はっはっは。
とりあえず、退いてくれるかしら?
「ここからが楽しいのに?」
いいから。
不満そうにしながらも素直に退いてくれた。
解放された私は上身だけ起こす。押し倒されたのは初めての経験だった。
「それじゃあ、どうする?」
...さぁねぇ、どうしましょうか。
既にこの屋敷から出て別の所へ行くという選択肢が私の中で出ていた。
だがそれは礼儀知らずというものだろう。折角迎えてくれたのだし。
何かやりたい事はないの?私もお手伝いするから。
「うーん...特にやりたい事は無いのよね。暇が潰せればそれで」
百人一首でも?
「さすがに飽きちゃったわ。...あ、そうだ」
ずい、とかぐや姫の顔が近寄る。いやに意識してしまうのはさっきの事件故か。
芳香なんかも感じ取れて、非常によろしくない。
「この暗さは貴女が何かしたの?」
暗さ?
かぐや姫が空を指差して言った。
確かにちょっと前から妙に暗かった気がする。しかも私の周りだけが。
でも、特に何かした訳じゃない。むしろ私の方が知りたいのだ。
「ふーん、そうなの」
そうなのよ。
「そうなの...ね...」
あら?
かくかく、と船を漕ぐかぐや姫。目がとろんとして可愛らしい。
じゃなくて、眠いのだろうか?
もう寝るのかしら?
「...うん...寝る」
のそのそと押入れまで歩いて蒲団を取り出そうとしているが、眠いからなのか上手く取り出せないでいるようだ。
私も押入れまで行って蒲団を出す。
敷いてあげるから、机どかして。
「うん」
...はい。それじゃあお休みなさい。
「...お休みなさい」
え?
ぐい、と引っ張られたかと思うと、気づかぬ間にかぐや姫の抱き枕にされていた。
抜け出そうと試みるが、思ったよりつよく抱き締められていて不可能そうだ。
現状を理解して受け入れると、実はかなり拙い状況だと解った。
私を抱き締める細い腕は、殆ど体験したことが無かった温もりを伝えてくる。それはとても鮮明で、じんわりと体に染み込んでくる。
胸に頭を擦り付けられる感触はあまり良くないけど、この温もりに免じて許そう。
ぽん、ぽん、と背中に当てられる手。否応もなく安心してしまい、此方まで眠くなってきた。
「にゃむ」
...ふふ。
胸の間で猫のような声を出すかぐや姫。あまりに可愛くて、私の方からも抱き締め返した。
お休みなさい。
▽▽▽▽▽▽▽
「師匠、姫様遅くないですか?」
「寝ているのかしらね。見てきてくれる?」
「それなら私が行くよ」
晩ごはんの並べられた卓袱台を囲む三人。
それは湯気を立ち上らせ、自分は今作られたばかりで今が一番美味いと言っているかのようだ。
やがてその三人の中から一人──因幡てゐが残った一人の様子を確かめに行った。
「てゐ、おかえり。輝夜は?」
「......」
「てゐ?どうしたの?」
黙ったままのてゐに、もう一人の兎が問いかける。
そして質問の答えはこうだった。
「アレを壊すなんて無粋なこと、私には出来ないわ」
「はぁ?」
「......」
一人は返ってきた答えに対して思わず聞き返すが、もう一人は顎に手を当て何かを考え始めた。
そして考えがまとまったのか、音もなく立ち上がる。
「師匠?どうしました?」
「優曇華、貴女も来なさい」
「はぁ...了解です」
そして残った一人は、先程よりほんの少しだけ冷めた晩ごはんを食べ始めた。
▽▽▽▽▽▽▽
「......」
「......」
二人は静かに、それでいて殆ど手付かずだった晩ごはんの事を忘れる程に目に入るものを観賞していた。
艶やかな黒髪と赤いリボンが絡んでいる。
そしてその持ち主である二人は、しっかりと抱きしめ合いながら一つの蒲団で眠っていた。
一人の蓬莱人は、この記憶と永遠を共にしようと、目の前の風景を脳に刻みつけた。
そして兎は、頬をすこし赤らめながらもそれ以上に紅い目でそれを見据えた。
とどのつまり二人の寝姿があまりにも美しかったのだ。
かぐ雛とかいう新境地(ペンギンである)。