魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─   作:うささん

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7話 助っ人

 桜通りの吸血鬼──

 犯人はクラスメイトのエヴァンジェリンさんと判明し、そのパートナーは茶々丸さんでした。

 彼女たちはハルナに本喰らいを憑依させ私に仲間になれと言ってきました。目的はネギ先生だとも。

 学園長には危機を報せたけれど、これは私の問題です。本喰らいを封じるのは私の役割。それは紙使いの宿命と言えるものです。

 誰かに強制されたわけでも、誰かに約束したわけでもありません。

 

 でも、どうやってハルナを救えばいい?

 お爺様、私はどうするべきだったのでしょう?

 私は答えを誤ったのでしょうか?

 ダメです。全然考えがまとまらない。

 

 夕映は立ち止まって湖畔を眺める。寮に帰るに帰れないままここにたどり着いた。

 寮に帰ればハルナがいないという現実が待っている。

 それにのどかにどう説明し納得させたらいいのかわからない。彼女と顔を合わせて自分が普段通りに振舞えるのだろうか。

 心が不安に塗りつぶされる。心細い気持ちをペンダントを握って落ち着かせる。

 

「私は逃げてばかりですね……」

 

 湖面に移る自分の顔が揺らぐ。

 水面の向こうに図書館島がある。満月の夜に指定された決闘の場所だ。おそらく敵は図書館の利を生かした戦いを仕掛けてくるはずだ。

 私がハルナを助けるためにできること……

 鞄を見る。学校に行く癖でつい持ってきてしまったが、これが夕映の全戦力である。

 戦いは避けられない。身につけた力は誰かを守るための力。祖父が残してくれた唯一のもの。

 

「前を向くのです。綾瀬夕映。我思う、ユエに我あり。それが私。ハルナを絶対に助けます」

 

 言葉にして自分の意志を確かめる。それが自分が自分でいられる言葉だったからだ。

 後で古書店に寄る用事もできた。夕映は頭の中を切り替える。さっきまでの気弱な自分にはさようならだ。

 今日一日のはっきりとした目的が定まった。

 

「行ってみよう……」

 

 夕映は湖畔沿いの道を歩き出す。図書館島に向けて。

 

 

 その頃──閑静な竹林をエヴァンジェリンと茶々丸が歩く。

 つまらぬ仕事だ……麻帆良を覆う結界の見回り中である。

 自らを縛る忌々しい結界を守る任務をしていることは屈辱だが、この仕事をしたおかげで結界の弱点を探ることもできた。

 麻帆良に張り巡らせた電力網と結界は連動している。計画的に大停電を引き起こすことで一時的にだが封印されていた力を復活させることができる。

 満月の夜が勝負だ──

 

「マスター、なぜ彼女を挑発したのですか?」

「なぜも何も、私は悪者の役割を果たしただけだ。綾瀬は動かない。十分な成果だ」

「……」

 

 茶々丸の無言の視線は前を向いたままだが、従者の機微をエヴァンジェリンは感じ取る。

 綾瀬夕映との交渉はうまくいかなかった。思いの外強情な娘だ。

 

「不服そうだな」

「いえ、そのようなことは……」

「あの娘に嫌われるくらいどうということはない。私たちの計画は長い時間をかけて練ってきたものだ。今回を逃せばその機会は失われる。二度あるとは思わないことだ」

「そうですが……」

 

 なおも茶々丸が言い募る。彼女にしては珍しいことだ。

 

「ああ、もう! わかっているさ。綾瀬夕映を引き込むのであればもう少しやり方があったと言いたいのだろう? 茶々丸」

 

 立ち止まって腕組みをしてエヴァンジェリンは茶々丸の前に立つ。

 

「はい」

「お前バカ正直回路でも付けたのか?」

「いえ、葉加瀬との定期メンテナンスを行いましたが付けていません」

 

 茶々丸のAI回路は日々進歩し続けている。心と呼べる程のものが生まれつつあるのか? その成長を喜ぶべきか……

 

「味方に引き込むのは無理でも、中立の立場を約束させられたが、あえて背かせるように仕向けた。そこに疑問を持っているな?」

「はい、お考えがあるのでしょうか?」

 

 エヴァンジェリンのあのときの行動は威圧的なものだった。綾瀬夕映をこちらの思うように従わせる方法としては愚策である。

 マスターにそこまで反論するのは茶々丸の機能が抑制する。 

 

「お前は賢いが人のことはまだわからぬな。仮に綾瀬夕映と結んだとして、早乙女ハルナに憑かせた本食らいの始末を私が行う余裕が持てるかがネックになる。戦って分かったが、魔法使いの坊やの実力は本物だ。そんじょそこらのボンクラ魔法使いとは一線を画している。満月の夜に解除される結界は時間限定だ。坊やを相手にしつつ本喰らいの相手などしておれん。できたとしても私は坊やの血を吸うことを優先する」

 

 そこまで告げて、いったん息を注いで吐き出す。

 昨夜のネギとの戦闘で思った以上の実力を持つことが判明した。

 魔法の腕前はまだまだだが、魔力が足りない身で補助の魔法薬を使って戦うエヴァンジェリンをタジタジさせた。

 それが一度は約束したことを守れるかわからない要素となっている。

 本喰らいとなった早乙女に確実に対処できるかわからないことにエヴァンジェリンも迷うこととなった。

 

「綾瀬には早乙女を救ってもらわねばならない。あの娘にはそれだけの力がある。私が力を取り戻しても早乙女は救えないかもしれない。坊やがすんなり血を吸わせてくれれば別だがな。私の一番の敵は時間だ。茶々丸、私に失望したか?」

 

 主として認めたくない言葉であるが、茶々丸に対して偽ることはエヴァンジェリンの矜持にかかわる。

 

「いいえ。マスターは彼女のことを信頼なさっておいでなのですね」

「そんなものではない。泰造の秘蔵っ子にして紙使いの力を受け継いだ娘だ。本喰らいに対処するのに最も適材な者を当てるだけさ」

「おーい、エヴァ~」

 

 向こうからかかる声にエヴァは振り向く。高畑がこちらへやってくる。茶々丸が頭を下げて出迎える。

 

「む? タカミチか……何の用だ。仕事ならしているぞ」

「学園長がお呼びだ。一人で来いってさ」

「わかったよ……すぐに戻る。先に帰ってろ」

「はい、マスター……お気をつけて」

 

 二人が行く先を見送って茶々丸が告げていた。

 

 

 昼も過ぎた頃──夕映がいるのは古書店だ。店主に連絡して休日の店をわざわざ開けてもらった。

 図書館島での用事はもう済ませている。紙が足りなくなったので再補填しにここにきていた。先日買った分はすでに使い果たしている。

 全部を仕掛けとして使ってしまったが、それがうまく機能するかはまだわからない。ただできるだけのことをしたいという気持ちを止められなかった。

 

「おじさん、機械をお借りします」

「休みなのにお仕事かい、夕映ちゃん」

「はい……」

 

 店主は紙使いとしての事情を知るので詳しいことまで聞いては来ないが、祖父との間に築いた信頼関係で友誼を保っている。

 紙を均一に切る機械の使い方を教えてもらったが、紙を切り始めると店主が操作を代わってくれた。

 

「夕映ちゃんはゆっくりしていっていいよ。こいつは俺の仕事だからな。先生の紙は俺が全部作ってたんだ」

「お願いします」

 

 夕映は目元を抑える。念を使いすぎて目の下にクマができている。

 紙を扱うのに必要とされるのは強靭な精神力だ。紙は式神などで使う式譜と同じものだが基本は無地だ。

 術式となる紋様や呪文などは一切刻まない。術式は使い手の念そのものだ。

 まっさらな紙に念を込めることで自由自在に力を操ることができるが、術者の精神力に依存するので寝不足は天敵である。

 店主の言葉に甘えて夕映は古書の戸棚を見ながら一冊手に取って広げていた。紙を切る音を聞きながら夕映はページをめくる。

 

「毎度アリ!」

 

 全部の紙の束を前にそれを鞄に回収する。きちんと結束された紙を一つずつ入れていく。今回は紙は多すぎても困ることはない。

 ずっしり重くなった鞄を持って店を出る頃には夕暮れも近かった。

 

「綾瀬さん」

 

 呼び止められ振り向くとネギと明日菜がいた。

 

「ネギ先生、戻ったんですね」

「はい、綾瀬さん。ご心配おかけしました」

 

 ぺこりとネギが頭を下げる。その後ろからカモがぴょこんと顔を出す。

 

「私たち茶々丸さんの後をつけてるの」

「茶々丸さん?」

 

 見る限りではいないようですが……

 

「そこのお店に入って行きました。ペットのお店みたいですね」

「そうですか……」

 

 きっと、猫のエサを買っているのでしょう。猫たちは元気でしょうか?

 

「明日菜のねーさんがネギの兄貴とパクティオー(従者契約)したので次はエヴァンジェリンのやつにギャフンと言わせてやれます」 

「パクティオー?」

「あ、兄貴! 茶々丸のやつが出てきました。ちんたらしてると茶々丸を見失いやすぜ!」

 

 カモが指さす先に買い物をして店を出てくる茶々丸の姿があった。

 

「行かないと!」

「じゃあ、綾瀬さん。また後で」

「む……」

 

 二人が慌てて行くのを夕映は見送る。

 

 彼女は……今の状況では敵と呼ぶのでしょうか? 私の知っている彼女は優しい人です。ロボットだけど心があります。私は……

 

 一度は帰りかけた足を止めた。

 

 やっぱり……気になります。

 

 夕映は二人の後を追っていた。

 姿を見失う前に明日菜のツインテールを辛うじて見つける。茶々丸の行先はもうわかっている。

 いつかの空き地に入って行く。夕映は息を切らして辿り着いた。

 空き地でネギたちと茶々丸が対峙している。

 

 普段から体を鍛えていないときついですね……

 

 従者としての力を解放した明日菜が茶々丸に肉薄して接近戦に持ち込んでいる。

 ネギが魔法の詠唱を始めて間に合わないと判断し夕映は紙を取り出した。

 「疾走」と浮かんだ紙を両脚に張り付けて夕映は跳ぶように駆ける。

 

「──魔法の射手(サギタマギカ) セリエスルーキスっ!」

 

 詠唱を終えたネギから回避不能の自動追の魔法が茶々丸に向けて放たれる。

 

「自動追尾型魔法──回避不能……マスター、私が戻らないときは猫のエサを……っ!?」

「「八方盾!」」

 

 茶々丸の周囲に突如、八方の陣が浮かんだ。茶々丸の前に躍り込んだのは夕映だ。

 

「綾瀬さんっ! やっぱりダメぇ~~!!」

 

 ネギが魔法の射手の操作を反転させて自分の足元に着弾させて吹っ飛んでいた。

 その瞬間に茶々丸は飛んでいた。文字通りロケットのように足から噴射させての飛行である。あっという間に空の向こうに消えていく。

 

「何やってるのよ、ネギ! 怪我するわよ!」

「兄貴、自分に撃ってどーすんですかぁっ!」

「茶々丸さんも綾瀬さんもボクの大事な生徒ですから……」

 

 ネギが目を回しているがケガはない。魔法使いの魔法障壁がそらして防いだのだ。

 夕映の足元に紙が散って落ちる。ネギが矢をそらしたので防御の用は為さなかった。

 

「綾瀬さん、ケガはない?」

 

 明日菜が夕映の様子を確かめる。

 

「夕映のねーさんも何で茶々丸を庇うんすか~」

「私は何ともありません。ネギ先生は大丈夫ですか?」

「ボクは平気です。綾瀬さん、何であんな危険なことを? すいません……ボクがあんなことしたせいですよね。みんなボクの生徒なのに!」

 

 自分の頭をポカポカとネギが殴る。

 

「すいません。余計なことをしました……」

「いいのいいの、私だって茶々丸さんと戦いたいわけじゃないもの。大元はエヴァンジェリンのやつなんだから。本人にやり返してやりましょう」

 

 それから寮までみんなと一緒に帰りました。

 とっさに動いてしまいましたが……ネギ先生が人を平気で傷つける人ではないことはわかっていましたが、図らずも自分で体験してしまいました。

 魔法使いの魔法とは実に強力なものなのですね。あの攻撃を防ぎきれたかは自分でもわかりません……

 夕映は部屋の前で迷う。朝から逃げるようにして出てきてしまった。

 

「……ただいまです」

「お帰り、夕映」

 

 いつもののどかがそこにいる。

 そしてたまらなくなる。ここにハルナがいないことを思い出してしまう。

 

「入らないの?」

「入ります……」

「夕映」

「はい」

「ケーキ、食べようか?」

「食べます……」

 

 ろくに食べてないことを思い出す。とたんにお腹がグーグー言い出す。

 

「お腹減ったです……」

「すぐに出すね」

 

 のどかが冷蔵庫から出したケーキはモンブラン。夕映とのどかで一つずつ。ハルナの分もある。

 

「はい、ショコラサンダーだよぉ~」

「おお、これは……元気百倍出そうです」

 

 ショコラサンダー。麻帆良が生み出した奇跡のご当地ドリンク。毎月毎月、いかにしてこのようなものが出回っているのかは麻帆良七不思議の一つである。

 

「いただきます」

「いただきます……」

 

 とても甘い。とろけるその甘さを弾ける甘さで流し込む。 

 

「美味しいです……」

「夕映? ど、どうしたの、泣いてるの?」

 

 不意に胸に熱いものが込み上げて来る。目元の熱いものを夕映は拭う。

 

「泣いてません」

「泣いてるよ……」

「違います」

 

 後ろを向いて夕映は涙をティッシュで拭った。

 私はこの穏やかな時間と大切な人たちを守れるのでしょうか?

 友だちのハルナを取り戻せるのでしょうか?

 お爺さん力を貸してください──胸のペンダントに願いを込める。

 

 

 そして満月の日──学園長に呼び出されたのは世界樹が見える広場。夕映の前に現れたのは桜咲刹那と龍宮真名の二人だった。

 

「綾瀬、学園長から話は聞いている。生徒の命がかかっている。手を貸そう」

「私も微力だが助けになるよ。バイト代は弾んでくれると学園長から言質も貰ったしな」

「真名はとことん現金主義だな……」

「命を懸ける分だけの報酬は必要だ」

「……ありがとうございます」

 

 夕映は深々と頭を下げた。学園長は約束を守って二人の心強い援軍を送った。

 決戦場は図書館島です。準備は整いました。ハルナ……待っていてください。私は必ずあなたを取り戻します──

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