「あの〜、ティオナさーん? レフィーヤさーん?」
先程お店へと戻っていったシルさんとリューさんを見送った後、既に20分ほど経過していると思うけど未だにティオナさんとレフィーヤさんが僕の声に反応することはない。
ティオナさんはもうファミリアの外にまで…なんて呟き、レフィーヤさんは何がどうなってそうなったのか、この子はもしかして実はエルフの女の子なのでは…と呟いている。その言葉、前にもシルさんから聞いた記憶があるけど、一体何が原因なんだろうか。
「ティオナさ〜ん? レフィーヤさ〜ん? ダンジョン、行きましょうよぉ…」
ゆさゆさと肩を揺さぶっても、反応はない。
段々、通り行く人が僕を見る目も気になってくるけど、ここで1人でダンジョンに向かえばまた説教されるだろうしそういう訳にもいかない。
途方に暮れていると、ようやく意識が現世に戻ってきたレフィーヤさんがにっこりと笑顔になって僕の両肩を掴む。
「ベル、後でリューさん…でしたね。私の同胞の方との関係について、ちょっと詳しく教えていただけますか?」
「ひゃいっ!?」
「まぁ、後ででいいです。それから…ベルは、ヒューマンの男の子ですよね? エルフの女の子じゃないですもんね?」
「当たり前じゃないですかぁ!?」
「…今度、フィルヴィスさんと引き合わせてみましょうか…いや、でも逆に最初から受け入れられたとしたらそれはそれで…なんか…」
余りの剣幕と勢いに押されながら、叫ぶように答えると、ガックリと肩を落として何やら呟いた。エルフ特有の長い耳も、へにょりと垂れ下がったように見えた。
もう何度見たかもわからない、呆れたような顔でため息をつくとティオナさんにも声を掛けてこちらを向く。
「…ティオナさんも、考えるのは後にしましょう。これ以上、ベルを焦らしてもかわいそうですし」
「…はッ!? あ、あぁ〜そうだね。うん、いこっか…」
「あはは、じゃあ、何を買っていきましょうか」
「じゃが丸くんとかでいーんじゃなーい? アイズの好物だよ?」
「…まぁ、何個か適当に買っていきましょう。余れば後で食べてもいいですし」
そんなこんなで、ようやく再起動した2人と共に幾らかの食料を買ってダンジョンへと足を向ける。
ここまでで、既にベルは疲労を感じていた。
ダンジョン、1階層へと入る。
そこは、ベルですら既に何度か通り、見慣れた道。
通り行く人の中には、見た目も凄まじい高レベルの冒険者達も多くいる。そんな中で、一際凄まじい存在感を示す杖を手に歩く冒険者がいた。その人を見て、ベルがポツリと呟く。
「…やっぱり、強そうな人ってみんな凄いもの装備してますよね」
「あの人の杖は、凄まじいですね…材料も製作技術も。今の私では手が出るものではありません…」
「私のウルガも高いけど、それ以上じゃないかなーあれ。多分、一族の秘宝とかそういうレベルだと思うよ」
「でも、ベルの武器だって駆け出しには勝ちすぎている武器ですよ? もっといいのが欲しかったら、頑張って稼いでくださいね…ティオナさんの武器って1億ヴァリスくらいでしたっけ?」
「1億2千万だったかなぁ、まだローン終わってないよぉ…」
「い、いちおくにせん…!?」
その金額に、ベルの顔が強張る。
「そのくらいはふつーだよ、ふつー。命預けるんだからね」
「素材の値段も加工の手間も相当ですし…ベルもヘファイストスファミリアの1級品の武器、眺めていたでしょう?」
「…ちなみに、ティオナさんとアイズさんが勧めてくれたダガーってどのくらいするんですか?」
そういえばと思い返して、武器庫にあった二振りのダガーを思い出す。
すると、刀剣類は全く気にしたこともないレフィーヤはわかりませんと首を振り、ティオナは片頬に指を当てながら首を傾げる。
「…んー、500…いや1000万…くらいかなぁ」
「…そ、そんな高いものだったんですか…」
「多分だけど、そのくらいだと思うよ。まぁ、みんな使ってないみたいだしベルがあの武器にふさわしい冒険者になったら貰っちゃえば?」
「えぇ!? そんなことできませんよ!」
「いいっていいって、どうせ放置されてるだけだし…レフィーヤ、あれ誰かの武器だっけ?」
「いえ、使われているのは見たことありませんが…ティオネさんに聞いてみたらわかるんじゃないですか?」
「んじゃ、帰ったら聞いてみよ。それより、そろそろ行こ?」
そんな風に、3人、円になって会話をしていたところからティオナがくるりと横を見やる。目の先には、ダンジョンの入り口。
三度入って、三度死にかけて意識もなく出てきたそこへ、ベルの意識が向かう。
「…そう、ですね。行きましょうか」
「ええ、そうしましょうか。今日はリヴェリア様から教えられたことを確認しながら、ゆっくりと進んでいきましょう」
「じゃあ行こ。まずはベルの剣捌き、しっかり見せてもらおうかな!」
「はい!」
ベルを先頭に、3人はダンジョンへと入っていく。
「ふぅん、やるじゃんベルー。その調子でどんどん行こー!」
2〜5体の群れで襲ってくるゴブリンやコボルドをしっかりと相手取るベルの様子を見ながら、ティオナが褒める。
ベルは冒険者になってまだ一月程度とは思えない立ち回りを見せている。実際にモンスターと戦うところを見るのはこれが初めてのティオナとレフィーヤは想定以上の動きに感心していた。
「あ、ありがとう、ございますっ!」
前回、ルームで襲われ囲まれて嬲られた苦い記憶を持つベルは、以前より意識と思考が洗練された一撃離脱戦法を主軸に良く戦っていた。
全てをまとめて立ち向かうなんていう無茶はせず、最大でも2体までを自分の射程内に置く…つまりは、その他の敵からの射程外にいることを徹底した。囲まれないよう、対応できない数を抱えないようにする。一度瓦解すれば、忽ち囲まれてしまい、前回の敗北と同じような状況に陥ることは想像するにた易い。
そうして、モンスターの攻撃を捌きながら無理攻めをせず、立ち位置を常に確認し、敵同士の位置を確認しながら行うその戦闘技能は既にLv1の中では上位に位置すると言っても良いほどであった。これが、前から、横から、死角から攻めてくるアイズにボコられた成果である。
「…でも、そろそろ1回休憩にしようか。レフィーヤー、ご飯ちょうだい」
そう言いながら、壁に拾った石を投げつけるティオナ。
たったそれだけで壁が大きく傷付く。
「あ、はい。えっと…どれがいいですか?」
「レフィーヤお手製のサンドイッチとじゃが丸くんの塩味ー」
「はい、どうぞ」
「あ、じゃあ僕も…」
「その前に、ちゃんと血と汗を一回拭いてくださいね。はい」
「あ、ありがとうございます」
レフィーヤが手に持っていたバッグから、包まれた食べ物や敷き布、手拭いなどが出てくる。この少女、まるでピクニックかのような所持品であった。礼を言いながら受け取ったベルは、それを水で濡らして体を拭う。
その後、休憩を済ませた3人は3階層まで潜ったダンジョンを逆に上へと登っていく。時間的にも今日はここで切り上げて、ギルドへ寄りましょうというレフィーヤの言葉からだ。
そうして、エイナへの報告をしっかりと行い、明日も訪れることを約束してホームへと帰っていく。
明日はティオネがついてきてくれるらしく、顔を合わせたついでにティオナがあの二振りのダガーの所持者を聞いたがやはり使われていないとのことであった。
高揚感に包まれたまま、二、三、話をして各々一度別れる。
その後、ベルはフィンの元を訪れて今日の報告を行った。報告を聞いたフィンは、ベルがようやくまともに迷宮探索ができたことを祝い、予想以上の成長に喜んだ。それが、ベルにはとても嬉しかった。
今日は楽しかったなぁと良い気持ちのまま自室へ戻ることができたベルを待ち受けていたのは、レフィーヤであった。勿論、ベルは盛大に慌てた。具体的には、自室の扉を開けて視界にレフィーヤが入った瞬間に一度閉め、周りを確認し、自室であることを確認し、もう一度開け、レフィーヤと目が合い、狼狽して転びそうになるほどに。
「…あの、何をそんなに慌てているんですか?」
「な、なな、なんでレフィーヤさんが僕の部屋にいるんですか!?」
それを聞いて、レフィーヤは顔をムッと顰める。
「さっき、ベルの部屋で待ってるって伝えたじゃないですか!?」
「…え?」
「なーんか、ポケーっとしているとは思いましたけど、話を聞いていませんでしたね!?」
そう、先程各々が別れる前に話していたことの中で、少し話があるのでベルの部屋に行きます、とレフィーヤはしっかりと伝えていたのである。それを、戦闘の高揚感とダンジョンでの興奮が醒めないままいたベルは聞き逃していた。
「…ごめんなさい、聞いてませんでした」
「はぁ、本当にベルのそういうところが心配です。まぁ、いいです。今日のところは疲れたでしょうし、許します。それで、聞きたいことだったんですけど…」
「あ、はい、えっと、朝言っていたことですよね?」
「ええ、あのお店のウエイトレスさん…リューさんとはどういった関係なんですか?」
その言葉に、ベルは口籠る。顔も少し赤くしてもじもじとしているその様子は、少女の目にはベルが実際に抱えている感情とは何か別のものに見えた。
それに思い至ったレフィーヤは、顔を赤くしながら声を荒げる。
「…まさか、恋仲ですか!?」
それを聞いたベルはぽかんとする。こいなか? こいなか…濃い仲? ってなんだろうと。別に、ベルに性知識や男女交際に関しての知識が全くないわけではない。だがしかし、その言葉回しに聞き覚えがなく、脳内で恋仲という変換がされなかっただけである。
「あの…こいなかってなんですか?」
「それは…その…男女の間で親しい仲というか…お付き合いしている関係と言いますか」
「あぁ、なるほど………ダァあエェッェエッ!? 僕とリューさんはそんな関係じゃありませんよ!? あの、恥ずかしい話ですが、色々と助けてもらったことがありまして…」
そうして、答えを聞いたベルはそれを飲み込み、やがてレフィーヤから尋ねられた内容を思い起こして叫び声を上げる。それを聞いたレフィーヤはとりあえずほっと一息落ち着く。
「…そうですか、随分と親しくしているようでしたから、てっきりそういう関係なのかと」
「まだ出会ったばっかりですよ!? ロキ様も同じことを言ってましたけど…」
「それだけ、エルフが触れ合いを許すというのは大きな意味を持つことをベルは理解してください、特に彼女は、同胞達の中でも潔癖性の高い方ですから」
そういえば、他のエルフが見たら卒倒ものだとかなんだとか、言っていたような、とベルは思い返す。
「そ、そうなんですか…でも、レフィーヤさんもリヴェリアさんも、アリシアさんもリューさんもエイナさんもそんなことなかったと思うんですけど」
そこで出てきた名前に、レフィーヤがまた反応する。
というより、この少年に対して同胞達が総じて甘い気がするが、何かそういうスキルでも持っているのではないかと訝しみながら。
「…アリシアさん?」
「? はい」
「うちのアリシアさんですか? アリシア・フォレストライトさん?」
「はいっ!」
ここに住むことになりたての時に、よそ見しながら歩いていて廊下の角でぶつかって転んだ時に手を貸してもらって、謝られながら床にぶつけた頭を撫でられたんです。と言うとレフィーヤは非常に形容しにくい表情を作る。
「うむむむむむ…まぁ、うん、まぁ…あの人は優しいですし…とにかく! 話はわかりました。疲れているでしょうに、お邪魔してすいませんでした。明日もまた、よろしくお願いしますね?」
「こちらこそ、お願いします!」
その言葉を最後に、レフィーヤはベルの部屋から出て行った。
なんだったんだろう、と、疑問に思うベルに答える者はいない。
ベル君がその時アリシアさんに見惚れていたのは裏設定
ちなみに、しれっと都市に来てから初めてベルの頭を撫でたのがアリシアさん。
面と向かってしっかりと撫でたのはレフィーヤ(6話)、次いで気絶中にアイズ(8話の膝枕時)、リヴェリア(8話後の講義中に)、多分この辺で他にも数名。ティオナ、アナキティ辺りとか。飛んでリュー、シル(15話)、まぁリューは10話でも実は…。この頃には撫でられ耐性がついているのか満更でもなく受け入れるように。
きっとベル君の好みのはず、アリシアさん。
感想、返信はしてないですけど読んでいます。
感想と評価は創作の燃料ですありがたやありがたや。