それから、なんやかんやとありながら2日が過ぎた。
特に突飛な出来事もなく、本をたくさん読んで、アナキティやラウルとたくさん話し、平和な時間を過ごした。色々と、肉体的にも精神的にも疲れていたものがすっきりとした気もする。
そうなると次は、この折角のゆったりとした時間にレフィーヤを始めとした4人がいないのがなんとなく寂しく感じられた。そろそろ帰ってくるはずだと、彼女達が遠征に赴いてからの日数を指折り数える。
帰ってきたら、取得する発展アビリティを相談して…その前にランクアップができるようになったと報告して…それから、それから…変な勘違いをしていたことも忘れ、ベルは4人の帰りを楽しみにした。
3日間の完全休養を過ごし、念のためにと朝からアミッドのもとを訪れてお許しを得たベルは久方振りに迷宮へと行くことにした。
数日とは言えど、ほとんど動いていなかったことで多少の感覚のズレがあることから身体を動かしたいと思ったのだ。アミッドの言う致命的なそれとは違う、しかし確実にあるソレを感じ取りベルは冷や汗を流した。
…もし一生、これを背負うとなると…いつか致命的なミスに繋がりそうだ。
これからも、アミッドの言うことは真摯に受け止めよう。そう心に刻んだ。
今日はアナキティと2人、上層のみでの肩慣らし。
そのため、サラマンダーウールは身に纏わずいつもの姿。
久方振りにダガーを振るうベルは、体が馴染んでくると共にそのダガーの振りやすさに驚いていた。
「ベル、どうしたの? なんか難しい顔してるけど。やっぱりまだどこか変?」
「あ、いや、身体はもう大丈夫なんですけど…なんか、ダガーが振りやすくなってて。馴染むと言うかなんというか…」
それを聞いたアナキティは猫耳をピンと立てる。
「あー、ベル、無意識かもしれないけど身体の使い方すっごく上手になってるよ? そのおかげだと思う…ちょっと見ててね」
そう言って、長剣を構えたアナキティが2体のゴブリンを相手に同じ軌道で剣を振るう。袈裟斬り、しかし、それはベルの目から見ても全く精度が違った。
流れるようにしなやかな一太刀目に比べて、若干無理を感じた二太刀目、何が違う、と言われれば何もかもが違うように見え、答えはわからないけれど。
「差くらいはわかった? 一太刀目が私の本気、二太刀目は力だけで切った感じかな」
「力…だけ…」
「剣を振るうのに、常に力を込める必要はないからね。しっかりと刃を立てなきゃいけないし速度もないといけない。ベルも大分ダガーを使い慣れてきて無意識にそれを実践してると思うよ。あの連戦の時にも、最後の方は良い動きしてたし」
「…力…速度…」
それを見たベルは、数日前、倒れる前の必死にダガーを振っていた自分の動きを振り返る。
確かにあの時、体力は尽きかけていたのに普段と変わらぬ剣捌きをできていた…ような気がする。無我夢中で、あまり記憶にないけど。
「それに、疲れてる時と比べると今はかなり身体が軽いでしょ? うん、だからそう感じるんじゃないかな」
まぁ、万全な状態の時なんてそうないけどね、とアナキティは言う。
尚も、ベルは考え続ける。
これはまさしく、身につけなければいけない技術である、と。
その後も、アナキティに色々と教えてもらいながら武器を振るい続けるベル。その姿は、親から狩りを教えてもらう子のようであったが、アナキティの獣人としてのしなやかで軽やかな身のこなしをベルは人間種族でありながら飛び抜けたその敏捷を活かして模倣していった。
結果、かなり長く武器を振るったというのにまだ疲労の色が薄い少年がそこにいた。
「成長早いなぁとは思ってたけど、ここまで早いかぁ…」
その余りの貪欲さ、余りの成長振りに自らも焚き付けられながらアナキティは己の持てる技術をベルに教え込んだ。勿論、今回は無理をさせない程度に。
数多の上層モンスターを屠り、魔石が収納しきれなくなったことから早い時間に既に帰路に着いたが、それでもベルは、今日、自分が成長出来たと確信していた。
一歩ずつ、されど確実に…ではなく、少年は強者となる道を、英雄に続く道を、夢見る先へと、その遥か長い階段を何段も飛ばしながら駆け昇る。
ついでに、魔力を伸ばす為に安全マージンを取って魔法を何度も放って行く。並行詠唱も交えるが、身体の扱い方が良くなったのが影響しているのか、こちらもスムーズになっていることにベルは喜んだ。その姿は、既に熟練の魔法剣士と言ってもいいくらい様になっていた。
勿論、高Lvの者と比べると全体的なスケールは小さいが、纏まり具合で言うとかなり高いところにいる。
アナキティはその立ち振る舞いに愕然とした。
その帰り道、ギルドにて魔石を換金したベルはそのままアナキティと共にエイナに顔を見せに行っていた。なんやかんやまた久々のギルドである。たまには顔を出して近況を報告しないと、後々、色々なことを後から知ったエイナは怖いのだ。ベルはそれをよく知っている。
そうして、ベルが訪れたエイナは少し離れたところにいるアナキティに少し怪訝な顔をしながら会釈をし、久しぶりに顔を出したベルに笑顔を見せる。
「ベル君、久しぶりね。今はオータム氏が付き添い?」
「はい、久しぶりですエイナさん。えっと、そうですね。アナキティさんと、ラウルさんにお世話になっています」
それを聞いて、エイナの顔が少し強張る。次期団長とも密かに囁かれているラウルと、それを補佐しているアナキティがベルの面倒を見ているというのだ。少し前までよく一緒にいた面々よりはレフィーヤを除きLvが落ちるとは言え、それでも上級の冒険者だ。
「べ、ベル君…? 今、君、何階層に…?」
その事から、その待遇から、あり得ない速度で成長していることは間違いない。そう判断したエイナはベルにそれを聞く。魔法を使えるようになったと言っていたし、既に12階層には入ってるだろう、下手したら12階層も突破して、13階層、中層を覗き見るくらいはしているかも…と思いつつ。
弱っていたとは言えミノタウロスを倒したのにランクアップできなかったのは、もう1人、前々からランクアップが近いと言われていた彼の方が主となってミノタウロスを討伐したのだろうと考えていたエイナは、ここ最近のベルの偉業について知らなかった。勿論、ランクアップできることも知らない。
ロキが、他所に漏らさぬように箝口令を敷いたのだ。もっとも、知っているのはフィンにリヴェリア、2人から聞いたガレスに、ベルから聞いたラウルとアナキティだけなのだが。
そんなエイナの耳に飛び込んできたのは、予想の更に上を行く言葉。
「は、はい、実は
「14階層っ!?」
そして、叫ぶ。
「冒険者になってやっとこ2ヶ月くらいの君が!? 14階層!?」
それを聞いて騒めくギルド内部。2ヶ月で中層? 嘘だろ? と言う話し声がそこかしこで聞こえる中、慌てるアナキティ。今は冒険者が少ない時間帯とは言え、いることにはいる。ましてや、燻っているような連中が酒場にいたりもする。こんなところで、冒険者の命綱でもあるステータスが漏洩するようなことはさせられないとアナキティが動く。
「あ、はい、でも、その…」
「あくまで、サポーターとしてですから! ねー? ベルー?」
「もがもっ!?」
そうして、黒い影を残しながら瞬時にベルの口を塞ぐ。ガシッとベルの口を片手で塞ぎ、残った片手で頭を撫でながらベルの耳元で黙ってなさい、と小さく呟く。
「もごご…」
「ちょ、ちょっとエイナさん。いくらなんでもこの場所でそんな叫び声はないでしょ!?」
「も、申し訳ありませんオータム氏、つい…」
「悪いけど、変に目立ちたくないから今日は帰ります! 行くよ、ベル!」
「もごぉ…」
既にこれ以上ないくらい目立ってはいるのだが、小さな声でそうやりとりした後に何事もなかったかのように離れる。
パッと手を離されたベルも、すーはーと呼吸をした後にエイナの方を向く。エイナは、自らのやってしまったことを悔やんで少し暗い顔をしていた。
「あ、あの、エイナさん、また来ます!」
そんなに気にしないでください!
そう言う少年に、ハッとさせられたエイナは微笑みを返す。
「うん、今日はごめんねベル君。また、来てね?」
悪いことをしてしまった、そう思いながらもエイナは微笑む。ここで暗い顔をすると、あの心優しい少年も心を痛めてしまうだろうからと。
ベルはその笑顔に満足したのか、元気よく返事をしてアナキティに連れられてギルドを出て行く。
「あー、びっくりした…ベル、今回はベルが全部悪いわけじゃないけど、あんな公共の場所で到達階層を教えたりしたらダメだよ? せめて個室に入ってからじゃないと」
「う、ごめんなさい…つい…」
そうして、ギルドから出た2人は近くの広場でベンチに座っていた。
冒険者として、自らの強さと言うものはあまり外に漏らしていいものではないと言うのは色々な人から言われている。
ましてや、まだまだ駆け出し、新人相当の経験しかないはずのベルがもう中層に到達しているなんてことが知られれば、周りは狙うだろう。
というよりごく最近、アナキティにしっかりと釘を刺されているのにこれだ。アナキティが呆れるのも仕方がないだろう。
「全く、うちの兎君は警戒心がなくて困っちゃうなぁ…こんな調子じゃいつ、よその獣に食べられちゃうか…はぁ」
「気、気をつけます…」
しゅんとするベルの耳に、垂れる兎耳を幻視したアナキティはわしゃわしゃと癖の強い白髪を乱暴に撫でる。
「本当に気をつけてよ? ベルが帰ってこなくなったりしたら、皆、悲しむんだから」
特に、ある程度強くなった後にアマゾネスにでも襲われたら…搾り取られて、帰ってこれなくなるだろう。その為にも、突き抜けて強くなるまでは非常に危険なのだ。有象無象でいるか、強者であるか。そのどちらかでしか、身は守れない。
「リヴェリアさんにも言われました…あの、ありがとうございます」
「このタイミングでなんでお礼…?」
「…だって、それだけ僕のことを思ってくれてるってことですから…僕も、アナキティさんがいなくなったりしたら、泣いちゃいます」
「…あぁもう可愛いなぁベルは…ねぇ、ベル、アキ」
「は、はい?」
「名前、アキ、って呼んで欲しいな」
少し顔を逸らしながら、そんなことを言うアナキティ。
そして、それを聞いたベルは…。
「…はい、アキさん」
笑いながら、アナキティのことをそう呼んだ。
ん、と、呟くように返事をするアナキティの顔は、少し、しかし確かに赤くなっていた。
ハッ、ラブコメの波動!?
いえ、これは家族や友人モノのコメディです! サザエさんやちびまる子ちゃん、ドラえもんと同じ枠なんです!