「おはよう、ベル。身体は平気かい?」
「フィンさん!? お、おはようございます!」
アミッドさんとの会話の後、もう一度水を飲んだ僕は朝までぐっすりと眠っていた。起きた僕の元に朝、アミッドさんが訪れてとりあえず問題なさそうですねと太鼓判をもらってからは、窓を開けてぼんやりと窓の外を眺めていた。
どれだけ時間が経っただろうか。太陽はまだ天辺まで来ていない頃、アミッドさんが訪れてファミリアの人が来ていると教えてくれた。連れてきてもいいか、と問うアミッドさんに了承の意を示すと、静かに部屋を出ていく。
そして、待つこと数分。アミッドさんが、団長であるフィンさんを伴って来た。
「アミッドとは話をつけたから、君には黄昏の館でしっかり療養をしてもらうよ。ここにいても、暇で仕方がないだろう?」
「あの、いえ…はい…」
アミッドさんの視線を気にしながら、肯定する。
若干、アミッドさんの視線が険しくなった気がするけど、気にしない。
「アナキティもラウルも、酷く心配していたから早く元気な姿を見せてあげるといい。それから、君の装備はラウルがちゃんと回収して保管してあるから」
やっぱり心配かけちゃったよなぁと、少し後悔する。
更に、言われてようやく気がつく。僕の荷物が何もないことに。
危機感がなさすぎるだろう、僕…。
「ありがとうございます、それで、黄昏の館で療養というのは…?」
「細かい話はアミッドから直接聞くといいさ。何、大人しく休んでいればいいだけだよ」
「…クラネルさん、貴方の身体は今物凄く酷使されています。それを一度、しっかりと休めないことには次に無理をした時にどうなるかわかりません。怪我はポーションや治癒魔法で癒えますが、感覚のズレが起きた場合には治すことはできませんのでそれを念頭に行動してください」
そう、水を向けられたアミッドさんがつらつらと説明をしてくれる。
要約すると…動くな、と。
「えっと、感覚のズレ…っていうのは?」
「例えば、神経がズタズタになった場合。これは、脳味噌とその部位の間で問題が起きてしまっていますので、治癒でどうにかなる問題ではありません。例えば、木っ端微塵になった場合。治療できたとしても、感覚が弱くなったり、なくなることもあります。例えば、筋繊維や腱が完全に切断した場合。治ることには治りますが、経験者曰く動きが追いつかなくなることがあるそうです。それを一生抱えることになりかねませんので、最低でも2日。欲を言えば1週間ほどは身体を休めて頂きたいですね」
貴方はまだ若いですから、ここでしっかりと休めば大丈夫です。
そう言うアミッドさんに、深く頭を下げる。
「えっと、何から何まで、ありがとうございます…あの、ちゃんと休みます。だから、また来てもいいですか?」
経過観察をしてもらおう、とお願いしたその言葉は、どうやらかなり言葉足らずだったようで、それはアミッドさんの逆鱗に触れた。
「…クラネルさん? それは、性懲りもなくまた倒れたり大怪我をしますというある意味前向きな、非常に後ろ向きな意思表示ですか…?」
「えっ!? あ、違います! 定期的に診察をしてほしいと言いますか!?」
そして、その放たれたオーラから勘違いの内容を運良く汲み取れた僕は、否定の言葉を紡ぐことができた。
「…そうですね、少しでも身体に不調があれば、診て差し上げます。それから、もしポーション等をご購入される場合は当ファミリアの店舗を利用いただけるとありがたいですね」
「あ、あはは…はい、お世話になります」
この人も結構、冗談とか言うんだなぁ…売り込みじゃないよね、冗談だよね?
そんな会話をして、僕はフィンさんに連れられてホームへと帰っていった。
「ベル〜っ! よぉ帰ってきたな〜!」
「ロキ様!?」
帰ってきた僕を、熱烈なタックルと共に迎え入れてくれたのは赤色の神が特徴的なこのファミリアの主神、ロキ様。フィンさんが後ろで苦笑いを浮かべている。
「ロキ、ベルは倒れたばかりなんだ。あまり負担をかけてはいけないよ?」
「わかっとるがな、せやからこれでおしまいや。さてベルたん、安静にしとくんやで? ベルたんが倒れて目を覚まさんくなったら、うちは泣いてまうわぁ」
「あはは…ご心配をおかけしました。次からは気をつけます」
「疲れてるならちゃんと言うんやで? 誰も、ぶっ倒れるほど無理させたろーなんて思ってないんやから」
「はい、肝に銘じます…」
あ、でも、ステータス更新だけしとこかー? どないする?
そう言うロキ様に、僕は是非! と満面の笑顔でおねだりした。
きっと、成長しているはずだと。
「ベルぅぅぅぅうううぅっ! 無事に帰ってきたのね!」
そして、スタータス更新も終わりるんるん気分で自室へと歩いていくと、僕の部屋の前で立っているアナキティさんを見つけた。
走り寄ってくる速度に恐怖して身体を竦ませると、僕の目の前で煙が出るほどの急ブレーキを見せて、優しく僕を抱き締める。
「ごめんねぇあんなに、倒れるほど無理させて…つい調子に乗っちゃった…」
包み込まれるような抱擁。アナキティさんの首筋から香るいい匂い。
存在を主張する柔らかな双丘が、僕の胸元に押し付けられる。
「だ、だだだぁだ、大丈夫ですよ」
わたわたと、アナキティさんの斜め後ろで彷徨わせている僕の両手にパタッパタッと何かが当たる…尻尾?
「本当にごめん、それに、さっき団長から聞いたけど身体も相当痛めてるんだって? 私にできることならなんでもサポートするから、辛い時には言ってね?」
「ほ、本当に大丈夫ですから…っ!?」
なんなら、今が一番理性的に辛い時かもしれないので。
「とりあえず、3日間くらいは完全休養にさせるって言ってたから、その間は私もベルに付き合うから!」
パッと離れてくれたことに安堵して、その発言にまた焦る。
「ええっ!? そ、そんな、わざわざアナキティさんに付き添ってもらうほどのことじゃないですから!」
「うーん、まぁどちらかと言うと団長から頼まれたんだよね。ベルの
「うぐっ!?」
そ、それなら仕方ない…と前科(リヴェリアさんからの脱走)を思い出して力なく頷く。
「退屈しないように、本とか面白い話とかタメになる話とか、カードゲームとか用意しておくから! …あ、私もベルの部屋の中に入るから、見せたくないものとかあったら隠しておいてね?」
「そ、それは、ありがとうございます…あの、英雄譚とかあれば用意しておいてもらえると…それから、見せたくないものって…?」
「うん、わかったわよ。えー、ほら、ベルも13歳の男の子なんだから一冊や二冊くらい隠し持ってるんじゃないの? 見ちゃうのはちょっと気まずいから、目につかないところに入れておいてくれると助かるなぁ…いや、ベルが気にしないって言うなら私はまぁ、いいんだけど…ね?」
「???」
そう言う、アナキティさんのニヤニヤとした表情とその話の内容を頭の中に浮かべながら考える。随分と遠回りな言い方だけど…隠し持つような本…? って、あ!?
「も、もも、そ、そんな本、も、持ってませんから!?」
「なぁんだ、こっそりどんなことに興味があるのか見ちゃおうと思ってたのに」
「仮に持ってたとしても、そんなことやめてくださいっ!?」
「いやぁ、兎みたいな見た目して実は肉食系とか…」
クロエさんと似ているこの感じ、間違いなく僕のことをからかってる!? 黒猫は意地悪なのかな…?
「…ってあれ、ベル、何これ。ステータス?」
「あ、さっき落としちゃったかな…はい、ついさっきロキ様に更新してもらってきて…」
「へぇ〜、見てもいい?」
「別にいいですけど…?」
「じゃあ失礼…ほほー…ぶふっ!?」
ベル・クラネル Lv.1(Lv2ランクアップ可能)
力 : A 801→ S 911
耐久 : S 954→ S 971
器用 : S 901→ S 987
敏捷 :SS1001→SS 1015
魔力 : B 711→ S 910
《魔法》
【レプス・オラシオ】
・召喚魔法(ストック式)。
・信頼している相手の魔法に限り発動可能。
・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。
( ストック数 8 / 23 )
ストック魔法
・ウィン・フィンブルヴェトル
・ウィン・フィンブルヴェトル
・ウィン・フィンブルヴェトル
・ウィン・フィンブルヴェトル
・ウィン・フィンブルヴェトル
・ウィン・フィンブルヴェトル
・レア・ラーヴァテイン
・レア・ラーヴァテイン
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。
・ストック数は魔力によって変動。
詠唱式
第一詠唱(ストック時)
我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。
詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。
第二詠唱(ストック魔法発動時)
野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。
魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。
【ディヴィルマ・ーー】
・
・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。
・【ディヴィルマ・ケラウノス】
雷属性。
・【ディヴィルマ・アダマス】
主に武器に付与可能。切断力増加。
・【ディヴィルマ・アイギス】
主に防具に付与可能。聖属性。
詠唱式
《スキル》
【
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上
【
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減
うーん、ストック魔法が全部リヴェリアさんの魔法になっちゃったな。レフィーヤさんとアイズさんが帰ってきたら、またお願いして魔法を分けてもらわないと…アルクス・レイとエアリエルは使い慣れてきたし、とても助かる。
「魔法のことは聞いてたけど…こっ、これ、基礎…!?」
「あ、魔力もようやくS評価になったんですよ! 魔法のストック数も増えたし…でもここまで上がって前の更新から1個しか増えてないなら、これで打ち止めなのかなぁ…13個増えるって、なんか半端だけど」
「あ、あああ、あ、アビリティ、オールS!? てかなんか一個突破してるんですけど!?」
「え、ああ、フィンさんもなんか前に驚いてましたね。ベルは敏捷特化なのかな…って笑顔…笑顔? で言ってましたけど」
なんか、笑い声がいつもより乾いていたというか、力が篭ってなかった気がするけど。
「いや敏捷特化とかそう言う問題じゃないでしょこれ!?」
アナキティさんが、僕のステータスを見てなんだか騒いでいるけど…なんだろう。僕、他の人のステータス知らないからなんとも言えないけど普通はこう言うステータスじゃないのかな…?
今度、ロキ様に聞いてみよう。ロキ様なら、今までに何百人ものステータスを見ているはずだし。
「…なんか、頭痛くなってきた…」
「大丈夫ですか? アナキティさん、休んだ方がいいんじゃ…」
急に頭痛だなんて、昨日の僕みたいに倒れちゃうのかもしれない。
アミッドさんから聞いた話だと、あれは脱水と疲労が原因って言っていたけど。
「そうね、2人でお昼寝でもしましょうか…」
「えっ、ちょっ」
そんなことを据わった目で言うアナキティさんに、引きずられるようにして僕は自室の中へと入っていった。
宣言通り、同じベッドで寝かせられるとは思ってもいなかったけど…アナキティさんは既に寝息を立てている。すやすやだ。一方の僕はと言うと…ねっ、寝れない…っ! こんなの、緊張して寝れないに決まって…と言うか、なんで顔を合わせるように向き合ってるんだろう!? あ、アナキティさんの唇…はっ! だ、ダメだダメだ! って、なんだ!? 今、何かの囁くような声が…
『今じゃ、ベル、やれ、キッスをするのじゃぁぁぁぁぁ!』
悪魔の囁き…って、お爺ちゃん!?
いやいやダメでしょ!? そんな、寝込みを襲うような真似!
『いやいや、同衾を誘ってきた女子を前に手を出さない方が失礼だとは思わんか?』
う…いや、アナキティさんは純粋に僕を心配して…。
だから、そんな変なことをするわけには…。
そんな…わけには……………。
って、あ、あれ? こういう時って天使が出てきて僕のことを思い留まらせるんじゃないの? 一向に出てこないんだけど…僕の良心はどこに行ったの? まさか昨日のアミッドさんとの会話で愛想を尽かして出ていっちゃった!?
『ほれベル、お前も内心望んでいるから天使が出てこんのじゃ。そら、もうたったの十数C近付くだけで…』
あ、あ、あぁぁぁぁあぁぁあぁっ!?
心臓が破裂するんじゃないかというくらい高鳴り、少しアナキティさんの方に近寄ってしまった瞬間。目を離せずにいたアナキティさんの唇が動く。
お、起きた!?
瞬時に限界まで距離を取った僕の耳に、アナキティさんの声が届く。
「ごめんねぇ…ベル、辛かったよね、苦しかったよね、ごめんね…」
「アナキティさん…」
寝言…なんだろうけど。そうか、心配をかけた以上に…きっと、アナキティさんは自分のことを責めただろう。良く見れば、いつも艶々な黒髪は少し荒れている。
「大丈夫です…僕は、大丈夫でしたから…」
そう囁くと、アナキティさんの表情が緩む。
ありがとう、そう呟いたアナキティさんはまたすやすやと寝息を立て出した。それを聞いて、僕も寝たくなったので眠ることにした。
目蓋を、閉じた。
『いや、お前、ベル、全然寝れとらんぞ?』
僕は寝た。
『ばっちり起きとるぞ? 心臓ばっくばくになっとるぞ?』
僕は寝たったら寝た。
べるきゅん!
あれ、先に出てきたヒロイン格、姉格を差し置いてアナキティがベルの成長スピード並みに距離を詰めてくる…勝手に指が動くから仕方ないね。
そして、さらっと原作イベントもどきを奪われるアイズ。ごめんよ、君の見せ場はまたどこかで作るから許して…。