昨日の奥田さんの毒薬の件は、やはりというべきか、失敗に終わった。
いやまぁ、ターゲットから教えられた毒薬で殺せるとは思ってなかった(少しは可能性を感じた)けど、結果的には奥田さんのためになる暗殺だった。
殺せんせー流体化の騒ぎから落ち着き、みんなが席に着き始める。
昨日の放課後、残って毒を作ったことに労いを込めて、奥田さんに笑いかけた。
「どんまい、奥田さん。でもこれで、新しい目標ができたね。結局あの毒薬、なにが入ってたの?」
「はい!先生にも国語力は着実に育っていると褒められちゃいました。今回の暗殺は、疑う、ということも私に教えてくれたんです。本当にこれも、並盛君のおかげです」
奥田さんは明るい笑顔でそう返してくれた。
何も疑うということが全て悪ではない。
全てを疑わずに、疑問を持たずに何かを為すことは、信じているのではなく、妄信しているのだ。
それが今回の暗殺での、殺せんせーからの教えだった。
僕は大したことはしてないよ、と返すと奥田さんは少し不満げな顔を見せたが、すぐに笑顔になって言葉を紡いだ。
「あの毒はですね!殺せんせーの粘液を基に、濃塩酸と硝酸、他にも酢酸カルシウムに――」
奥田さんのマシンガンはゴリゴリと僕の耐久値を削っていった。
なんか、聞いたことのない薬品の名前がずらりと。
まぁ、奥田さんが楽しそうだから僕はそれでいいんだけど。
その後、奥田さんのヒートアップは、授業が始まり殺せんせーに注意されるまで続いた。
目をキラキラさせて語る奥田さんを見て僕は、少し羨ましいなとも思った。
僕には、これが一番好きだって言える教科はないのだから。
「衆人君、そろそろ行かなきゃ間に合わなくなるよ」
授業が終わり昼休みに入ると、渚君が体育館に急がないとと言ってきた。
今日は僕がE組に転入してから初めての全校集会だ。
E組の生徒は他の生徒よりも早くに体育館に集合し、整列していなければならない。
僕が初めてだから、気を使ってくれて教えてくれたのだろう。
そうだったね、ありがとう、と渚君にお礼を言う。
しかし僕は、
「烏間先生に用事があるから、先に行ってて。僕はあとで走って追いつくよ」
「うん。じゃあ僕は茅野や杉野たちと先に行ってるね」
みんなが教室を出ていくのと入れ替えに、烏間先生が入ってくる。
以前から約束していたことを、教えてもらうために僕は残った。
「烏間先生、約束のあれ、教えてください」
「いいだろう。ただし、俺が危険だと判断したら、即中止にするからな。その時は走って追いつくぞ。荷物があるから、メモできるものを持ってついてきなさい」
はい!と返事をして烏間先生の後についていく。
これを覚えることができたら、たぶん、集会の日も昼休みをもう少し満喫できるだろう。
「おっと、確かにこれは、難しいですね。だけど楽しいです」
「君は新兵よりも使えるかもしれんな。ラペリングは見た目から簡単だと思われがちだが、かなり高度なスキルを要求される……のだが」
言葉を区切って、横をラペリング降下する烏間先生は僕を見る。
たぶん、降下中の姿勢を見られてるんだ。
「たった30分、講習と実演だけでそこまでできる人はなかなかいないぞ」
純粋に褒められた。
烏間先生は空挺部隊にいたことがあるんだっけ。空挺部隊といえば、エリート中のエリートだ。
そんな人に褒められて、嬉しくないわけがない。
褒められたことが嬉しくて、そのせいで一瞬姿勢がブレる。
「……まったく、褒めるのは早すぎたか。しかし、まぁ及第点だろう。まだ1人ではやらせるわけにはいかないがな」
「す、すみません、気をつけます」
姿勢がブレたことを一瞬で察知した烏間先生に支えられて、なんとか体勢をたてなおす。
その後気をつけながら降下し、なんとか下までたどり着いた。
場所は、以前カルマ君が飛び降りたらしい崖の真下だ。
ここから直線でまっすぐ降りれば、20分とかからずに本校舎に辿り着き、下山できる。
授業終わってすぐに下山しなくてもよくなるんだ。
初めてのラペリング降下ということもあり、崖下につくまで5分ほど時間を使ってしまった。
それでも、講義の分の30分を余裕をもってカバーできる時間だ。
「俺はまだ下山中の他のみんなのところへ向かうから、君は装備を片付けて本校舎に向かいなさい」
「わかりました、僕の我儘に付き合ってくださって、ありがとうざいました」
頭を下げ一礼する。
烏間先生は、気にするな、これも俺の仕事だ、と装備を一瞬で片付けて走って行ってしまった。
「ほんとかっこいいよな、烏間先生。あの人弱点とかあるんだろうか」
もしかしたら殺せんせーより弱点ないかもしれない。
いや、殺せんせーは多すぎるだけかも……?
「やば、とにかく装備片付けなきゃ。渚君達に追いつかないと」
ラペリングに使ったカラビナなどの装備を取り外す。
ロープを纏めようとして、木にひっかかっていることに気づいた。
「ん?何に引っかかってるんだ?」
そこそこ強く引っ張っても、中々引っ掛かりが取れない。
思いっきりロープを引くと、引っ掛かりは取れたが、原因となっていたものが落ちてきた。
それは人の頭より更に大きくて、ブブブブと羽音を響かせ、甘い香りが漂うものだ。
「え、えと、本当に、ごめんなさぁああい!!!」
僕はその場から猛ダッシュで逃げ去った。
こんな大量の蜂に追いかけられる経験などなくても、捕まって刺されたらまずいことくらいわかる。
「うわぁあ!!!」
悲鳴をあげてしまうのも、こんな時は許されるだろう。
「な、なんだ!?悲鳴!?」
杉野が後ろから聞こえてきた悲鳴に驚いて振り返る。
僕もそうなんだけど、この声……もしかして並盛君?
何事かと、僕達は身構えるが、その後すぐ現れた並盛君と、その背後に迫るものを見た瞬間、回れ右をして走り出した。
「ば、馬鹿!なんてもん連れてきてんだ衆人!」
「これなにやったらこんな蜂に追われるんだ!?」
「ご、ごめん杉野君、菅谷君、みんな!これには深いわけが!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!すぐ逃げよう!」
みんながみんな、悲鳴を上げながら走る。
ごめんみんな、僕が蜂を引き連れてきてしまったばっかりに……。
しかも、今は知っている道は、木の根がうねうね飛び出す足場が悪い道だ。
このままのペースで走ってたら誰かころぶかもしれない。
「きゃあっ!」
まずい、神崎さんがころんじゃった!
最後尾を走っていた僕は、羽音からすぐ近くまで近づいていることについ焦って行動を起こした。
「ご、ごめん神崎さん!少し耐えて!」
「え!?ちょ、ちょっと待って並盛君!」
それはいわゆる、お姫様抱っことかいうやつである。
だが勘違いしないでほしい。
彼は焦っていたし、すぐ後ろには大量の蜂。
彼の真面目で優しい性格から、神崎さんを見捨てるという選択肢など端からなく、かといって足を挫いたかもしれないので、手を差し出し立たせても、すぐに走り出せるかわからない。
おんぶという選択肢は、蜂が近くまで来ているためできなかった。
断じて、好意を持っていたとか、女子に触れるからといった不純な理由でお姫様抱っこに至ったわけではない。
その証拠に、
(ごめん杉野!本当にごめん!ジュースでもなんでも奢るから今回は目を瞑ってくれ!)
何度も、彼は心の中で杉野に謝っているのだから。
「え!?ちょ、ちょっと待って並盛君!」
私の声は、彼には届いていないようだった。
それはもちろん、私が転んだのがいけないんだし、後ろからは蜂がたくさん来てるけど……。
けど……お姫様抱っこは恥ずかしい!!
絶対今の私の顔真っ赤だ。
だ、だってこんな経験ないもん!
並盛君に見られないように、両手で顔を隠す。
チラリと指の間から彼を覗くと、時折後ろを振り返りながら必死な顔を見せ、それでも、足は大丈夫だった?と優しい笑顔を見せてくれた。
恥ずかしさで声が出せなくて、コクコクと頷くしかできなかったけど、彼は良かったと言ってまた前を向いて走り続けた。
お姫様だっこの状態で少し走った後。
後ろから羽音以外の、人間の悲鳴が近づいてきていることに気づいた僕は、足元に注意しながら後ろを見た。
「うぉおおおお!!!!」
その悲鳴の主は、ズブ濡れで蛇を身体に巻き付け全力疾走してくる岡島君だった。
岡島君は僕たちをあっさりと追い抜き、僕たちを追っていた蜂さえも引き連れて、見えなくなってしまった。
「「「お、岡島―!!!」」」
みんなして彼の名を叫んだ。
そういえば、ラペリング降下中も二回ぐらい『岡島ー!』という山びこを聞いた気がする……。
岡島君が蜂を受け持ってくれたおかげで、なんとか僕たちは足を止めて休憩することができた。
一息ついて、ゆっくり神崎さんを降ろす。
「大丈夫?神崎さん」
「う、うん。ありがと、並盛君」
その神崎さんの答えに笑顔で答えて、みんなにも怪我がないか確認する。
渚君や茅野さん、杉野君、菅谷君、奥田さんみんな刺された場所もないようで、本当によかった。
「それにしても、あいつ、なんかすごいことになってたけど……大丈夫かな」
「確かに……岡島君には悪いことをした……」
杉野君の言葉に、うっと心をえぐられながら、岡島君の冥福を祈った。
「「「いや、死んでないから!?」」」
そこから少し進み少し開けた場所に着く。
ようやく、腰を下ろして休憩できる。
「やぁあ~もう、蜂とか勘弁してぇ~」
「でも岡島が大半を受け持ってくれたおかげで助かった」
うっ、ごめんなさい茅野さん菅谷くん……。
僕は再び心にダメージを受けた。
「大丈夫か」
「烏間先生」
ガサガサと、木の枝を避けながら烏間先生がやってきた。
……え?もう、一度校舎に戻ってから引き返してきたの……?
驚きのあまり口をあんぐり開けていると、今度はドッタドッタ大きな足音を響かせながら、ビッチ先生が木々の間から飛び出してきた。
「あ、あんたたち、はぁ、昼休みから、はぁ、移動だなんて、聞いてないわよ!」
「ははっ、だっらしねぇなぁビッチ先生」
「ヒールで走ると倍疲れるのよ!」
杉野君の呆れ声に、ビッチ先生はまたムキィイー!と騒ぐ。
なんかもう、E組の恒例行事になってきたな……。
その光景、基ビッチ先生に溜め息をついて、烏間先生は僕たちに言う。
「さぁ、本校舎までもう少しだ、行くぞ」
「「「はぁーい」」」
腰を下ろして休んでいた僕たちは立ち上がろうとした時、
「痛っ」
「どうした?神崎さん、やっぱり怪我、してた?」
神崎さんが立とうとしてよろめいた。
すかさず支え、もう一度ゆっくり座らせる。
よく見ると、右膝のスカートの部分に、血が滲んでいる。
さっき転んだ時に擦りむいていたのかな。
「ほんとだ!神崎さん大丈夫!?」
茅野さんが心配そうな声を上げる。
烏間先生やビッチ先生も心配そうにしていた。
「ちょっと傷見せて?僕消毒液と綺麗な布、あと絆創膏と軟膏も持ってるから」
「「「いやドラ〇もんか!?」」」
みんなから同時にツッコまれた。
え、僕がおかしいのか……?
普通、ブレザーの内ポケットに入れておくよね?
え?普通じゃない?
「……これでよしっと。先生たちから見ても、これで大丈夫ですか?」
「そうだな、それくらいの傷であれば、並盛君の今の処置で問題ないだろう」
「あんた、本当に大体なんでもできるわね……」
大体、がミソですねとビッチ先生の言葉に笑って、神崎さんに手を差し伸べる。
「本当は保健室に行った方がいいんだけど、本校舎だとグチグチ何言われるかわかんないから、後で殺せんせーに見てもらおっか」
「うん。ありがとね、並盛君」
神崎さんが僕の手をつかみ、立ち上がる。
歩けない、ということはなさそうだけど、少しぎこちない。
……それと、さっきから杉野君からの殺気が凄まじい。何故俺が衆人より動かなかったという思い(自責の念8割、羨ましい2割)も一緒に伝わってきている。怖い。
……そうだ!
「どう?神崎さん。少しぎこちなさそうだけど」
「少し、歩きにくいかな。でもだいじょ――」
「なら杉野君に支えてもらいなよ、烏間先生じゃ支える、というよりは抱える、になっちゃいそうだし、僕はずっと走ってきたからヘトヘトなんだ」
僕がそう言った瞬間、杉野君からの殺気が霧散した。
ふぅ、死ぬかと思った。
「そうだな、確かに俺だと支えるのは難しいかもしれん。杉野君、俺からも頼めるか?」
「は、はい!」
僕は支える邪魔にならないように、杉野君と入れ替えに渚君のもとへ足を運んだ。
杉野君からすれ違い様にウィンクを受ける。
……ごめん杉野君、男の子からのウィンクはいらないかも。
神崎さんよりもぎこちなくなった杉野君が神崎さんを支えながら、僕たちが本校舎までの道を進んだ。
「ほらみんな、急いで整列しようぜ」
なんとか時間に間に合うように下山し終わり、みんなへとへとになっている中、委員長が呼びかける。
磯貝君が委員長でよかった、人柄もいいし、この人にならついて行ってもいいと思わせる力がある。
磯貝君の呼びかけで、はぁ~い、とバラバラに休んでいたみんなは、体育館に向かって歩き始める。
「あ、あの、さっきは――」
「さぁ、神崎さん、行こう!」
「あ、ちょっと――」
神崎さんに声をかけられ、振り返るが、当の神崎さんは杉野君に引っ張られ、先に進んでいってしまった。
なんだったんだろう?とはてなを浮かべつつも、僕も遅れないように体育館へと足を進めた。
もうすぐ時間だ。
ぞろぞろと本校舎の生徒が姿を見せる。
E組になって初めての全校集会だ。
どんなくだらない催し物が準備されているのだろう?
「な~ぎさく~ん~。山の上からこっちに来るの、大変だったでしょ~。あははは」
前の方では、渚君が元クラスメイトらしい人に馬鹿にされていた。
自分個人ならまだしも、友達、クラスのみんなを馬鹿にされるのは、イライラするものなんだな。
しかしそれでも、僕は耐えなければならないことを、理解できている。
理解できてしまっているからこそ、更にイライラするんだ。
この学校のこのシステムが、非常によくできたものだと理解できているから。
僕は、馬鹿にされるのはしょうがないことなのだと、自分に言い聞かせた。
その内集会が始まった。
校長先生の、ありがたい長いお話だ。
「えぇ~要するに、君たちは全国より選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。が、油断していると、ど~しようもない誰かさん達に、なっちゃいますよ~」
あははははと、体育館中が笑いに包まれる。
E組を除いては。
本当にくだらない。
ふと、一番先頭に(委員長を除いて)赤い髪が見えないことに気づいた。
「あれ、寺坂君、カルマ君知ってる?」
「あぁ?知らねぇよそんなん」
「赤羽君?それなら私、旧校舎出る時に、屋根で寝ているのを見たわ。きっと、サボって罰を受けても、何も思わないからだと思うけど」
「カルマ君サボってたのか……ありがとう、速水さん」
寺坂君に機嫌悪そうに返されたのを見兼ねてか、速水さんが教えてくれた。
速水さん、結構視界広いよね。
まるで某名探偵漫画の主人公みたいな視野してる。
「……はっ!?誰かが私を呼んだ……?」
僕の右後ろで不破さんが反応した。
いったいどうしたんだろう、突然。
長い校長先生の話が終わり、次は生徒会からの発表に入る。
少し時間がかかるようで、まわりは少しざまめきだしている。
E組のみんなも暇なようで、各々近くの人とおしゃべりをしたいた。
「可愛いのはいいが、ここで出すな!他の生徒には、暗殺の事は秘密なんだぞ!」
「「は、はぁ~い」」
あ、中村さんと倉橋さんが怒られてる。
ナイフケースデコるとかいう発想、僕にはまったくなかった。
女子の発想力恐るべし。
すると、列の後方側の生徒たちが、一斉にざわめき始める。
なんだろう、と思って後ろを見ると、優雅に歩くビッチ先生がいた。
さっきまで、あんなにへばっていたのに、見栄っ張りなんだね。
……ん?渚君に近づいていくぞ。
何か話してるみたい。
何を話しているかは聞こえなかったけど、突然渚君の顔がビッチ先生の谷間に収まる。
……ビッチ先生!横で茅野さんが見てる!見てるよ!?
あ、ビッチ先生が烏間先生に引っ張られていった。
助かってよかったね、渚君、ビッチ先生。
「えぇー、今みなさんに配ったプリントが、生徒会行事の詳細です」
……待てど暮らせどプリントは回ってこない。
前の方でつっかえてるのかな?
「すみません、E組の分、まだなんですが」
待っていると、磯貝委員長が手を挙げてそう言った。
あぁ、なるほど。くだらないやつか。
はぁ、とため息を吐いて委員長の質問に対する返答を待つ。
「えぇ、ない?おっかしぃなぁ~。ごめんなさぁい、3-Eの分忘れたみたい~。すいませんけど、全部記憶して、帰ってくださぁい。ほらぁ、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし」
どっと体育館中が笑いに包まれる。
さすがのビッチ先生も、しかめっ面だ。
……ん?
ふわりと空から降ってきたプリント。
僕たちの列にだけ巻き起こった旋風。
それだけで、気が楽になった。
「磯貝君、問題ないようですねぇ。手書きのコピーが人数分あるようですし」
殺せんせーの登場に、みんなの雰囲気が一気に明るくなる。
「あぁ、プリントあるんで、続けてください」
「えぇ!?え、嘘……なんで!?誰だよ笑いどころつぶしたやつ!あぁ、いや……ゴホン、では続けます」
プリントを流し読みしながら、殺せんせーの方を見る。
……関節、あきらかに怪しいよね?
殺せんせー、本当に完璧だとでも思っているのかな……?
あ、ビッチ先生がちょっかい出し始めた。
すぐに烏間先生がビッチ先生を取り押さえ、連行していく。
……うわ、あれ痛そう。
その様子に、E組のみんはつい笑ってしまう。
僕だって、あんなものを見せられて笑うなっていう方が無理だ。
初めての集会は、少し、楽しいものになった。
集会が終わると、猛ダッシュである自販機の元へ向かう
渚君たちには、すぐに戻ると言って、本校舎側の自販機までやってきた。
悲しいかな、C組のすぐ近くの自販機だけど、戻ってくるまでにすぐ買って、渚君たちのところへ帰れば問題ない。
ここにしか、僕の好きな飲み物、抹茶オレがないんだ。
慣れた手つきで小銭を入れて、ボタンを押す。
これにはまった理由は、なんとなく教室の近くにあって、なんとなく飲んでみようと思った、それが始まりで、気づけば毎日のように飲んでいた。
E組になってからは、中々買える機会がなかったから、少し楽しみにしていたんだ。
落ちてきた抹茶オレを取り出し、走って戻ろうとした時、そいつは現れた。
「やぁ、並盛君。楽しそうな学校生活を送れているようでなにより、だよ」
「……委員長、まだなにか僕にご用で?」
笑顔を取り繕う。
本校舎のいたるところには、理事長が防犯対策と銘打って監視カメラが多数配置されている。
ここで何か問題を起こして、E組のみんなに不利益なことが起きてはいけない。
こんな個人的なことで、みんなに迷惑をかけてはいけない。
「へぇ、まだそんな笑顔ができるんだね。僕に向かって。さすが、真面目で優しい並盛君だ」
「……分かってるなら、僕もう行っていいかな?友達を待たせているんだ」
「これは驚いた。カンニング魔の君に友達ができたのか。まぁ、E組のやつらなんて所詮その程度だろうよ」
僕の中に、怒りという感情が溢れる。
なんとか蓋をして、ひび割れそうな笑顔を保って、言葉を紡ぐ。
「そうやって煽って、僕に問題を起こさせようっていうのが、君の魂胆でしょ?残念だけど、その目的は達成されないよ」
「だろうね。君は真面目で優しいんだろうから、クラスの仲間が、友達が馬鹿にされても、何も言い返せないんだもんなぁ。いよっ、さすが真面目君!」
抹茶オレを握りつぶしそうになるのをなんとか抑えて、僕は笑顔を保たせた。
「ありがとう、誉め言葉として受け取っておくよ。じゃあね」
まだ何か聞こえた気もしたが、これ以上は、我慢できない。
僕は足早にそこから抜け出した。
深呼吸を何度か繰り返し、みんなのところへ戻ろうと早足で向かっていると、渚君が二人の男子生徒から凄まれているところを発見した。
「……どいつもこいつも」
はぁ、と自分を落ち着かせるための溜め息を吐き、渚君、大丈夫?と声をかけようとした時、
「殺そうとしたことなんて、ないくせに」
渚君の声を聞いた瞬間、身体が震えた気がした。
それは、普段の暗殺からは感じられない殺気だった。
渚君につっかかっていた男子生徒二人は、その殺気に怖気づいたのか、渚君に道を開ける。
「あ、並盛君!ごめんね、待たせちゃった?」
「あぁいや、僕も今買ってきたところだよ」
早く戻らなきゃね、と笑って渚君は言う。
僕はそうだね、と返して、抹茶オレにストローを差した。
「そういえば、どうやって僕たちに追いついたの?ていうか、なんで蜂とおいかけっこをしていたの……?」
「あぁ、それは、烏間先生に頼んで、ラペリング降下の講義をしてもらってたんだ。ほら、渚君が教えてくれた、カルマ君が飛び降りた場所ってあったでしょ?」
僕の説明を聞いて、渚君は、ラペリング降下って、難しいやつなんじゃない?と若干引いていた気もするが、30分もゆっくりできる時間が増えるなら僕も教えてもらおうかな、とやはり時間の誘惑には勝てなかったようだ。
教室に帰った後も、渚君と同じことをみんなに聞かれ
「「「ずるい!!!どうして俺(私)たちに教えてくれなかったの!?」」」
と、よくそんな方法見つけた!という賞賛なのか、一人だけずるい!という思いからなのかわからない反応を貰った。
次回の集会までに、全員がラペリング降下を学ぶみたいだ。
烏間先生は頭を抱えて、僕を一睨みしてきた。
その目には、『みんながみんな君みたいに高いところが大丈夫ってわけでもないし、一通りなんでもできるってわけじゃないんだぞ!』と書いてあった気がする。
全員習得できた際には、女子→男子の順で降りることになるだろう。
全員一緒に降りても問題ないくらい崖の幅はあるのだが、岡島君がしようとしていることは目に見えているので、その時になったら進言しよう。
ちなみに、神崎さんの怪我の件は、殺せんせーからも花〇を貰った。
先生は今、医術も勉強しているようで(先生にもまだ学ぶことはあるんだと思った)神崎さんの怪我は、先生の細胞を使って穴埋めし、綺麗さっぱりなくなった。
その後授業も終わり、帰る時間となった。
僕は用があるから先に帰ってて、と渚君とカルマ君に伝え、ほとんどみんなが教室からいなくなってから、教室を出た。
下山する道ではなく、少し山を登ったところにある小さな沢を通り過ぎ、普段は誰も立ち入らない場所まで歩く。
そこは、的当て用の空き缶が吊るしてあったり、殺せんせーを模した案山子がおいてある、僕が作った練習場みたいなところだ。
荷物を下ろし、周りを確認してから、銃を取り出して引き金を引く。
「……あぁ、イライラするイライラするイライラする!くそ、誰があんな不正行為などするもんか!巫山戯るな!……あぁ、イライラする。こんなことにイライラしてる自分にイライラする。しかも、僕だけならともかく、E組のみんなまで馬鹿にするなんて、イライラする。それを、本校舎では取り繕わないといけないと理解できている自分にも、イライラする」
そこは、僕が周りに見せない本音を吐露する場所でもあった。
今まではそんな、本音を吐露するようなことはなかったのだが、カンニング冤罪の件で、それまで我慢していたものが蓋から少しずつ溢れてきているんだ。
悪態を吐きながら引き金を引き続け、すぐにスライドにストップがかかる。
マガジンのBB弾が切れた合図だ。
正確には数えていなかったが、体感約6割強が命中。
こんな時でも平均か、と自分の力を嗤う。
すぐに二丁目を取り出し、今度は左手で引き金を引き続ける。
溜まったものを吐き出しながら、引き金を引き続ける。
結果は、右手と同じだった。
真面目な人ほど溜め込み、優しい人ほど呑み込んで。
周りから見れば、ただ普通に笑っているようにしか見えない、損する性格。
なまじ全てのことが人より少しできたことも、彼には自分を
二丁とも撃ち終わり、マガジンを荒々しく交換しているとき、僕が来た道からガサッと音がして。
「並……盛……君?」
声の主は、神崎さんだった。
帰ろうとしたときに、一人で山へと歩いていく並盛君を見つけた。
どこに行くのだろう、と疑問符を浮かべたけど、特に理由もなく後を尾けるのはなんだか気が引けて、気にはしなかったんだけど……。
そうだ、さっきのお礼もちゃんと出来ていなかったし。
……思い出しただけで顔がすぐ赤くなった。
でも、お礼はちゃんと言わなきゃね、とやっぱり気になったため、後を尾けることにした。
少し山を上ったところにある小さな沢を越え、少ししたところ。
並盛君はそこにいた。
そこで聞いた言葉は、『意外』その一言に尽きた。
「……あぁ、イライラするイライラするイライラする!くそ、誰があんな不正行為などするもんか!巫山戯るな!……あぁ、イライラする。こんなことにイライラしてる自分にイライラする。しかも、僕だけならともかく、E組のみんなまで馬鹿にするなんて、イライラする。それを、本校舎では取り繕わないといけないと理解できている自分にも、イライラする」
その言葉は、普段から彼がどれだけ色々なことを我慢しているか、あの真面目さと優しさの裏には、どんなことがあってきたのか、それを私が想像するには、十分すぎた。
彼は根っからの真面目で、優しい人で、これまで吐き出す機会もなく誰かに吐き出すこともできなかったということを。
勝手に足が一歩踏み出したときに木の枝に触れてガサッと音が鳴った。
「並……盛……君?」
音に反応して振り返った並盛君は、驚きの顔をして、すぐに笑顔を私に向けた。
「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」
「並……盛……君?」
音と声に反応して振り返ると、そこには神崎さんがいた。
……聞かれたか?見られたか?
とにかく、いつもの僕に戻ろう。
正直ここに神崎さん(神崎さんじゃなくてもクラスメイト)がいることには本当に驚いたが、なんとか笑顔を保つ。
「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」
笑顔は、保てているだろうか。
不自然なものじゃないだろうか。
いつもの、真面目な僕だろうか。
「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」
並盛君の笑顔は、いつも通りの笑顔だった。
そう、いつもの、優しい笑顔。
だけど今の私には、無理して笑っているように見えた。
……何も見なかったことにしてくれ、と、そう笑っているように見えた。
彼の問いになんて答えるべきか迷い、結局何も見ていない、聞いていなかったことにして答える。
誰にでも、触れてほしくないことはある。私にだってそれはあるんだから。
「一人で山に入っていくのを見かけたから、どうしたんだろうと思ってね。それに、昼休みの、ほら、あ、あの……ぉひめさま抱っこの……お礼も、ちゃんとしてなかったし」
もじもじと言いづらそうにしていたことに最初は、見られていて聞かれたと思っていたが、その後の神崎さんの言葉で、ただ恥ずかしがっているのだと気づいた。
そりゃ、まぁ、お姫様抱っこは……される方も、恥ずかしいよね。
「そ、そっか。ごめんねこんな奥まで連れてきちゃって。それに、僕はあの時、神崎さんを守らなきゃって思ってやったことだし、お礼だなんて気にしないで?」
「ひゅえっ!?そ、それは、それで問題というか……(うぅ、どうしてそんな恥ずかしいセリフを当たり前かのように言うかなぁ)」
……?
僕は何かしたのだろうか?
どうしたんだろ、急にまた神崎さんがもじもじしだした。
「と、とにかく!助けてくれてありがとうね!そ、それじゃまた明日ね!並盛君」
「え、あ、うん。また明日ね、神崎さん」
それだけ言って、神崎さんは来た道を戻っていった。
結局、何にもじもじしていたのかは、わからずじまいで。
突然の神崎さんの登場により中断してしまった自分の中のイライラの整理をするか悩み、普通に射撃練習をすることにした。
あんなことの後では、吐き出せるようなことはない。
それは誰かに見られているかも、という、そんなものではなく。
純粋に、クラスメイトと話して気分が収まったからだった。
もう一度、銃を構えてターゲットを狙い、引き金をスライドがストップまで引き続ける。
……体感、7割弱。
「お、さっきより少し多く当たってる。やっぱり、集中した方が当たるな、これは」
今回の射撃に満足して、片付けを始めた。
「……あ、あのぉ」
「うわぁあ!?はい!?……って神崎さん、帰ったのかと思ってたよ」
突然後ろからかけられた声に、心底驚いて飛び上がった。
僕の後ろには、さっき帰ったと思い込んでいた神崎さんの姿があった。
……いったいいつの間に後ろに。
「ご、ごめんなさい並盛君!驚かすつもりはなかったの。ただ、その……道がわからなくて」
今度はもじもじ、というか、そわそわしだした神崎さん。
なるほど、確かにこの場所は、少し入り組んだ場所にあるから。迷ってしまったのだろう。
「そういうことか。なら丁度よかった、僕もこれから帰ろうとしていたとこなんだ。僕についておいで」
と、手を差し出す。
この辺は、かなり足元の地面がよろしくない。
木の根が走っていたり、湧き水による水たまりができていたり、結構自然なトラップが多い。
場所の関係上、日が沈んだら結構暗くなるから、少し急がないとだしな。
「そういうことか。なら丁度よかった、僕もこれから帰ろうとしていたとこなんだ。僕についておいで」
笑顔で並盛君は手を差し伸べてくれる。
え、いや、えっと……無意識でやってるなら、相当だよ、並盛君。
しかし、また転んだりして怪我をしては、再びお姫様抱っこ、なんてことになりかねないので、
「え、え……うん、ありがと」
差し伸べてくれた手をつかむことにした。
「じゃあ、行こうか。足元に気を付けてね」
「う、うん。昼休みみたいには転ばないように気を付ける」
私の言葉に、彼は、う~んと少し悩むようなそぶりを見せて、
「転んだら、その時はまたお姫様抱っこなりなんなりして、僕が連れて行くよ。あ、だからって転んでもいいとかじゃないぞ。しっかり足元見て歩くようにね」
しっかりと注意するあたり、本当に無意識なんだろうなぁと感じつつ、うん、わかったと私は言葉を返す。
残念ながら帰り道は、私は転ぶことはなかった。
頭の中のメモ
1授業の開始は、桃色の雨が降る
2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇
3給料日前はお菓子の盗難に注意
4僕の筋力ではお姫様抱っこはキツい(要筋トレ)
友達に見せたら、「原作要素半分以下で草ァ。内容おもしろくて草ァ」と言われた。うれしい。ちなみに読んでくれた友達の名前はフシギダネです。(あだ名)
お気づきの方はいるとおもいますが、アニメを基に作っています。