レフィーヤさんの後をついて歩いていく間、会話はなかった。
そのため、周りの会話がよく耳に聞こえてきた。
「うちの新人なぁ、みんなで可愛がってたんだけどいきなりゴブリンに片腕吹っ飛ばされてトラウマになっちまってよ…治りはしたんだが、もうモンスターの前にゃ出れねえってんで退団しちまったよ…」
「災難だったな、俺んところも何年か前にあったな…若い野郎ほど、やらかすんだよな」
「どこだったかな、新人のミスで他のやつも危険になって、強制的に退団させられたって問題もあったけど本人にとっても周りにとっても早いうちに対処しといたほうがいいこともあるんだろうな」
「まぁ、生きてりゃなんとかなるからな!」
なんて笑いながら通り過ぎる冒険者達の話を聞いてどきりとする。なんだか、聞き覚えも見覚えも、身に覚えもある話だなぁ、と。
少し身体を小さくしながら、歩き続ける。ここですよ、というレフィーヤの声がかかるまで、無意識にずっと地面を見ていた。
「…なんか、すごい建物ですね。まるで森の中にいるような…」
連れてこられた建物は、内外装共に自然の力を感じるものだった。
「エルフ向けのカフェですからね。各種族に合わせた特徴あるお店は意外と多いんですよ? ドワーフの酒蔵という居酒屋は、まさに炭鉱の中の隠れた酒場のような様相でしたね…」
何それ、秘密基地みたいでちょっと気になる…。
「ベルはぜっっったいに行ってはダメですよ? 良くて酔い潰されて、悪ければそのまま襲われかねません」
「わかりました…」
最近、レフィーヤさんもそうだけどリヴェリアさんやらエイナさんやら、エルフの人は心の中を読めるんじゃないかと思うんだけどどうなんだろう。
「さて、何を注文しましょうか…むむ、今日のケーキはナッツとグリーンですか…。よし、決めました。ベルの分も私が決めていいですね?」
「はい、大丈夫です」
しかし、直接ダメと言われてしまえば逆らうわけにはいかない。これ以上無茶をしたら、ファミリアから追放されたり…あれ、そういえばさっきレフィーヤさん、会議で決まった話があるって。僕に関係することだよなぁ。
も、もしかして…?
…先ほど聞いた冒険者の話が脳裏に蘇る。
強制退団
その四文字が、強く印象付いている。
「そ、そういえばレフィーヤさん、話「お待たせいたしました、こちら、森林パスタとナッツケーキのセットのパスタです」「あ、私です。ありがとうございます」し…」
「? 今、何か言いましたか、ベル?」
「あ、いえ、なんでもないです…」
なんて間が悪いんだろう、僕ってやつは。
黙々と食べるレフィーヤさんを眺めながら、遅れること数分。
ペロリとパスタを平らげた辺りで、また店員さんがやってくる。
ナッツケーキをレフィーヤさんの前に。そして、もう一つの皿を僕の前に。
「こちら、グリーンケーキです」
「ありがとうございます…」
見たこともない、とても美味しそうなパンケーキのようなものが出てきたのになぜか喜べない。きっと僕も強制退団なんだろうな。入団から僅か2週間、冒険者史上最速の強制退団、『世界最速兎(笑)』とか言われるんだろうか…。
カチャ、と音を立ててフォークを持つも、食べる意欲が出てこず手が動かない。そんな僕を見て、レフィーヤさんはため息を吐いて、パスタを絡めていたフォークを置く。あぁ、とうとう話を切り出されるのか…。レフィーヤさんも、僕を連れて行った上でこんな結果なことに迷惑してるだろうなぁ。
…あ、やばい、涙が出てきた。
「…ベル? なんで泣いて「レフィーヤざん、おぜわになりまじだ!」えっ、ちょ…え?」
「この2週間のごどは、いっじょうわずれません!」
店内がざわめく。何? 別れ話? へぇ、可愛いヒューマンじゃない。エルフの方から振るっていうのも珍しいわね。あの年頃のエルフを一度落としただけでもすげえよ…。可愛いは正義ってやつか?なんて色々な声を背中で聞きながら、レフィーヤは狼狽る。いやいやそもそも付き合ってもないですし!? と思いながら。
そして、ベルはもうただただ泣くばかりである。状況は、混沌と化していた。
店主の厚意により、奥の個室を借りてまずはベルを宥め、話を進めようとするたびに泣き出すベルにゆっくりと話を進めること数時間ほど。ようやく話の全体を飲み込み落ち着いたベルは今度はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げる。
「早とちりして迷惑かけて、ごめんなさい!」
いや、既に叩きつけていた。ガヅン、と、それは鈍い音が響く。
こめかみに手をやりながら、目を瞑り、深くため息をつくレフィーヤ。
「…ここのお店でのことは、まぁ、いいです。それより、何故追放されるなんて発想に至ったのか気になるんですが…」
「…その…みんなに迷惑ばっかりかけてるから…」
「…はぁ…」
下げたままのベルの頭を、優しく撫でる手。
「いいですか? ベル。確かに、2週間前までは私達は他人でした。ええ、それはもうなんの接点もない。もしその時に貴方が私に触れようとしてきたら、つい吹っ飛ばしてしまうくらいに」
撫でられている頭が少し逃げようと動く。逃すまいと、後頭部辺りに手を添えてぐっと力を入れる。
「でもですね、今の私達はもう家族なんです。同じ家で、同じ
その言葉に、ベルの動きが止まる。撫でくり回す手は、勢いを強める。
「家族なんだから、助け合うのは当たり前でしょう?
ぽん、と、最後に軽く頭を叩いて話を区切るレフィーヤ。その声は慈愛に満ちていて、リヴェリアを彷彿とさせるものだった。
「…僕、頑張ります」
ベルは、この時、夢を持った。
いつかこの自慢の家族達と一緒に、世界の果てを…見てみたいと。
おでこを真っ赤にして、キリッとした顔でそんなことを滔々と語るベルにレフィーヤはつい笑ってしまった。
ベルは拗ねた。
その頃、アイズは捜索を諦めて肩を落としながらホームへと帰って行った。