魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─ 作:うささん
「のどか、今日のお昼は教室にしますか」
「いいよぉ」
今日のお昼はお弁当です。
夕映はのどかの対面に座る。目の前で包みが解かれ二人分の弁当箱が姿を現わす。これは夕映の分とお弁当を渡される。
ご飯はのどかが作りました。本当は私も一緒に作る予定でしたが起きれなかったのです。お味噌汁のいい匂いで起きて朝ごはんもご相伴いたしました。
実に面目ない次第です。このところの寝不足がたたってますね……
のどかはいいお嫁さんになれるでしょう。今のところ私が独占中ですが。
お弁当スポットはいくつかあるけど今日は面倒なので教室です。
「ほら、夕映。卵焼き。すごくうまく焼けたんだぁ~」
「美味しそうです」
弁当を開ければ色とりどりに詰め込んでいます。私が作るとこうはいきません。手際が悪いのはセンスのせいでしょうか。
ちらっと木乃香が目に入ったので声をかけることにします。一人ご飯よりは二人、三人の方が具の交換もできて美味しいのです。
「あ、このかもお弁当ですか?」
「そうやぁ」
「こっちで一緒に食べません?」
「うん、ご一緒するわ」
一人ご飯の机から寄せてきて木乃香は二人の横につける。
「いらっしゃーい」
のどかが出迎え三人で机を囲む。
ハルナはきっと購買所でパンでしょうか? いそいそと出て行ったのでここにはいません。
まあ、いつもいつも一緒というわけでもありません。
「のどかちゃん、なんか明るい顔してるなぁ。いいことあったん?」
弁当箱に箸を伸ばし一番はふっくら卵焼きに手を出します。
これは。ふむふむ……甘美味しい。塩加減も美味しい。完璧ですね。
「う、うん……今日ね、ネギ先生にちゃんとお礼言えたの……」
「ほむ?」
それは初耳でした。お腹が減ってると細かいことに頭が回りません。モグモグして飲み込む。
「良かったですね。のどか」
「うん、ありがとう。夕映のおかげで勇気出せたんだ」
先生と話したのはのどかで私は何もしてませんが、お役に立ったのなら何よりですね。
「一歩前進ですね」
「前進……」
嬉しそうなのどかの顔を見るのは良いことです。のどかは笑うと本当に可愛いのですよ?
同じ年の男性とはいかないですが、のどかが成長して嬉しいです。のどかはわしが育てたみたいな感じですね(違う)。
ネギ先生はお子ちゃまにしては礼儀正しいし、女性にも紳士です。性格も控えめで人は立てられるし……
何だか理想の彼氏っぽくありません? ああ、別に私の彼にしたいとか、付き合いたいとかそういうのではありませんよ? 全然、ほんとーです。
興味というか、魔法とはどういうものなのか知りたいというのが本音です。
「ねえ、ネギ先生と何かあったん?」
「この前、階段から落ちたのどかをネギ先生が下敷きになって助けたのです」
魔法を使ったのは省略。木乃香と明日菜はネギ先生とは同室。彼が魔法使いであることは承知なんでしょうか?
「それでか~」
事情を木乃香が納得して栗きんとんを摘まむ。
ふと木乃香の視線の行先が気になって見れば、先には龍宮真名と桜咲刹那がいる。二人は教室内を見回せる位置でお弁当を食べている。
刹那は相変わらず人を寄せ付けないオーラを放っている。
真名とは組んだことはないけど普通に話せる人です。彼女も見回り中学生の一人なのでそのうち組むこともあるでしょう。
見回りの仕事はボランティア活動ですが、技術提供の見返りにバイト代も出しています。
学生を使うのはどう考えても不法就労に思えますが、麻帆良の結界という存在自体が世に知られたものではないわけで、法がどうとかを私がどうこう考えるのも面倒なことです。
例の計画はまだ発動していません。ターゲットが絶対断れない状況を考え中です。木乃香自身から声をかけるのはまだハードルが高そうです。
「──刹那、学園長から聞いた。シフトを変えたようだな」
「ああ、生徒同士の組み合わせに変わった。お前とは半々のシフトになるはずだ」
「学園長きもいりの綾瀬夕映か」
真名と夕映の視線が一瞬絡まって夕映の方から目をそらした。まだ新人である綾瀬夕映は未知数の存在である。
「西の「綾」の一族だからな……」
「綾の一族? 何だいそれは?」
「真名は知らなくても問題ない……」
「君は隠し事が多いな。それに嘘をつくのも下手だ」
「関係ないでしょう」
この件で突っつくのは得策でないと真名は会話を変える。
「紙使いとは組んだことがない。陰陽道で使う式神や鬼とは何が違うんだ?」
「私のような退魔を生業とする者と違い連中は封じることに特化している。本に取り付いた魔物を専門にしている。紙使いはもうほとんど残っていないというし、実際にどういう技を使うのかは私もよく知らない」
「刹那とは畑違いということか」
「まあ、そうだな」
「組むのを楽しみにしているよ」
こうして、お昼の休憩はあっという間に過ぎていく。
同時刻の屋上、そこにエヴァンジェリンが立つ。校舎の上から見える風景を眺めている。休憩のチャイムはすぐに鳴るだろう。
「マスター」
「早かったな。茶々丸、仕込みは終わったか?」
茶々丸の登場に振り向いてエヴァンジェリンが迎える。
「はい、本はお返しします」
「白紙の食いつぶされた本などもういらん。それには本喰らいはもういないだろう?」
「そのようです」
すでに宿主のない本に茶々丸は目を落とす。昨晩まではこの本に魔物が宿っていたが今はもういない。宿る物を変えて潜伏しているのだ。
エヴァンジェリンの指示を受けて標的に時限爆弾の罠を仕掛けてきたのだ。それが発動するのはエヴァンジェリンの計画が発動する時である。
「マスター、質問があります」
「何だ?」
「使いどころを誤れば本喰らいは人の命を奪います。当事者でない人間を巻き込むことになります」
「茶々丸、私に意見するのか?」
「申し訳ありません、マスター。しかし……」
「いや、意見するのは構わないさ。もし命を奪うような事態になれば、それを救うのは綾瀬夕映だ。本には私たちが事を成すまでの時間稼ぎをしてもらう。もし綾瀬の力が及ばないのであれば私がすべての責任を持つ。それでいいか?」
「……不用意なことを言いました。お許しください」
「ああ、わかっている」
エヴァンジェリンはそう告げて強い風が吹いた。チャイムが鳴り響き二人は屋上から去っていた。
◆
古くさい本の匂いが好きです。良く管理された部屋で紙の匂いに包まれていたい。
放課後の夕映がいるのは麻帆良市内の古本屋だ。祖父の代からの馴染みの本屋である。
店主とは夕映もよく知った仲で、綾瀬家の紙使いとしての事情を少なからず知っているようだ。
ようだ、というのも夕映が知らない、いくつかの事件に店主と祖父が関わっていたようなのだ。
店の奥の他の誰も入れない部屋にある、鍵付きの展示された本は古いものが多い。立ち入りが許されるのはほんの一部の人だけだ。
「ストックはこれだけあれば十分ですね……」
紙使いは紙がなければ術を込めることができない。紙そのものに特別な力はないのだ。
夕映が買い求めるのは何の変哲もない紙の束だ。
紙術は念を込めて紙に力を生き渡らせ行使する。そのためのちょうど良い大きさや厚さというものがあった。
そこらへんのノートやメモ帳でも問題ないが、念の伝達能力や込められる力にムラが出てしまう。量があっても質が悪いのでは術の精度は落ちる。
祖父が店主と懇意にしていた関係で紙束を用意してもらっている。
術用の紙束は一つ一〇〇枚で綴られている。
制服の両袖に一束ずつ。上着の内側に六束。鞄にも予備を一〇束ほどを常備。
これくらいの改造は全然問題ない。これよりも制服を改造している子たちは他にもいる。
必要なものを揃えて夕映は店を出ていた。
街中の電柱に張られている紙は「迷い猫探し」の張り紙である。先週見つけてから気になっていた。
「目」
夕映が手を張り紙に触れ、監視用に市中に張り巡らせた「目」たちと連結していく。相当な念の力を使うが、猫が良く出没する場所や抜け道らしき場所に紙を設置してある。
術は一度使えば紙は念力を使い果たしてしまうので二度も三度も使えるものではない。念の力が持つうちに、一度に全部見て、情報を処理し、目標を見つけ出さなければならない。
様々な場所の情景が夕映の頭の中に浮かび猫の姿を追い求める。パンクしそうな情報の渦の中で見つけるのには特定の物だけを意識してそれに集中することだ。
数百の目を持った夕映はソレを見つけ出すことに成功する。小さな猫がいた。
「いた……向こう三〇〇メートルくらい」
夕映は足早に猫を求めて歩き始める。
本当なら罠も仕掛けて置きたかったんですが、どこに現れるかわからないものにリソースを割くには範囲が広すぎました。
きっと飼い主さんも心配してるでしょうね。
夕映がポケットに入れた紙には探し主の連絡先も記してあった。
◆
絡繰茶々丸はロボットである。造ったのは葉加瀬だ。主はエヴァンジェリンであるが、細かいメンテナンスは葉加瀬に一任されている。
今日も葉加瀬のところで調整が終わったところです。戻るまでの時間はマスターから好きにしてよいと言われています。
いつものように茶々丸が野原に姿を現わすとその姿を見た猫たちが集まってくる。みんな野良猫であるが、餌をよくもらっているので毛並みは良い。
「ご飯です……」
ミャー、ミャー足元に頭を摺り寄せてくる猫にエサを上げる。カリカリフードを懸命に食べる猫たちを見ながら茶々丸は終わるまで立つ。
猫たちにちょっかいを出す犬などがいないかを見張っている。
不意に懐の携帯が鳴って茶々丸は応対する。
「はい──」
それから五分ほど経過……
「──絡繰茶々丸さん?」
「綾瀬さん……」
胸元に仔猫を抱えた夕映が野原に姿を現わして茶々丸は変わらない場所で出迎えた。
「茶々丸さんの猫ですか?」
絡繰さんと呼んだが茶々丸でいいと言われたので茶々丸さんと呼んでいます。
「違います。みんな、ここの野良猫です……」
「この張り紙を張ったのも茶々丸さんですか?」
夕映がしわの寄った猫探しの紙を見せる。
「はい……」
「自分の猫でもないのにこれを作ったのですか?」
「家族ですから」
夕映が降ろした仔猫が茶々丸の靴に頭をこすりつける。茶々丸の手が伸びてその頭を撫でた。
心なしか表情の薄い茶々丸の表情が明るいように見えて、夕映は初めてそんな顔を見た気がした。
クラスでも常にエヴァンジェリンと一緒だ。例外的に葉加瀬聡美(はかせさとみ)とも話しているが、他はまったく交流がない。
エヴァンジェリンとは身長差もある対照的なコンビだが、二人ともあまり目立って派手なこともしないのでA組の中ではかなり静かである。
この二人のこともよくわからないが、エヴァンジェリンはどうやら学園長と関係があるようで、もしかしたら彼女は関係者? くらいには認知している。
茶々丸さんも普段は無口だけど実はすごく優しい人です。野良猫のために張り紙を作ってまで探す人はそういません。
手作りの張り紙をいっぱい作って商店街のあちこちで見かけました。
仔猫を見守る中、向こうから大人の猫が現れる。仔猫が一目散に走っていくと親子が合流するのを二人して眺めた。
「良かったですね。親子再会です」
「はい、そうですね。親子は一緒がいいです……」
しばらく猫たちを眺めて物陰に姿を消すと、夕映は用事は終わったと息を吐き出す。
「それじゃあ行くです」
「綾瀬さん」
去る夕映を茶々丸が呼び止めて立ち止まる。
「はい?」
「ありがとうございました」
茶々丸が深々と頭を下げる。
「いえいえ。たまたま見つけただけです。猫、見つかってよかったですね」
手を振って行く夕映の姿が見えなくなるまで茶々丸はじっと見送るのだった。
「綾瀬夕映……」
暮れ始めた空に浮かぶ緋色の雲に茶々丸は呟いていた。
◆
「ふう……帰宅です~」
夕映が手に下げるのはスーパーの買い物袋だ。あの後、近くのスーパーに寄りました。
今日のお返しをせねばならないのです。今日はのどかの好きなものを作るつもりです。
寮にたどり着いてようやく一息ですね……今日はちょっとだけ疲れました。でも猫探しも悪くありません。
茶々丸さんのことが少しわかりましたから。
「はわわ……」
寮の部屋に戻れば何だか放心状態ののどかが……
ほわわんと、どこか心あらずと言った顔をしています。
「のどか、何かあったんですか?」
「な、何でもないの!」
顔を真っ赤にして慌てるとのどかは向こう側に行ってしまう。
「のどか~。晩御飯は私が作りますよ~」
「うん、いいの?」
隣の部屋から返事が返ってくる。
何かあったんでしょうか?
「今日のお礼です」
スーパーの袋からパックを取り出し冷蔵庫から必要な素材を取り出してテーブルに並べる。
そしてレシピ本を広げる。
レシピ通りに作れば問題ありません。料理は科学なのです。
夕映は張り切って晩御飯を作り始めるのだった。