赤い鋼鉄の巨漢が、フレームを剥き出しにしたもう一人のロボットを連れて原生林に身を潜めていた。噎せる熱帯と肉食獣の血と糞尿の臭いが混ざり合う中で、草木はひたむきに青々とした自然を形成していた。
人の目には美しい
「だいぶ遠くまで逃げ仰せてきたのう」
ランページは有機的な排気と共に、そう独り言ちた。その隣には、水飲み鳥みたいに頭を揺らして歩く『論理回路の狂ったトランスフォーマー』の姿があった。
「基地からも遠いが、安心は出来ん。メガトロンはしつこいけえ」
ランページは自身のガトリングカノンによって大きい翼を持ったサイバトロン戦士を破壊したのを想起していた。彼の友人を連れ戻そうとするシルバーボルトにミサイルの豪雨を浴びせ、断末魔を響かせる事すら許さずに殺害したのだ。
それから岩肌を走り抜けて、広大なジャングルへと飛び込んできた。
「レーダーの位置情報は偽装してあるんじゃ。仮に見つかるとしても、まだ時間はあるわ……!」
「レー……ダー、」
「ああ、ええんじゃ、ミューちゃんは気にせんでええ! ワシがなんとかしたるけえのお!」
さすがのランページも考えなしに活動しているわけではなかった。トランスミューテイトと結託し、デストロン軍を制圧する作戦を考案していた。
しかしながら、その構想を練る時間が十分に与えられたとは断じられない。それは誰の目から見ても明らかだった。
なぜなら誰もが想像つくように──
『アーアー、マイクテスマイクテス……
メガトロンは狡猾だからだ。ランページの眼前に現れた、その立体映像を出力する小型のドローンからは憎悪すべき顔が浮かんでいる。
「な……」
『ン? これミュートになってないよな……なんてな、フフッ』
手揉みをする僭主たる彼から放たれる視線は、映像越しでも狡知で、しかし下賤すぎないのがわかる。
「チッ、もう感づかれたか!」
『なにを警戒しているのだ。オレ様はお前を褒めてやろうとしているんだぞ。あの出来損ないの
メガトロンの口は陽気に話すが、その冗長な語りがかえってランページの対立を促した。
「メガトロン……ワシを、トランスミューテイトをどうするつもりじゃあ」
『帰投しろ』
「質問に答えんか! どうするのかと聞いているんじゃ!」
『言い方を変えよう──』
『投降しろ』
メガトロンの音声に抑揚がないのは、音声回路の故障ではない。
「それが返事か……分かった、お前には敵わんわ」
ランページは言葉なく、静かにタンクモードへ変形した。
『フン、それでいい。ああ、基地に戻る前に……インフェルノがポイント3286で交戦中だ。そこで合流してサイバトロンの進軍を阻止しろ』
立体映像が檻に捕らえられたスパークへと変わった。小さな檻には、ランページの飼い主の手がかけられている。
「分かった」
戦車は異形の機械生命体を載せ、不服を片側の<魂>に秘めたまま再度戦場へと向かった。
*
『プロトフォームX』が目覚めた時、彼が目にしたのは怪訝な表情をした研究者たちだった。円環から外れた不条理の魂がここに誕生したのを覚った彼は、得も言われぬ苛立ちに襲われる。
彼は死と苦しみを約束された生に怒り狂い、数多のサイバトロンを虐殺した。絶望を底に据え、好奇と恐怖の感情に晒されながら、その生命体は生を弄んだ。
「死にさらせサイバトロン!」
舞台が変わっても、この原始を剥き出しにした不毛の惑星にて今また同じ悲劇が繰り広げられていた。
もちろん、かの『X』の魔手によって。
「あのカニ野郎よくもシルバーボルトを! デスデスうるさい奴だったけど悪い奴じゃなかったってのによオ!」
威嚇したのはチータスだった。背後で武器を構えるラットルは普段の皮肉っぽさを捨て、
「戦場で感情的になるなよチー坊──同じ目に遭わせてやりゃいいのさ」
と憤りを押し殺し、冷静になるのに努めていた。
「ミューちゃん、今じゃ! ありったけの声で叫ぶんじゃあ!」
「さけ、ぶ」
トランスミューテイトはあらん限りの出力でもって、一枚の巨岩に姿を隠すサイバトロン戦士たちの方へと絶叫した。荒野が揺れ、装甲が軋み回路がショートする空気の振動が彼らを死に近づけた。
「グッ……このままではマズイんダナ! いったん退くしかないよ!」
「やむを得ないな、サイバトロン戦士……た、退却、だ……!」
コンボイが指示を与えた次の瞬間、三連の砲身から夥しい数のミサイルが発射される音が各々のセンサーに届いた。
「しまっ」
爆炎とともに、岩盤の破片やトランスメタルの部品が辺りに飛び散った。それは異形の生命を持った二人の勝利を意味した。
ランページは爆撃によって、間違いなく全サイバトロン戦士の機能を停止させたように思った。タンクモードのまま、彼はミューテイトの傍へと駆け寄る。
「ミューちゃん大丈夫だったか? じゃが、よくやったのう! お前はやっぱりやればできるんじゃあ!」
「ラン、ページ、」
「! お、お前、今ワシの名を」
ランページの歓喜を刹那のものにしたのは、右腕を失ったコンボイによる死角からの体当たりだった。
「ぐおっ」
ランページはすぐに警戒スキャナーを機能させ、索敵を行なう。コンボイは距離を取った後、再び構えた。
「せめてお前だけでもッ」
特殊合金メイスを握りしめたコンボイは、間髪いれずに狂戦士の頭部を目がけて飛行する。黒煙をあげながら特攻した英雄の目前に立ち塞がったのはトランスミューテイトだった。
「やめ、て」
「よ、よせ! どくんだ……!」
コンボイが軌道を変えようと身を翻したその瞬間、視界外のミサイルが不運にも彼のボディに着弾してしまった。
「ぐおああ」
力なく叫ぶサイバトロン総司令官は、機能を停止しフレーム部を露出させたまま地へと臥せた。
「だ、誰じゃ!」
「女王様の命令でアリんす」
時速180マイルで飛んできたのはインフェルノだった。従順な兵士が備えたランチャーからは硝煙が揺らいでいた。
サイバトロンの全滅を果たしたランページは、邪魔者を消した達成感と次なる標的について考えていた。しかしこの状況が妙である事を忘れてはいなかった。
「インフェルノ──どこへ逃げていたんじゃ。お前はここでサイバトロン共に襲われていたはずじゃ、う、ぎ、が」
ランページは、
「メ、ガトロ、ン……なんのつもり、じゃ」
四散した敵の死体が横たわる不毛の地に転げ回って呻吟するランページ。彼を下瞰するインフェルノは、女王蟻の次なる命令を待っていた。
『そいつは多分70ナノクリック後には気絶する。インフェルノ、そこの哀れな死骸もろとも持ち帰って来い』
「アイアイサー」
『……ふう、危なかったわい。あまり強く刺激すると大爆発を起こすようだからな、コレは』
*
歪んだ生命を持ったランページの魂は夢をみた。異形のトランスフォーマーと二人で、故郷の同族を破壊し尽くす夢を。自分の創造主らを殺害する夢を。……
「…………ミュー、ちゃん」
辺りを見回す彼は、自分が基地に運ばれたのだと感づいた。
「ン? おお──見ろお前たち、『親』のお目覚めだ」
お前たちと呼ばれたメタルボディの三体は、無機質な目をランページの破損したボディに向けた。特に胸部は、輝くスパークがはみ出してしまうほどの損傷だった。
ランページはすぐに違和感を覚えた。それは、破損部分の事ではない。
「ワシが寝ている間に何を、」
「オレ様が『執刀』したんだよ。自分の胸に手を当ててみろ」
ランページはメガトロンの指示に従うほかなかった。自分のスパークが微小なものになっているのに気づいた。これが違和感の正体だった。
「お前の生命力は予想以上だ! さすがに自己修復機能は劣化したが、それでも全機能の維持に一切の支障はない。いやはや、ハイ・カウンシルの上層部の技術まで知っているとは、
再生プールの付近に、頭頂部が丁寧に割かれたタランスだった物体が転がっていた。往時の卑劣なタランスの態度が嘘のように静かだった。
「それに……どう嗅ぎつけたか知らないが、かの戦艦ネメシスの情報まで把握していた。アンロックに時間はかかったがな」
側近のワスピーターはずっと訝しげにしていた。胡乱なメガトロンの言動に、徐々に反意を感じていた。
「さぁて──
「わかりました、メガトロン様」
三体の新たな部下は、それぞれゴリラとネズミとチーターをスキャンした、スパークを用いた疑似ドローンだった。
「どうだ? ランページ。お前の魂を分けた子供たちはお前よりも優等生だぞ? フフフ、廃材アートのようなものだが……ま、こんな僻地では十分な素材だ」
失意の裡に、ランページは己の音声回路から意思を捻り出した。
「トランス、ミューテイトは……」
彼の関心が露呈したとき、メガトロンは喜劇の終幕を味わう気持ちでいた。
「お前の子供の武器にした。……ああ、サイのボディは脆くてな、再生不可能だったわい」
「…………」
「さぁ、早く任務に向かえ。お前もだぞ、ランページ」
*
セントヒラリー山に、一匹のクモが忍び込んでいた。
「こんなの不本意中の不本意だけど」
アークの内部に潜入した彼女は、自分よりも巨大な前時代のトランスフォーマーたちに囲まれていた。
「こいつらに頼るしかないっシャ──」
衛星がひとつとなったこの惑星に、また一人の
メタルス第9話のランページがトランスミューテイトの脱走を促す場面で、もし奇跡的な逃走をしていたら、というお話でした。もしもにしてはちょっと過激かも。。。ミニトマト食べながら書きました