ラビット・プレイ   作:なすむる

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72話 酒呑兎狼

ーーしかし、アイズにとっての安らぎの時間は長くは続かなかった。今回は全員でガレスに挑んだことによって酔い潰されなかった1人の狼人がこちらへ歩いてきたからだ。

かなり酔っていることは、その覚束ない足取りから察せられた。

アイズの前で立ち止まるも、ベルの頭を撫でるのに夢中で気がついていない。何かするんじゃと疑い、止めに入ったティオナの手が届く前にその粗暴な狼人ーーベート・ローガの手がベルの顔へと届く。

 

そして、その桃色の頰をみよんと引っ張った。

 

「うぉい、こぉんの野郎、何してやがる」

「…えっ」

 

更に、声を発する。それを受けてようやく気付き顔を上げたアイズも思わず、その声を発した人物を見て声を上げた。

 

「…ほへ…?」

「おいこるぁベルぅ、てめぇ酒飲めんならこっち来いこら、あのクソジジイぶっ潰すぞ」

「…あ、べぇとさん…?」

 

ゆっくりと目を開けたベルは、ぴこぴこと動く耳を見て目の前の人物を自らの体術の師匠であるベート・ローガその人だと気が付く。

 

 

 

周囲の面々はシルとリューとアイズを除いてその光景に呆気に取られる。

 

あの自分勝手で傍若無人、弱者を嘲笑い雑魚と罵る凶狼が今、ベルのことを名前で呼んだことに全員が驚いた。

 

そして、更に、アイズの膝で寝ていたベルが…都市の大多数の男が、見たら嫉妬を抱き血涙を流すような羨ましい状況を何の躊躇も見せず一瞬で投げ捨て、こちらもふらふらと危なっかしい様子で立ち上がりベートへと自ら向かっていったのだ。

 

その事実にアイズは深くショックを受けていた。

 

とろんとしていた瞳はまだ細められているものの、なんだか頼りになる兄を見るようなキラキラとした目線であり、それはシルも勘付いた。

 

「よし、行くぞベル、あのクソジジイ、もう20人抜きしやがった。一杯は一杯だからな、ベル、お前はなんか甘いのでも飲んでろ」

「はぁい」

 

にやにやよたよたとした狼人の後ろを、にこにこふらふらと付いていく人間。人間のはずなのに、何故か、そこに犬耳と尻尾を幻視する。いや、あれは狼の耳だろうか…? 前を行く狼人のそれを見て、皆が思った。

 

ベート・ローガがここまでベル・クラネルに対して心を開き、かつ、優しげな態度を取っていること。

そして、ベル・クラネルがここまでベート・ローガに対して信頼を置き、かつ、懐いているような態度を取ること。

 

どちらも、同じファミリアの人間にとっては異常事態である。

 

いや、確かにベルの体術の鍛錬はベートが行っているし、采配したフィンもそれなりにベートがベルのことを認めているとは思っていたし、ベルもベートのことを嫌っておらず、それなりに慕っていることには気がついていた。

 

ベルは毎夜ベートとの鍛錬が終わった後に風呂に入るようで、稀にその時に見かけるのは生傷の絶えない、ボロボロのけちょんけちょんの姿だ。そんな様子でここまで懐いているのかと、フィンですら予想の斜め上を行かれた。

 

2人の特訓は基本的に、夜間に行われる。

視界に頼ることなく戦闘を行えるようにした方がいいというベートの持論により、太陽が落ち、月明かり程度しかない中で人目につかない本拠敷地内の裏庭の方で行われていたそれ。そこで、ベルはベートから色々と仕込まれた。

 

視覚に頼らず、聴覚や嗅覚を活かした戦闘。

見えない中でも、平坦ではない足元に対応する判断力。

アナキティとの鍛錬によって獣人のしなやかな動き、その一端を掴んでいたベルはベートの予想以上、いや、期待以上の成長力でそれらを習得していった。

 

そんなベルに、何度叩きのめされても立ち上がるベルに、次第にベートはベルのことを雑魚とは罵らなくなっていった。確かに、未だ弱者であることは間違い無いのだが、有象無象のそれとは違う。

 

発破をかける際に雑魚と罵っていたそれがいつしか、そんなこともできねえのか、そんな無様な技は教えたつもりがねえぞ、てめぇならもっと出来るだろ、などと、期待を含ませた煽り方へと変わっていったのだ。

 

それでも尚、普段の呼び方は子兎野郎や駄兎であったのだが。

 

恐らくは、インファントドラゴンとの熾烈な戦いの時よりベート・ローガはある種ベル・クラネルに魅入られていたのだろう。

 

最も強く、気高き狼として君臨するのではなく。

群れの王として、幼き仔を育て導くような狼の姿がそこにあった。

 

 

 

思えば、戦争遊戯に於いてもベルはベートの技を多用していた。

騒動の発端の際は、侮辱してきた小人族に対しての延髄蹴り。

ダフネ・ラウロスとの戦いの際にも、最後の蹴りのコンボはベートの教えによるものだろう。

そして、ヒュアキントス相手にも見せたそれ。ダガーを囮にして波状剣を手から叩き落とした蹴りは間違いなくベートから伝授されたものだろう。

 

正当な鍛錬によるフィンの槍技と、ティオネの短剣術。それに比べればまだまだ物足りない…洗練されていないが確実に実戦向きの、ベルに合わせられたような体術。

 

それらを教え込まれたベルは、ベートの普段の言動や行動から彼のことを変に誤解せずに頼れる強者として懐いた。

 

 

 

そして今、ベルはベートの後を追っていってしまった。

これだけの美少女達がベルのことを可愛がろうとしている中で、彼は自らの意思でベート・ローガについていったのだ。それも、誰に構われている時よりも嬉しそうに、今まで見る中で一番の男の子らしい笑顔を見せて、だ。

 

シルはまさか…と禁断の愛を想像し、リューはションボリと肩を落とす。アイズは私よりベートさんが良いの…? と呟きながら深いショックの中におり、ティオナはベートへの敵愾心を隠しもしない、アナキティはベルのことを心配そうに見送るが、次には自らの猫耳に触れる。もしやケモミミが好きなのか、と思いながら。

 

 

 

そんな彼女達が再起動する間も無く、大人しく着いてきたベルの肩を組んでガレスの元へと行くベート。その際に、しっかりとベルの分と自分の分の酒を手に確保し、ガレスにドワーフの火酒を叩きつける。

 

「おぅこらクソジジイ、俺とこいつで一杯ずつだ。文句は言わせねぇぞ?」

「んぐ、んく」

「ガッハッハ、小僧共の煽りなど痛くも痒くもないわ! しかしベル、良い一気飲みじゃ! どれ、儂も見せてやろう!」

 

手渡されたその酒を、疑うことなく一気飲みしたベルを見てガレスは大笑する。そして、ベートによって叩きつけるように置かれたドワーフの火酒、その瓶をラッパ飲みに、一気に飲む。

 

「ん〜〜〜っ!!! ぶっはぁぁぁあっ!!! ほれ、どうしたベート。さっさと飲まんか!」

「…上っ等だこのクソジジイ! おいベル! テメェは好きなのを飲んでろ! 俺もこいつで行ってやる!」

 

そうして、ベルに空のグラスを渡したベートはガレスに渡したものと同じ酒の瓶を手に取る。それを、口に含み、一気に流し込み…

 

「んぐっ、ごぎゅっ、ぐっ…ブホァ!?」

 

7割ほど流し込んだところで撃沈する。

 

「ガッハッハ、まだまだ甘いのう! どうしたベート、それで終わりか!? 漢が廃るのう、この程度も一気飲みできないとはなぁ!」

「んだ…と、この、クソジっ…クッ」

 

ベートはふらふらと力無く椅子に倒れ込み、ガレスの煽りに酒を手に持とうとするが腕が言うことを聞かず、そうこうしているうちに眼前の瓶が消えていった。

 

それを手に持つのは、ベルだ。

 

2人を真似するかのように、ベートの飲みかけのそれを口につけ…そのまま、天を向き、中身を流し込む。

 

「んごきゅっ、ごくっ…んぐ、んぐ…」

 

残っていた3割ほど。それでも、普通のグラスに入れれば5杯はあろうかという酒を、ベルはその小さな身体へと流し込んで行く。

 

パチパチと瞬きするベート、口を開けたまま呆気に取られたガレス、周りで辛うじて意識があり、そのバトルを力無く囃し立てていた者達も唖然とする。

 

ドワーフの火酒というのは、非常に強い酒なのだ。それを、飲み慣れていないまだまだ幼いベルがかなりの量を一気飲みしたのだ。

皆の脳裏には、この後ぶっ倒れるベルの姿が過り…焦る。

 

しかし、ベルは周囲のそんな予測を良い意味で裏切った。

 

「…ぷはっ、く、えへへ、ガレスさん。ほら、飲みましたよ?」

 

トン、と割合静かにテーブルに瓶を置く。それは、空になっていた。

どうですかどうですか? 褒めて褒めて! なんて聞こえてきそうなそんな声音。場にそぐわないと言えばそぐわないそんな声に、ガレスも少し気を削がれた。がしかし、その直後、熱い思いが燃え上がる。

 

「…ベル、お前は立派な漢じゃ」

 

そして、ガレスは側にあった()をガッシリと手に取る。

場に、盛り上がりが戻る。なんなら、先程よりも遥かに盛り上がっている。酒飲み達は口々にベルを褒め、だがしかし酒飲みの知恵として水や、軽い、しかし酒に合わせるに良い食べ物をベルへと奨める。

少しでも中和してやろうという親切心だ。

 

「お主のようなものがそこまで見せてくれたのじゃ! このガレス、この程度飲み干して見せようぞ!」

 

栓を抜き、両手で踏ん張るようにして持ち上げて豪快に口をつける。

ガレスの胴体と同じ程の大きさがあるその樽に詰められているのは、今飲んでいたのと同じドワーフの火酒である。

場の雰囲気は最高潮だ。ベルも、キラキラとした瞳でそれを見ている。流石にそれを真似されたら死んでしまうと考えた者が、そんな彼に、せめて形だけでもとそっと樽を模した形のジョッキを置いた。

 

ベルが嬉しそうにそこに注がれた酒を飲む姿、それを目にしたガレスはより一層飲むペースを早める。

 

ベルが飲む。ガレスが飲む。

ベルが飲む。ガレスが飲む。

 

方や、わんこそばのように飲んだ端から注がれる度数の低く飲み易いものを果汁水か何かのようにくぴくぴと飲み続け。

方や、それでも酒には違いないとベルへの対抗心から己の限界を超えて大樽からドワーフの火酒を胃袋に流し続ける。

 

ベルが飲む。ガレスが飲む。

 

ベルが飲む。ガレスがピタリと、動きを止める。

 

ベルが飲む。ガレスがふらりと揺れながら樽を床に下ろす。

どすん、という樽を置く音の後に、ちゃぷん、ぱちゃん、という水音。まだ、ガレスはそれを飲み切っていない。

 

ベルが飲む。ガレスがずるりと床に膝を突く。

 

ベルが飲む。ガレスが…

 

「儂の…負けじゃ!」

 

敗北を認める。

 

 

 

「「「「「イイィィィィィよっしゃぁぁぁぁぁアァァァァァァアっ!!!!!!」」」」」

 

場が爆発的に盛り上がった。

ガレスとて、酒飲み対決に負けることは多々ある。

今回はベルがやったことに対しての喜びも存分にあるが、あのガレスが大樽にそのまま口をつけるというパフォーマンスを見せたのだ。それで盛り上がっていた皆が、幼い兎の大金星を祝わぬはずがない。

 

その一画では、酒がぶち撒けられていた。勝利を祝い、容器ごと振られ泡立たられたそれらが、ベルに向かってバシャバシャと飛び出す。途中からはどことも誰とも気にせずにぶち撒けながら飲み、飲みながらぶち撒け、膝を突いたガレスを酒に沈めるかのように大量にかける。

ベルも全身を酒に濡らし、回らぬ頭でクラクラしながら喜ぶ。

 

僕は成し遂げたんだ、と、それはもう、満足げに。

 

そんな彼を、ようやく少し回復したベートが思いっきり抱き締める。2人とも全身余すところなく酒に濡れており、お世辞にも良い感触ではない。むしろ、水を吸った衣服同士だ、不快な方だろう。

 

しかし酒に浸された脳味噌はそんなことに気が付きもしない。

ベートは嬉しそうにしながらベルに口を開く。

 

「よくやったぞベルぅぅぅぅぅ!」

「やりましたベートさぁぁぁん!」

 

ひしっと、がっしりと、他の誰にもしない強い抱擁を2人は行った。

そんな、麗しく男臭い場面は、後の噂に一役買うことになる。




ダイスの女神様がファンブルしたので、読者の方は全くこれっぽっちも期待していなかったかもしれませんけどベート回です!!!!!

ちなみに1D100で決めました

1〜5 レフィーヤ
6〜18 アイズ
19〜31 シル
32〜44 ティオナ
45〜57 ティオネ
58〜70 アナキティ
71〜83 リュー
84〜95 リヴェリア
96〜100 ベート 

でまさかの100ファンブル。うーん、これはベートさんまじヒロイン。

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