ってしまう。それはこれからみんなで悩めばいいのだから。

あ、そういえば待ってくれてるんだったっけ。

そろそろ帰るか、と席を立つと、ひらりと一枚の紙が落ちた。

 

 

「ん?なんだこれ」

 

 

身に覚えのない用紙に疑問を覚える。

さっきまでこんな紙なかったぞ。

広げて見ると、中には殺せんせーの字でこう書いてあった。

 

 

『悩む君に年長者からアドバイスを。悩む力と決断する力は、相反することを言っているように見えて全く同じです。真っ平で平凡な人間などこの世にはいません。それを胸に、日々悩むことを忘れないようにしてください』

 

 

「ははっ、アドバイスをついでかのよう置いて行ったよあの先生」

 

 

思わず笑いが漏れる。

なんだかんだ優しい先生に聞こえるかはわからないが、ありがとうございます、と言って職員室を出る。

教室には、渚君とカルマ君が殺せんせーの弱点ノートを見ながらあーだこーだ議論していた。足音を聞いていたのか、カルマ君が僕に気づく。

 

 

「あ、やっと相談終わった?衆人君」

「どうだった衆人君、悩みは解決しそう?」

「待たせてすまない、カルマ君、渚君。うん、なんとか解決しそう」

「へぇ~、ちなみに悩みってなんだったの?」

「カ、カルマ君、あんまりそういうことは――」

「そうだよカルマ君、そんなだからイケメンなのに女子にモテないんだぞー」

「へぇ、おもしろいこと言ってくれるじゃん」

「ふ、二人とも喧嘩はよそうよ……」

 

 

今日も三人仲良く下校。

本校舎だったなら、登下校はこんな楽しいものにならなかっただろう。

行きも帰りも参考書を読みながらなんて、今の僕からは考えられない。

僕は以前よりも笑うことが多くなったような気がする。

 

 

「それじゃあまた明日ね、カルマ君、渚君」

「うん、また明日衆人君」

「また明日ね、衆人」

 

 

帰り道が二人とは逆なため、山を降りて少ししたら二人と別れる。

談笑しながらゆっくり下山したせいで、今日は少し遅くなってしまった。

家に帰ると、イライラを微塵も隠す様子のない母親が待っているのだろう。

 

 

「学校はこんなに楽しいのに、家に帰るとなると憂鬱だなぁ。家にいるほうが疲れるってなんだんだろう」

 

 

家族にもE組の現状、殺せんせーのことは話すことができないため、両親は周りから聞くE組の評判しか知らない。ボロ校舎で設備などほとんどない状態、しかも碌でもない先生が教鞭を取っていると思っているのだろう。

……いやまぁ、前半は実際正しいのだけれど。

 

はぁ、とため息を吐きながらドアノブを捻る。

ガチャガチャと音が鳴り、押しても引いても開かない。

 

 

「あれ?珍しいな。まだ母さんも父さんも帰ってないんだ」

 

 

父と母は株取引や投資を行う会社を経営していて、規模は聞いたことがないけど、そこそこ大きい会社を持っているらしい。

二人共朝早くに出社し、夕方になるとどちらかが退社して家事を行うというのが僕の家のサイクルだ。

僕が学校から帰る時間には今まで必ずどちらかがいたのだけど。

もちろん、鍵を持ち歩いていないわけではないので、取り出して鍵を開け、ドアを開く。

荷物を自分の部屋に置いてリビングへ行くと、置き手紙が置いてあった。

 

 

『父さんと母さんは仕事の都合で海外に用事ができた。夏が始まるくらいには戻ってくるから、それまでにはE組を抜け出せるだけの学力を身に着けておきなさい。衆人なら必ずできるから、きちんと努力をしなさい』

 

 

手紙を読んだとき、また出たよ、魔法の言葉、と感じた。

 

 

“衆人なら必ずできる”

“きちんと努力をしなさい”

 

 

誰もが使える、人を縛る魔法の言葉だ。

とはいいつつも、やはり僕は勉強机に向かう。

 

 

「んー、やっぱり先にご飯作るか。カレーの材料くらいはあったはず」

 

 

材料とルーがあるのを確認して、手早く準備する。

作るのは一般的なカレーだ。

 

特に料理をやってきた、というわけではないので普段からしている人に比べればまだまだだが、まぁまぁ美味しく作れたのでよしとしよう。

 

その後は風呂なり洗濯なりを一通り終わらせ、勉強机に着く。

 

 

「はやく明日にならないかな」

 

独り言をつぶやきながらも、自分に課しているノルマ分の勉強を終えて、ベッドに入る。

 

なんだかんだ言いながらも、真面目になんでもかんでもするあたり、自分でも少し感心してしまうところがある。

しかし、とりあえずは、日々のお説教だったりがなくなったので、精神的には楽になるだろう。

 

 

「E組から抜け出せるだけの学力、か」

 

 

天井を見つめポツリと呟く。

E組から仮に抜けた場合、僕はどうなる?C組か?ありえない。

なんとかしないといけない。

悩み事の解決の糸口がようやくみつかったばかりなのに、また新しく悩み事を抱える羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「……あぁー、今日から来た、外国語の臨時講師を紹介する」

「イリーナ・イエラヴィッチと申します♡みなさんよろしく♡」

 

 

新しい英語教師は、すごい美人だった。

外国人を見慣れてるわけじゃないけど、たぶん、相当綺麗な方に入ると思う。

そう、綺麗だと思うんだけど……

 

(((何故ベッタベタなの……?)))

 

僕たちは何を見せられてるんだろう、黄色いタコと金髪碧眼美女が戯れる絵って……。

 

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は、今後彼女の受け持ちになる」

 

その後の詳しい話を終え、烏間先生と新しい先生は教室を後にする。

話の間中、ずっと殺せんせーにべたべたしてたのは気になるけど、本場の英語が聞けるなんてラッキーだ。

 

 

そう思ってた。

 

 

 

 

「授業?はぁ、各自適当に自習でもしておきなさい」

「……え?」

 

そういわれた時は、思わず反射で聞き返していた。

みんなも同じような疑問を持っているのか、視線が新しい先生に集まる。

 

「あのタコの前以外では、先生を演じるつもりはないわ。それと、これからは私のことはイエラヴィッチお姉様と呼びなさい」

 

 

突然の教えない宣言に僕を含めみな呆然としていると、カルマ君が声をあげる。

カルマ君の声がかかるまで、僕の頭の中は完全に『?』で埋め尽くされていた。

 

 

「それで、どうすんの?ビッチ姉さん」

「略すな!」

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチ姉さん一人でやれんの?」

 

 

カルマ君の挑発に、ビッチ姉さんは鼻で笑って大人の余裕を見せつける。

大人には、大人のやり方がある、と自信気に微笑み、殺せんせーの弱点をメモしている渚君のもとへ歩いていく。

 

 

「潮田渚ってあんたよね?」

 

 

ビッチ姉さんは自然な動きで渚君の両ほほに手を置き、ディープキスをした。

 

 

……は?

 

「「「えええ!?」」」

 

クラス全員唖然というか、面白がっているというか、羨ましがっているというか、各々そんな反応を見せる。

僕は唖然としながらも、どんまい茅野さんと心の中で祈っていた。

 

 

何かのカウントが30を数えた時、渚君はやっと解放された。

崩れ落ちる渚君をなんとか受け止め、安否を確認する。

 

「ちょ、大丈夫渚君!?」

 

身体を揺するも、反応がない。

……キスって気絶するの!?(普通はしません)

 

 

 

「後で職員室に来なさい、他にも、あのタコについて情報を持っている子は話に来なさい。イイコトしてあげるわ。女子には男だって貸してあげるし、技術も人脈も全てあるのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい。あ、そうそう」

 

 

近づいてきた三人組の男の一人から銃を受け取り、ビッチ姉さんはこう続けた。

 

「少しでも私の暗殺の邪魔したら、殺すわよ」

 

 

本物の暗殺者の、殺気。

従えてきた強そうな男性。

殺すという言葉の重み。

 

僕たちは、彼女が、本当にプロの殺し屋なんだと実感した。

 

でも、同時にクラスのみんなが体感したこと。それは、

 

 

 

ビッチ姉さんは……嫌いだ。

 

 

 

渚を保健室まで連れて行った後教室に戻ろうとすると、職員室を通りすぎたところで烏間先生に呼び止められた。

 

 

「そうだ、並盛君。君に理事長から時間があるときでいいので顔を出すようにと連絡を受けていたんだ」

「……?理事長から、ですか?わかりました、まだ授業まで時間ありますよね、ちょっと行ってきます」

 

 

上履きから靴に履き替えて、山を下り本校舎を目指す。

今更理事長先生がなんのようだろう?

E組に行くことになった件は関係ないだろうし。

 

とにかく急いでいかなければ、次の授業に遅れてしまうかもしれない。

 

でこぼこの山道をなるだけ早いスピードで駆け降りる。

 

 

「ふぅ、やっとついた本校舎」

 

 

さすがに校舎内は走れないので、涼みがてらゆっくりと理事長室へ向かう。

さすがにも元クラスメイトから何か言われるのも面倒なので、生徒は普段使わない、来客用の通路から理事長室へ向かう。

 

 

やっとついた。

地味に遠いのなんとかしてほしい。

深呼吸を何回かして、呼吸を整える。

コンコンコン、と三回ノックをし、返事を待つ。

 

「どうぞ」

「並盛衆人です。失礼します。」

 

 

相変わらず、広い理事長室だ。

無駄なものがなく、そのせいで理事長の座る席がとても大きく見える。

 

 

「速かったね、さすが真面目な並盛君だ。さぁ、その椅子にかけたまえ」

「……失礼します」

 

 

理事長先生は、この前の会話の時から、やたら真面目であることを口に出す。

どういう意図があるんだろう。

 

 

「どうだねE組は。君は唯一、“問題は何も起こしていないのに”E組に落とされた生徒だ」

「ッ!わかっているのなら最初から!……いえ、すみません」

 

 

思わず声を荒げてしまった。

すぐに頭を下げ謝る。

 

 

 

 

 

その行動を見て、理事長は、やはりこの子は真面目だ、と感じた。

真面目で、優しくて、我慢をしている生徒なのだ、と。

 

頭の片隅に、いつかの光景が蘇る。

が、それはすぐに霧散した。

 

 

「君を、A組に上げてもよいと、私は考えている」

「なっ!?どうして僕がA組に……僕の学力ではとてもついていけません」

「その点については、心配しなくてもいい。私が直接君に勉強を教えよう」

「理事長先生が、ですか!?」

「理事長という座についてから、現場からは少し離れていたが、どうだろう?」

 

 

数学72点   数学74点   数学75点

英語74点   英語73点   英語71点

国語71点   国語72点   国語74点

理科73点   理科75点   理科72点

社会75点   社会71点   社会73点

 

 

彼はこの椚ヶ丘学園のテストにおいて、多少の誤差はあれど、毎回同じ点数を取っている。

下がりもせず上がりもしない。授業態度や提出物を見ても、手を抜いている様子は見られない。壁にあたったのだろう。若い時の私にも経験はある。

私が直接教鞭をとり、ベースアップをすることができれば、間違いなくA組にもついていける生徒になるという確信が、私にはある。

彼にとっても、E組から抜け出すことができるいい機会だ。

 

 

「……理事長」

「なんだね?」

「理事長に教えていただける、というのは、僕の悩みである限界の壁を超えるのに近道だということはわかります。しかし……」

「……しかし、どうしたというのかね?」

 

 

しかし、と言葉を発したっきり、黙ってしまった彼に、理事長は続きを促す。

少しの無言が続き、その後彼はゆっくり口を開いた。

 

「……僕はまだ、あの教室で学びたいです。数週間たってやっと慣れてきて、学校って楽しいものなんだって知って、毎日笑ってしまうことばかりです。本校舎では学べなかった、多くのことを学ぶことができています。僕は本校舎ではなく、E組での授業を希望します」

「それは、ご両親もE組での受講を了承してのことかい?」

「いいえ。ただ、認めさせるつもりではいます」

 

 

真面目な者は、やると決めたことはとことんやりきると知っている。

この子の眼は、霞んでなどいない。

なるほど、私は余計なお節介を焼いたようだ。

 

 

「そうか……。急に呼び出してすまなかったね、並盛君。授業に遅れるだろう。教室に戻りたまえ」

「いえ、理事長先生からの申し出、僕にとってすごく悩むものでした。断る形になってしまい、すみません。そして、ありがとうございます。理事長はやっぱり、優しいですよね。それでは、失礼します」

 

 

彼は時計を確認しながら、そそくさと理事長室を後にした。

 

彼が去った後の理事長室では、

 

「私が、優しい?冗談も程々にしたまえ」

 

懐かしい思い出を掘り返され、手は無意識の内に、貰ったプレゼントに触れていた。

 

 

「勢いで両親にも認めさせるって言っちゃったけど、どうしよう、どういう理由を捲し立てたら納得してくれるかな?」

 

 

真面目君は心配性でもあった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、きっつ、走って上るような道じゃないって……」

 

結局走っても、授業には少し遅れることになった。

 

 

 

 

 

教室に戻ると、なにやらビッチ姉さんがイライラのご様子だった。

琴線に触れたくないので、静かに後ろの扉から入る。

 

「ねぇカルマ君、なんでビッチ姉さんあんなにカリカリしてんの?」

「あ、お帰りー衆人君。それが聞いてよ~、ビッチ姉さんがさっきね~ごにょごにょ」

「ぷっ、そんなことが……」

 

一応授業中のため、なんとか笑いは堪えた。話が聞こえていたのか、千葉君と速水さんも肩が震えている。

 

 

と笑いを堪えていると、ダァン!という音が教室に響き渡った。

 

 

ビッチ姉さんの教ダァン!である。

 

 

「あぁーもう!なんでWi-Fi入んないのよこのボロ校舎!」

 

 

ビッチ姉さんの反応を面白がるカルマ君は、これでもかと挑発を投げまくる。

そうえばさっきも挑発投げてたよね。

 

さっきまで重い空気の中にいたんだ、荒事は勘弁してくれと言いたいこところだけど、それでカルマ君が止まるなら苦労はしない。

 

「先生、授業してくれないなら、殺せんせーと交代してくれませんか?俺ら今年、受験なので」

 

委員長が先生の交代をお願いしてくれた。

授業が始まって結構たつのに、教えてもらったことは、vicの発音だけらしい。

……ビッチ姉さん、やる気あるの?

 

 

「はぁ?あなたたち、あの凶悪生物に教わりたいのぉ?地球の危機と受験を比べられるなんて、ガキは平和でいいわねぇ」

 

 

みんながみんな、僕も含めて嫌な気分になる。

というか、E組のみんなを馬鹿にするのはやめてほしい。

僕に、学校の楽しさを教えてくれた、かけがえのないクラスメイトを、馬鹿にしないでほしい。

 

 

それに、と見下す笑いを浮かべてビッチ姉さんは付け足した。

 

 

「聞けばあんたたちE組なんてこの学校の落ちこぼれだそうじゃないの。勉強なんて今更しても意味ないでしょ?そうだ、じゃあこうしましょ?私が暗殺に成功したら、一人500万円分けてあげる。それで――」

「ねぇ、出て行ってくれませんか?」

 

 

 

 

その言葉は、自然と僕の口から飛び出していた。

 

 

 

 

 

教室がシン、と静まり返る。

この瞬間だけ、この教室の重力が何倍にも増やされたような、そんな圧力が放たれていた。

 

 

 

並盛衆人その人から。

 

 

 

僕が振り返ると、彼は笑っていた。

その笑顔は普通に、いつも彼が見せてくれる笑顔で、なんら変わりはない。

だけど、なんでだろう、彼の笑みを見ていると、足が震える。

本当に笑顔なのに、背中にナイフを突きつけられているような、そんな感覚。

ビッチ先生も面食らって言葉を発せないでいる。

他のみんなは衆人君から放たれる圧に気づいていないのか、不満の眼をビッチ先生に向けたままだ。

 

 

 

その空気の中、トンと音が響き、張り詰められていた空気が崩れる。

衆人君が投げた消しゴムが、黒板に当たって落ちた音だ。

 

 

「出て行ってよ」

 

 

次の衆人君の一言を皮切りに、ビッチ先生に不満を持つみんながブーイングの嵐を巻き起こす。

その頃には衆人君から感じた圧はなくなっていた。

 

「そうだよ出てけ!クソビッチ!」

「授業しないなら殺せんせーと変わってよ!」

「な、なによあんたたち急に!?殺すわよ!?」

「上等だやってみろ!」

「そうだそうだ!巨乳なんていらない!」

「えぇ、そこ!?」

 

 

その後ムキー!といいながら、教室に現れた烏丸先生によって連行されていった。

 

 

それにしても、さっき僕が感じた衆人君からの圧は、いったいなんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

職員室in

 

 

「なんなのよったくあのガキども!こんないい女とおんなじ空間にいられるのよ!?ありがたいと思わないわけ!?」

「ありがたくないから、軽く学級崩壊してるんだろうが。……さっきの殺気はなんだ?」

「あら、烏間にしてはユーモアのセンスがあるじゃない」

 

 

ピキッと怒りマークが烏間先生の額に浮かぶ。

今にも噴火しそうな烏間先生をなんとかおさえ、ビッチ先生は質問に答えた。

 

 

「……あれは私も正直ビビったわ。並盛衆人、あのガキ……彼が、私に向けて放ったものよ。最も、殺気は分散していたから、ビビるで済んだわ。もし彼が完璧に殺気を私に向けていたら、反射的に撃っていたかもしれない。そのレベルのものよ」

 

 

あの殺気の質は、鍛えれば私の師匠をも上回るかもしれない。これはビッチ先生にとって素直で正直な感想だった。

その様子に驚いた烏丸先生は、意外だったと声を出した。

 

 

「彼にそんな才能があったのか。普段は、真面目で優しい性格の彼が?」

「私たちの世界の人間からすれば、殺気はむしろ、優しい性格の人の方が大きく、質はよくなるわ。私たち人間って、固定観念?ってのがあるでしょ?あの人は怒ったらこれくらい怖いとか、この人は優しいから怒らないとか、要するに思い込みよね」

 

 

優しい人の怖いところは、怒ることがほぼないから、どれくらいで怒るのか想像をしていない。怒ること自体を想像していないから、実際に怒った時、より怖く感じる。

殺す時にでる殺気など、怒るときの比にならないほどの量と質になる。

 

 

「彼はきっと、様々な理不尽に耐えてきたんでしょうね。あの年であの殺気が出せるくらいには。殺し屋の私が断言するわ。彼はこの教室で唯一、あのタコを文字通りの意味でビビらせることができる存在よ」

 

 

苦々しい顔でビッチ先生は言葉を紡ぐ。

ガキから彼呼びになったということだけで、烏丸先生には嫌々ながらも生徒を認め始めていることを実感した。

……認め始めたのがまだ一人なのが問題だが。

 

 

「と、とにかくよ!私は殺し屋!先生なんて経験ないの!あのタコを殺しに来たんだから暗殺に集中させてよ!」

「はぁ……」

 

 

少しこいつに関する認識を改めようとしていた矢先。

本当にこいつは溜め息を吐くことばかり言ってくれる。

 

「仕方ない。ついてこい」

 

 

あのタコがこの教室で何をやっているのか、生徒たちがどう頑張っているのか、見せてやろう。

 

 

職員室out

 

 

 

 

 

「いやぁーしかし、よく言ってくれた衆人!お前が先陣斬ってくれたおかげで散々言い放題だったぜ!」

「僕がやってなくても陽人君ならやってたと思うけどね。ありがとう」

「ねぇースッキリしたよ、ありがとね衆人君!」

「ひなたさんもありがと。その内先生に蹴りを繰り出しそうで僕は怖いよ」

「ちょ、さすがに私も先生には蹴りかまさないから!?」

「本当に蹴りそうでウケる」

「へぇ?ねぇ、蹴ってほしいならそう言ってくれればいいのに前原君っ」

 

 

逃げろ逃げろ~と陽人君が逃げ回る。

それをみんなで見て笑っていると、磯貝委員長が暇になったみんなにクラスの方針を示してくれる。

 

 

「さて、みんな、ビッチ先生はとりあえず職員室に戻ったみたいだ。烏間先生もいて僕たちに何も連絡がないということは、この時間は好きに使っていいってことだろう。そこで、この前烏間先生に教わった、暗殺バドミントンをしようと思う。もちろん自由時間だから、勉強だったり教室で過ごしたいって人はそれで構わない。異論はあるか?」

「「「「ない!」」」」

 

 

全会一致で可決され、みんなは各々がやりたいことをやり始める。

委員長含めクラスの半分くらいはグラウンドへと飛び出していった。

 

残ったクラスメイトは、読書だったり雑談だったり、自由時間を有意義に使っている。

 

 

「えと、ちょっといい?衆人君」

「ん?どうした渚君」

 

 

渚君が遠慮がちに声を掛けてくる。

どうしたんだろう?

 

僕の質問に、どうした?と答える衆人君からは、さっきみたいな殺気は感じられない。

ただ単に怒った衆人君を見たことがなかっただけなのかも。

 

 

 

人は一旦そうかもしれないと思うと、それ以上の追求は避ける傾向がある。

自分で導き出した答えに、これがあっているかもしれない、自分が考えて答えを出したんだから間違っていないと、期待をかけるからだ。

 

 

 

「ううん、なんでもないよ。それにしても僕は意外だったかなぁ。衆人君が先陣を斬るとは思ってなかったよ」

「いくら真面目だからって、まともに授業しない先生にはさすがに物言うよ」

 

 

明るく笑いながら衆人君は僕に言葉を返した。

それはやっぱり優しい笑顔で、さっきのは気の所為だったんだろう。

 

 

「ねぇ渚渚〜、ちょっとこれ一緒に見てよっ」

「はーい、なに?茅野」

 

 

『☆殺せんせー暗殺レシピ☆』と表紙に書かれたノートを手に目をキラキラさせる茅野のもとへ、渚は苦笑いしながら足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

その後みんなガヤガヤ好きなことをしていると、外で遊んでいた暗殺バドミントン組が帰ってきた。

思っていたより早い帰還に、何かあったのかと衆人は尋ねる。

 

 

「あれ、委員長どうしたの?まだそんな時間たってないけど」

「あぁ、さっき烏間先生に教室に戻っておくように言われてね」

「烏間先生が?」

 

 

なにか連絡事項でもできたんだろうか。

疑問に思っていると、教室の扉が開き、ビッチ先生が入ってくる。

チョークを手に取り、黒板に文字を書き始めた。

 

カシュカシュという黒板とチョークのあたる音に反応して、固まってしゃべっていたみんなは席に着き始める。

それでも僕を含め、みんなの頭には『?』が浮いている。

 

「Your incredible in bed. Repeat」

「「「ゆ、ゆあーいんくれでぃぶる いんべっど」」」

 

 

どうしたんだ?とみんな顔を合わせながらリピートする。

 

 

「これは私があるVIPを暗殺した時に、まずそいつのボディーガードを色仕掛けで誘ったわ。これはその時に言われた言葉よ。意味は『ベッドでの君は、スゴいよ』」

 

 

中学生になんて文読ませるんだ!?

クラス全員の心が繋がった気がした。

 

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのがいいとされているけど、あなたたちにはそんな時間すらないわ。だけど私は仕事上、そのやり方で新たな言語を身に付けてきた。……だから私の授業では、外国人の口説き方を教えてあげる」

 

 

外国人……。

中村さんと岡島君からそんな声が漏れる。

中村さんは確か、英語が得意なんだったっけ。

岡島君は……考えなくても分かる。

 

 

「受験に必要な勉強なんて、あのタコに教わりなさい。私が教えてあげられるのは、あくまで実戦的な会話術だけ。……もし、あなたたちがそれでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は、暗殺を諦めて出ていくわ。……そ、それなら文句ないでしょ?」

 

 

そこで一息おき、ずっと僕たちから逸らしていた眼を、僕たち一人ひとりに向けた後、身体をもじもじさせながら続けた。

 

 

「……あと、悪かったわよ。……いろいろ」

 

 

その、ビッチ“先生”の姿に、みんなは眼を合わせる。

こうまで言ってくれる“先生”に、何の文句があろうか。

 

 

「「「はははははっ」」」

「はははっ、何ビクビクしてんのさ、さっきまで殺すとか言ってたくせに」

「んなぁっ!?」

 

 

うるさいわよくそガキ!

ビッチ先生が再び怒鳴るが、笑いが起きる。

さっきまでのビッチ姉さんの時とは大違いだ。

 

 

「なんかもう、普通に先生になっちゃったなぁ」

「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」

「そうだな、先生になってくれたんだから、呼び方を変えないと」

 

 

陽人君とひなたさんのふたりがう~んと首をかしげながらいい案がないか模索してるみたい。

ふと、ひなたさんががぽつりと、おそらく一番しっくりくるであろう案を落とした。

 

 

「じゃあ、ビッチ先生で」

 

 

陽人君は指をパチンと鳴らして声を張る。

確かに、僕もそれしかないと思った。

 

 

「それだッ!異議ある人?」

 

「「「ない!」」」

 

全会一致で可決されました。

 

 

 

会話の流れからビッチ呼ばわりされなくなると思い込んでいたビッチ先生は、ビッチの部分を変えようと提案するが

 

 

「でもなぁ、すっかりビッチで定着しちゃったし」

「うん。しかもほら、全会一致で可決されちゃったし」

「イリーナ先生より、ビッチ先生の方がしっくりくるよなぁ。なぁみんな」

 

「「「うん」」」

 

「そんなわけで……よろしく、ビッチ先生」

「授業始めようぜ、ビッチ先生」

「早く外国人と仲良くなれるしゃべりを教えてくれよ、ビッチ先生」

 

先生を置いてけぼりにして勝手に話を進めるみんな。

そうだ、ついでに謝っておこう。

ちゃんと先生をしに帰ってきてくれたんだから。

 

 

「出て行ってよなんて言ってごめんなさい、ビッチ先生」

 

 

「ムキィイー!!あんた達なんか嫌いよ!」

 

 

 

その日の六時限目の英語の授業は、チャイムが鳴るまでずっとガヤガヤが止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中のメモ

1授業の開始は、桃色の雨が降る

2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇

 




理事長先生は、ほんとは優しいと思う。
というか良い生徒はこんな感じで引き抜きそう。
すべて勝手な私の妄想なのであしからず。
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