ラビット・プレイ   作:なすむる

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71話 酔兎睡眠

ベル・クラネルという少年は非常に穏やかな性格をしている。

声を荒げることは少ないし、普段は気を抜いている姿の方が多く、だからこそ戦争遊戯の発端となった出来事での激昂は珍しいものであった。

 

その性格の形成に一役買ったのが、彼の祖父だという謎の人物に他ならないだろう。ベル曰く、かなりの女性好きでベル本人にもハーレムの形成について語っていたことがあるとかないとか。

 

そんな人から教育を受けておいてよくここまで純粋に育ったなと思わなくもない。

 

一方で、その祖父というのは神話や伝説、英雄譚や逸話にも詳しかった。幼きベル・クラネルはそれらの話をよく読み、よく聞いていたという。その甲斐あってか、今のベル・クラネルは純粋に英雄譚を、歴史に残る発見譚や冒険譚などを好み、その話に出てくる先人達に憧れ…言ってしまえば珍しいくらいに、男たれ、紳士たれ、英雄たれといった行動を取る。

 

また、古の名高き英雄達のような、他に甘く己に厳しい精神性を持っている。助けを求める声があれば拒まず、危機に瀕しても何かを捨てて逃げたりはせず…人によっては、その甘さに嫉妬からか羨望からか好ましく思われないこともあるだろうけど、概ね、彼の場合は周囲に好意的に受け止められていた。

 

そんな彼は、天涯孤独という身でありながらもあまり普段の生活において弱みを見せることはなかった。いや、十分にファミリアのメンバーに頼り、甘えているのはわかるがその程度だ。13歳という年頃を考えれば、少し背筋を張っているように見える。

 

もう少し、甘えるように頼って欲しいと思う者も数名いるが、ベルはそういった行動をあまり取ろうとはしない。フィンに対しては敬意を払っているし、アイズに対しても、アイズの方があれだけ構い倒そうとしている割にはむしろベルの方が素っ気ないと言うべきか、警戒こそ既にしていないものの前回の酒場での一件を除けば普段、特別に甘えるようなことはない。ティオネ・ティオナに関しても勿論同様だ。

 

唯一、例外と言えばリヴェリアとレフィーヤだろう。

 

リヴェリアはベルにとって、最も甘えている相手ともいえるだろう。

初めて死にかけた際、2回目に死にかけた際、抱き縋るようにして泣き喚いていたベルを叱り、慰めたのはリヴェリアだ。そこに見せた母性とも言うべきものは、ベルの心を溶かしていた。

死にかけたベルを癒し、説教を行ったリヴェリアに対してベルは恐れるのではなく甘えを見せるようになった。それは、悪い意味ではなく、リヴェリアの持つ心の広さを感じ取り、母をそこに感じたのだろう。

 

 

 

祖父が()()によって亡くなり、その前日に話をした…ベルにとっては遺言とも思えたオラリオの話。ベルはそこへ希望を見出し、僅かな貯金から路銀を捻出してここオラリオへと来た。

それは良かったのだが、泊まった宿屋では本人は未だ知らぬこととはいえ吹っ掛けられ、法外な値段で泊まらせられるという詐欺に遭う。

そして、金が尽きて宿屋を後にし、1週間近くに渡る雨に晒され空腹に耐える生活。ここで一度、ベルの心は折れかけていた。

それを救い上げたレフィーヤに対しては並々ならぬ想いがある。

彼が絶対に守らなければならないと、命より大切にする相手…いや、命を捧げてでも守りたい相手は、今のところレフィーヤ・ウィリディスを差し置いて他にはいない。

 

この2人のエルフ師弟は、ベルの心の中で極めて高い位置にいる。

 

どこかなんとなく、薄く、浅いけれども確実に一線を引いているようなベルに対して踏み込もうとする面々だったが、今のところそれを確実に突破できているのはレフィーヤとリヴェリアだけだと皆が薄々感じていた。

 

 

 

そんな彼が

 

 

 

今は、家の中で幸せいっぱいに愛されている愛玩動物のようにとろけきって、甘え倒していた。

 

大好きな姉にくっつく幼い弟のようにして、シルにすり寄っている今の彼は普段保っていた距離感というものを見失い、無くし、純粋に甘えている。

家族の輪の中心で、皆が話し合い、笑い合う中心にいる幼子のようにニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

発端は、シルが持ってきた一本の酒だった。

 

「少し縁のある神様から頂いたものなんですが…私は普段、あまりお酒は飲みませんので、良い機会だと思って持ってきてしまいました。良ければ、飲んでいただけませんか?」

「えっと…こんな、高そうなお酒…良いんですか?」

「勿論ですっ! ベル君に飲んでいただけるなら、きっとその神様も喜ぶと思います」

「まぁ、せやろなぁ、あの色ボケなら間違いなく喜ぶやろなぁ………ベルたん、もらっとき。ああでも、それ結構…いやかなり強いから気をつけて飲むんやで」

「ロキ様…はい、あの、シルさん、ありがとうございます」

「いえ…では、どうぞ?」

 

そして、流麗な手つきで瓶を開けて、どこからともなくサッと取り出したグラスへと注ぎ、ベルへと手渡す。

ベルは一応、周りのメンバーの反応も伺った。以前お酒を飲んだ時の記憶がないから、止められるようならやめておこうとそう思ったのだ。

しかし、アマゾネスの2人は特に気に留めていないようだし、むしろティオナなんかは美味しそうだねーそれ、なんて呑気に言ってきている。

フィンも、リヴェリアも、アナキティやラウルも止める気配はなさそうだ。リューも、表情を変えずにじっとベルのことを見ている。

リヴェリアに関しては、ベルの年齢も考えて過度の飲酒は止めるつもりでいるが、そこは冒険者。飲酒自体に関しては目くじらをそこまで立てるつもりはない。これが、常日頃から酒を飲むようになれば怒りと説教が待ち受けているだろうがベルはそんなつもりもない。

 

 

一番懸念していたリューが、酒を取り出したシルに対して、それを手に持つ己に対して何も言わないことで問題なさそうだと判断したベルはシルに手渡されたグラスへと赤い瞳を向ける。

氷が浮かぶ中、少しとろとろとした液体から放たれる強烈な酒精の香りがベルの鼻をくすぐる。

一瞬、顔を顰めたベルだがその後に続く甘い匂いに相合を崩す。

 

「ベル君、このお酒は以前酒場で飲んでいたものよりもかなり強いので、ゆっくりと、舐めるようにして飲んでみてくださいね?」

 

その言葉に頷いて、シルが差し出すグラスを手に取り口元につけでほんの少し傾ける。恐る恐る舌を出して、ペロリとその液体を舐めるようにほんの少し口の中へと流す。

 

瞬間、とろりとした柔らかな感触が舌に残り、痺れるような感覚と共に、口内に広がる鮮烈な匂い。

喉を滑るように落ちていった滴が、胃を熱くする。

 

はふぅ、と息を一つすれば、花のような香りが感じられる。

確かな酒精と苦味もあるが、それを塗り替える淡い、しかし、強い甘さ。

 

「…美味しいです、ちょっと、たくさん飲むのは難しそうですけど…」

「それは良かったです…これを沢山飲むのは危ないので、控えてくださいね?」

 

ぺろ、ぺろ、くぴ、くぴ、静かに飲んでいるうちにベルの目がとろんとする。以前より速いペースで酔いが回っているようだ。一度、身体が酒を受け入れたベルの身体は酒に対して強くなるのではなく、より早くその変化を受け入れるようになっていた。

シルはベルのそんな格好に頰をゆるゆると緩めながら、ベルのことを愛でる。小さな卓を挟んで反対側に座っているため、腕を伸ばしてゆっくりとした手つきで頭に手をやり撫で始めるが、それは以前、街中でやったような乱暴なものではなく慈愛に満ちたもの。

 

「あ…はふ…」

 

もう一口、とまた舐めたベルの目がさらに落ちる。

頭を撫でられていることには気が付いていないのか、気に留めていないのか。普段はくりくり丸々としている瞳が、今はゆっくりと細められて行き、とても眠たそうに見える。

しかしそれでも、口は笑みを浮かべている。

ふにゃりとした、弛緩した雰囲気。

 

「…ふふ♪」

 

そんな姿を見るシルは本当に楽しそうだ。そして、怪しく瞳を光らせたかと思えば歴戦の冒険者達にもその妙な動きを気取らせぬ実に自然な動きで、ベルの座る1.5人掛け程度のソファへと自分の身を移す。

狭いそこに、華奢な少女と華奢な少年。少し窮屈だが座れないことはなく、身体を密接させながら、シルはベルの耳に唇を近づけて囁く。

 

「ベル君…今夜、私が良い夢を見させてあげましょうか?」

 

それは、誘惑…のように聞こえるが、そうではない。一瞬、その優秀な五感によりそれを耳で聞き、勘違いしたアマゾネスとハイエルフが気を張るがその後のシルの言葉によって沈静化する。ハイエルフの方は、酒を飲んでもいないのに急に顔が赤くなったがそこは本人の名誉のために周りの人も何も言わない。

 

「とてもいい、安眠のマッサージを教わりまして! どうですか?」

「…お願い…します…」

 

既に酒が回り始めているのか、特に確認もせずに考えもせずにそれを承諾するベル。

シルは、そんなベルの言葉にニヤリと笑うとゆっくりとベルの身体の色々なところを撫で回すように触り、時にぐっぐっと軽く押し込んで刺激する。

 

そうして、マッサージをされるうちに筋肉が弛緩するかのように蕩けた兎が1匹出来上がった。

少女にもたれるようにして身体の力を全て抜いた少年は、もう箸が転んでもおかしいと言わんばかりに楽しそうに、常にふにゃふにゃとした笑みを浮かべている。側から見たら、何かヤバイ薬の使用を疑われるほどの砕けっぷりだ。

 

そしてシルは、蕩け切った兎を緩く抱きしめて撫でくり回す。

 

 

 

ティオナは今出ていって無理に独占しようとするより順番を待っていた方が結果的にいい気がすると大人しく待っていたし、アナキティは気持ちよさそうにしているベルを見て躊躇を見せていた。そしてリューは勇気を出せず動けず、黙って見ているしかない中でアイズが動き出す。

 

「…シル、さん…そろそろ、私達にも…その子を」

「…も、もう少し、ダメですか…?」

「…同じファミリアの人間として、祝ってあげたいので」

 

事前に交わした協定など今回は一切ない。偶然、タイミングよくシルとの約束があり、それをベルが破ってしまったという事実があったがためにシルがベルの気持ちを自分に向けさせることができていただけで、大人しくしている義理はないと言わんばかりにアイズがシルに向かって建前10割の言葉を突きつけてベルを渡すように要求する。

それに対して、シルは若干の抵抗を見せる。

 

「…祝ってあげる前に寝ちゃいそうだから…ほら、ベル、おいで?」

 

そして、前回お酒を飲んだ際のベルで味を占めたのか、アイズは以前と同様ことさらに優しい声でベルへと呼びかける。

その声にベルは、んぅ…と一言漏らしながら、床に立ち膝になってベルの前で腕を広げるアイズの胸の中に、ぽすんと倒れ込む。

 

ニヤリと笑うアイズは一度シルへ視線を向けると、そのままベルを抱き上げて立ち上がり、3人掛けのソファへと連れて行く。

 

「あぁぁ…まぁ、仕方ないかぁ…また次の機会を狙わないと…」

「むぅ、私も奪いに行けば良かったかも…」

「アイズ、いつの間にこんなに大胆というか、策を練るように…」

「ンー、これは成長なのかい?」

「…どうだろうな、喜んでいいか判断に悩むところだ」

「まぁまぁ、可愛らしい嫉妬心が芽生えたと思えばええやん、アイズたん、今までじゃが丸くんかダンジョンか剣くらいしか興味示さんかったし、その時から見たらだいぶ丸くなったやろ」

「まぁ、それは確かにな…」

 

そんな会話がされている中、酔い蕩れ兎は剣姫の膝に頭を乗せて浅い眠りについた。




もう少し、いや、もうかなり続くんじゃ。
明日は投稿できないかもしれません。

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