「じゃあ私たち、殺せんせーの手伝いに行ってくるね」
「岡島、前原、三村、頼むぞ」
委員長コンビが理科実験室を後にする。
岡島君達は再度シュミレーションをして、奇襲の形を体に刻み込んでいるようだ。
三人の暗殺に邪魔にならないよう、他のみんなは各自の席に着席する。
「殺せるかな、この手の三人同時奇襲は初めてだけど。どう思う?奥田さん」
「えと、そうですね。これまでの殺せんせーを見てると、奇襲、主に想定外のことに弱いところがあるから、もしかしたら……」
理科実験の時の隣は、カルマ君ではなく奥田さんだ。
彼女は理科が得意で、実験の時よくお世話になっている。
お返しといってはなんだが、定期的に国語の勉強を教えたりもしていた。
奥田さんが言い終わると、廊下から聞こえてきてた話声と足音が止まる。
ガラッと扉が開いた瞬間、三人が交互に飛び掛かり、ナイフを突き出していく。
結果は、まぁ、三人がへとへとになって座り込んでいる姿を見れば、一目瞭然だ。
しかも、三人の暗殺を避けながら、各テーブルに実験材料を並べていってたし……。
「やっぱそれくらいの不意打ちじゃ、ダメでしょ」
向かいにすわるカルマ君が殺せんせーを見ながら零す。
もちろん、ナイフも一緒に振るっているが、簡単に躱されている。
「ヌルフフフ、さぁ、授業を始めますよ」
チャイムがなり、委員長達も含め全員が席に着く。
号令がかけられ、授業が始まった。
今日は理科実験だから、BB弾は飛び交わない。
「お~、確かに真っ赤だ。着色料ってこんな簡単に取れるんだなぁ」
実験は滞りなく行われ、もうすぐ終わりだ。
今回は、奥田さんの手を煩わせずに済みそうだ。
一方その奥田さんは、考え事をしているようで、彼女の前には、お菓子以外に、水酸化ナトリウム・酢酸タリウム・濃塩酸・濃硝酸が並んでる。
聞いたことのない名前から、明らかに知ってる危ない名前まで、化学のオンパレードである。
「え、お、奥田さん、どうしたの、その薬品たち」
「え、これですか?殺せんせーにあげる毒の材料たちです。どこから持ってきたのかは、企業秘密です。それで、この水酸化ナトリウムが――」
輝くようなスマイルで自慢の武器たちを説明し始めた。
それを聞きながら、ほんとに奥田さんは化学が好きなんだなぁと実感しながらも、人間を軽く殺せる劇薬を笑顔で調合する姿は、ちょっと怖いと感じた。
調合がおわり、奥田さんが持つフラスコや試験管には、人は軽く殺せる武器ができあがった。
間違っても、人にのませたり、かけたりしてはいけない。
すると突然、明るい笑顔だった奥田さんが暗くなる。
作り終わるまでは笑顔だったのに。
どうしたの?と僕が質問すると
「……作ったはいいんですが、私、どうやって殺せんせーに上げるかまでは考えてなかったんです。私の国語力では、並盛君も知っての通り、騙して、なんてできません」
「そうかな。奥田さんの国語力は、以前よりあがっていると思うよ。しかもほら、ここは教室なんだから、間違っても先生が教えてくれる。もっと自信を持ってって言いたいけど、そんな無責任なことは僕は言えないから。自分を信じてやってみて?」
本気で悩んでいる人に、頑張れ!とか、お前ならできる!とか、そういうことを言ってはいけない。
そんな、そこ以外の道をすべて閉ざすような、“縛る”言葉は、使ってはいけない。
僕の言葉を聞いて、奥田さんは強くうなずいた。
彼女の眼は、決心した眼だ。
その後授業は、殺せんせーが最後に綺麗に着色料を取り出してみせ、終わりを迎えた。
「はい、これにて、今回のお菓子から着色料を取り出す実験は……」
教室内に突風が巻き起こった。
殺せんせーの手元には、僕たちがこの実験のために用意したお菓子がぎっしり。
「これで終了、あまったお菓子は先生が回収しておきます!」
「「「えええ!?」」」
クラス全員の声がハモった。
もちろん僕もその一員だ。
僕の好きなお菓子だったのに。
一瞬殺せんせーの姿が消えたかと思うと、僕たちのお菓子は殺せんせーの手から消えていた。
おそらくどこかに置いてきたのだろう。
ところどころで抗議の声があがるが、クラスの内半数はすでに呆れていた。
そういえば、給料日前だったな、と。
「給料日前だからって、授業でお菓子調達していやがる」
「地球を滅ぼせる怪物が、なんで給料で暮らしているのよ……」
陽人君と片岡さんの呆れ声が、僕の席まで届く。
クラスがガヤガヤとする中、奥田さんは立ち上がって、フラスコたちを持って先生に近づいていく。
ガヤガヤしていたクラスの注意が、立ち上がって殺せんせーに近づく奥田さんに向けられる。
「にゅ?」
殺せんせーがどうしましたか、と尋ねると奥田さんは一瞬だけ、僕の方を見た。
その後深呼吸し、先生に向き直った。
「あ、あの、えと、さっきの着色料で色づけして作ったジュースです、色ごとに味が違うので、飲んでみてくれませんか?真心込めて作ったんです!」
(毒だ)
(毒ね)
(毒だわ)
(毒か)
(ジュース作れんの!?)
(おいしいなら私も後でもらおうかな……)
教室の後ろからみんなの反応を見ていると、概ねほとんどの人が毒だと気づいているようだけど、一部は味の方を気にしているみたいだ。
ほら、ちゃんと成長してるよ、奥田さん。
「これはまた嬉しいですねぇ。先生ちょうど喉がかわいていたので、どれどれ」
殺せんせーが一本目を飲み干した。
「ぬぉおお!これは……!」
「毒が効いているのか……?」
「まさか……?」
「え、あれジュースじゃねぇの!?」
ところどころで驚きの声があがる。
僕も、まさか本当に?と無意識の内に言葉にしていた。
「ぬぅうう……にゅっ」
黄色い顔が水色になり、短いツノが二本、にょきっと生えた。
いや、どういうこと!?
あまりの予想外に、席を立つ人もいれば、どうツッコめばいいのかわからずどうしようもできない人もいた。
ちなみに僕は後者で、純粋な驚きも交じっている。
「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが、先生には効きません」
「そうなんですか……」
「あと二本あるんですね?さて、こちらはどんな味のジュースでしょうか。それでは」
いや毒とわかったのに飲むんかい!?
ツッコみを入れたい衝動を抑えて、僕たちは結果を見守る。
「にゅぁああ、ふにゅうう、ぬぐぅうう……にゅにゅっ」
殺せんせーに羽が生えた。
……いやだからなんで!?
「酢酸タリウムですね。これもまた、私には効きません。さて、最後の一本」
殺せんせーは、ポンッといい音を出しながらコルク栓を抜き、中の液体を流し込んだ。
濃塩酸と濃硝酸を合わせてつくられる液体。
僕が知っている中で最も危険な薬品、王水だ。
ツノ、羽ときたら次は何が来るんだ……?
「かっ、にゅぉおおお、ぐぉおおお!……」
……真顔になった。
ツノや羽も全て消え、真っ白な顔、殺せんせーの真顔になった。
変化の方向性がまったく読めない。
「これは、王水ですね。これもやはり、私には効きません。よく調合しましたね、さすが奥田さんです。ですが」
そこで少し言葉を区切る。
あ、真顔から黄色い顔になって、いつもの殺せんせーになった。
「奥田さん。生徒一人で毒を作るのは、安全管理上見過ごせませんよ」
「はい……すみませんでした」
「この後時間があるのなら、一緒に先生を殺す毒薬を研究しましょう」
「えっ、え、はい!」
ターゲットと一緒に作る毒薬って、それ効くの?
素朴な疑問を浮かべながらも、笑顔で戻ってきた奥田さんに話しかけられ、疑問を振り払う。
「並盛君のおかげで、私成長できているかもしれません。さっきはありがとうございました」
「気にしなくていいよ、奥田さん。僕も理科ではお世話になってるからさ」
今日の理科実験は、これにて終業だ。
……というかスルーしてたけど、王水で溶けないの?
王水って金すら溶かす薬品じゃなかったっけ。
どんな体の構造してるんだろ、殺せんせー。
放課後の理科実験室。
私は今、先生に効く毒薬を作るために、殺せんせーに作り方を教わっている。
「ヌルフフフ、ではそこにエタノールを入れてみましょう。あぁ、気体を吸わないよう気を付けて」
はい!とエタノールを気体を吸わないように注意して入れる。
入れ終わると、先生の方をみて指示を待っていると、先生はゆっくり話し出した。
「君は、理科の成績は素晴らしいんですけどねぇ」
その言葉に、実験器具を一度机に置いて、答える。
「……でも、それ以外がさっぱりで。E組に落とされても、仕方ないです。特に……国語が」
言葉の良し悪しや、人間の複雑な感情表現とか、私には何が正解かよくわからなかった。
私が理科を好きになったのも最初は、数式や化学式は絶対に正解が決まっているからだった。
「私には、気の利いた言葉遊びも、細かい心情を考えるのも、必要のない、考えれなくて構わない、そう思っていたんです」
「そうですね。では――」
「でも、私は並盛君のおかげで、その考えはただ自分の弱さに逃げているだけだと考えることができるようになりました。彼が教えてくれる国語は、なんで国語を理解できないのかわからない私にも、わかるように……?あれ、なんていうんでしょう、こう、理解できるように?う~ん、違うなぁ」
どういう風に言葉に表したらいいんだろう。
こういう時言葉にできないところも、私にまだ国語力が足りていないからだろう。
「並盛君は真面目で優しい生徒ですからねぇ。彼ならきっと、奥田さんによいアドバイスをくれたでしょう」
「そうなんです!教えてくれたから頑張ろう!って気持ちになるんですけど、並盛君は、無理に頑張らなくていいんだよって、そうやって言葉の力で自分を縛るのはよくないって言うんですよ」
「並盛君らしいですねぇ。彼は、言葉による“
「のろい?ですか?」
「いえいえ、奥田さんにはその心配は杞憂のようなので、気にする必要はありませんよ。おっと、奥田さん、そろそろ薬品がちょうどよい位です。次はこれをこうして――」
話はそれで終わり、残りの時間は毒を作ることに集中した。
その後はなんとか、毒を完成させることができた。
後は仕上げだけ。
なんでも、この毒は一晩寝かせなければならないみたいで、宿題として薬品の管理をすることになった。
もちろん、毒薬の取り扱い方についてのプリントは、いつものクオリティだった。
「……さすが殺せんせーです、漫画もわかりやすいです」
「ヌルフフフ、その手のものなら朝飯前です。さぁさ、実験器具を片付けて帰る用意をしますよ。暗くなる前に下山する必要がありますからね」
「はい!」
テキパキと後片付けをし、毒を持ち帰るために包装して、帰る準備は終わった。
下駄箱で靴を履き替えていると、職員室から殺せんせーが見送りに来てくれる。
まだ日は沈んでいないので、急いで降りれば日没に間に合うかも。
「あぁ、そういえば、奥田さん」
「なんですか?殺せんせー」
何か忘れ物でもあったのでしょうか。
振り返ると、にゅやっとした笑みを浮かべた殺せんせーが私を見ていた。
「並盛君のどこが好きなんです?」
な、なんで殺せんせーがそのことを!?
言葉にはしなかったけどたぶん、私の顔にはそう書いてあっただろう。
それはもちろん、教えてくれる時の優しい感じとか、一緒にいて会話に困らず、無言の状態になっても居心地がいいとか、そういうのもあるけど、なにより、あの優しい笑顔に惹かれたんだ。
「せ、先生には関係ありません!この話並盛君に絶対しないでくださいね!?それじゃあ先生、また明日です!」
たぶん顔は真っ赤だろう。
私は走って校舎を後にした。
まさか本人に気づかれてる、なんてことはないよね……?
「ヌルフフフ、青春ですねぇ。ただ、並盛君は、恋愛という観点から見れば、“いい人すぎる”。結構な難関ですよ。しかも、あの手の性格の人は鈍感すぎて、いったいどうなることやら……考えるだけで面白いですねぇ」
生徒の恋路を、傍から見て茶化すくそ教師の図である。
頭の中のメモ
1授業の開始は、桃色の雨が降る
2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇
3給料日前はお菓子の盗難に注意
もちろん未だにオリ主×未定である。
真面目で優しい人に対して、好意を伝える時に、察してと言ってはいけない。
察する時必ず、自分は好かれているという選択肢は消えてなくなるのだから。
いやまぁ、上の二行はこの話と関係ないのであしからず