今日はこの1話のみです。
約束通り、新しい装備一式は椿さんに整備を頼み、ダガーはゴブニュ・ファミリアに依頼した。どちらも、丸1日程は預けて欲しいとのことだったので今の僕はほぼ丸腰になっている。予備として持っている、最初に使っていた鋼製のダガーだけだ。なんというか、心許ない気分。
その後は色々便利なように思えるものも買い集めて、ほくほく顔で館へと戻る。そろそろ昼も近いし流石にレフィも帰ってきてるよね…。
そう思っていた僕の目に、普段と比べると明らかに散らばり荒れているけど、見慣れた山吹色が目に入る。
あれ、向こうから歩いて来るの、レフィ…だよね?
なんか、やけにボロボロだけど…まさか今までずっとダンジョンに…?
「あぁっ! 丁度いいところに帰ってきましたね、ベル!」
「っと、レフィ…? なんでそんなにボロボロに…」
「ふふん、昨日の夜から今の今までダンジョンに篭っていましたから、さぁ! 私の努力の成果を見せてあげます!」
館の前まで来た僕と、反対側から歩いてきたレフィがそこで丁度会い、レフィががっしりと僕の肩を掴む。そしてその勢いのまま、ずるずると引き摺られるようにして何処かへ連れて行かれる。ちょ、ちょっと、せめてどこに行くのか説明してぇ!?
そして連れてこられたのは、ロキ様の部屋。
「あ、今日はちゃんと目を逸らすか瞑るかしておいてくださいね。恥ずかしいですし、エルフとして素肌を不躾に見られるというのは受け入れ難いので」
「なんでわざわざ連れてきたんですか!?」
どうやら、ステイタスの更新をしに来たらしい。
それはいいけど、見るなというなら何故わざわざ僕をこの場に連れてきたのだろうか、いや、別に、見たいとかそういうわけではないしそんな変な期待はしてないけど…後からステイタスを写し書いた紙を見せに来てくれればいいのに。
というより、一緒にいたとしても神聖文字で刻まれたステイタスを僕は解読できないので、結局同じことになるんだけど。
「………そう言われればそれもそうですね、ちょっと舞い上がっていたようです、外で待っていてもらえますか?」
「そうしますっ!」
レフィ、ちょっとおかしくなっている気がするのは僕の気のせいだろうか…いや、本当に言葉通りずっとダンジョンにいたなら徹夜明けだろうし、昨日の鍛錬の後、寝ずにそんなことをしていたなら頭の一つや二つ、おかしくなるのも仕方ないのかな。
ふぅ、すぅ、と、部屋から出て呼吸を一つ。
…あ、そう言えば明日、誘ってみないと。
「ベル、入ってきて構いませんよ」
「あ、はい…失礼します」
「なんでわざわざここでやるんやろなぁ…いや、まぁ、見てて面白いからええんやけど」
「ふふん、見てくださいベル、ほら、魔力がまた伸びたんですよ!」
「…あ、本当だ。あれ、上限じゃなかったんですか?」
確か昨日の更新の時、上限っぽいってロキ様が言っていたような…でも、確かにレフィの魔力は伸びている。
「スキルの効果っぽいなぁ、
「うっ…ま、まぁいいじゃないですかそんなことは。ほら、私だってやればできるんですからね!」
「そんなことはとっくに知っていますよ…レフィは凄いです。でも、レフィ、僕がよく言われる言葉を返すのはあれですけど…無茶はダメですよ?」
「ふぐっ…」
「昨日の鍛錬の後、ろくに休まずにダンジョンに潜って…僕が言えることじゃないですけど、それも一人で。
「あう…」
「…お願いだから、レフィももっと自分のことを大切にしてください。僕は自分のことよりレフィの方が大切だと思っていますから、レフィが傷付くところは…見たくないです」
「は、はぃ…う、わ、私、もう行きます!」
僕のお願いにコクコクと頷いてくれたレフィは、ぼっと顔を真っ赤にして焦るようにどこかへ走っていった。後に残されたのは、苦虫を噛み潰したような…いや、甘い物を無理やり食べさせられた時の僕のような表情をしたロキ様と僕。
「ベルたん…」
そして、何か生暖かい眼差しで僕のことを見て、悟りを開いたかのような声音で僕へと語り掛けてくるロキ様。
「は、はい、なんですか?」
「夜道と背中には気を付けるんやで…?」
そんな様子からは想像だにできない、不穏な言葉。
「なんですかその不穏な注意は!?」
「まぁほら、ベルたんももう用事ないんだったら早く自由にした方がええんちゃうか? せっかくの休みなんやし」
「なんか、納得いかないですけど…ま、まぁ、そうですね、そうします」
「ゆっくり休むんやで〜」
僕も、ロキ様の部屋から出ていく。
…あ、レフィを誘うの忘れてたなぁ…どこに行っちゃったんだろう。
「レフィーヤなら、お風呂に行ったけど?」
「そうですか…後でまた来ます。ありがとうございます」
部屋に戻ったかと思い、レフィとエルフィさんの部屋に来るとどうやらレフィはお風呂に入りに行ったらしい。まぁ、ボロボロだったしそれもそうだよね…しかし、前にアキさんに言われたことが少し分かった気がした。確かに嫌な匂いではなかった。
「気にしないでー、それより、レフィーヤ顔真っ赤にしてなんて格好で…っ! って言いながらお風呂に駆け込んでいったけど、なんかあったの?」
「いえ、特には…?」
戻ろうとする僕に、エルフィさんが話しかけてくる。立ち止まって、会話を続けた。
レフィの行動の理由を聞かれたけど、そんな風になる原因は何もなかったと思うけどなぁ。
「絶対そんなことないと思うんだけど…さてはベル君、天然さん?」
「なんか、含むものがありませんか?」
「うん、あるよ。普段の君を見てるとねぇ…多分、いや絶対レフィーヤに何か言ったでしょ」
エルフィさんはなんだか、呆れたような顔で軽く息を吐きながら僕の顔をジッと見てくる。
「う、うーん…? 言ったことといえば、無茶はしないでほしいとか、そんなことくらいなんですけど」
「本当にそれだけ?」
覗き込むように僕の瞳を見て、重ねて聞いてくるエルフィさん。
「えっと…他に言ったのは…レフィの事は自分の事より大切に思ってる、とかですかね」
その後に言った事を思い返して告げると、エルフィさんは一気に肩を落とす。
「はいアウト、それで特にないって言えちゃうのがなんでか全くわからないくらいアウト。それを真顔で素で言えちゃうのかぁベル君は。なんか、レフィーヤとアキさんから色々な話は聞いてたけど今の会話だけで君のことがよく分かった気がする」
「えっと…褒められては…いませんよね?」
「うーん、ある意味褒めてるよ? うわーすごいなーって」
「そのうわー、は感動とか驚きじゃなくてため息的なあれですよね!? 感情が篭ってませんよ!?」
「あはは、まぁまぁ気にしないで。でもベル君、悪い事は言わないから背中には気をつけた方がいいと思うよ?」
「それさっきロキ様にも言われたんですけど…」
なんだろう、僕は背中に何か抱えているのだろうか?
実は悪戯で的の絵でも描かれてたりするのだろうか?
「…まぁ、1時間もしたら帰ってくると思うから、昼過ぎにまた来るといいんじゃないかな」
「え、長…あ、いや、そうします」
女の子のお風呂は長い、うん、よく物語でも見る情報だ。
とやかく言うのはやめておこう…でも、レフィ、徹夜明けで睡眠も取らずに長くお風呂に入って、上せたりしないのかな。少し心配だ。
案の定、風呂場で倒れてるレフィの姿が発見されたのは僕がお昼を食べている時。これは、明日もダメそうだ…どうしようかな。
自室でそんな事を色々と考えていると、レフィの様子を見ていたエルフィさんから少し用事を済ませに行かなきゃいけないから面倒を見てあげてと頼まれた。
まぁ、レフィと話す機会だし大人しく聞いておこう。女の子の部屋に入るのはなんだか緊張するけど…。
「うぅ、ベル、そういえば何か話があったんですか?」
「無理に起き上がらなくていいですから…寝てて下さい。せっかくの休みだから明日、一緒に出掛けられたらなと思っていたんですけど…無理はしない方がよさそうですね」
エルフィさんと入れ替わりに来た僕を見て、僕が探していた事を聞いたのかレフィが少し唸った後に尋ねてくる。恐らく、頭がフラフラしているのだろう。
それに僕は、明日、一緒に出掛けないか誘おうとしていた事を告げるがこの様子を見ると…明日は無理かなぁ。仕方ない。
「い、行きます行きたいです、行きましょう」
「いや、無理をして体調を崩したら困りますから…」
「大丈夫です、明日には治りますからっ」
「いやいや、そんな軽いものには見えないですよ!?」
恐らく、上せたのを切っ掛けに今までの蓄積された疲労が畳み掛けるようにのし掛かったのだろう、とてもじゃないけどただ上せただけには見えない。多分火照っているだけではなく、熱も出ているのだろうか?
水桶とタオルが用意されているし、レフィの額には濡らされたタオルが既に乗せられている。
「で、でも、折角ベルから誘ってくれたのに…本当に大丈夫ですから。今日1日しっかり休めば、明日にはなんて事ありません!」
「…わかりました、明日の朝、レフィの体調次第にしましょう。代わりに今日はしっかりと休んでくださいね? 何かして欲しいこととか、欲しいものとかありますか?」
うぅん、恩返しのために誘っているのに気を遣わせているようでなんだか申し訳ない…。よし、そのお返しも含めて、今日と明日はレフィに尽くそう。
「…そ、そうですね……………そうだ、ベルは英雄譚がお好きでしたよね?」
「ええ、まぁ」
「でしたら、おすすめの英雄譚を語り聞かせてくれませんか?」
「…そんな事でいいんですか? じゃあ、そうですね…僕のお気に入りで、ティオナさんとも語り合ったことがあるんですが…道化の英雄、いえ、始原の英雄アルゴノゥトの話でどうですか?」
「…詳しくは聞いたことありませんから…ええ、お願いします」
そうして語るのは、とある滑稽な男の話。不相応な望みを持ち、幾多の思惑に翻弄され、それでも愚者を貫いた、一人の道化の物語。
だけど僕は、この話がどうしてか好きだった。
助けに行った王女に助けられるという展開には、僕の幼い心は格好悪いと告げていたけど…それでも、その在り方に酷く憧れた。
それは『喜劇』、神々がこの地に降臨して『神時代』が始まる前、世界を支配する嘆きと絶望を終わらせるその第一歩、『英雄時代』の始まりを告げた『始原の英雄』の話。
そんな英雄譚を、僕はレフィの看病をしながら話し続けた。
エッセンス程度のアルゴノゥト要素。
ちなみに、ベルのミノタウロス戦やインファントドラゴン戦を見ていないのでティオナはベルに対してアルゴノゥトを思い浮かべていません。
折角のアルフィー関係、ベルレフィ関係に活かしたいところなんですけどね。いや、十分活きてるのかな…?
配役も年齢関係も逆だけど誰も手を差し伸べていないところに差し伸べたりしてるし…。