翌日、シルさんとの待ち合わせの前に僕はある場所へと来ていた。
それは、壮大な建物。
僕達の本拠である『黄昏の館』とはまた違う、あるファミリアの本拠。
そう、昨日騒動を起こした相手であるアポロン・ファミリアの元へと、僕達は訪れていた。
「ーーいいかい、ベル。恐らく神アポロンは既に君に執着している。君を手に入れるチャンスが簡単に訪れると見れば…馬鹿げた策略なんかを忘れて、話に乗ってくる可能性は高い」
「ベルたん、うちが許す。精一杯
「それに、いっそのことだ、ベル。
昨夜考えられた、僕達が勝利を掴み、屈辱を晴らすための第一歩。どうやら、フィンさんもロキ様もにこやかな笑顔の裏に激しい怒りを隠していたようで、アポロン様から取れるだけのものを取る、と決意を露わにしていた。
僕の仕事は、
そして、厳しい視線に晒されながらも難なく通された僕は、昨日会ったLv3の第二級冒険者でありアポロン・ファミリア団長である『
「よく来てくれたね、ベルきゅん…それで、私に一体何用かな?」
「きゅ、きゅん…? あ、すいません、ええと、昨日の件についてお話がしたく参りました」
「昨日の件…と言うと、ああ、昨日は私の
「あの…確かにそれについてなんですけど、その、ロキ様には迷惑をかけたくなくて…どうにか、許してもらうことはできませんか!?」
僕の、下からアポロン様の顔を覗き込むようにしながら懇願する表情にアポロン様は顔を少し赤くされている。何かを堪えるように震えている…やはり、怒っているのだろうか。
それが策略の一環だったとしても、僕がアポロン様の眷属を傷付けたことは事実だ。とはいえ、重傷は負わせていないと思うんだけど。
「ん゛っ、ん゛ん゛っ、ん。ふむ…先に仕掛けたそちらに対して、こちらが譲歩をするわけにはな…私の愛しい子達は昨日、目を背けたくなるような格好で帰ってきた…そう、冒険者として満足な活躍ができなくなりそうなほどに。私の心は、深い悲しみの海の底に溺れ死んでしまいそうだった!」
何やら芝居がかった、大袈裟な立ち振る舞い。
顎に手を当てて、悩む仕草。顔を手で覆い、悲しむ表情。
自らの身体を抱き締め、打ち震えるようにする様子。
「それ故に、幾らベルきゅんのお願いとはいえこちらにも面子というものがある。はい、そうですかと引き下がるわけにはいかない。どうだろう…君が私のファミリアに入り、誠心誠意尽くしてくれると言うのならば…その時には、私の可愛い子供達同士の些細な喧嘩ということで許そうじゃないか!」
そこから一転、真面目な顔をしたと思えば、僕の事を見て獲物を狙う獣のような笑みを浮かべる。やはり、アポロン様の狙いは僕だったようだ。
グッと、唇を噛みしめるようにする。身体を震わせ、怯えているように見せる。
ニヤリと、アポロン様の顔が歪んでいく気がした。
「…しかし、ロキも君を簡単に手放そうとはするまい。君を奪っ…コホン、君が仲間になった後に逆恨みされて襲われれば、私のファミリアの戦力では一捻りにされてしまうだろう」
ここで…行けるかな?
恐らくアポロン様が今回の流れで恐れているのは、ロキ・ファミリアによる全面報復。それはフィンさんから聞いているし、あの人達に襲われるとなると…一息に死んだ方がマシかもしれない状態に痛め付けられそうだ。
「……………アポロン様」
「なんだい、ベルきゅん?」
だから、報復が発生しない方向へ話を持っていき、それをアポロン様に良い案だと思わせる。
恐らく、僕が半ば諦めたと思っているのだろう。鼻息荒く、アポロン様が顔を近づけながら僕の呼ぶ声に応じる。
「許して頂けないのであれば…それでも僕は、出来る限りの気持ちで今ここに居ます。…最終手段と思っていたのですが、
頼み込むように、
それを聞いて、アポロン様は顔色を変える。
「わ、私達とロキ達の間でまともに争えるわけがないだろう?」
確かにそれはそう、やはりアポロン様の懸念はそこだ。
だけど、僕はそこに切り込んでいく。
弱々しく、身体を小さくして、泣きそうに。
「…ロキ様からは、うちは知らん、好きにせえ、2人だけで解決しろ…と言われています。ですから、仮に
深く深く、頭を下げる。目の前のテーブルに、額がくっつくくらいに。
僕の言葉に
顔は紅潮しており、鼻の穴は広がり、呼吸は犬のように大きく荒くなっている。
恐らく、僕がほぼほぼ負ける前提でこの話を持ち掛けたと思っているのだろう。それはそうだ、Lv3とLv2の2人に対し、アポロン・ファミリアはLv3こそ団長の彼1人だけど、Lv2はそれなりにいる。団員の数は、かなり多い。どう考えても、こちらに勝ち目はない…ように見える。
その上に、仲が良いと思われているであろうレフィを必死に守ろうとする行為を見て…僕のことを調べているであろうアポロン様ならきっと
「ふむ…嘘は言っていないようだけど…ロキは本当にその条件を呑むのかい?」
「間違いなく、受けてもらえると思います…僕はかなり、呆れられてしまったようでしたので…」
「…よろしい。では、その条件でロキへと宣戦布告するとしよう」
…釣れた。
「あぁ…ようやくベルきゅんがこの手に!」
そうして、ロキ様の元へと話を持って行ったアポロン様により、今日の昼過ぎから臨時の『
僕がシルさんと1日を過ごしている間に行われたそれで、僕達とアポロン・ファミリアの間での
「…ロキ、よく来てくれたねーー昨日は本当に世話になったようだ。ところで今朝、君の眷属であるベルきゅん、ゴホン、ベル・クラネルが我がファミリアの本拠へと来た」
「こっちこそ、うちの子が世話になったみたいやなぁ。それで、なんや? うちのベルがどないしたんや?」
「ああ、彼自らある提案を私の元に持ってきてね…どうやら君も、彼に対応を任せたらしいじゃないか! そこで、ロキーー君に『
喜色満面の笑顔で席につくアポロンの元へ、不機嫌さを隠そうともしないロキが姿を表す。周りの神々が緊張を深める中、アポロンがロキへと宣戦布告を行う。
それを聞いた神々は、一瞬、呆気に取られた後に騒ぎ出す。
『アポロンがやりやがったぁぁぁぁァッ!?』
『オイオイオイ、死ぬわアイツ』
『待て! 何か考えがあるに違いない』
「騒ぐのは後にしてもらおう…それで、ベルきゅんから宣戦布告をする際に条件をつけても良い、と言われていてね…互いに、ファミリアを代表して出るのは
「ベルたんから…? チッ、あの子は結局そうしたんか…うちがそれを呑むとでも? たった2人でファミリアを代表させぇ言うんか?」
ロキが隠そうともしない不機嫌さを周囲にばら撒き、神々もそれに慄き囃し立てることをやめたその時、2人の会話に割り込む声が響く。
「あら、いいじゃないロキ。受けてあげれば」
「フレイヤ…?」
静かに、円卓の中に座っていた銀髪の女神が声を発する。
その、恐ろしいまでの美貌に今は多少の不機嫌さを滲ませているようだ。悩ましいようなその顔のまま、ロキへと言葉を向ける。
「貴女の自慢の子達を信用していないの? それなら仕方がないけど…親として、子を信じてあげるのも大事よ?」
フレイヤの発言により、アポロンの提案は補強されていく。
何よりこれは、揉め事を解決するために冒険者らしい流儀によって行われる
どう言うつもりや、ロキが忌々しさを隠さずに目でフレイヤに問い掛けると、フレイヤは声に発さず、目で返す。
ーーこんな、試練にもならない茶番劇はさっさと終わらせてしまいなさい。あの子達なら、まず負けないでしょう?
ーーそういうことかいな、なら、その発言に乗らせてもらうで?
「…色ボケにそこまで言われて黙っとれんなぁ…けど、うちから出るのが2人だけなんて勝手に決めたら、うちの団員が納得せん」
ロキは、団を潰すことになるかもしれないものに2人だけを出すなんてことは納得できないと、至極真っ当な意見をアポロンへとぶつける。
「ああ…ロキの懸念は勿論理解しているさ。今回の
そして、アポロンが勝利した際に求めるものを確定させる。
これにより、ロキにこの申し込みを断る大義名分は少なくなった…ように見える。元より断る気もないのだが。
ーーロキ、跡形もなく潰しなさい。
ーーフレイヤ…お前、少しは隠そうとする努力をやな…。
「…ほんなら、うちらが勝ったらお前は何をしてくれるんや?」
「そうだね…騒動のことは、お互いに水に流すというのはどうかな? 君も、ギルドの介入は避けたいだろう?」
「たったのそれっぽっちじゃ首を縦には振れんなぁ…人数的にもLv的にも不利を強いられてるんや…あぁ、せやな、ベルたんのお願いを聞いてあげる言うんはどうや? なんか、思うところがあるみたいでなぁ………それから、負けた方はこの
「ベルきゅんの? いや、まぁ…そうだな、それくらいはいいだろう」
ロキの顔に、月が浮かぶ。吊り上げた口角によって、薄い唇がまるで三日月のように歪んでいた。ここに、
「…それでは、このまま詳細を決めようじゃないか!」
「ま、そうしよか」
そして、浮かれる神アポロンと悪戯に笑う神ロキの話し合いは続けられる。数多の神の言葉も飛び交う中、詳細が詰められて行った。
ここまである程度頭を使って考えていたはずの策略をベル君の可愛さと、全てを喜んで捧げると言う甘言に乗って半ば無駄にしてしまうアホロン様…。
ちょっと無理筋かもしれないけどまぁこんな感じで…
次回はシルさんとのデート編を入れるかどうか。