魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─ 作:うささん
紙使い──古くは陰陽道の「式紙=式神」に繋がる系譜である。
祖父の綾瀬泰造は哲学者であり紙使いでもあった。本に潜む魔物「本喰らい」を専門に退治し、多くの書籍を人々に解放してきた。
一学者でしかなかった彼は若い頃より優れた紙使いであったが、その道に足を踏み入れたのは孫娘が誕生した頃だ。
つまり私のことだ。
人の魂を喰らうのが本喰らい。私が「本に導かれる存在」であると知ったときから祖父の戦いは始まった。
本喰らいにとって私は絶好の獲物だ。捕食される者としての運命に立ち向かえるよう祖父は私に紙使いの技を教え込んだ。
それが今の私──綾瀬夕映だ。
「我思う、ユエに我あり……」
自分を信じ、決して目をそらしてはいけないよ。それが祖父が残した言葉。
本に呑み込まれないよう、ただ一つの手段は自分が在ることを強く認識することだった。
暗い部屋で夕映は目を覚ます。近い天井と、下からはルームメイトでもあるのどかの定期的な寝息が聞こえてくる。
体を起こし、胸元の鎖に触れ本をなぞる。アクセサリーの擬態している間、その本は滑らかな手触りを伝えてくる。
この魔本が夕映の命綱だ。祖父の最後の形見でもある。
今日も普通と普通ではない日常が混ざり合った一日が始まる。夕映は起きだして制服に着替える。
「ん……おはよう~ ゆえ~」
のどかがまどろみから目覚めた頃に夕映はもう着替え終わっている。朝日が眩しくてのどかは目を閉じる。
「のどか、起きるですよ。今日はネギ先生にお礼を言うのですよね?」
「ええ……うん」
昨日はみんながいてネギ先生にお礼を言うことができなかった。
それに男の人に触れられてしまった。とうてい一人では言えそうにもない。
「男の人と話す練習です。相手は小学生。怖がる相手じゃありません」
「そ、そうだね……」
「じゃあ、のどか改造計画発動です」
「かいぞー?」
夕映が笑って起きたのどかの髪にくしを通すのだった。
朝食を済ませて寮の前でハルナと会う。通学はだいたいこのメンバーである。
「あれー? のどか、いつもと違うー。めっちゃかわいー」
「かわいい……?」
「ネギ先生にお礼を言いたいので勝負してみたのです。のどかが」
ハルナにピースで夕映が返す。
いつもと違うのどかはちゃんと顔を見せている。ファンデーションは軽めにリップクリームも塗ってあげた。
お前も化粧するのかと言われると返答に困りますが、クラスの人間の会話を聞いていれば自然とそういう物も手が出るのです。
あ、リップクリームはハルナからのもらい物ですが。
「勝負……おわ、のどか、もしかして恋しちゃったのー?」
「え、ち、違うよぉ……」
「春じゃなくても男の人と普通に話すいい機会なのです」
「納得」
「あ……」
夕映は携帯のメールを確認する。
「どしたん、夕映?」
「何でもないです。午後は学園長室に行く用事ができました」
「学園長室? 何かしたん?」
「いいえ、全然……」
「バカブラックすぎて呼び出しかぁ」
「違うけどノーコメントです」
夕映はハルナの追及をかわす。
「じゃあさ、どのタイミングで告白する?」
「大きな木の下でどうでしょう。必ず想いが伝わるらしいです」
「伝説の木の下キター!」
「ハルナ……夕映も、そういうのと違うから……」
「わかってます。冗談ですから」
「あー、路面電車遅れるよ」
三人はいつも通り、直通の歩きではなく少し遠回りしてから路面電車で学園へ向かう。
町の中を見ながらの通学は夕映のお気に入りの風景である。時間があるときはゆっくりできるので好きだ。
運賃も学割定期でほぼ一律とお得である。
なお、遅刻ギリギリの時は普通に真っすぐ向かいます。
今日もA組は大盛況です。大喜利劇場とも名高い我がクラスですが、昨日の今日で明日菜っちがまたネギ先生に制服を引っぺがされております。
授業の後にネギ先生を探します。
「あそこにいるのネギ先生じゃん?」
「いましたね」
「あわわ……」
まだためらうのどか。これは背中を押さないと一生話しかけられません。
ネギ先生は外の木の下で休憩中か座り込んでいる。
「あの、ネギ先生?」
先陣はハルナだ。
「はい、何でしょう?」
「すいません。さっきの授業でわからなかったことがあるのですが、よろしいですか?」
ふむふむ、そういう切り出し方か。グッジョブです、ハルナ。
「いいですよ、出席番号一二番の早乙女ハルナさん」
「いいえ、私じゃなくてこの子が……」
ハルナがのどかの肩を押し出して前に出る。
「こ、こんにちわっ!」
のどかがお辞儀して言葉を懸命に探す。
「宮崎さん、印象変わりましたね。髪型変えました? 似合ってますよ」
「でしょう先生? すっごく可愛くなりましたよね? この子顔出せばすっごく可愛いんですよ!」
「そう可愛くなった。私の手腕のおかげです……」
さりげなく夕映も功績をアピール。
「そうですね、可愛いです!」
「っ!?」
ネギの言葉に顔を真っ赤に染めてのどかが走り出す。
「あれ、質問は……」
ハルナがのどかを追い、ネギの視線を受け止めて夕映が「では、失礼」と返して二人を追うのだった。
◆
午後の時間になり夕映は用事を思い出す。のどかはあれから少し落ち着いていつもの雰囲気に戻った。
「結局、お礼はまったく言えてませんが、次の機会があるということです。一歩前進ですね」
「あはは……」
「じゃあ、用事を済ませるので消えます。また後で……」
「後でね、ゆえー」
手を振って二人は別れて夕映は学園長室に向かう。中に入って学園長の近衛コノエモン氏(どう書くんだっけ?)と対面する。
近衛木乃香の祖父だが夕映は昔から面識があった。祖父の泰造のことも学園長は良く知っている。祖父の葬式にも顔を出していた。
「綾瀬君、ここの生活は慣れて来たかね?」
「はい」
「このかとも仲良くしてくれているようで、いい友だちができて良かった良かった」
学園長が気に掛ける孫の木乃香は関東の麻帆良学園に編入されるまでいろいろとあったようであるが、それは夕映の知らぬことである。
呼ばれた理由はそういうことではないでしょうね。
「変わったことは最近起きているかね?」
「いえ……特に」
昨日帰ってきたところですが……そのことを上に「報告」はしていなかった。
「先日見回りに顔を出さなかったと報告を受けてな。心配しておった。何かあったのではないかとね」
「申し訳ありません。私事で行けませんでした……私はクビですか?」
夕映は学園長を真っすぐ見て問う。
これは学園長と生徒の会話ではない。麻帆良学園が持つもう一つの裏の顔である見回り組のことである。
魔法都市麻帆良を支える結界の中心に学園はある。麻帆良は関東における魔法使いたちの拠点なのだ。
綾瀬夕映は見回り組に所属する一員として学園都市の治安に関わっている。
もっとも相手にするのは普通の犯罪者などではない。霊的に守られた麻帆良を害する者を監視し、時にはご退場いただくために存在するのが見回り組の仕事だ。
一般犯罪に関わるようなことは警察の役割である。法的に夕映は学生に過ぎず、誰かを裁くような権限は有していない。
魔法使いによる相互ボランティアから成り立っているので、活動に参加しなくても罰せられるようなことはないが、関わる者は責任感がある者も多い。
夕映の連絡なし単独行動が注意されるであろうことは覚悟済みである。
「そのようなことはない。君のお爺さんの泰造さんとは昔から付き合いがあった。彼はその力をずっと封印してきたが、君が生まれてから彼はこちらの世界にまた関わることになった。君を守るために私に連絡を取ってきたんだ。彼の強い決意を知り、そして命を落とすことになった……彼の孫である君のことは私も守りたいと思っている。お爺さんから受け継いだその力はとても強いものだ。呑み込まれないよう見守る必要がある」
「……」
学園長の言葉を夕映は無言で受け止める。胸元の魔本に無意識に手をかけて鎖をいじっていた。
「アレを見せてくれるかのう?」
「はい」
夕映は鎖を首から外して学園長に渡した。鎖の見た目はそれほど強度がある物には見えないが魔法によって強化されていて人の手では決して千切れないくらいだ。
学園長が鎖をじっくりと検分してから机に置くと細長い黒箱を取り出す。
「だいぶ摩耗が進んでおるようじゃ。やはり交換した方が良い。これは魔封じの鎖のスペアだ。今の物は回収させてもらう」
「その鎖も祖父からの物なのですが……」
「再度強化してまた君に返そう。泰造さんの形見だからのう」
「わかりました。お願いします」
黒箱が開けられる。箱の中に真新しい鎖があった。今付いている物と寸分変わらない物だ。
学園長がアクセサリから鎖を外し新たなものと取り換えられる。アクセサリは再び夕映の手の中に収まって首にかけられた。
「学園長、失礼いたします」
その声に聞き覚えがあって夕映は振り向く。
「桜咲刹那……」
髪を右でサイドテールにした少女は夕映のクラスメイトでもある。木乃香が編入された頃にやってきた転校生でもあった。
普段の二人の様子から顔見知り以上であることは夕映も理解していた。刹那が木乃香から距離感を持って離れたところから見守っている。
彼女も見回り組に所属しているが夕映は組んだことがない。クラスでもまるで接点がないので話しかけたもこともなかった。
まあ、ほとんど知らない関係ですね。
「お呼びと聞きましたが、出直しましょうか?」
「いや、二人に話があるんじゃ。見回り組のシフトを見直してな。これから二人とは一緒に組んでもらいたい」
「綾瀬……さんとですか?」
その刹那の言葉に出さないまでも夕映に務まるのか? という視線に感じる。
夕映の前のペアはもっと年長者であったのだが、夕映とは可もなく不可もないという関係でそれほど親しくもなかった。
なので相棒が変わっても夕映が変えるようなことは何もなかった。
「わかりました。今夜のシフトは一緒ですね?」
刹那が学園長に確認する。
「じゃあ、今夜からでかまいません。桜咲さん、よろしくです」
「了解です。綾瀬さん」
硬い口調の刹那が手を差し出して夕映も握り返す。
ぎゅーって握られてちょっと痛かったですが……
学園長室を同時に出て二人は左右の通路で別れた。
「では、また……」
と、別れのときも愛想のないものであった。
◆
「どっと疲れたです……」
キウイミントの紙パックにストローを突っ込んで夕映はいつものやつで一息をついた。
一日一服、麻帆良ドリンクでエイチピー回復ですね。
そして教室に戻れば何だか大変なことになっていた。クラス中がネギ先生を追いかけ回している。
「これはいったい……」
まったく理解不能です。
「ネギく~ん」
「せんせ~まって~~」
「みんなが委員長状態……カオスですねえ」
みんなショタに目覚めてしまったのか!?
「落ち着きませんねぇ……」
落ち着ける場所を探して辿り着いたのは図書室だ。図書館島ほどではないがここの蔵書は趣味が良い。おかしな本は一冊もない。
床に座り込んで夕映は適当に取った本を広げる。本でも読んでれば周囲のことなど気にならなくなる。
すると戸が開いて誰かが入ってくる。声で誰かわかった。
のどかとネギ先生?
「鍵をかけたからしばらくは大丈夫だと思います……」
二人の会話を聞きながら夕映は出そびれた。本を抱え二人の様子をこっそり見る。
「私……ドキドキしてます。こんなに……」
ネギの手を取ってのどかが胸に当てる。
「の、のどかぁ!?」
のどかを知る夕映からはとうてい信じられない光景だ。のどかが自分から誘惑などあり得ない。
熱を帯びた目でのどかがネギに迫る。
何だか……のどかがやたら積極的である。
ネギ先生を見るとフワフワして落ち着かなくなってしまう。
「これは……! 平常心」
手にした白紙に「平常心」と浮かび上がって夕映は胸に当てる。立ちどころに胸のドキドキが収まってホッとする。
これは何らかの異常系魔法による操作でしょうか?
明日菜がネギに無理やり飲ませた惚れ薬の効果であるが、それを知らなくても事がネギを中心に起こっていることはわかる。
「ふえええっ! のどかさんどうしちゃったんです?」
「のどかっ! 平常心です!」
本棚に追い詰められたネギの頬に手をかけたのどかの唇が今にも触れようかというところで、夕映の放った紙(平常心)がのどかの背中に張り付く。
「あ……え? きゃぁぁぁ~~~っ!」
平常心を取り戻したのどかの叫びが響き渡る。そして明日菜が扉を蹴破って乱入してくる。
「このネギ坊主! 本屋ちゃんに何してるのっ!?」
「違いますっ! ボクは何もしてません。明日菜さんのせいですから~」
「はわわ……」
のどかがへたりと座り込んで自分がしでかしかけたことを思い出して真っ赤に染まるのであった。
「ネギ先生は本当に退屈しない人ですねえ……」
溜息を吐き出して夕映は本棚に本を返すのだった。
そんな感じで今日も一日は平和に終わりました。