魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─   作:うささん

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6話 桜通りの事件簿

 桜通りに入る道を歩きながら夕映は周囲の気配を探った。満月が近い空を見上げる。

 昼なら学生もよく通るが、夜になるとこの通りは人の行き来が一気に少なくなる。

 

 のどかはもう寮に帰ってる頃でしょうか?

 図書館島の応援に行ってるのどかには遅くなるようならなるべく人がいる場所を選んで帰るようにメールしてあります。

 図書館島から歩きで近道をするとき必ず桜通りを通るので用心に越したことはありません。

 ちょうど、のどかからメールです。

 

『ユエへ。ふじみ家さんに寄ってケーキ買ったよ。新作ジュースのショコラサンダー見つけちゃった』

「ショコラサンダー……興味深い」

 

 添付写真にケーキ屋ディスプレイとジュースも映っている。

 ふじみ家は明るい通りにある店で桜通りは通らない。安心して夕映は携帯をしまい吸血鬼事件に集中する。

 

 創作ものにおける吸血鬼は昼は眠っているとか、にんにくが苦手とか、流れる水は渡れないなどの制約が多いです。

 古典の吸血鬼物はどれもが人間が勝手に描いたフィクションでしかありません。現実世界での吸血鬼のことはよくわかっていないのです。

 実際に吸血鬼がいるとしても、伝聞によるそれらの弱点がすべて真実であるとも思えません。現実に目にして自分の目で確かめなければわからないこともあるはずです。

 日中堂々歩いている吸血鬼がいてもおかしくはありません。

 とはいえ準備不足感は否めませんね。白木の杭でも用意した方が良かったでしょうか。

 

 足を止めて夕映は暗い歩道の向こうを見通そうとする。

 

「誰かいる……」

 

 呪文の詠唱……目の前で展開しているのは魔法戦です。本物の魔法使い同士の戦いを見るのは初めてのことです。

 木々の向こうで迸った光が闇の中で鮮烈に乱舞し氷の盾が弾いた。

 杖を構えて光の矢を放ったネギと氷の盾を使った黒衣の少女が対峙しあうのを見た。

 

「この世には、いい魔法使いと、悪い魔法使いがいるんだよ。坊や」

 

 急ぎ足で桜通りに入り夕映は二人をはっきり認識する。杖を持つのは間違いなくネギ先生だ。

 それにもう一人の黒い服は……エヴァンジェリンさん? その手に杖はなく魔法の触媒を使っているようだ。

 魔法の世界に疎い夕映にもエヴァンジェリンが変わった戦い方をしていると思えた。

 

「ネギ先生?」

「あ、綾瀬さんっ!?」

 

 夕映は駆け寄ってネギの腕を掴んで起こす。

 

「ちっ! 早かったな。撤退だよ。氷結 武装解除(フリーゲランス エクサルマティオー)!!」

「っ!?」

 

 魔法薬の瓶を投げつけたエヴァンジェリンが氷結魔法を放つ。たちまちのうちに足元が凍りついて夕映は身動きが取れなくなる。

 ネギの足も凍り付くが次には跡形もなく消滅する。対魔法レジスト現象だ。

 

「坊やはレジストしたか……追ってくるがいいっ!」

「ええ? 飛んだ!?」

 

 エヴァンジェリンの身が浮かび上がり建物の向こうへ飛んだ。事前の動作を思わせる所作も呪文詠唱もなかった。

 

「綾瀬さん、大丈夫ですか?」

「私はいいです……彼女を追ってください」

「でも……」

 

 ネギの助けを借りて片足を自由にする。

 倒れている女生徒が目に入る。とたんに夕映の胸が高鳴った。のどかであっては欲しくはない。

 

「早乙女さんです」

「……ネギ先生、彼女を追ってください。ハルナは私が」

「わかりました……お願いします」

 

 ネギが杖に乗ってすでに夜空に消えたエヴァンジェリンの後を追う。

 

「ネギー! あれ、綾瀬さん!?」

「夕映の姐御ー!」

 

 ネギが飛び立った直後に明日菜が現れる。その肩にはオコジョのカモミールの姿がある。

 足は冷たかったがもう片方もすぐに自由になる。

 

「ハルナ、大丈夫ですか?」

 

 夕映はハルナの側に屈みこんで脈と呼吸を確かめる。どうやら生きている。

 

「早乙女さん? 何があったの? それにさっきのって……もしかしてネギが犯人なの!?」

「明日菜のねーさん、そりゃありえねーって!」

「エヴァンジェリンさんです」

 

 明日菜の疑念を夕映は否定する。

 

「ええ? 彼女が吸血鬼なの!?」

 

 そうだと言える確証はまだありません。魔法使いなのは確実ですが……

 

「わかりません……明日菜さん、先生を追ってください。相手は強力な魔法使い、心配です」

 

 自分が追うべきか迷いますがハルナを置いてはいけません。

 明日菜さんだけでは心配ですが、オコジョ妖精の助けがあればネギ先生を助けられるかもしれません。

 

「そうですぜ! ネギの兄貴の場所は俺に任せてくだせー!」

「わかった。綾瀬さん、お願いっ!」

「はい、任せてください」

 

 ためらう時間はないと判断した明日菜が走り出す。

 普段からバイトで鍛えているだけあって早い。すぐに明日菜の姿は通りの向こう側に消える。

 ハルナには首に噛まれたような跡もない。ふうと息を吐き出して夕映は安心してどうしたモノか考える。

 

 先生に報せれば桜通りでの被害者は二人目になるから今度は大ごとになるでしょう。吸血鬼の仕業ともなれば上に報告する義務も生じます。

 学園長に報告するにしても、なぜ、あんなことをしたのか、エヴァンジェリンさんにことの事情を確かめておきたいですね。

 同じクラスメイト同士。話せばちゃんと理解し合えるはずです。

 

「まき絵と同じならすぐに目は覚まさないかもですね……のどか、帰ってますか?」

 

 携帯を出して電話をする。電話に出たのどかにいくつかを伝えて切る。

 それからハルナを苦労して背負って寮まで歩いた。その間、夕映は考える。

 

 不可解です……なぜハルナが? それに彼女のあの口ぶり……私が来ることを知っていた?

 私が到着したときのエヴァンジェリンさんの台詞が引っかかります。

 

「ゆえ~」

 

 寮の近くまで行くと表で待っていたのどかがこちらを見つけて走ってくる。援軍到着だ。

 のどかには吸血鬼どうこうは説明していない。ハルナが桜通りで倒れていたとだけ報せてある。

 

「パル、大丈夫?」

 

 側に寄ったのどかが夕映の背中のハルナを見て動揺する。

 

「どこも怪我はしてないようです」

「パルのことみんなには何も言わない方がいい? また大騒ぎになっちゃうし。でも保健室は……」

「この時間はもう遅いです。先生には明日報告しましょう。もしかしたら朝には起きるかもしれないですし」

「うん、わかった……」

「部屋まで連れて行きましょう」

 

 寮に入って部屋まで誰かと会うかと思ったが幸い誰にも会わなかった。ちょうど、この時間は入浴タイムで浴場は大盛況だろう。

 夕映はハルナを部屋のベッドに寝かせる。見た目にはただ寝ているだけのようだ。

 

「パルは私が見てるから夕映はお風呂でさっぱりして着替えてきて。あとでケーキ食べようね。パルが起きてくれるといいんだけど……」

「わかりました。先にお風呂頂いてきます」

 

 ハルナの様子を見る。胸元の本には反応がない。

 

「大丈夫。ハルナは大丈夫」

 

 自分に言い聞かせ、ハルナをのどかに任せて夕映は風呂に入った。今日あったことを反復して思い出す。

 最初の被害者である佐々木まき絵は被害らしい被害は出していない。ごく普通に生活に戻っている。

 今回のハルナの場合も同じだろうか? ただ眠っている。

 しかし、エヴァンジェリンが何を考えているのかまったく読めない。

 

 彼女にとってこの騒ぎを起こすメリットは何でしょうか?

 それにネギ先生をわざと挑発していたようです。

 っ!?

 

 湯から出て着替えようとして夕映は凍り付く。魔本のペンダントがいろ立つ妖気を発していた。強張った手で鎖を握る。

 

 のどか! ハルナ!

 

 すぐに着替えて飛び出す。向かうのはのどかたちがいる部屋──

 扉を開け放った部屋は暗かった。風がそよいで窓辺のカーテンが揺れる。倒れたのどかの姿が寝室に見えた。

 そしてすぐ隣に立つ人物も……

 

「のど……」

 

 額に感じたチリチリとした感覚に夕映は魔本を握った。目の前で妖気をまとう存在が強力な圧迫感を伝えてくる。

 

「ハルナ……」

 

 口元を歪めたハルナがそこにいた。その顔は邪悪に満ちた顔に変わる。

 普段の彼女が見せる顔ではない。まるで別人だ。その正体を夕映は知っている。

 

「本喰らい」

 

 夕映は紙を手繰りよせて触れた。いつでも念を込めて放つことができる。

 

「フフフ……止めておけ紙使い。この娘の体を傷つけたくあるまい?」

 

 フラリ、とのどかが操られたように立ち上がった。その目は支配されているのか虚ろだ。

 その喉元を本食らいのハルナが撫でる。夕映は微動だにせずに息を吸い込んだ。敵の方が早い。

 

「この娘の体に入り込んで辛抱したよ。中身を喰らってもう三割がたは私のものだ。私を倒したければこの宿主の娘を殺すことだな。もっとも元に戻るかは知らぬがなぁ。くはははは!」

 

 本喰らいに乗っ取られたハルナが自らを指差して告げる。

 

「……ハルナから出て行きなさいっ!」

 

 目の前の本喰らいに反応した魔本が輝きながら内側から夕映にどん欲なまでの食欲を伝えてくる。本喰らいを喰らうもう一つの魔物がここに棲んでいる。

 

「クク、そいつを解放するかね? あいにくやらせんよ、紙使い」

 

 本喰らいが動くと同時に夕映も紙を放つが、突き放されたのどかの体を夕映が受け止めて敵の姿を見失った。

 紙が大量に舞って落ちる。そしてハルナの姿は窓の外へと消えていた。

 

『紙使い。満月の夜に図書館島に来い。この娘の命が惜しくば貴様の命を差し出せ。選択肢は他にはない──』

 

 満月……それまでにハルナを取り戻して本喰らいに奪われた心を取り戻す。その為にこの本の力を使わなければなりません。

 ハルナのすべてが喰われれば宿主を魔本の姿に変え、人を喰らい続ける魔物へと変貌する。そうなったらもう終わりだ。

 その前に取り戻す。それ以外の方法はありません。喰われた心を修復する紙は私しか使えない。

 それが紙使いの力──

 

「ん……ゆえ?」

「のどか、大丈夫ですか?」

「私……? ハルナは?」

 

 その問いに答えることも、のどかを安心させることもできませんでした。姿を消したハルナのことと、これから私に待ち受けていることも──

 

 

 翌日。明日菜さんたちの部屋を早くに訪れましたがネギ先生は帰ってませんでした。

 

「ネギ先生は戻っていないのですか……」

「うん……エヴァンジェリンちゃんとネギが戦ってて。あたし追いついたんだけど、ネギのやつ、その後どこか行っちゃって……」

 

 茶々丸さんがエヴァンジェリンのパートナーらしいことも聞きました。

 

「そうですか……無事であれば良かったです。きっと戻ってきます」

「そうだといいんだけど……」

「そうですぜ、兄貴も作戦があって姿を消したに違いありやせん。ここはドーンと構えて待ちやしょう」

「オコジョもいいこと言いますね」

 

 ふう、と息を吐き出して夕映は寮を出る。朝が早い時間。向かうのは学校だ。

 のどかには忘れ物を取りに行くと書置きを残して出てきました。

 学校に着いてまっすぐ学園長室に向かう。事前に学園長に連絡してあるので会えるはずだ。

 

「入ります」

 

 学園長が夕映を迎える。

 

「ネギ先生のことは聞いた。わざわざここまで来たのは別件かのう?」

 

 桜通りで起きたことは説明済みだが、吸血鬼事件とハルナに起きたことは切り離している。

 

「本喰らいが出ました」

「なんと?」

 

 夕映に向けられる眼差しが真剣なものになる。

 ハルナに起きたことを簡潔に説明する。学園長に開本の許可を求めるためだ。

 

「満月の夜に図書館島。敵にだんぜん有利な場所じゃのう……」

「もう猶予はありません。それまでにどれだけ心を奪われてしまうかわかりません。ハルナが本の魔物に変わってしまう。もし、私が戻らなければ……」

 

 唇をかみしめる。ハルナに何かあれば悔やんでも悔やみきれない。友だちを失うわけにはいかない。

 

「いや、待ちなさい。君一人を行かせるわけにはいかん。一人で対処するには危険すぎる。本喰らいに対処する仲間が必要じゃ。こちらも支援を行う。それまで軽挙は慎んでくれ」

「わかりました……」

 

 一礼して学園長室を退室する。まだ人がいない校内を歩く。

 

「綾瀬夕映」

 

 不意に名を呼ばれ立ち止まる。その名を呼ぶのはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。その傍らに従者である絡繰茶々丸がいた。

 

「エヴァンジェリンさん……」

 

 待ち伏せしたにしてはここで襲うことはないだろう。夕映は真偽を見きわめようとその視線を受け止める。

 

「どういうつもりです? 昨晩、あなたは私が来ることを察知していた。違いますか?」

「違わない。囮を用意してお前の気を引くことを考えたのは私だ」

 

 否定はなかった。

 落ち着くです。感情的になってはいけません。相手の出方を見ましょう。

 

「目的は何ですか?」

「私の目的……あの魔法使いの坊やだが、あの小僧は私がもらう」

「どういう意味です?」

「深い事情があってな。お前にあの小僧との決着を邪魔されたくないんだよ。早乙女ハルナはそのために利用させてもらった」

「な……」

 

 ハルナを……利用した?

 

「あの本喰らいは……」

「私が解き放った。茶々丸にやらせてな。本から移して憑依させた。潜伏中は貴様でも察知はできなかっただろう?」

 

 夕映の視線を受けて茶々丸の表情は無感情を映す。

 

「わざわざそれを私に話すのはなぜですか?」

「端的に言うぞ。綾瀬夕映、私の仲間になれ。貴様の力を私のために役立てると誓え。ただの脅しではないぞ。満月の夜までに早乙女ハルナの呪縛を解けねばあの娘は死ぬ。従うと誓えばあの本喰らいは私が始末する」

「その言葉を信じろというのですか?」

 

 奥歯を噛んだ。手が真っ白になるほど強く手を握りしめる。これほど強い感情を誰かに抱いたことはなかった。

 その感情の濁流を呑み込んで夕映は顔を上げる。

 

「そう、怖い顔をするな綾瀬……単純だ。従うと誓え──」

 

 夕映の口が言葉を形作る──それを聞いたエヴァンジェリンと茶々丸はその場を去るのだった。

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