魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─   作:うささん

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1話 紙使い、綾瀬夕映「我思う、ユエに我あり」

 お爺様が亡くなりました。私が小学生の時です。名は綾瀬泰造。哲学者でした。

 遺されたのは古い本たち。私を本の中に誘ってくれた人は彼らを置いていなくなってしまいました。

 私の名前は綾瀬夕映(あやせゆえ)──幼い時に発現した「本の中に入る程度の力」を手にしてしまった者。

 本の中は楽しい。

 本の中は冒険に満ちている。

 本の中は物語がある。

 そう、それは真実だ。 

 しかし──

 

「あら夕映ちゃん、ずいぶんやつれたねえ」

「アラキのおばさん、こんにちは……お構いなく。一昨日から本に食べられちゃってました。えへへ」

「昨日からお友だちがずっと探してたわよ!」

「あー、仕方ありません……謝ります……」

 

 図書館島の司書を務める荒木さんに力なく返事を返し、夕映はボロボロの体を引きずって朝日を拝んだ。

 太陽がまぶしくて辛いです。時計を確認してがっくり肩を落とす。

 困ったものです。現実ではこうして時間が流れているので、本にうっかり呑み込まれてしまった暁にはこうして御前様になりがちであるというか……

 

「そして、またもや一つ本の力を手にしてしまうとは困ったものです……」

 

 夕映が脇に抱えるのは分厚い本である。鉄板の装丁が施された、それって武器では? と思うような本は夕映の私的魔本だ。

 祖父から受け継いだもので、それを魔法の品とは知らずに使っていた。

 紙を操る技は祖父から習った。本に呑み込まれないように強くあるように育てられた。

 おかげで人のことはさっぱりわからないことになったが、夕映的には問題ない。本に囲まれていれば満足なのだ。

 

「収納……」

 

 本を掲げ唱えるとみるみる本は手の平コンパクトサイズになる。本には鎖が繋がっている。夕映は鎖を首にかけてミニチュアサイズの本を胸元に吊るす。

 悪い人には決して渡してはいけないと戒められずっとそれを守り通している。

 こうして私はお腹をグーグー言わせながら寮に何とかたどり着き待っていた洗礼を受けるのです。

 目の前の宮崎のどかに早乙女ハルナは図書館探検部に所属するクラスメイトである。

 のどかは親友でもあるので実に気まずいことです。

 

「夕映~~!? どこ行ってたの? ホントに心配したんだよぉ」

「まあ……ゆえ吉はいつものやつでしょう。あんた本読み始めると話しかけても反応しなくなるもんねぇ。まさか丸一日図書館島にいるとは思わなかったけど」

「まことに申し訳ない限りです」

 

 ハルナは適当に流しているが、のどかは本当に心配している。これはドリンクの一つでも奢らねばなりますまい。

 あ、小銭がない……

 

「模試テスト」

 

 ハルナがボソッと呟き夕映は頭を抱える。

 

「はぁわぁぁぁ~~」

 

 最悪デス!? 私がいない間に? 

 

「学年変わるのに、ねーよ」

「恨むですよ」

 

 ハルナにジト目で返す。

 もう一年生ではありません。今日から二年生に進学しました。

 うちは小中高エスカレーター方式で進学するのでテストくらいでどうこうはありませんけどね。

 路面電車に乗り込んで我が麻帆良学園に向かえば、朝のいつもの喧騒に呑み込まれる。

 

「新しい先生ですか? ふうん……興味ないですが」

 

 ハルナが職員室から仕入れて来たらしい新情報である。どこに配属されるのかまではわからないらしい。

 若い先生なのは確実ですね。

 

「そんなこと言ってイケメンだったらどうする~? んー?」

「どーもしません。男でも女でも」

 

 ハルナがうざい。性別って重要です? 年上の教師との恋愛はご法度ですが、たいがい本気になるようなものではないでしょう。

 

「男の人なの? 女の人がいいなぁ……」

 

 のどかは男が苦手です。昔から一歩引いて怖がっています。

 小学生の頃は手を握っただけで卒倒ものでした。たぶん、今でも変わっていません。

 

「のどか、そんなことではダメです」

「そうそう、のどかももっと男になれて魅力に目覚めなさい!」

「ええ……?」

「ほらほら、こういうの見て、ね」

「ひゃあん!?」

「ハルナ……それ同人誌。その男たちは違います」

 

 その本には裸の男たちが絡み合っている。車中堂々同人誌見せるハルナにドン引きの夕映である。

 

「あ、みんな、おはよう~」

 

 窓の外にスケボーに乗る近衛木乃香がある。軽快に乗りこなしてこちらに手を振っている。

 ツインテールがトレードマークの神楽坂明日菜も一緒にいる。

 明日菜と言えば高畑先生ですね。去年担任でしたが明日菜のアタックは尽く空振りでした。

 去年の担任の高畑先生は可も不可もない妥当な教師だ。

 新人は面倒だ。放っておいてくれればいいのだけれど。教育バカだったら相性は最悪といえよう。

 学年きってのバカレンジャーが一人とは綾瀬夕映のことである。勉強は大嫌い。

 着いた。降りよう。

 路面電車から降りて振り向けば、何だか明日菜が小学生と絡んでる。

 たまに降りるとこ間違えちゃう子がいるいる。この先は女子ばかりの学区である。

 麻帆良学園の門をくぐればさっそくクラスメイトと並んだ。

 

「あれー、夕映ちゃんどうしたの? 昨日行方不明してたよねえ?」

「マッキー、それは聞かないで……」

 

 佐々木まき絵ことバカピンクは体操部所属。バカレンジャーの一人である。

 テストの結果が最悪なときの居残りといえば夕映と共に常連であった。

 

「なんだか調子出ませんねぇ……フワぁ……」

 

 肩を落として夕映は教室に入るのだった。

 どうやらA組は今年もみんな同じクラスで引っ越しらしい。馴染みの顔ばかりがいる。

 そして高畑と共に新しい先生がやってきた。

 

 

「ウェールズから来たネギ・スプリングフィールドです。皆さん、よろしくお願いします!」

「うーん……」

「ありえねえ……小学生が教師とかありか」

 

 何だか聞こえてくる隣席の長谷川千雨の独り言は聞き流す。

 元気に挨拶したお子ちゃま先生は思い切りトラップに引っかかっていたものの、新しい教師が小学生という事実は夕映にはさほど衝撃ではなかった。

 

 今日のドリンクチョイスを何にしようか考え中なのです。

 麻帆良に出回っている不思議ドリンクは麻帆良だけにしかないもので月ごとに変わるから全部飲むには常に自販機をチェックしなければなりません。

 ああ、もうみんなで質問攻めですねえ……

 一〇歳で先生になれるということは、勉強できるというか、大学出てるということですか。ネギ・スプリングフィールドさん……

 勉強しまくるなんて到底自分には無理です。耐えられそうにありませんが、きっと天才なのでしょーか?

 バカレンジャーを合格ラインまで引き上げたら認めなくもありませんよ?

 何せ五人いますからね。一人やられたくらいでは、あいつは四天王でも最弱。我らに勝てるものか~とか言えちゃいますからね。

 

 それと犯罪レベルのショタ属性を持つ委員長こと、雪広あやかがネギ先生にご執心のようだ。

 スタイル良し、勉学良し、加えて美人と非の打ち所がないが、何故か学年一のバカレンジャーの筆頭である神楽坂明日菜をライバル視している。

 この二人はいつも戯れています。賑やかでうちのクラスの恒例行事となっています。

 

「ああ、喧嘩は止めてください~~」

 

 二人が争い、高畑先生が止めて大喜利お終いですねーと思ってたらネギ先生がくしゃみをして……

 明日菜がスカートひん剥かれてみんなびっくりです。

 

「はい?」

 

 いえ、もうわけわかりません。くしゃみなのです?

 これは注目案件ですねえ。 

 授業が始まってからも、またもや委員長と明日菜さんが大騒ぎを起こし、そんなこんなで新任先生の初の授業は終わりました。

 新人を歓迎するのは恒例行事です。みんなで買い出ししてパーティの準備をします。

 私とハルナはクラッカーの買い出し係と決まりました。

 のどかは図書の用で別行動です。

 

「ハルナ、クラッカーなら以前クリスマスパーティーで使ったのが大量にあるはずです。買い物行かなくても倉庫から取ってくればよいかと。後で補填しておけばバレません」

「ああ、それいいね。早速行こう」

「高畑氏をだまくらかして鍵を手に入れましょう」

 

 移動するのは構内と外を少しだけだ。目的の物はすぐに手に入った。

 なお、ちゃんと説明して使用許可を得たものである。二人はクラッカーを詰め込んだ袋を持って教室まで帰る。 

 

「ラッキー、ラッキー。どういうわけかここにお金が~ ペン欲しいなぁ」

「ハルナ、それは横領です」

 

 本気ではないにしてもハルナに釘をさす。

 

「いやいや、しないって」

 

 手を振って否定するハルナを夕映はジト目する。

 

「あそこ突っ切って近道しようよ」

「オーケーです」

「お、のどかじゃん?」

「あー、いた……」

 

 向こう側に本を山盛り持ったのどかがいた。気が付いてこっちに手を振った。

 あ、本のバランス……

 落ちそうになった本をのどかがバランスを取ろうとしてこける。階段の下はコンクリートだ。

 

「あ……やば」

「のどか!」

 

 慌てたハルナが駆けだして、クラッカーの入った袋を放り出し夕映は咄嗟に胸ポケットの紙束を掴んで放り投げた。

 

「行けっ!」

 

 それは意思があるかのように飛んでいた。紙が落ちるのどかを取り巻いて支えようとする。その瞬間、見えない力が夕映の紙を弾き飛ばしていた。

 

「っ!?」

 

 見えない力が放たれた先には杖を持った赤毛の少年がいる。

 ネギ先生?

 のどかの体が浮いたまま落ちずに停滞し、体を滑り込ませたネギがのどかの下敷きとなっていた。

 明らかに不自然な瞬間だが、それよりものどかの方が気になる。

 

「のどか! 大丈夫っ!?」

 

 ハルナが駆け寄ってのどかの様子を見る。

 夕映はほっと一息ついて落ちた紙を拾い上げた。ただ切っただけの短冊であるが紙使いが扱えば千万変異の力を発揮する。

 紙使いは紙を通して術を使ういわば魔法使いである。

 ネギ・スプリングフィールド……何者なのです?

 前を見ればそこに神楽坂明日菜がいる。彼女もどうやら目撃者のようだ。

 

「良かった、ケガはないようですね」

「すごいよ先生。度胸あるね! 怪我してない?」

 

 ハルナが差し出した手をネギが握り返して起きる。のどかは気絶しているようだ。 

 

「ええ、大丈夫です。ええと……」

「早乙女ハルナです」

「あれ……わたし?」

「のどか、どっか痛くない?」

「ううん、大丈夫……」

 

 すぐにのどかが目を覚まし夕映がのどかを起こす。

 

「ちょっと来なさい!」

 

 明日菜がネギをかっさらいどこかへ連れていく。

 ネギ先生を詰問する機会を失うものの、今はのどかを安心させないとね。

 念のため……

 

「目」

 

 そう念じた言葉が夕映の手元の紙に描かれる。そして飛んで消えた二人を追ってすぐに見えなくなる。

 

「のどか、本は任せるです。ハルナと保健室に行って」

「うん……でも、私」

「行くです」

 

 夕映は目力込めて二人を保健室に行かせる。落ちた本を拾いながらリンクさせた「目」に繋がる。

 映像が見える。問い詰める明日菜とあたふたするネギ。

 残念ながら音声までは拾えないが、再度杖を持ったネギが何かの呪文を発動させそれを明日菜に向けている。

 そして明日菜の「パンツが消えた」。直後にその場に高畑が現れ目のリンクが切れた。

 

「っ!? くぅぅ……なんかツボにはまったデスぅ。明日菜のパンツを消した……」

 

 笑いをこらえて夕映は座り込む。しかしあれは確実にこの世界の理から外れた力である。

 何て興味深い。これは研究対象ですね。安易に言うなら彼は魔法使いと呼ばれる人たちのようです。

 海外のことはわかりませんが、ウェールズはシャーマニックなにおいがしますね。

 

「何せ、新人先生が「こちら側」で小学生なのですから。よいしょ」

   

 本を抱えて夕映はその場を後にする。

 その後の歓迎会は何も起こらなかった。みんなが芸を披露して、ジュースを飲んでお菓子を食べて、保健室に行った二人も無事に戻ってきた。

 お料理研のお手製料理が振るまわれ、夕映の特製ドリンクがネギに炸裂する。

 

「ぶっ! これなんですか?」

 

 舌を覗かせてネギが困った顔をする。

 

「ふ、ホット・コーラです」

「ホット・コーラだよ、先生」

 

 ドヤ顔でハルナと夕映が答える。

 

「ホット・コーラですかぁ……」

「夕映は変な飲み物大好きだからね!」

「ふふ……麻帆良ドリンクドクトリンなのですよ」

 

 二人顔を合わせて笑う。

 

「なんだか、わけわかりませんね……」

 

 一つやり返して満足すると壁の花ののどかの隣に並ぶ。

 

「もう平気です?」

「うん、平気。ごめんね、心配かけて」

「うん。問題ない。ネギ先生が助けてくれたんですよ?」

「あ……そ、そうだね。お礼言わなきゃ……」

「今は止めといた方がいい」

「そうだね、また今度かな……」

 

 恩人のネギ先生は人に囲まれている。内気なのどかでは声をかけにくい雰囲気だ。

 

「今年は楽しくなりそうですね」

「うん、そうだね」

「帰ろっか?」

「うん帰ろう」

 

 二人は教室を抜け出して帰宅の途につく。そんなこんなで夕映の新学期は始まったのであった──


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