黄昏の館へと戻ってきた僕は、そのまま昼食を取ることにした。その時、僕を見かけて同席してきたレフィーヤさんから今後の予定を聞かれて、フィンさんとの訓練の話や並行詠唱の訓練の話をする。
並行詠唱の話の辺りで、レフィーヤさんが若干気まずい顔をしていたけど…あれだろうか、やっぱりレフィーヤさんクラスの魔法を普通に並行詠唱しようとすると難しいんだろうか。
なんだか、魔法の特性とはいえ少し後ろめたい気持ちがある…なんだろう、レフィーヤさんの前で並行詠唱を披露したら理不尽に怒られそう。
何はともあれ、昼食を済ませて訓練のための準備を終えた僕はフィンさんの元に訪れていた。
「やぁベル、よく来たね。じゃあ早速だけど外に出て始めようか?」
「はい、お願いします!」
「ああ、そうだ。訓練中はこれを使うといい。扱いに慣れていないうちに業物を使うのは危険だからね…長さは、その槍と同じだから扱いに慣れるのにはピッタリだろう」
そう言いながら手渡されたのは、確かに僕が今背負っているものと大体同じ長さの簡素な槍。
僕も勿論、それと似たようなものを使うから。
そう言うフィンさんも、普段使っている槍と似た長さの、作りの簡単な槍を携えていた。
「わかりました、お願いします!」
そこから始まったのは、控えめに言っても地獄の鍛錬だった。
「じゃあまずは槍の基本的な扱い方、振り方を教えるからそれを各100回素振りしてもらおうかな、ああ、途中で目に見えて崩れたら最初からやり直してもらうから、気を抜かないようにね」
「は、はいっ!」
そうして、まさに手取り足取り教えてもらったのが8種類の基本動作。
振る、突く、払う。どんな動作をするにしてもこれが基本だと言うフィンさんの言葉と共にそれを学んだ。
まさかそれが地獄の釜の蓋だとは知らずに、僕は必死にその動きを覚えた。
そうして、8種類の動きを一通り覚えた僕にフィンさんが言う。
じゃあ、素振りを始めてもらおうか、と。
そこからは、地獄だった。
「ベル、やり直しだ。腕がブレている。それでは、攻撃として全く意味がない。力が入っていないからね」
「は、はいっ!?」
一つ目の、基本となる袈裟斬りの時点で何度もダメ出しが入る、剣と同じ動作に思えるけど、槍の感覚が掴み切れておらず、身体が泳いだり腕が不安定になったりと安定しない。それをようやくの思いで乗り切ったと思えば
「ベル、やり直しはそこからじゃないよ。
「え゛、あ、は、はいぃ!」
二つ目の、逆袈裟でもいきなりやり直しがかかり、そこからやり直そうと思ったらまさかの一つ目からのやり直し。
しかしそれも、その一つ目でまた何度もダメ出しが入り3歩進んでは2歩下がるどころか、100歩進んで99歩下がるくらいのペースでしか進めない。
「ベル、やり直しだ。突きは腕だけで放つんじゃない。身体全体の力を込めるんだ」
「は、えふっ、はいっ!」
都合、数十回のやり直し。僕は、4種類目の突きを突破することができぬまま日が落ち始めた。
もう既に、腕はほとんど上がらなくなり、加速度的にダメ出しの回数も増えてきた。ついさっきまで出来ていたはずのことが次第に出来なくなっていくのは、精神にダメージを与えてきた。
「…ベル、今日はそろそろ終わりにしようか」
「はひゅ、ふ、は、はひ…っ」
「いや、でも驚いたよ。まさか君が
「はぁ、ふぅ…ふ?」
「精々、2種類目を突破できるかどうかくらいだと思っていたんだけどね。この様子なら、3日もあれば突破できるかな? それに、アナキティの言う通り身体の使い方はかなり上手い…うん、これなら…」
ほ、褒められてる…のかな?
そんなフィンさんが今日のところは終わりだと告げてきたのは夕食の少し前。途中、休憩はしっかり取ったとはいえ5時間程の鍛錬で、僕の腕はプルプルと震え、握力はほとんど無くなっていた。
基本体勢として腰を下げた状態が多く、膝も腰も限界だとばかりに震えている。全身くまなく酷使されたような、そんな印象だ。
このファミリアにはスパルタな人しかいない。そう思いながらも、強くなる為だと奮起して立ち上がる。
「っはぁ、はぁ、ありがとう、ございましたっ! あの、明日も、お願いします!」
そうして、頭を下げてフィンさんにお礼を言う。
「うん、勿論。さて、まずは汗を流しに行くといい。そんな格好で食堂に入ったら、流石に文句を言われるだろう」
「はい、行ってきます!」
よろよろと、一度自室へ戻り着替えを取ってから風呂場へと行く。
道中ばったりと出会ったアキさんには凄く微妙な顔をされてしまったが、正直絞れるほど服に汗が染み込んでるからそれも仕方ない。獣人だから、凄く鼻が効くんだろうなぁ。多分、臭かったと思う。
お風呂で身体を流すと、驚く程さっぱりした。浴槽に身体を預けると、とても気持ちいい、もう溶けそうなくらいだ。
そして、お風呂を満喫した僕は着慣れた服に身を包んで夕食を取りに行く。ゆったりとした寝巻き、実はこれもレフィーヤさんから、服を全く持っていなかった僕に最初にプレゼントされたもの。これがまだ普通に着れるってことは…はぁ。
丁度、僕がお風呂から上がったくらいに夕食時になり、沢山の人が集まっていて空いている席が見つけられない。キョロキョロと見回していると、少し遠くから声が掛けられる。
「ベルー、ここ空いてるよ、おいでー」
アナキティさんだ。周りにいるのは、アリシアさんと、ナルヴィさん…? それから、エルフィさんだ。6人掛けのテーブルに座っており、確かに空いてはいるけど。
なんだろう。2軍幹部女子会的なメンバーだけど…僕が入っていいのかな、凄く浮きそうな気がする。
「ほら、遠慮しなくていいから」
「わっ、とと…失礼します!」
そうして座ったのはアキさんの隣。アリシアさんとの間。
ナルヴィさんとエルフィさんは対面にいる格好だ。
「すん…すん、すん。ん、ちゃんとお風呂入ってきたんだね」
「うぉわっちょ!? は、恥ずかしいからやめてください!?」
迎え入れてくれたアリシアさん達に僕がペコっと軽く頭を下げていると、首筋辺りに顔を埋めるようにしてアキさんが僕の匂いを嗅いでくる。ひ、非常に恥ずかしい…っ!
「いやぁ、さっき会った時はすごかったからねぇ。嫌な匂いではなかったけどあれはちょっと、鼻に毒かも…」
「うっ、あ、あれはフィンさんとの訓練直後で…」
「…アキ、食事の場でそのようなことをするものではありませんよ?」
「アハハ、ごめんごめん。ちょっとね」
アリシアさんに窘められて、するっと離れていくアキさんにホッとしながら体勢を戻す。
その後は、昨日の宴会の時にあまり話せていなかった面々ということもあって祝福の言葉をもらいながら夕食を食べた。
…食べたと言うか、何度も取りこぼす僕を見かねたアキさんによって食べさせられた。
「ちょっとベル、さっきからポロポロ落として何やってるのよ?」
「あ、はは、その…フィンさんとの訓練後で手に力が入らなくて…」
「もう、仕方ないわね。みっともないし見ていて気が気じゃないから食べさせてあげるわよ。はい、あーん」
使っていたスプーンを奪われて、すくい、差し出してくる。
ずいずいと唇へと近づけられるそれに、抵抗できず口へと含む。
ま、前にリューさんにもしてもらったことがあるけど、これやっぱり恥ずかしい…。
時折、ナルヴィさんにチラチラと見られたりエルフィさんがジィッと見つめてきたり、アリシアさんが何かを非常に言いたそうに、聞きたそうにしながら躊躇するような場面があったが、それは最後まで無くならなかった。結局、特段何かを聞かれることはなかったけど。
そしてアキさんは、食事中ほぼずっと、何故か尻尾を僕の腰辺りに擦り付けてきていたけどあれはなんだったんだろうか…? 無意識?
その後、夜になってからレフィーヤさんにお願いをしてアルクス・レイをストックさせてもらった。なんだか嬉しそうにしていたけど、どうしてだろうか? 2人、周りに迷惑をかけないよう屋上で夜空の下での作業となったけど、ストックが終わった後には2人、肩を並べてゆっくりとその綺麗な夜空を眺めることにした。
輝く月が、僕らを見下ろしている。
「…と、これくらいでいいですかね?」
「はい、十分です。面倒なことなのに、すいません。ありがとうございます」
「構いませんよ、これでも一応魔力上がりますし、そこかしこに向けて打つわけにもいかないので練習も兼ねて丁度いいですから」
「確かに、この威力だと的に打つわけにもいかないですよね…」
間違いなく貫通して、後ろの物を破壊する。いや、噂に聞くオリハルコンとかなら耐えられるんだろうけど。
はぁっ、と息を吐きながらレフィーヤさんが座り込むので、僕もそれに倣って隣に座る。
「そうなんですよね…並行詠唱の練習をしようにも、ダンジョンでしかできないですし…」
それを聞いて、僕の頭に名案が浮かぶ。
「あ、じゃあ僕が付き合いましょうか? レフィーヤさんは並行詠唱の練習をして魔法を放てる、僕はストックを増やせる、2人とも嬉しいですよ?」
「むむ、それは…いいかもしれませんね。誰かに仮想の敵役をやってもらえば…あ、でも、魔力爆発を起こしたら…」
提案したそれを、レフィーヤさんは前向きに受け取ってくれるが、チラッと自分の腕を見ながら不安を告げる。それに対して僕は…
「それは…レフィーヤさんを信じてます」
僕も、目を逸らしながら信じることしかできなかった。
「あ、なんですかその態度、なんか不安になってませんか!?」
「だ、だって、レフィーヤさん、昔、自分の腕を吹き飛ばしたことがあるって…」
「なぁっ!? だ、だだだだだ誰から聞いたんですかそれ!? わ、私の黒歴史を!?」
「え、ラウルさんからですけど…」
「あ、あの人はぁ!? くぅぅ、今度の迷宮探索で同じパーティになったら失敗を装って背中に魔法をぶち当ててやります…っ!」
なんてバイオレンスなことを言うんだこの人は。
「やめてください!? ラウルさんが死んじゃいます!」
「大丈夫ですよ! 仮にもLv4なんですからLv3の私の魔法なんて効かないはずですって」
「そんなわけないじゃないですかぁっ!?」
魔導士としてだけの性能で言えばLv4どころか、Lv5に相当するかもしれないと言う話は聞いている。そんなレフィーヤさんの一撃を警戒もしていない背後から喰らえば…うん、良くて丸焼け、悪くて消炭、最悪は蒸発…かな。
「冗談です…そんなこと、しませんよ? …まぁ、不慮の事故はあるかもしれませんが」
「不穏ですよ!?」
や、やらないよね…?
「…やりませんよ、仲間にそんなことできません」
「そ、そうですよね…良かったぁ。僕が言ったことが原因でそんなことがあったら、悲しくなっちゃいますよ」
「まぁ元はと言えばラウルさんが原因ですから、自業自得なんでしょうけど…」
そんな風に、穏やかに会話をしているとレフィーヤさんが元から少ししかなかった間を詰めてくる。
「…ベル、ランクアップ、本当におめでとうございます。でも、少し聞きたいことがあります、今聞いてもいいですか?」
「…ありがとうございます、大丈夫ですよ、なんですか?」
レフィーヤさんは、肩と肩が触れ合う距離まで近寄ってきた。僕も離れずに、微かに触れ合う体温を感じながら会話を行う。
「…成長が早いことは喜ばしいことです。でも、私は不安でたまりません。ベル、貴方は…何か焦ってはいませんか? 生き急いでいるような、そんな気がして…」
「…」
その言葉に、僕は少し考え込んだ。
きっとレフィーヤさんが言いたいのは、僕が何かに苛まれて焦っているのではないかと言うこと。いや確かに、12階層に突撃した時はその前のこともあって少し自棄になっていたけど…。
「貴方の夢は、聞きましたししっかりと覚えてます。その夢の中に私を含んでいてくれていることも。でも…貴方は」
「…レフィーヤさんが心配してくれることはわかります、それから、焦っていると言うか、急いでいるのは…事実です」
そんな風に言う僕を見て、レフィーヤさんは溜息をつく。
「…ふぅ、何か、理由があるんですか? 貴方はまだ13歳、そんなに焦って先に進もうとすることは…」
「…約束したじゃないですか、レフィーヤさんを助けられるような、そんな冒険者になるって」
それを聞いて、レフィーヤさんはキョトンとしたような瞳を丸くする。
「…そ、それだけ、ですか…?」
「…僕は、小さい頃に両親を亡くしています。唯一の身寄りだった祖父も、レフィーヤさんと出会う1ヶ月くらい前に、事故で亡くなっています…僕はもう、これ以上、家族を失いたくないんです…」
レフィーヤさんが、僕の言葉を聞いて息を呑む。
これは、今の僕の行動原理とも言える。もう、これ以上家族を失いたくない、子供じみた、いや、子供な僕の我儘だ。
僕を助けてくれたことがレフィーヤさんにとって深い意味がなかったとしても、僕には一生の恩だ。レフィーヤさんは、僕の命より大切だとそう思っている。
「…わかりました、もう、変なことは言いません。それから、貴方の覚悟をそれだけとか言ってしまってごめんなさい、話しにくいことも話させてしまって…。ですが、それだけのことを言ってくれたんです。期待してますよ?」
「…はい、必ず、レフィーヤさんと対等な…レフィーヤさんを守れるような冒険者になって、一緒に迷宮に潜ります」
「…私も、負けてられませんね。この様子ではすぐに追い付かれてしまいそうです。なら…私も弱音なんて吐いていられませんね。覚悟を決めて、もっともっと頑張らないといけないですね。先輩としての威厳を見せてあげます!」
でも…貴方がここまで来たときには、私の身は全幅の信頼を持って貴方に預けます。守ってくださいね?
そう言ったレフィーヤさんの笑顔に、僕の心はいつになく高鳴った。
顔が赤くなる、どうしようもなく、心臓は脈動を高める。
グングンと上がる体温、芽吹き、咲き誇る熱い感情。
…絶対に、この女の子は、自らに何があっても守り抜きたい。
笑う彼女に、僕も笑みを返す。どちらともなく差し出した手をしっかりと、強く、握る。
そう、夜空に誓った。目線の先、西の空には、オリオンが輝いていた。
心地良い静寂が訪れ、満点の星空を2人揃って目で楽しんでいる中、レフィーヤさんが思い出したように声を掛けてくる。
「そ、そう言えばですね…ベルはアキさんのこと、あだ名で呼んでいましたね?」
「え? あ、はい、その、アキさんからそう呼んで欲しいと言われて…」
顔を合わせて話すと、レフィーヤさんが視線をあちらこちらへと迷わせながら話を切り出してくる。
「な、なら私も…故郷で仲の良かった人にはそう呼ばれていたのですが…レフィ 、と、そう呼んでいただけませんか?」
「…レフィ、さん?」
「さんもいりません、一つしか歳も変わらないのですから…ダメ、ですか?」
そう、ジッとこちらを上目遣いにして頼んでくるレフィーヤさんは、とても僕の心臓に悪くて。
「…レフィ」
「はい、それでいいんです、ベル」
ただ、名前を呼び合っただけなのに、僕達は顔を赤く染めていた。
その後、レフィと別れ、自分の部屋に戻る前に訪れたロキ様の部屋でステータス更新をしてもらった僕は、固まるロキ様からぎこちない動きでステータスを教えてもらった。
ベル・クラネル Lv.2
力 : I 0 → I 31
耐久 : I 0 → I 11
器用 : I 0 → I 61
敏捷 : I 0 → I 19
魔力 : I 0 →H 115
幸運 : I
《魔法》
【レプス・オラシオ】
・召喚魔法(ストック式)。
・信頼している相手の魔法に限り発動可能。
・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。
( ストック数 12 / 27 )
ストック魔法
・ウィン・フィンブルヴェトル
・レア・ラーヴァテイン
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・アルクス・レイ
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。
・ストック数は魔力によって変動。
詠唱式
第一詠唱(ストック時)
我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。
詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。
第二詠唱(ストック魔法発動時)
野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。
魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。
【ディヴィルマ・ーー】
・
・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。
・【ディヴィルマ・ケラウノス】
雷属性。
・【ディヴィルマ・アダマス】
主に武器に付与可能。切断力増加。
・【ディヴィルマ・アイギス】
主に防具に付与可能。聖属性。
詠唱式
《スキル》
【
・早熟する。
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続。
・熱意の丈により効果向上。
【
・強い感情により能力が増減する。
・感情の丈により効果増減。
【
・能動的行動に対するチャージ実行権。
・発動時、体力と精神力を消費。
【
・護るべき者が影響する戦闘時、全アビリティ補正。
・護るべき者が影響する戦闘時、習得発展アビリティの全強化
・護るべき者がいる限り効果持続。
・誓いの丈により効果向上。
はい、少々足りなかったステータスの代わりと言っては何ですがスキルで補う方向性で。テコ入れはここだけですけど、フィンもスキル5個持ってるしこれくらい許される…許される?
つまりこのベル君、現状レフィーヤが窮地に陥って英雄物語的に助けに行ったら馬鹿みたいな補正がかかります。
兎君の祈り第二弾です。