ラビット・プレイ   作:なすむる

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13話 謝罪行脚

久々に腹がくちくなったベルは、一晩分の━━無事だった━━荷物をまとめて部屋から出ていく。館内でそれを見る団員は、幸か不幸かいなかった。皆、この時間は自室に戻り武器の整備を行ったり、汗を流したりと自由に動いているからだ。誰にも見られることなくホールの扉を開け、外へと出ていく。

そうして、正門横に備え付けられた通用口から出ていくベルの姿を、たった1人、アイズ・ヴァレンシュタインだけが窓から見ていた。

 

「…ベル?」

 

館に戻ってきた際に聞いたベルが部屋から出てこない、と言う情報を最後に、その後についての情報が更新されてない彼女はどう言うことかと考える。

もしかして…家出? と。

 

そのため、彼女は心配し後を追いかけることにした。戦闘衣から私服に着替えてはいるが、剣帯と一振りの剣のみを持って出る。

 

今日、ベルの部屋が無残にも破壊され宿を取ることを知っているのは主神であるロキを筆頭にフィン、リヴェリア、ガレスの主要幹部たち。

それから、破壊した本人であるティオナと付き添っていたレフィーヤ、リヴェリアから話を聞いて食事の席で共にティオナを説教していた姉のティオネだけであるからそれも仕方がないこと。アイズは、もしかしてベルがいなくなっちゃうかも…と勘違いしたのである。

 

そうして尾行を続けること数十分。西区の方へとやってきていた.

ふらふらと、かなり危なげな足取りではあるが何処かへとまっすぐ進むベルを見て考えすぎだったかなと思うも、一応、ここまで来たからには最後まで追おうと行動を続ける。

 

そうして、馴染みの酒場『豊穣の女主人』の前をベルが通り過ぎる…その時である。

 

「ベル君!? こんな時間にどうしたんですか!」

「はえっ!?」

 

酒場の店員である、シルが店内からベルを見つけたのか声を掛ける。

 

「あ、シルさん、こんばんは」

「はい、こんばんは…ではなくてですね! ここ最近顔を見せないと思ったらこんな時間にどうしたんですか? それに、その荷物は…」

「あ、ちょっと今日は宿に泊まることになって…」

 

ベルがそう告げると、彼女は顔を暗くする。

 

「ま、まさか…冒険者を辞めたのですか…?」

「え? な、なんでそうなるんですか!?」

「…だってそんな、荷物を抱えて…ロキファミリアを追放されたわけじゃないんですか?」

「そんなことされてませんよぉ!」

 

涙目になるベルを見て、どうやら勘違いだと気が付いて咳払いを一つ。表情が戻る。

 

「良かったぁ…そんな荷物を抱えてこんな時間にトボトボ歩いてたら、勘違いされちゃいますよ?」

 

されちゃいますよって…勘違いしたのはシルさんでしょ、とベルは心の中で思ったけどもそれを口にすることはない。

 

「あはは、心配してくれてありがとうございます。ちょっと、色々とありまして…」

「ベル君が元気なら、良かったです…かれこれ1週間、姿を見ることもありませんでしたからね」

 

先程までの表情から一変、つーん、と顔を逸らしながら頬を膨らませて言う。

 

「リューがまた店に顔を出してって言ったのに、1週間も来ないから落ち込んじゃって大変だったなぁ…怖がらせてしまったでしょうか、やはり私などに触れられるのは嫌だったのでしょうか、なーんて。見てて可哀想だったなぁ…」

「うぐっ」

「私もまぁ近いうちに元気に顔を出してくれるかなぁって思ってたのに一向に来ないですし? それに…随分窶れましたね?」

「はうっ」

 

ジリジリと詰め寄られながら、言葉で責められ脇腹を弄られる。

変な感覚に陥りながらも逃げ出せない、動けない。

 

「まぁ、いいです…では、明日以降で構いませんので予定が空いていれば早めにいらしてくださいね? リューに顔を見せてあげてください」

「…はいっ、あ、それと、リューさんから聞いたんですけど、リューさんが助けに来てくれたのはシルさんのおかげだって聞いて…あの、ありがとうございました!」

「…もうあんな無茶はしないでくださいね? ベル君が死んでしまったら…私、とっても悲しいですから…」

「必ず…必ず生きて戻ってきます!」

「約束…ですよ? では、今日はもう戻らないといけないので…」

「はいっ、明日、また来ます!」

 

別れの挨拶をして、店内へと戻っていくシルさんの姿を見送る。

明日訪れよう、それからギルドにも行かなきゃ。そう決めて、今晩の宿へと向かう。

 

話を聞いていたアイズは、問題ないと判断して館へと帰っていった。何か都合があるのだろう、あまり干渉してまた避けられても嫌だし、と多少の打算をしながら。

 

 

 

宿へとついたベルが女将に一晩の宿をお願いすると、久しぶりに顔を見たベルのことを覚えていたようで色々と心配してくれた。なんとかファミリアに所属することが出来たことを話すと喜んでくれたが、あまりに痩せこけている体を見て次は虐待されているのではないかと勘違いされてしまったのには焦った。基本的に人がいい女性なのである、年端もいかない少年がここまで窶れているなんて…と。

 

恥ずかしい話はしたくなかったのでボカしつつも説明し、なんとか納得してもらえたところでようやく部屋へと案内されて一息つくことができた。なんだか、久々に本当に1人だなと心細く思いながらも、体力のない体はすぐに睡眠を求めた。

 

 

 

翌朝、起きた時にはもう日がある程度昇っていた。体調はほぼ万全、レフィーヤさんのご飯に何が入っていたのか疑問に思うほど、1週間飲まず食わずでいたというのに調子が良い。

 

危ない薬とか植物とか入ってないよね…?

エルフの稀に━━結構━━常識に疎いことがあるところを思い出して腹をさする。

 

宿から出て、露店で朝ご飯を調達し齧りながら歩く。今日の朝ごはんはじゃが丸君抹茶クリーム味…うん、美味し…美味しい?

 

まだ朝早いし、先にギルドへ向かおう。

そう決めて、ギルドへと進んでいく。

 

 

 

「エイナさぁーんっ!」

「…あっ、ベル君!?」

 

書類に何かを書き込んでいた様子のエイナさんに声を掛けると、こちらを見て驚いた様子を見せる。

 

「はい! 昨日まではちょっと色々あって来れなかったんですけど…今日からまた、ギルドに顔を出すと思いますので挨拶に来ました!」

「…そっか、良かった。また来なくなったからどうしたのかなって思ってたの。この1週間は何をしてたの? ロキ様もギルドには来なかったし、ファミリアの他の人は遠征中だったでしょ?」

「えっと、ちょっと色々と…あはは…心配させて、すいませんでした」

「…また何かやってたのね、まぁ、今回はダンジョン絡みじゃなさそうだし…うん、頑張ってね?」

 

ニコッと笑いかけてくれる…うーん、機嫌の良さそうなエイナさん、久々に見た気がするけどやっぱり美人だよなぁ。いや、機嫌悪そうにさせるのは僕が原因なんだけど…。

 

「はい! 今日はちょっと他にも行かなきゃいけないところと…フィンさんから何かお話があるみたいなので、明日からまたダンジョンに行こうと思います!」

「うん、じゃあ明日また待ってるから、ちゃんと寄って行ってね?」

「はぁい! じゃあまた明日!」

 

手を軽く振りながら見送ってくれるエイナさんに手を振り返しながらギルドを後にする。さて、次はシルさんとリューさんのところに行かないと!

 

 

 

「ご心配とご迷惑を、おかけしましたぁ!」

 

酒場『豊穣の女主人』に来た僕は、シルさんが目敏く見つけてくれて準備中の店内へと招き入れられた。ちょっと待っててね、そう言って、シルさんが奥からリューさんを引っ張り出してくる。目と目があった瞬間、そこでの第一行動が両手・両膝・額を地に着く…いわゆる、土下座であった。

 

「あ、あの、クラネルさん?」

 

出会い頭にそんなことをされたリューさんは、完全に困惑している。

普段の凛とした表情を崩し、オロオロと困惑している。

 

「…シルさんから話を聞きました。本当に、すいませんでした」

「兎に角、頭を上げて立ってくださいクラネルさん。それと、シルから…? シル、一体何を話したんですか」

 

その言葉で頭を上げて立ち上がると、シルさんの方を見て詰問するリューさんの姿。そんなリューさんに、シルさんはふふっと笑って指を口元に持ってくる。

 

「…内緒っ!」

 

テヘペロ、と言わんばかりにあざとい表情を作る。僕に向けられたわけでもないのに、横から見てるだけでドキッとしてしまった。

 

「私は酒場の阿呆な客と違ってそんなものでは誤魔化されませんよ!」

「あ、あほ…」

 

たった今、その顔に胸を動かされた僕の心にクリティカルヒットを残しなおもシルさんへとリューさんが詰め寄る。

 

「まぁまぁ、大したことは話していませんよ。ねえ? ベル君?」

 

ココデヨケイナコトヲイッタラワカッテルヨネ?

そう言いたげな目でニコッと見られた僕は、即座に首を縦に振り肯定の返事を返す。

 

「ほら、ベル君もこう言ってますし」

「待ちなさいシル、今、明らかにおかしなやりとりがありました」

「あ、あの…」

「ほらほら、ベル君が困っていますよ? いいんですか?」

「くっ…この話は後にしましょう。それと、クラネルさん。貴方が無事で良かった…貴方は私の同僚の伴侶となる方なのだから、無茶はあまりしないで欲しい」

「「はいっ!?」」

 

意趣返し、と言わんばかりに爆弾を投げ込んでくるリューさんに、僕とシルさんが同時に驚く。何という危険な冗談だろうか、ここが夜の酒場だったら僕の意識はもうとっくに無くなっているだろう…襲われて。

 

「もう! 私は仕事に戻るからね!」

 

そして、シルさんが頬を少し赤くしながら厨房へと走り去っていく。き、気まずい…。

 

「…えっと、それで、改めてリューさんにお礼を言いたくて来たんですけど…」

「…礼は、受け取りましょう。それでこの1週間、何をなさっていたのですか?」

 

目を瞑り、軽く頷くリューさん。そうして、ゆっくり目を開けると今度はジトっとした目でこちらを注視してくる。嘘は許しません、と言わんばかりのその目は、他の知り合いのエルフの人達が良くする目に似ていた。

 

「…お恥ずかしい話なんですけど…なんて言えばいいのか、その、『死』という概念が怖くなって…それで、考えているうちに体が動かなくなってしまって」

「………呑み込まれなくて良かった。クラネルさん、死を恐れるのは当たり前のことですが、恐怖に呑み込まれてはいけません。それは、咄嗟の時に判断を鈍らせる原因です。それに…身近な人の死を契機に折れた冒険者も数多くいます」

「…はい、でも、どうにか立ち上がれました。これからは、変に焦ったり軽く考えたりせずにゆっくり頑張ろうと思います」

 

そこまで言うと、もう一度静かに目を瞑るリューさん。

次に見せたのは、誰もが見惚れるような優しい微笑と、暖かな眼差し。

 

「…貴方は、それでいい」

 

ああ、僕の周りにいるエルフの人達は何だってこんなに優しいのか。

顔を真っ赤にした僕を、リューさんは怪訝な目で見ていた。

 

その後、再度シルさんとリューさん、それから、ミアさんにお礼を伝えた僕は『黄昏の館』へと戻ってきていた。


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