ラビット・プレイ   作:なすむる

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章管理、以前の間話の削除を行ったため総話数が2話ほど減りました。
そのため、しおりを挟んでいただけている方の中で、話数が合わなくなってしまった方がいるかと思います。申し訳ありません。


81話 大樹迷宮

急に声を掛けられて呆けた顔を見せて固まった僕とアキさんの元に、呆れた顔のレフィが更に近寄ってくる。

 

何となく、そう、本当に何となく、吸い寄せられるようにレフィの顔から少し下へ視線が行ってしまいそうになるのを、全力で抑える。

 

うぅ、アキさんのせいで変に意識してしまう…僕、少し前に見ちゃったんだよな…レフィの…だ、だめだ、ダメダメ、そんな不埒なことを思い浮かべるなんて。

 

あれは事故なんだし、レフィのためにも忘れるべきだ。うん、記憶から消した、消えた消えた。小振りで綺麗な2つの果実なんて僕は知らない。知らないったら知らない。僕は何も見ていない。

 

お爺ちゃんの唆す声なんて一切聞こえない。僕のお爺ちゃんはあれだ、お婆ちゃんを一途に愛した紳士的で素晴らしい人だったに違いない。そうに決まってる。

 

今回は努力の甲斐あってかアキさんにもレフィにも悟られることもなく、自然とレフィの顔に目を向けることができたようだ。

 

「依頼中に、何をそんなに本気で鍛錬してるんですか…まったく」

「あはは…すいません、つい熱中しちゃって」

「ごめんごめん、そっか、もう2時間も経ってたかぁ…」

 

アミッドさんも遅れてこちらへと来て、僕に質問を投げ掛けてくる。

 

「ベルさん、貴方はいつも先程のような密度の鍛錬をこなしているのでしょうか…?」

 

そう言えば、アミッドさんは僕の動きを見たいと言っていたな、とそれを聞いて思い出す。おそらく、今の鍛錬の動きを見るのはその目的に適うものだろう。だから、聞かれたことには大人しく答えることにする。

 

えっと、鍛錬の密度…って言うと

 

「…そうですね、ベートさんの鍛錬の時は今と同じくらい…いや、少し厳しいかな…で…ティオネさんはもう少し身体には優しいです、熱くなり出したら、僕が倒れるまで続きますけど…。リヴェリアさんとの鍛錬は魔法に関するものなので身体はあまり動かしません、代わりに、精神疲弊ギリギリまで魔法を使うことになりますが…フィンさんには肉体的にも精神的にももっと追い詰められますね」

 

あ、そうだ、後、ラウルさん()優しいです。

 

つらつらと他の人から受けている鍛錬の度合いを答えて行き、最後にそう言った瞬間に横に立っていたアキさんの尻尾がバシンと勢いよく僕に叩き付けられた。

 

痛くはないけど、なんなのだろうか。前にも尻尾を擦り付けられたことがあるけど、何かしらの意味がある行動なのかな?

 

何かのアピール…とかそんな感じっぽいけど。猫人族の人なら分かるだろうし今度アーニャさんとクロエさんに聞いてみよう、と、そんな考えを頭の片隅に置く。

 

まぁ、ともかく、聞かれたことに関して僕の主観で伝えるとアミッドさんは珍しく顔を少しひくつかせた。

 

「…私のベルさんに対する認識が低く、かつ、他の方々の良識を疑うことをしなかったせいでしょうか…? 経過はあまり聞いていませんでしたが、ここまで無茶な鍛錬をしているとは…いや、でも、その割には肉体的な疲労がそこまで残っていないというのは…ベルさん、迷宮から帰ったら少しお話があります、詳しく聞き取りを行いたいので、時間をいただけますか?」

「え? あ、は、はい」

 

何やら、面談が行われることが確定したようだ。何だろう、エイナさんに説教される時のような印象をアミッドさんにも覚えた。これは…うん、逆らえない感じだ。

 

 

 

夢中になって気が付いていなかったけど、鍛錬によって、特に僕の身体は汗と泥に塗れてしまったので、僕とアキさんの2人が水浴びをしてから探索を再開することにした。

 

しかし、アキさんもあれだけ動いていたはずなのに汗ばんでる程度なのは…やっぱり実力の差は大きい。

 

 

 

僕は、丘の近くを流れていた小川でレフィにかなり遠目から見張られながら水浴びをしていた。少しでも林に近付こうとしたら撃ちます、と警告されて魔法を用意されつつ。

 

アキさんは、僕がいる川の上流側、林を少し入ったところにあるという小さな湖で水浴びをしているらしい。

 

最初は、あの後も僕を執拗に念入りに弄ろうとしてきたアキさんが僕に一緒に水浴びする? なんて誘ってきたけれど、レフィが羞恥と怒りを発してアキさんに詰め寄り、アミッドさんは苦言と良識を呈してアキさんを黙らせていた。

 

ちょっとありがたかった。

 

特に、僕の方に矛先が向かなかったところが。

 

 

 

「…さて、じゃあ行きますかー」

「ベルは初めてですから驚くかもしれませんが…迂闊に先走ったり、下手に動かないでくださいね? 19階層からは毒を持つモンスターや罠も増えますから。アキさん、お願いします」

「はいはーい、前は私に任せてね」

 

水浴びも片付けも終え、もうすでに地上なら太陽が高くなっている頃にようやく探索を再開することが出来た。丘を降り、少し歩いて辿り着いたのは19階層へと続く道。

 

おお、と僕が少し気分を高揚させながらその先を覗き込んでいると、軽い調子でアキさんが前に立つ。

 

つい、アキさんの顔を疑問に思いながら見る。今回はアキさんは後ろにいるのでは? と問うように。

 

すると、ここから先は流石に危ないから私に任せなさい、と先程までのやり取りの中で浮かべていた悪戯っ気な顔とは打って変わって、貴猫の二つ名に相応しいような真面目な顔で僕に言い聞かせるようにしてくる。

行動とか雰囲気は可愛いって感じのことが多いけど、こういう姿を見るとやっぱりこの人って綺麗だよなぁ、と強く感じてしまう。

 

というより、ロキ・ファミリアの女の子って基本的に可愛い子、綺麗な子が多い…というか多すぎる気がする。ロキ様の趣味かな。ロキ様の趣味なんだろうな…。男女比も明らかに偏っているし。

 

「ベルさん、ここから先は17階層から上とは全く違う世界が広がります。慣れていないうちは、熟練者の先導に従わねばまともに探索することすら難しいのです」

「そうですよ、それにベルはスカウトとしての経験は全くないんですから。悔しいと思うなら、色々と覚えなきゃいけませんよ? うちで言うなら…やっぱり、獣人の方々が上手ですね。エルフもこの辺りの階層だけならそれなりにできる人も多いですけど…種族的に、森や林は庭みたいなものですからね」

 

そんな関係ないことを考えていた僕に、補足するように2人から言われる。

 

確かに、全くの未知の階層の先陣を切れる気はしない。と言うより、多分罠という罠に引っかかってしまいそうだ………僕の取得した発展アビリティ、いったいどういう効果なんだろうか。幸運らしいところを実感した記憶がないんだけど、まさか幸運の効果がある上でこれなのかな…。

無かったらもっともっと酷い目に遭ってた…?

 

いや、とりあえず発展アビリティのことは忘れよう。今度、誰かわかりそうな人に教えてもらうことにして。

 

それならと、僕は最後尾に着く。まず、今回はアキさんの動きをしっかり見て覚えて…リヴェリアさんから座学では色々と教えてもらっているんだから、それを実践に活かせるようにしないと、と。

 

意気込んで、19階層へと進む。

 

 

 

そこは、大樹が行手を阻む、天然の迷路だった。

 

 

 

「まぁ、初めて見たら驚きますよね」

「す、凄いですね…」

 

 

 

ほわ、と、口を開けて固まる僕にレフィが分かります、と言いながら説明してくれる。

 

「ここからは、大樹の迷宮と呼ばれています、ギルドが定める到達基準はLv2で、ステイタスがD以上…つまり、Lv3への切符を手にしている冒険者が来るような場所です。ベルは…知識と経験以外は大丈夫ですね」

「知識と経験は…その…」

 

そのレフィの言葉の影に、けして勉強を疎かにしているわけではないけど戦闘鍛錬に偏っている今の僕を少し咎めようとする空気を感じた。

それに気が付いた僕は言い訳をしようとするも、何も言葉が出てこない。実際、知識をつけるより鍛錬する方が今の僕には楽しくなってしまっている。

 

「遠回しに言わなくても良さそうですね。そろそろ本格的にお勉強、始めないといけませんよ? 戦闘が強いのも勿論大事ですけど、冒険者として生き残るためには知恵も必要です」

「はい…頑張ります」

 

そして僕は、言質を取られることになる。

これが、リヴェリアさんによるマンツーマン座学を開始させることになるとは知らずに。

 

 

 

その後は、3人に時々説明されながら迷宮を進んでいく。

至る所に生えている植物のこと、出現するモンスターのこと、エトセトラ、エトセトラ。

そんな中でも、僕達を先導するアキさんの姿をじっくりと観察する。

 

「…ベル、何でそんなに疲れた顔をしているんですか?」

「あ、いや、何だろう…なんか見ていて疲れちゃったと言いますか…真似できそうになくて、ちょっと色々と凹んじゃったと言いますか…」

 

しかし結局、アキさんの動きを見て真似ることは全然できなかった。と言うより、動きが機敏すぎる。

 

これ、人間種族じゃどう足掻いても真似できない類の動きだと思う。速度だけなら何とかなるのかもしれないけど…何だろう、本当に動物のようなしなやかな動き。

 

 

 

途中、何度か現れた熊のようなモンスターは僕でも十分に対処できる相手だった。素早いのに、ミノタウロスみたいに力強い敵。バグベアーというらしい。

 

キノコみたいなダークファンガスというモンスターは、毒をばら撒くからとレフィが遠くからアルクス・レイで抹殺している。アキさんの索敵に従って、見つけた瞬間に。

 

そんな風に森の中を進んでいく。その最中、アキさんはずっと縦横無尽に走り回って罠や毒、危険な植物なんかを取り除き、危ないところは僕達に注意を促し、索敵し、敵を屠っている。

 

これがLv4冒険者の力か…と言うものを、まざまざと見せつけられているような感覚だ。だけど、この動きを、だからといってLv5、Lv6の人達が出来るとは思えないのが不思議だ。

迷いなく進み、範囲の広い正確な索敵。そして、僕達が罠に掛からないようにする手腕。

 

ティオネさん、ティオナさんなら意に介さずに罠を受けながら進んでいきそうだし、アイズさんもそれに近いことをやりそうだ。

ベートさんも全て回避していくだろうし、あれで意外と気配りができる人だからアキさんのようにできないことはないだろうけど…多分、性格的にやらない。

 

ガレスさんも罠ごと踏みつぶすように全て受け切るだろうし、リヴェリアさんは…焼き払うか凍り付かせてしまうのかな。いや、あの人も森の民、ハイエルフだし意外とすんなり進んでいくのかな? うーん、でも、リヴェリアさんがちまちまと罠を潰しながら進んでいく姿はあんまり想像できない。

 

フィンさんは正統派の探索者のようにそれぞれに対応しながら通っていきそうだけど…そう考えると、武闘派は沢山いるけど探索者らしい探索者って意外と少ない?

 

うん、アキさんから学ぶことはまだまだ多そうだ。

 

少なくとも、真似できる範囲だけでも貴重な光景を見ることが出来ているに違いない。

 

 

 

そんな風に、種族の違いによるものだから仕方がないと思いつつも羨ましく思っていると、アミッドさんが僕に向かって言葉を放つ。

 

「ヒューマンは、基本的に種族的な性能で言うと高くありませんからね。悩んだり、他種族を羨ましく思う気持ちはわかります。良く言えば万能。悪く言えば器用貧乏。実際、高位の冒険者になるとヒューマンの割合はかなり減りますからね」

 

確かに、そう言われるとロキ・ファミリアでもLv6の三人は小人族、ハイエルフ、ドワーフ。

Lv5でようやくアイズさんがヒューマンだけど、後はアマゾネスが二人に狼人、Lv4もラウルさんとナルヴィさんがヒューマンだけど後はエルフ、猫人、犬人…だったかな。他にもいただろうか。

 

「今だと、アイズさんがオラリオにいるヒューマンで最も強いんではないかと言われているんですよ。フレイヤ・ファミリアにはヒューマンの一級冒険者は所属していませんからね」

 

そして、レフィがフレイヤ・ファミリアの幹部陣を教えてくれる。

 

フィンさんに次いで強いというガリバー兄弟という四兄弟の小人族、炎金の四戦士(ブリンガル)

ベートさんより速いという、都市最速の猫人、アレン・フローメル。女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)

強力な魔法を使うエルフの魔導士ヘディンに、黒い剣を扱うダークエルフの剣士ヘグニ。

 

そして、都市最強、オラリオで唯一のLv7、猪人の戦士、猛者(おうじゃ)オッタル。

 

僕の耳に止まったのは、二人。

 

「アレン…フローメル?」

 

ぽそりと口の中で呟く。フローメルと言えば、アーニャさんも同じ姓だけど…種族も同じだし兄妹なのかな。

 

それから、猛者(おうじゃ)オッタル。都市最強の猪人…もしかして、鍛錬中に見かけた猪人の冒険者の人、そうだったのかな。うん、確かに強そうだったけど、そんなに強かったんだ、憧れるなあ…やっぱり、筋肉って大事なんだろうか。あの人も凄い身体をしていたし。僕も鍛えれば身長だってもっと伸びて、男らしくなれるかもしれない。うん、今日から夜にトレーニング、頑張ってみようかな。

 

話を聞いている中で、僕はひっそりとそんな決意をした。




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