ラビット・プレイ   作:なすむる

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31話 交渉成立

館内の奥まった辺りにある書庫。一昨日も訪れた場所ではあるがそこはシルさんと共に行った書店ほどとまではいかないがかなりの数の本が並んでいる。

 

長年に渡り蓄えられてきたその蔵書達は、本が好きな団員や知識を深めるために購入した団員達によって揃えられてきたもので眷属なら自由に使っていいものだ。

 

数こそそこまで多くないが、収められている英雄譚一つとっても、僕の知らない英雄譚や僕が知っているものでも細部が違うもの、より原典に近いものなど多種多様なものがある。

 

ティオナさんは数冊の英雄譚を。レフィーヤさんは何やら図鑑のような物を手に取って、車庫内の大机へと座る。僕も、シルさんから借り受けた本を手に座り、開く。

 

ゆっくりと開けると、まずは本のタイトルだろうか。少し大きめで、デザインがかった文字で描かれている。

 

『これで貴方もモッテモテ!? 魔法のような男磨きの方法(3)』

 

パタン、と、音を立てて閉じる。

ふーっ、と息を吐いて精神を安定させる。さて、もう一度。ちょっと中表紙は飛ばそう。目次から行こう目次から。というか、3巻なのこれ!?

 

『1.まずは自分のことを知ろう!』

『2.まずは目標を決めよう!』

『3.それを達成するためにはどうすればいいかな?』

 

う、うん…? 中身はまともっぽいような、そうでないような…とりあえず、読み進めてみようか…。

 

ぺらり、ぺらり、一枚ずつページをめくっていく。

なんだろう、本を読んでいる感覚はしっかりとあるけど、薄い。

文字を読んで理解しているというより、これは…。

 

ぺらり、ぺらり、勝手に手は動く。

 

頭の中に声が響く。ページをめくっていたはずの手は既に動いていない。なのに、物語は進んでいく。夜になり、昼になり、雨が降り、風が吹き、かと思えば太陽が降り注ぐ。そうして、いつしか闇の中にいた。

声が、響く。

 

『ようやく、ここまで辿り着いたね』

 

『さぁ、自らを見つめ直すときだ』

 

レフィーヤさんも、ティオナさんも、近くにいるはずなのにその姿を感じ取ることができない。まるで夢の中にいるような独特な感覚。

そんな中で、朗々と声が響く。

 

『魔法はもう、使えるようになったみたいだけど…まだ、力を求めているんだね? 満足、できてない?』

 

その問いに、是、を返す。まだまだ僕なんかの力じゃ足りない。

そう、いつかレフィーヤさんと約束したではないか。レフィーヤさんを助けられるくらいの一人前の冒険者になると。

 

『そっか、君はやっぱり貪欲だ』

 

『じゃあ、教えて。君にとって、力って何?』

 

…みんなを、守るためのもの。

 

『君にとって、魔法って何?』

 

…それも同じ、みんなを守るためのものだ。

 

『じゃあ…君の使いたい魔法って、どんなもの? その魔法に、何を求めてる?』

 

何よりも疾く、助けを呼ぶ人に駆け付けられるもの。

何よりも堅く、助けを呼ぶ人を守り抜けるもの。

何よりも鋭く、驚異を、障害を、切り裂くもの。

どんな時でも、助けを求める人を助けられるような、そんな奇跡のような魔法。

 

『やっぱり貪欲だ。それに…都合が良過ぎる』

 

だって、魔法って言うくらいなんだから…そんな奇跡があっても良いじゃないか。

 

『うーん…それもそうかもね。じゃあ君は、もしそんな奇跡をその身に宿したら…何を為す? いや、何を成す?』

 

家族みんなで、未知へと挑戦する。みんな笑顔で、笑って過ごせるようなそんな未来を夢見て。手の伸ばせる範囲の全てを助けられるような、そんな、脚色された英雄譚のような英雄に成りたい。

 

『君の、小さな腕では抱え切れないほどの大きな夢だね…でも、うん。志は高い方がいい』

 

そう、志は高く、夢は大きく。僕が憧れる英雄達は、発見者達は、皆、それを抱いていた。

 

『でも、それでいい…甘っちょろくて、夢見がちで、現実が見えていない。駄々を捏ねる幼い子供のような。けど』

 

『「それが、今の()だ」』

 

くくっ、と。ハハッ、と。笑い声が漏れる。

夢見る何かと笑い合い、最後に、何か言葉を残された気がするけど、急速に目覚めようとする意識の中でそれを聞き取ることはできなかった。けど、何故か大丈夫だとよくわからない確信がある。

 

 

 

『ハハハハッ…今世での妹を頼んだぞ、…今世では姉か? まあ良い、小さな英雄、いや《英雄に至る者》よ! かの神話の《神の座に上る者》とも遜色のない活躍を期待しよう!』

 

 

 

「…ベル、ベール! 起きない…もう。少し目を離しただけで寝ちゃうなんて」

 

声が近くで聞こえる。心安らぐ、家族の声。

 

「…あ…れ…?」

「…あ、起きましたか? 全く、本を読み始めてから数分も経たずに寝てしまうなんて…そんなにつまらなかったんですか?」

「えっと…?」

 

覗き込むように、いつの間にか閉じられていた本の表紙を見るレフィーヤさんが首を傾げる。

 

「…英雄譚、ですか? これ」

「えっ?」

 

まさかそんな、そう思った僕は目線を本に向ける。

 

そこに踊る文字。『英雄日誌』という言葉に先程までの記憶が薄く蘇る。

 

それを聞いたティオナさんもこちらを覗き込む。なになにー? と、興味を示したようだがティオナさんの手が届く前に、困惑を隠せない僕に対してちょっと見せてくださいと言いながらレフィーヤさんが本を手に取る。

パラパラとページを読み進める。

中身は、ここから覗いた限りでは全て白紙のように見える。

レフィーヤさんが見る見るうちに震えだす。

 

「こ、ここっ、こっ、これ…ままま、まさか、ぐ、魔導書(グリモア)…?」

「「へ?」」

 

僕とティオナさんの間の抜けた声が揃う。ぐりもあ?

 

「し、しかも、かなり高品質な…っ!? べ、ベル! 今すぐリヴェリア様のところに行きますよ!?」

「へ? え、ちょ、せ、説明を!?」

「そんなものリヴェリア様が全部してくれます! さあ行きますよ!」

 

さっき、窓の外から見た東屋へと全速力で引っ張られていく僕。後衛とはいえLv3の冒険者であるレフィーヤさんの力で引っ張られた僕は、半分宙を浮きながらの移動になった。吐きそう…。

呆気にとられていたティオナさんも、後を追いかけてきた。

 

 

 

「…で、これがベルが読んだという魔導書(グリモア)…の抜け殻か」

「はい…」

「えっと…リヴェリアさん、ぐりもあって…?」

 

悩ましい顔をしているリヴェリアさんと、白い顔をしているレフィーヤさん。なんだか、とっても大変なことをしてしまった気がする。

 

「…まぁ、簡単に言えば魔法を発現させてくれる魔道具(マジックアイテム)だ。ときにベル、これは借り物だと言っていたそうだな?」

「魔法を発現させてくれる…? そ、そんな魔法のようなものが…あ、えと、はい。酒場のシルさんから…」

「そうか…ベル。私もついていくから、謝罪に行くとしよう。魔導書(グリモア)というものは使い捨てでな。一度効果を発揮すると後はただのガラクタになってしまうのだ」

「へぇ…えええ!?」

 

つ、使い捨て!?

 

「それに、値段もかなり高い。この質なら…1億は下らんだろう。何せ、魔導と神秘の結晶だからな。作れる者も数少ない」

「はへっ…」

 

1億…1億!? ぼ、僕が2週間で稼いだ金額の…1000倍くらい…?

ひえっ…。

 

「どういう思惑で貸したのかはわからないが…価値を知らずに貸したのか、何か意図があって貸したのか。恐らく後者だとは思うがそれでも一度謝っておくのは必要だ。今から行くとしようか」

「私もついていきます!」

「じゃあ私もー!」

「お前ら…まぁ、良いか。よし、行くぞ」

 

 

 

そうして、皆でゾロゾロとお店へと向かう。ついでだし、と持ってきたリューさんへ渡すものもしっかりと鞄に入れて。

 

「ほら、ベル。お前からまず、しっかりと謝るんだ。何か問題があればその後の話は私がしてやるから」

 

お店の前で、ポンと1番前に立たされる。

なんかお腹が痛くなってきた気がする。で、でも、返さなくてもいいって言ってくれてたし、悪いことにはならないはず…っ!

 

意を決して、扉を開いて中に入る。

 

 

 

「…じゃあ、2週間に一度は、貴方がベルの休日に約束を取り付ける優先権を得るということで…ベルが貴方の誘いに承諾か拒否かしない限り、私達からは声を掛けない」

「流石に毎週は看過できないから…それで妥協してくれないかしら? それから、ベルから誰かを誘ったりした場合は見逃して頂戴。同じファミリアだから、どうしても一緒に行動することもあるし…」

「わかりました、この辺りが妥協点ですね。一応、ベル君に声を掛ける予定の日はお店の勤務日が決まってからお知らせしますので…約束は守ってくださいね?」

「…勿論。その代わり、ベルには昨日のことは…」

「ええ、他の同僚達にもしっかりと口封じしておきます」

「交渉成立、ね」

「す、すいませ〜ん! シルさん、いますか?」

 

 

 

「あっ、ベル君! ちょうどいいところに!」

 

店内に呼びかけると、何やら誰かと話しているシルさんがすぐにこちらを…って、あれ?

 

「良かった、シルさんにちょっと話したいことが…ってあれ、アイズさんとティオネさん? 急用って…」

「「あっ」」

「「えっ」」

「むっ?」

 

レフィーヤさんとティオナさんの、やっちまったというような声。

アイズさんとティオネさんの、なんでというような声。

 

なんか、やっぱりよくないことが行われている気配を感じる。

 

こちらへ来た2人が、今来た2人を引きずるように連れて行き、またも何か小声で叫ぶように話し出す。

 

「ちょ、ちょっとレフィーヤ!? 何のこのこと連れてきてるのよ!? しかもリヴェリアまで!」

「…ま、まさか、リヴェリアにバレた?」

「ち、違います違います別件でちょっと問題がありまして! あああ、うっかりしてましたぁ!」

「私もすっかり忘れてた…やっば」

 

「何をやっていたのだ、あの2人は…?」

「まぁあの人達は置いておいて…もう話も纏まった後ですし、ベル君の話は間違いなくあのことでしょうし、これはまたとないチャンス…ベル君、どうしたんですか? 昨日の今日で会いにきてくれるなんて、私は嬉しいですけど…」

 

とりあえず、あの4人はまたこそこそと話をしているみたいだから本題のシルさんとの話をしてしまおう。リヴェリア様がじっと4人を警戒するように見ているのが気になるけど…。

 

「そ、その、昨日酒場に入ってからの記憶がなくて…もしかしたら迷惑をかけたのかなと謝りに来たのと…あの、昨日借りた本なんですけど…」

「昨日のことは…」

 

そこでチラッと、シルさんが4人の方を見る。視線に気がついたのか、4人ともシルさんの方を見返す。視線が交わされ、バチバチと火花が散ったように感じられた。シルさんが僕から顔が見えない角度まで振り返り、何かをすると、4人の顔が急に強張りブンブンと首を横に振る。

な、なんなんだろう、本当に…。

ああ、リヴェリアさんの視線が険しくなっている…。

 

くるん、と綺麗なターンを決めながらこちらへ振り向いたシルさんは、機嫌が最高に良さそうな笑みを浮かべていた。可愛い。

 

「昨日のことは、()()()()気にしなくても構いませんよ! 迷惑どころか、ありがたいこともありましたので!」

 

それで、本のことと言うと…? と話を続けてくる。まずは一つ、話が終わってほっとする。しかし、ありがたいこと…?

ま、まあいいや、深呼吸深呼吸。よし、謝らないと…!

 

「ありがとうございます…その、借りた本だったんですけど…あの、リヴェリアさんに聞いたらぐりもあって言うものだったみたいで、その、一度読んだら使い捨ての魔道具(マジックアイテム)だったようで…」

「まぁ…」

 

驚いた眼をしながら口に手を当てるシルさん。うう、シルさんもやっぱり知らなかったのかな?

 

「そ、その…値段が…最低でも1億ヴァリスくらいはするみたいで…あの、ごめんなさい!」

「元々、返さなくていいと言ったのは私ですから…私も知らなかったことですし、ベル君は気にしなくてもいいんですよ?」

 

そう言ってくれるけど、それでは僕の気が済まない。

 

「で、でも…っ、そ、そうだ、お金はありませんけど…()()()()()()()()()()()()()()()()ので…その、役に立てることは少ないかもしれませんが…」

「「「「ベル!?」」」」

っぃよしっ!そんな…でも、そうですね…じゃあこんなのはどうでしょうか? 2週間に1度、買い物に付き合ってもらう、と言うのは」

「荷物持ちくらいなら、喜んでさせていただきます!」

 

困った笑顔で、なんとも優しい提案をしてくれるシルさん。ああ、今のシルさんはまるで、女神様のように輝いて見える。

 

何故か項垂れている4人と、まぁ一件落着かと少し和らいだリヴェリアさん。

ぽわぽわと嬉しそうなシルさんと、安堵した僕。

 

本当に良かった。じゃあ1億ヴァリス払ってくださいとか言われなくて。いや、シルさんなら流石にそんな無体なことは言わないと思うけど。

 

十人十色の感情が、そこに生まれていた。

 

そう言えばと、項垂れた4人は置いておき、もう大丈夫だなと店を後にしたリヴェリアさんを見送った後にシルさんにリューさんを呼んでもらう。そうして、鞄に入れてきた小箱を手渡す。

 

最初こそ、遠慮していたリューさんだけどなんとか受け取ってもらえて良かった。

 

 

 

「…シ、シル。その、話は聞きました…あの、たまには私にも…」

「ええ〜、どうしようかなぁ〜?」

「その…お願いですから…」

「うぅん、仕方ないなぁ…じゃあ、3回に1回ね?」

「! あ、ありがとうございます!」

「…わぁ、嬉しそう。こんな顔、ベル君が見たら一発で落とされちゃいそうだなぁ…エルフが人間種族の男に人気あるのもわかるなぁ…」

 

ロキ・ファミリアの面々が店から出て行った後、こんな会話がされていたそうな。




新魔法追加後ステータス

ベル・クラネル Lv.1
 
力 : B 728→B 742
耐久 : A 892→S 924
器用 : A 821→S 854
敏捷 : S 907→S 933
魔力 : I 54→G 291
 
《魔法》
【レプス・オラシオ】
・召喚魔法(ストック式)。
・信頼している相手の魔法に限り発動可能。
・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 (ストック数 8 / 17)
 ストック魔法
・アルクス・レイ
 ・アルクス・レイ
 ・アルクス・レイ
 ・エアリアル
 ・エアリアル
 ・エアリアル
 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ
 ・ウィン・フィンブルヴェトル
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。
・ストック数は魔力によって変動。
 
詠唱式
 
第一詠唱(ストック時)
 
我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。
 
詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。
 
第二詠唱(ストック魔法発動時)
 
野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。
 
魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。



【ディヴィルマ・ーー】
付与魔法(エンチャント)
・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。
 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】
   雷属性。
 ・【ディヴィルマ・アダマス】
   主に武器に付与可能。切断力増加。
 ・【ディヴィルマ・アイギス】
   主に防具に付与可能。聖属性。
詠唱式

顕現せよ(アドヴェント)

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上
 
熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減

この話でステータス更新まで行けなかったけど書いちゃったのでメモ用に。

ちなみにシルさんが口に手を当てていたのは、ついにやりと上がっちゃった口角を隠すためです。

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