ラビット・プレイ   作:なすむる

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4章 兎は育ち、敵と見える
53話 視線察知


結局、リューは根掘り葉掘りベルとの馴れ初めやどう言った関係なのかの話などを同胞のエルフ達に聞かれ続けた。ヘトヘトとなった頃に、ようやく帰って行き解放された。

高貴なハイエルフであるリヴェリアを恨みこそしないが、もう少し自らの団員達を抑えてくれてもよかったのではないかと少し不満に思いながら。ましてや彼女は()()()に、直接的な関わりはそこまでなかったにせよ共に都市のために戦った戦友とも言える間柄だ。

 

ベル達もそのエルフ達と同じくらいの時間帯に店を出て、豊穣の女主人の店内はガランとしていた。アーニャやクロエがパタパタと食器を下げに走り、シルもそれを手伝い始める。

 

「…恨みますよ、シル…」

 

あんなに楽しそうにクラネルさんと話をして…私のことを見捨てて…とリューは若干情けない表情をしながら耳を垂らす。

 

そんなリューの方を見向きもせず、シルは食器を下げ始めた。

恐らくわざと意地悪をしたのだろうが、この仕打ちは絶対にどこかで倍にして返すとリューは心に決めた。

 

 

 

翌日、昨日は酒が程よく回っていたのもあり心地よく眠れたベルは朝早く起きていた。ランクアップしたことにより身体に若干のズレを感じたベルは、それを少しでも修正するために中庭でダガーを振っていた。

 

なお、一晩経ったベルにはロキが頼んでくれた酒を飲み始めてから眠りにつくまでの約30分の記憶は薄っすらとしかない。なんだか、リューに対して大変なことをしてしまったような記憶はあるが、それくらいだ。その後のアイズに対する強烈で鮮明な記憶が直前の記憶を打ち消してしまったのも大いにあるだろうけど、完全に酔いが回っていたためにそれこそ眠りにつく直前の記憶はどうしても薄い。

 

「おはようさん、朝から頑張っとるやんか」

「あ、ロキ様、おはようございます」

 

そんな彼の姿を見かけたロキが、ひらひらと手を振りながら近寄り朝の挨拶をしてくる。それを受けて、ベルも動きを止めて挨拶を返す。

 

「せや、ベルたん。朝のご飯食べた後でええから一緒にギルド行こか。ランクアップの報告もせなあかんからなぁ」

「ランクアップの報告…ですか」

 

わざわざロキ様も一緒に行ってしないといけないんですか?

そう尋ねるベルに、ロキはんー、と少し悩んでから答える。

 

「いやぁ、別にベルたん1人でもええんやけどな? 信用されないかもしれんし、色々聞かれても面倒やし、うちが付いていけば信用してもらえるやろうからなぁ」

「あー、確かに僕が1人で行っても…そうですよね」

 

そこでベルは、この2ヶ月半と言う期間でランクアップしましたと、1人でギルドへ行ってエイナに告げた時のシミュレーションを頭の中で行った。

 

8割くらいが、どんなことをしたのかと怒られる世界線であったがその中でも信じてもらえずひん剥かれてステータスを確認される世界線もあった。流石にそれは恥ずかしいと、ベルはロキの同行を心から感謝して受けた。

 

 

 

そうして朝食後、2人歩くベルは明らかに普段より突き刺さる視線に気がつく。

 

「あ、あの…なんかすごい見られてる気がするんですけど…」

「んー? まぁ、気にせん方がええんちゃうかなぁ」

「そ、そういうものですか…?」

 

男性冒険者からは突き刺さるような視線を、女性冒険者の一部からは好奇心に塗れた視線、一部からは汚い物を見るような視線、そして一部からは熱い視線を。何か、自分がとてつもなく悪いことをしてしまったのではないかという気分にさせられるような様々な視線がベルを貫く。

 

そんな中を、少し背を丸めながらベルは歩く。ギルドはもう目前、視線は感じるが遠巻きに見るだけで、何かされるということはなさそうだとベルも少し気を取り直す。

アイズやレフィーヤ達と出歩く時ともまた少し違う視線に怖気付いていたが、ことここに至っては気にする方が馬鹿らしいと開き直ることにした。向けられる視線の理由もわからないのだから。

 

「さて、よーしベル、ちゃんと報告するんやでー?」

「は、はいっ」

 

偶然にも、ベルの担当アドバイザーであるエイナがいる窓口は空いていた。普段なら人気があるエイナのところは凄い列が出来ているからこれはかなりの幸運だろう。

そのままエイナの前に立ったベルは、挨拶をしつつ開口一番爆弾を投下する。

 

「おはようございます、エイナさん。今日はランクアップの報告に来ました!」

「おはよう、ベル君。それでランクアップの報告ね、はいはい…って、はい?」

 

無論、エイナは固まった。ランクアップ? ランクアップって…なんだっけ? と、常ならしない混乱までして。

 

「え、ええっと…ベル君、ごめん、もう一回言ってもらえるかな…?」

「ランクアップの報告に来ました!」

 

満面の笑顔で、繰り返す。それを聞いたエイナは聞き違いでも勘違いでもないことを悟り、次に、カレンダーに目を走らせる。

 

「う、嘘…だって君が冒険者登録してからまだ2ヶ月半だよ…? え、じゃあミィシャから聞いた噂話は本当に…?」

「ほ、本当なんです!? うぅ、やっぱり信じてもらえない…」

 

震える声で、エイナはこの馬鹿正直な少年を疑う。

そして少年は、思った通り信じてもらえないことに肩を落とす。それを見て、やっぱあかんかーとロキが横からにゅっと首を出した。

 

「信じられんやろうけど、ほんまにランクアップしとるでー? このロキが保証したる!」

「か、神ロキ、本当なんですね…?」

「うちがこんな下らん嘘つくと思うんか? ほれ、ベルたんが困ってるしさっさと手続きしてあげてぇな」

「…わかりました、失礼いたしました」

 

それでは、と続けてベルのランクアップの報告を受理するエイナ。内心はいまだに信じ切れないでいたが神がわざわざ付き添ってきたのだ、嘘はない。それから、噂話がどこまで本当なのか聞き出したかったけど、神ロキが同伴している以上変な話はできないとエイナは諦める。

 

神会(デナトゥス)』は今日ちょうど開かれるとのことで、二つ名が決まってからのランクアップの公表とすることも話した。

ベルは色々とその行動を聞かれて、エイナはその危険さに溜息をついた。しかし、それでも自らの担当する冒険者のランクアップである。言いたいことは色々とあるが、それをまずは飲み込んで祝福する。

 

無論、後々機会を設けて話を全て聞かなくてはいけないと内心で思ってはいるのだが。

 

特に、エルフを虜にしているとかいう辺りについて、詳しく。

 

 

 

「さぁて、報告は無事終わったことやし、うちはこれから『神会(デナトゥス)』の準備するからここでお別れやな。かっちょいい二つ名もぎ取ってくるから、期待しててなー?」

「デナトゥス、ですか?」

 

ギルドを出て歩きながら、ロキとベルは雑談をしていた。

あるお店の前に着いたところで、ロキは足を止める。そこで出てきた耳慣れない言葉にベルは質問する。

 

「そそ、うちら神々の会議みたいなもんや。まぁ、することは世間話みたいなもんやけどなぁ、それから、ランクアップした子供らの二つ名も神々みんなで決めるんやで?」

「そ、そうだったんですか…」

「そうなんやで、まぁ大船に乗ったつもりで安心してええで。他のファミリアの子だったらわからんけど、うちの子のベルたんにはいい二つ名が付くやろうからなー」

「楽しみにしてます!」

「ほなら、うちはちょっとここに寄るからベルたんは後は好きにしててええで。フィンには今日、ベルたん借りるって言ってあるから自由やで」

「わかりました、今日はわざわざ付き添ってもらって、ありがとうございました」

「ええてええて、じゃあ、また後でやな」

「はいっ!」

 

そうして、店の中に入っていくロキを見送ったベルは悩む。

朝の運動を思えば、身体能力が驚くほど向上している。これがランクアップの力か、と思わず震えてしまうほどに。

ただ、慣れないこの身体の状態で迷宮に行くのは危険だろうし、1人で磨き上げられるほどの知識はない。誰か、稽古をつけてくれないだろうかと思いながら、お店の前で立ち止まっているのも邪魔だろうと歩き始める。

 

安全マージンを取って浅い階層で慣らすか、誰か稽古をしてくれる人を探すか。ベルはそんなことを考えながら少しふらふらと街中を歩く。

 

ロキと一緒にいた時より、明らかに突き刺さる視線をその背中に感じながら。…それとは別に、いつか感じたのと似た、熱く強い視線を遙か高みに感じながら。

 

 

 

結局、どこへ行っても色んな人から視線を向けられて気が気でないベルはホームへとすごすごと帰っていく。そこで、偶然出会ったフィンから嬉しい知らせがあった。

 

「ああ、ちょうどよかった、ベル。ヘファイストス・ファミリアから連絡があってね。防具はまだかかるけど、槍の方は完成したと言っていたから今日、時間があるなら受け取りに行くといい。午後からでよければ僕が手解きしてあげよう」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 早速行ってきます! それと、よろしくお願いします!」

 

制作依頼に訪れたその日も含めて、たったの3日しか経っていないがもう槍が出来上がったというのだ。それだけ、椿がベルの仕事に専念してくれたということなのだがベルは武器の製作にどれだけ時間がかかるかなど知らない。ただ純粋に喜び、勇んで取りに走った。

 

フィンは、それをにこやかに見送るだけだ。

さて、練習用の槍を出しておくかと動き出した彼は、とてつもなく楽しそうな顔をしていた。

 

 

 

「おお、早速取りに来てくれたか。少し、予定と形状が変わってしまったのだが…鍛治師としての勘が、ベル坊なら使い熟せると叫んでな。さて、これだ…どうだろうか? 気に入ってくれると良いのだが」

 

早速飛び込んだベルを出迎えたのは、汗に塗れた姿の椿。そのくらくらとするような色香に一瞬、ベルはどきりとしたが差し出された武器を見てそれは吹き飛んだ。

布で包まれた、棒状の物。それが、依頼していた槍であることは想像するに難くない。差し出されたそれを、ベルは受け取る。

 

丁寧に布を開けると、出てきたのは先が三又になっている見事な銀槍。中央には、何か蒼い宝玉のようなものが埋め込まれている。

 

それに、ベルは見惚れた。そんなベルを、満足そうに椿は眺める。

 

「銘は、まだ決めていない。手前としてはトリアイナという銘が良いかと思っていたのだが…ベル坊は、何か案はあるか?」

「…何か、引っかかるものはあるんですけど…いえ、その銘で大丈夫です。凄く、気に入りました」

 

その槍を見て、その銘を聞いたベルは少しばかり頭の中に引っかかる物を覚えたが、それの正体はわからなかった。しっくりくるし、気に入りはしたのだが、何か惜しい。そんな感じではあるのだが。

 

「そうか、そう言ってくれると手前も嬉しいぞ…では、確かに槍は渡した。防具はすまぬが、もう少し待ってくれるか? やりたいことがあるのだが、上手くいかなくてな…出来るだけ急ぐ」

「いえ、そんな急がなくても大丈夫ですよ?」

 

兎も角、椿はホッとした表情で槍をベルへと引き渡した。

最初のオーダーとは違うある種、異形の槍。鍛治師としての勘はこれがベルにとって最高だ、と告げているが、突き返されたらどうしようかと不安ではあったのだ。

 

「鍛治師としてはそういうわけにもいかぬからな、まぁ、もう少しで問題点は克服できそうだから安心していてくれ」

「あはは…わかりました。槍は、頂いていきます。ありがとうございました」

 

そうして槍を受け取ったベルは、それをつけられる帯を椿に見繕ってもらい、背中に斜め掛けするように背負う。

街中では安全の為にこれを付けておけと椿に言われて、革製の覆いを槍先に装着した。うむ、と満足気な椿に礼を言い、ベルはホームへと再度戻る。なんやかんやで、時刻は昼目前になっていた。




武器の形状に悩みましたが、後のことも考えてこうしました。
元ネタは神話でキュクロープスが作ったポセイドーンの武器トライデント(トリアイナ)ですね。あちらは三叉戟ですが。
ゼウスの兄であるポセイドン、海のゼウスとも言われる程の神の武器を模したもの…ですね。

今回の宴会ではリューさんが割と不憫枠。もう少し待っててね、魔法を教えるターンと稽古をつけるターンが来るはずだから…。

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