「げべっ!?」
石畳に叩き付けられる
「ルアン!?」
「お前、いきなりなんて事を!?」
「息はしてるか!?」
「ちょ、え!? あ、あの、手加減はちゃんとしましたよ!?」
なんの抵抗もされることなく、あっさりと吸い込まれるように決まった蹴り。ちょっとくらい、反撃されるかと思ったんだけど…あまりの棒立ちっぷり、反応の遅さに慌てて直前に力を抜いて、間違っても死んだりしないように出来る限り威力は弱めたつもりだけど…それでも石畳に叩き付けられたことで意識を失っているみたいだ。
「クソっ! 先に手を出したのはそっちだからな!」
そうして、殴りかかってくる5人の冒険者達。
でも…。
「見える…」
フィンさんとずっと戦っていた今の僕にとっては動きが分かり易い上に、遅い。尽くを躱し、叩き落とし、受け、弾く。
そうして、相手の全員が倒れ伏す中、僕だけが1人その場に立っていた。
そこに、わっ!! と周囲から歓声が飛び交う。荒事に慣れている一般人や、そういった物を好きな冒険者にとっては今のやり取りは一種の見世物だったのだろう。よくやった坊主だの、女の前でかっこいいところ見せたなぁなどと冷やかし、囃し立てるような声。
しかし、それらを黙らせる威圧感を携えて、1人の男が僕の前へと歩み寄ってきた。
「よくも暴れてくれたな、『
その気配に、僕に倒された冒険者達側に立つ者であることに勘付いたのか、周りにいた人達が騒ぐ声を抑えて距離を取る。開けたスペースに、僕とその男…細身で長身、エルフにも負けず劣らずな…しかし、耳が長くないことから人間種族だろう。美青年の男。その男だけがいる。
派手な相貌に似合う、洗練されてはいるけど派手な姿。僕達、ロキ・ファミリアの中にはあまりいないタイプだが…確かな実力を感じさせる。
「…ヒュアキントス・クリオ」
「『
「Lv3の第二級冒険者と、Lv2とはいえロキ・ファミリアの最速兎か…」
そこに漏れ聞こえてきた、周囲の言葉。その中で、大事な情報が一つ。
Lv3、第二級冒険者。
僕の一つ上を行く、上級冒険者。ましてや、その立ち居振る舞いから見て前衛なのは間違いない…もし彼がここで仲間の仇を取るように攻めてきたら、僕は抗えるだろうか。
「…ふん、アポロン様は何故このようなガキを…まぁ良い、今の行動…相応の報いは受けてもらうぞ」
「待ってください! 先に挑発してきたのは貴方達の方…っ!?」
どうやらそのつもりはないようだがしかし、余りにも身贔屓なその発言。
レフィがその物言いに文句をつけると、ニヤリと顔を歪め、パチン、と、ヒュアキントスと呼ばれた男が指を弾く。
その瞬間、先程まで歓声を送ったり、騒めいていた人達が一斉に表情を変える。そう、誰も彼もが見下すような目で僕達のことを見ている。
人垣の向こうでは、普段と変わらぬ広場の姿が見えるように思う。
つまり、これは
「…ふむ、証人はいるのか? こちらには、そちらから先に手を出したと証言してくれる者達と、実際に怪我を負った仲間達がいる…どうした? 顔色が悪いぞ?」
「…っ!!」
「なっ…!?」
嵌められた。僕とレフィが、そう気が付いたのはその瞬間だった。
思えば、僕達の周囲を三重程度に囲っている人達は…恐らくだけど、あのルアンと呼ばれていた
もし仮に、事態を見ていた人達が全て彼の影響下だとしたら…残される情報は、僕が殴り掛かったこと。僕が無傷なこと。そして、相手は怪我をしていること。間違いなく、こちらが加害者となる。
これに対する報いが何かはわからない。僕個人へのペナルティで済むなら、甘んじて受け入れもするけど…目の前の彼のこの物言いだと、そうはいかない気がする。
「『
「…っ、それは…っ!」
わざとらしく強調された、ロキ・ファミリアという言葉。
明らかに、彼らはファミリアを巻き込んだ大きな問題にさせようとしている。その狙いが、わからない。レフィが教えてくれたように、今、目の前の彼が自分で言っているように、ファミリア同士の規模で言えば相手にならないはずだ。そこまで強気に出てこんな策略をするほどの何か理由か…後ろ盾があるのか。
僕達が対応に悩んでいると、その美青年を筆頭にした集団は何故か踵を返し去り始める。
「…ふん、精々震えて待っていろ。近く、そちらの主神へと我が神から話が舞い込むであろうからな」
そのままあっさりと退散していく集団。ポカンとしたまま取り残される僕とレフィ。とりあえずはこの場はなんとかなったようだけど…一体、どうしたら良いのだろうか。
「…ベル、帰ってすぐに相談に行きますよ」
「ええ、ロキ様にも話しておかないと…ごめんなさい、折角の日がこんなことで終わってしまって…」
そして、一旦落ち着くと湧き出てくるのは後悔。
僕のせいで、レフィを変なことに巻き込んでしまったし、あんな言葉をぶつけられることになってしまった。レフィの為にと思って、そう過ごした綺麗な1日が、なんだか、ぐちゃぐちゃに混ぜたペンキをぶち撒けられたかのように汚れてしまった。
「大丈夫ですよ、また、一緒に出掛けましょう? それに、覚えのある顔がさっきの集団の中にいましたから…後悔させてやります」
「あ、あの、レフィ…なんか、怖い…」
「あぁ、すいません。つい考え事を…では、帰りましょうか」
「…そう、ですね」
それでも、繋いだ手と手の間に気不味さがなかったのが唯一の救いだ。
「ほぉん、喧嘩なぁ…ベルたん、大人しいなぁ思っとったけどやるときはやるんやなぁ」
「ンー、彼らが何を狙っているのかはわからないけど…ロキ、実際ギルドに話を持ち込まれたらどうなる?」
「せやなぁ…うちらにギルドからのペナルティと、ベルたんとレフィーヤに個人的なペナルティが課されるくらいやないか?」
「そのくらいで済むのであれば、黙殺しても構わないが…恐らく、何か更なる謀があるのだろう」
「ガッハッハ、その程度の策略、正面からでも打ち破れるじゃろう!」
「ンー…ガレスの言うことにも一理ある、けど…なんだ。この状況で狙えることなんてそう多くはないはずなのに…親指が妙に疼く」
その厄介な話を持ち帰った僕達に、ロキ様を始めとして幹部組が顔を揃えての話し合いが開かれた。
「…その、迷惑をかけて、本当にごめんなさい…」
「気にせんでええよ、今でこそ少ななったけど、昔はもっともぉっと揉め事ばっかりだったからなぁ!」
「あぁ、今が平和すぎるくらいさ…しかし、対応は考えないといけないね。どんな話を持ってくるかはわからないけど、全て突き返すのもそれはそれで悪手だ」
「そうだな…今のベルに対する噂の中に今回の話が悪意を持って混ぜられれば、人々からどんな目で見られることか。ベルの身を守る為にも穏やかな解決を狙う他ない」
胃がキリキリと痛くなる。僕があそこでレフィの静止を振り払わなければ、こんなことにはならなかっただろう。
「…ベル、その、あまり考えすぎないでください」
「せやで、ベルたんは嵌められたんやからしゃーない。今回何もなくても、あのアポロンやからな。何回も何回も罠を張り巡らされていつかはこうなっとったやろうからなぁ…チッ、あの変態…」
「あの神は、気に入った子供と見れば他の神の眷属だとしても奪うことで有名だから…ね…?」
「ん? どないしたんや、フィン」
「何か思い付いたことでもあるのか?」
僕を励まそうとしてくれたレフィとロキ様の会話に、苦笑しながら言葉を連ねたフィンさんが急に口籠る。いや、まさか、そんな…しかし、でなければ…などと呟きながら、深く考え事をしているようだけど…?
「…アポロン・ファミリアの狙いが分かった」
「「「「「え?」」」」」
そう言うフィンさんの瞳は、いつになく力が篭っていた。
「…アポロン様、無事、遂行いたしました」
「よォくやってくれたヒュアキントス! これで計画が前進する…フフフ、待っていてくれ私の愛しい、愛らしい兎君…君をこの手に抱く時は、すぐそこだ!」
「…何故、我が神はあの者のことをそこまで…っ!」
「恐らく、今回のアポロン・ファミリアの狙いは大きく3点。一つは、ベルに手を出させて加害者にすること。もう一つ、ベルとの会話の中で僕達に何か疚しいことがあるという印象付け。そして最後に、ベルのステータスの確認」
「は、はぁ…?」
「…成る程な」
「…あー、そういうことか。確かに、それはちっと困ってまうなぁ」
「ふむ」
「成る程…?」
分かっていそうなリヴェリアさんとロキ様、分かっていなさそうな僕とレフィとガレスさん。3人と3人に分かたれた高度な会話に、僕はついていくことを諦めた。
「ベルの動きを見て、ギルドにランクの詐称報告の疑惑でも立てるつもりなのだろう。それを遠回しに勘付かせるために
「間違いなく色んな神から狙われるで。スキル、どれ一つ取ってもレアスキルやしなぁ。ましてや、あの色ボケが執心してるんや、暴走した
「そうなると、ベルのこの先にかなり影響が出るだろう。街中でもダンジョンでも気を休められなくなりかねないぞ?」
「ああ、それを分かりきった上での企てだろう。ベルのことを思えばどうするのが良いか、と僕達に問いかけてきているんだ。確かに大人しく条件を聞き入れれば、多少の悪評は流れるかもしれないけれど狙われることはあまりないだろう。まぁ、そんな条件を飲むわけにはいかないんだけどね」
とりあえず、僕にとって悪いことなのは分かった。
そうだね、とフィンさんが呟いて、親指をひと舐めしながら話を続ける。
「恐らく、アポロン・ファミリアはベルが間違いなく希少なスキルを持っていると判断した上での行動だろう。それも、うちがそれを開示したくない何かの理由があると考えて。そうなると、足元を見た交渉をしてくるのは間違いない…その場合、持って行かれそうなのは…ベル本人、かな」
「やろなぁ…なんせあの変態、ベルたんに『
となると、取れる選択肢は3…いや、4つ。
フィンさんが親指を除いた4本の指を立てて、一つ一つ指折り説明を始める。
「まずは膝を屈すること。この場合、ファミリアへの影響は最小限に収まるだろうけど、恐らくはベルをアポロン・ファミリアに引き渡すことになるだろう。名目は…そうだね、痛めつけられて戦闘ができなくなった冒険者の穴埋めとして、とかかな?」
「有り得ないですね」
「それはないな」
「んなことするかいな」
僕より早い反応で放たれた3人からの否定。それにフィンさんは苦笑して、小指を折る。
「次は、駆け引きをすること。あちらが先にこんな手段を取ってきたんだ。僕達がすることを非難される謂れはないから…あちらにダメージが残るほどに問題を起こさせて、それとベルの問題を帳消しにする代わりに尻拭いをすると交渉をする。ただ、これは時間がかかるし確実性もない」
「…有りですけど、保留くらいですね」
「まぁ、他に案がなければそうするしかない、と言ったところだな」
「うちならそう言う手を真っ先に考えるんやけど…フィンの考えは違うんやろ?」
またしても、笑みを零しながら薬指を折る。残されたのは、二つ。
「それなら、いっそのこと神アポロンを殺すと言うのはどうだろうか?」
「流石にそれは…」
「いや、ダメだろう」
「ふむ、考える余地はあるかもしれん」
「それはいくらなんでも不味いやろ?」
「…さ、最終手段としてなら…」
今度は、完全に笑いながら中指を折る。フィンさん、こういう冗談とか言うんだ…。少し、強張っていた身体がほぐれた気がする。
「では、最後の一つ…正々堂々と正面から、『
勿論、僕達に不利な条件を突き付けて来ることは間違い無いけどね。そう言うフィンさんに、ロキ様とリヴェリアさんは少し悩む。
「…まぁ、うちらとしても言い分はあるし無理難題を言われたら宣戦布告する理由にはなる。けどなぁ…あっちがそれを受けるとは思えへんで?」
「ンー、そこは少し考えないといけないけど…あちらから宣戦布告させればいいだけさ。条件は厳しいものを言ってくるだろうけどね」
ベルには、頑張ってもらわないといけないね。
そう言うフィンさんの顔は、何故か、今の僕には勇者ではなく魔王のように見えた。
はい、アポロン様のこういった策略(?)でした。
ルアン君は縁起派だなぁ()
ちょっと導入に困ったのでこう言う展開にしました。まぁ、大筋に変化はありません。
アポロン様が出てきた瞬間感想がめちゃめちゃに増えて驚きました。みんな、なんやかんや言ってアポロン様大好きなのでは…?
作者は訝しんだ