魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─   作:うささん

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8話 本の無限領域の世界(Book Of Unlimited World)

 夕映と真名に刹那は図書館島の入り口にいる。時刻は満月の夜間近だ。

 

「桜咲さんと龍宮さんのお二人には頼みたいことがあります」

「作戦か、綾瀬? 名前は真名と呼んでくれて構わないぞ」

「ええと、作戦というほどのものではありません。先日、図書館島の各ポイントに紙を配置しました。これを見てください」

 

 夕映の頭につけたヘッドライトは図書館探検部の備品だ。普段から使うようなものではないが、のどかとハルナの物を真名と刹那に貸与している。

 図書館島の地図を二人に見せる。透かしに番号を振ってあって重ねれば四角のマスで区切られ図書館島の各ブロックがわかるようになっている。

 地図には赤や青と緑のペンで印がしてあった。

 

「これは罠か?」

 

 真名が色違いの印が何であるか尋ねる。

 

「正確には探知機のようなものです。あと警報も仕掛けてあります。敵は図書館島を指定しましたが場所を特定しませんでした。地形的にここは敵の本拠地のようなものですが、こちらに備えがあることまではわからないはずです」

「つまり、私たちということだな」

「はい」

 

 刹那に頷いてみせる。

 

「お二人に任せたい役割は陽動と追い込みです。一人が待ち構えて誘導しながら、一人が敵を連れてくる感じです」

「では私が陽動を引き受けよう。刹那は追い込み役を頼む。いつもの手順で行くぞ」

「わかった。任せるがいい」

 

 二人は組んでそこそこ長いですから、私と組むよりはコンビネーションを発揮してくれるはずです。

 

「私はここに待機して位置を報せます。桜咲さんはここまで追い込んでもらえれば後は私が対処します。私が敷いた結界に閉じ込めることができれば勝てます」

「理解した。私に異存はない」

 

 真名が頷く。刹那は真剣な眼差しを夕映に向ける。

 

「綾瀬、一つだけ聞きたいことがある」

「はい。どうぞです。桜咲さん」

「体を乗っ取られた早乙女を元に戻すことが本当に可能か? 私はまだお前の力をよくは知らない。早乙女の命を預けるに相応しいか判断がついていない。本当に本喰らいに対処できるのか?」

「刹那、綾瀬が専門家だと言ったのは君だぞ?」

「悪いが本音だ。人命がかかっている。一般生徒を巻き込んでいるのだ。慎重にもなる」

 

 真名にコレは引かないと刹那が態度で示す。

 

「私の力量に不安を持っているのですね……信じてほしいとは言えません。ですが、ハルナは私の友人です。必ず連れて帰るつもりです」

 

 夕映の言葉を真名と刹那が受け止める。

 

「わかった……作戦を詰めよう」

 

 

 くっきりとした満月が夜空に浮かんでいる。今、同じ空の下で二つの戦いが始まろうとしている──

 一つは吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと魔法先生ネギ・スプリングフィールドの戦いだ。

 そしてここ図書館島でもう一つの戦いが始まる。

 

「何だ?」

「停電か……」

「これが合図ということですか……」

 

 麻帆良の明かりが次々に消えていく。何が起きているかを知らぬ人々にとってはただの停電に過ぎない。

 夕映は胸のペンダントが反応するのを感じ取る。ハルナが……本喰らいが近くにいる。

 

「行きましょう」

 

 図書館島の明かりはすべて落ちている。ヘッドライトをつけて三人が決戦の場に踏み入っていた。

 

「時は来た……その命、この私が喰らい尽くしてやろう」

 

 図書館島の頂上でハルナの体を乗っ取った本喰らいが笑う。すでに侵食はかなり進み力を得ている。その姿が揺らいで図書館の中に転移していた。

 夕映は閉じていた目を開く。こちらのレーダーに引っかかったのだ。

 

「真名、反応を感知。アの五からイの四です」

『了解。刹那、行くぞ』

 

 夕映は敵の次の動きを予測する。呼び名に関しては作戦遂行のため短縮して呼ぶことを了承させられた。

 それぞれのエリアに張り巡らせた紙が夕映の目であり耳である。込めた念を反響させながら周囲の紙を震わせて余波を周囲に撒きながら敵が移動する位置を割り出していた。

 今や夕映は念波を受け取る司令塔である。コウモリのように念を音波のように感じ取ることに全神経を集中させている。

 人間も生体波動を発している。刹那や真名を間違えることはない。本喰らいが放つ波動は独特の周波を持つ。

 夜であるからには予め目などは役に立たないとはわかっていた。停電はあらかじめ想定に入れていたわけではない。

 夕映は二人に指示を出す。

 

「刹那、うの六を南に追い込んで」

『対処する。来た。引き付けるぞ』

 

 相手の動きを探るための探知に紙を多く割いている。二人の位置も見失ってはいない。

 敵を引っ掻き回し、こちらの仕掛けた結界に引き込むのが狙いだ。今や夕映が地の利を得ているが油断はできない。

 

「真名、そこから左へ誘導してください。かの六の袋小路に追い込めます」

『ここまで暗闇の中でスムーズに指示されてると何かうすら寒いものを感じるよ。行ったぞ』

「絡めとります」

 

 夕映は魔本のペンダントを魔封じの鎖から外す。

 

「解放っ!」

 

 鎖から解き放たれた本が光を帯びると本来の本の形を取り戻して夕映の手の中に収まった。

 

「綾瀬~!!」

 

 髪を振り乱した本喰らいが飛び込んでくる。その姿は強力なトリモチ弾によって動きを阻害されているが驚異的な身体能力で天井を駆けた。

 あえて夕映は無防備な姿を敵の前に晒した。紙の防御陣すら敷いていない。 

 体を回転させて本棚を蹴った本喰らいが突進してくる。

 

「綾瀬っ! 避けろ!!」

 

 刹那の声が響くが夕映は動かない。本食らいが夕映の目前に迫る瞬間──

 本のページが開き、世界は時間を止めた。周囲は本に囲まれた世界から彩りのある色彩に彩られていく。

 

「接続──」

 

 夕映が言葉を発して本喰らいを光が包んだ。結界とは区画ではなくこの本そのものを指している。

 魔本は使い手の内面世界そのものだ。持ち主の魂の物語を具現化したもの──。

 紙使いの切り札であり、自らの内面世界に魔物を引きずり込み本喰らいを封じる奥の手であった。 

 

【本の無限領域の世界(Book Of Unlimited World)】

 

 解放された本の力で夕映の姿も変化を遂げる。

 解かれて乱れた髪がハーフアップに結われ、大きな赤いリボンが止められる。制服も消え去り赤い女袴の着物姿に変わった。足には黒革の紐ブーツだ。

 どこから見ても大正時代のハイカラ女学生の姿へと変貌を遂げていた。

 周囲の景色も大正さながらの建物と乗り物が存在し人々が行き交っている。だが、それは現実の人ではない。

 綾瀬夕映の物語が創り出した幻想の住民たちであった。

 その手に本はない。この世界が魔本そのものなのだ。

 

「アハハっ! 喰らいがいがあるよ! お前のすべてを私がもらうっ! ここにはお前の仲間は入れまい」

「ええ、己が身を食わせてあなたを討ちます。ハルナを返しなさい!」 

「できるものかぁ。すでに九割がたは私のものさ。このようになっ!」

 

 空間から黒い槍が飛び出して夕映を襲った。

 

「無駄です」

 

 身をひるがえした夕映の後を黒い槍が追う。だが、普段の夕映にはあり得ない速さでその攻撃を避ける。

 閉じられた空間からの予測不能な空間攻撃を息も切らさずに捌き切っていた。衣にも傷一つついていない。

 

「ここは私の世界です。あなたの攻撃は効きません。いかに宿主の物語を喰らおうともここでは勝てませんよ?」

「余裕こいてる暇はないぞ、綾瀬夕映……もうじきだ。もうじきこの娘は白紙になる。私がすべてを喰らい尽くすのだからな」

 

 背中を向けて本喰らいが走り出す。狂った声を響かせながら道行く者を薙ぎ払う。血をまき散らすがそれは生者のモノではない。

 

「待つですっ!」

 

 今度は夕映が追う番となった。

 橋を駆け抜け。

 路面電車を追い抜いた。

 その先には塔がある。

 重力などないように本喰らいが塔の鉄筋を走って頂上の展望室に達した。

 

「終わりさ……早乙女ハルナは真っ白の本となって朽ちる……あはははっ!」

 

 赤い目が追ってきた夕映を捉える。その夕映を指差した手から腕までがめくれて白紙のページをなびかせる。ハルナの全身が白紙に変わりつつあるのだ。

 本喰らいによって物語を食いつくされた人間は本に還る。それが本喰らいに憑りつかれた人間の末路であった。

 

「哀れな本の魔物……人間の物語を喰らい、どこまでも満足せずに物語を喰らい続ける。それは私も同じです。私の中の魔物がお前を喰らえと囁き続けます。いつまでこんなことが続くのでしょう」

「お前が私を喰らうか、私がお前を喰らうか。こい綾瀬夕映っ! 魂をかけて私と戦えっ!!」

「勘違いしないでほしいです。お前はここに入ったときからもう喰われています。私の中の魔物にっ!」

「っ!?」

 

 本喰らいの背後の影が伸びた。その影は人の形をしているが全身に目があった。いく百もの目が見開いて獲物を見下ろす。

 夕映にも制御できぬ本の中の魔物である。唯一魔封じの鎖で封じていたモノ。自らを本の魔物の脅威にさらすことで本喰らいとの共食いを誘発させた。

 

「くははははっ! いいぞ喰らうがいい! だが、早乙女ハルナももろともだっ!」

「させないです」

「むっ!?」

 

 前に出た夕映の姿がかき消えて本喰らいを抱擁するように拘束する。

 

「私を喰らうのでしょう? だったら、私に喰われる前に私を喰らい尽くすです。お前の望み通りに」

「何をするつもりだ?」

 

 本喰らい──ハルナの唇に夕映の唇が重ねられた。すると、本喰らいの背後の影が消えて夕映の中に入っていく。

 ハルナを抱えたまま夕映は膝をつく。そして二人はその場に倒れていた。

 

◆ 

 

「おい、綾瀬っ! 綾瀬、起きろ」

「やはり目を覚まさないか……」

 

 月が浮かぶ空。麻帆良市内は停電から復旧し、街は明かりを取り戻していた。

 真名と刹那の前に意識のない夕映とハルナが横たわっている。先ほどの戦闘で見せた異常さはもうハルナには見られない。

 二人は夕映たちを図書館島の外に運び出して路面に寝かせていた。

 

「学園長はじきにくる」

「ああ……」

 

 真名がハルナの呼吸を確認する。起きる気配はまったくない。ハルナの顔は白く、存在そのものが恐ろしく希薄になっていた。

 異常は夕映の身に起きていた。体のあちこちが「めくれ」本のページのように開いては閉じてを繰り返し、また別の体の部位で同じ現象が起こる。

 その捲れたページには文章が書かれているが、時系列はすべてバラバラであった。

 

「いったいこれは何なのだ?」

「まったく見当がつかないが、綾瀬が本喰らいと戦っているようにも見える」

 

 真名の指摘通り、夕映の体の中で二つの魔物が戦いを繰り広げている。互いを喰らい合いながら、体の所有権を巡って争っているのだ。

 

「どうやら遅かったようだな……」 

「エヴァンジェリン」

 

 刹那が立ち上がって来訪者を出迎える。

 結界に再び囚われた吸血鬼エヴァンジェリンが二人の前に立つ。その後ろには茶々丸とネギ、明日菜らがいる。

 すでに彼らの勝負は決着がついていた。 

 

「みんな、どうしてここに? 綾瀬さんと早乙女さん、どうしちゃったの!?」

「近寄るな、神楽坂明日菜。今は綾瀬に触れてはならない」 

「どういうことですか? エヴァンジェリンさん?」

「坊や。今、この娘の中で魔物同士が争っている。どっちが勝ったとしてもろくなことにはならないだろうな。もし目を覚ましたとしても綾瀬がお前たちの知る綾瀬であるかはわからないぞ」

「ええ……?」

「どういうことだ。エヴァンジェリン。説明してくれないか?」

 

 真名が問う。

 

「……本の魔物を綾瀬は解き放ってしまったようだ。早乙女を救うために自分の体に本喰らいを取り憑かせたのだろう。綾瀬の中で二つの魔物が肉体の所有権で喧嘩中さ。綾瀬の心が強ければ本喰らいに心を喰われず、なおかつ本の魔物の制御に成功すれば戻って来れるが……確率は五分五分といったところだろう。禁断の闇の呪法とはよく言ったものだ」

 

 エヴァンジェリンの言葉に自嘲気味の響きが混じる。

  

「どうにかできないのですか? エヴァンジェリンさん……」

「この娘の精神力次第だ。我々ができることはない。坊や、人の心に入り込むのは人間の闇に直面することになる。もしこの娘の心の中に入り込んで連れ戻すにせよ、その闇に呑み込まれないだけの力が必要だ。お前にそれを乗り越えるだけの力はまだない。本の魔物は蟲毒の蛇だ。私の力が戻っていればな……」

「そんな……」

「おお、ネギ先生ではないか。それにエヴァンジェリンもおるのう」

 

 老人の声が響く。学園長の登場に全員が注目していた。

 

「何だ、爺か……」

「どうやらネギ先生との力比べはイーブンだったようじゃの」

「違う。私が勝っていた! それと、ただの力比べをしていたわけじゃないぞ。停電復旧がもう少し遅ければ確実にこの坊やの血を吸っていたぞ!」

 

 エヴァンジェリンがネギを指差して抗議する。

 

「綾瀬っ!?」

 

 異変に気付いた刹那が刀に手をかける。妖気に包まれた夕映の体が浮かび上がり重力を無視して宙に浮いている。

 

「ち、始まったか……」

「皆、下がっていなさい。エヴァンジェリンもネギ先生も手出しは無用」

「でも学園長……」

「坊や、止めておけ。今ここで処理ができるのは爺だけだ」

 

 エヴァンジェリンがネギを止めて二人は下がる。

 

「さて、綾瀬夕映ではあるまい? はたしてどちらかのう? 本喰らいか、それとも……」

『綾瀬夕映……私を封じた、忌々しい男の孫娘か……』

 

 その口から洩れるのは怨念の響きを持つ幽鬼の声のようだ。

 

『肉体を得るは数十年ぶりよ……』

 

 溢れ出る力がここにいる全員を圧倒する。本喰らいを食らってか精気に満ち満ちている。

 

「何という妖気だ……本食らいの比ではないぞ」

「真名、学園長でも無理なら、私が綾瀬を斬る」

「ふぉふぉふぉ、久しぶり過ぎていささか図に乗っておるようじゃ。それっ!」

 

 学園長から放たれたものが飛んで夕映を乗っ取った魔物が打ち払う。だが、その瞬間、雷撃が魔物を打ち据える。

 持続した雷撃がその身を縛り魔物が苦悶の声を上げる。

 

「退魔呪雷縛陣っ!?」

 

 刹那が退魔秘術の技を漏らした。最高位の陰陽術の一つとして知られている技だ。

 

「苦しかろう。その体から出たらどうかのう?」

『ふざけるな! ぐぉぉぉっ!』

 

 呪縛された夕映の体から黒い妖気が漏れ出して地面に落ちて形を取り始める。実体はないが妖力密度の濃さから相当の質量を伴っていた。

 学園長が懐から取り出した鎖を放る。すると鎖は一本に解かれて外に出た魔物を縛り上げていく。元の長さを超えて何らかの術が働いていた。

 浮遊していた夕映の体が落ちるのをネギが滑り込んで受け止める。

 

「綾瀬さん、大丈夫ですかっ!?」

「……ん。ここは? ネギ先生? なにがあったです?」

 

 薄っすらと目を開けた夕映にネギが良かったと呟く。状況を把握しきれず、夕映はぼんやりと学園長を見る。

 その先に鎖に縛られた魔物の姿があった。

 

『鎖如きが! ぐぉぁぁ~~っ!!』

「ふぉふぉ、先ほどの雷術よりも動けまい。何せ、その鎖は本を封じていた魔封じの鎖よ。泰造の忘れ形見。再びその鎖で縛られるがよい」

『おのれ~ 爺っ! 貴様を殺すぞっ!!』

 

 蠢く実体のない闇が腕を伸ばす。その縛る鎖が動きを封じて身悶えしている。

 

「このまま消滅させるのも手だが、命乞いをするかの?」

『誰がするかぁぁっ! このクソ爺っ!』

「クソ爺という点は私もおおいに同感だな」

 

 腕組みのエヴァンジェリンがうんうんと頷く。何せ身に覚えがありすぎるくらいだ。

 

「では最後の仕上げといこうかのぉ……」

 

 学園長の手にあるのは式符だ。陰陽道における人型の式神を呼び出すためのものだ。学園長から符が放たれ鎖で縛られた魔物に命中する。

 すると、実体を持たぬ魔物の姿がみるみるうちに人型に変わっていく。同時に魔封じの鎖が出現した者の全身に巻き付いていた。

 黒い闇が払われて白い蒸気を上げて周囲を覆い尽くしていく。

 すぐに蒸気が晴れて、見守っていた者たちの前に素っ裸の少年が現れる。

 その身を縛る鎖が模様のように体に刻まれていた。頭には角が、額には三つ目の目がある。目元は邪悪な光に満ちている。

 

「あー、くそっ! 何だ、これはっ! ガキになっちまった!」

 

 鬼の少年が荒々しい粗暴さで自分の体をかきむしる。見た目的には一〇才ほどの少年となっていた。

 

「うそ……男の子に……」

「なっちゃった……」

 

 明日菜の呟きにネギが続く。

 

「学園長これは……式神、なのですか?」

「うむ、刹那君。近いが少し違うのう。魔封じの鎖が魔物本来の力をほとんど封じておる。それ以外はただの子どもじゃよ」

 

 刹那の問いに学園長が答えて笑う。

 

「どうじゃ、力を出せまい?」

「爺、なにしやがったぁぁ~~っ!」

「お主には選択肢が二つある。このまま人の姿でその身の妖力が尽きるまでその姿で過ごすか…‥」

「このパターンは私も経験済みだ。ナギといい学園長といい意地が悪いな……」

 

 額に手を当ててエヴァンジェリンがクスクス笑う。登校地獄一五年に比べればまだ生ぬるいレベルではある。

 

「もう一つは、消滅を望まぬのであれば綾瀬夕映の従者になることじゃ」

「はい?」

「なんだとっ!!」

 

 夕映と鬼の少年の声が同時に上がる。少年が学園長に殴りかかるがあっさりとかわされる。

 

「俺が小娘の子守だとふざけるなよ!」

「その鎖に縛られている限り、お主は力を失ったじゃじゃ馬に過ぎん。ここにいる綾瀬夕映が依り代に力を注がねばお主は消滅して消え去るだろうな。どうじゃ、選択の余地は与えたが……」

「それは選択とは呼ばないです……」

 

 意地悪な学園長にぼそっと夕映が漏らす。

 依り代が紙ということは、紙使いとしての力を注いで燃料補給するということだろうか? 原理は陰陽術の式神とほぼ一緒だろうと推測する。

 

「くっそー。ずっと俺を縛るやつの魂を喰らうのが悲願だったというのに。何だこの屈辱は!」

 

 夕映にずかずかと歩み寄って鬼の少年が睨みつける。悔しさからか、その目の端に涙が浮かんでいる。

 何だか子どもっぽいです。

 

「お前! 今、笑っただろっ!?」

「いえ、笑ってないです。ぜんぜん」

「いや、笑ったろ!」

 

 目の前のやり取りに緊張感はまるでない。

 

「どうやら一件落着のようだ。私たちの仕事はこれで終わりだな、刹那」

「終わってはいないだろ。早乙女がまだだ」

「ハルナっ!」

 

 夕映が寝かされているハルナの所に走り寄る。

 

「へ、ずいぶん喰われちまってるな。こりゃ、手遅れじゃないか?」

 

 鬼の少年が後ろから声をかける。その声には反応せずに夕映はハルナの記憶を探った。

 あった……まだわずかに記憶の痕跡を残している。再生は可能だ。

 

「記憶を修復します」

「そんなことできるの? 綾瀬さん?」

 

 いまだに状況がさっぱり把握できていない明日菜が尋ねる。

 

「一つずつやります。必ず、元に……」

 

 フラっと夕映は意識を持っていかれそうになる。その肩をネギが支えた。

 

「無理だぜ、精神力を使い果たしてやがる。そこのねーちゃんを助けるのに自分の体に俺たちを誘い込んだからな。あと一歩で全部俺が全部喰ってやったのによぉ」

 

 ケッと吐き出すように鬼の少年が言葉を吐き出す。

 

「ちょっとあんたねえ。綾瀬さんは命がけで早乙女さんを助けたんだよ!」

「俺は誰がくたばろうが知ったことじゃねえ!」

 

 鬼の少年が明日菜に食ってかかる。カッカした明日菜とにらみ合いになり、ネギが引き離した。

 

「綾瀬君も早乙女君も学園の保健室に運びなさい。早乙女君の治療は綾瀬君が回復してからじゃ。早乙女君は……インフルエンザで入院中ということにしておく」

「爺、俺はこの女のお守なんてしねえぞ!」

「ふむ、正確にはお守をされる方じゃな。命の選択権は綾瀬君次第じゃからな」

 

 顎髭をしごいて学園長はひょうひょうと返す。

 

「くそぉ……おい、女」

 

 鬼の少年が夕映の前に立つと背中を見せて座る。

 

「何です……?」

「背中に乗せてやる。さっさとしやがれ。クソ女」

 

 どう考えても親切と感謝する言葉使いではありませんね……

 

「自分で立てます」

 

 夕映は明日菜の手を借りて自分で立つ。ハルナは真名が背負っている。

 ああ、でもやっぱり厳しいです……

 倒れかけた夕映の体を茶々丸が受け止める。

 

「綾瀬さん、ここは私が」

 

 有無を言わさずという感じで茶々丸が夕映を両手に担ぎ上げる。いわゆるお姫様だっこである。

 

「あー、ありがとうございます……」

「いえ……こちらこそ」

 

 夕映は茶々丸を見上げる形で礼を言う。

 何だか……恥ずかしいけれど、ちょっとドキドキしますね……

 

「け…… いでぇっ!?」

 

 鬼の少年の頭を学園長がはたく。

 

「こやつも少し礼儀作法を教えた方が良かろうて。ネギ先生や」

「はい、何でしょうか、学園長?」

「これも、魔法使いの試練じゃ。手のかかる生徒が一人増えるが構わないかの?」

「えー! もしかして彼がボクの生徒ですか?」

「何だてめえも魔法使いの仲間かよ……」

 

 戸惑うネギに挑発的に鬼の少年が返す。

 

「いでっ! 爺、叩きまくるんじゃねえっ!」

「これからはお主もネギ先生の生徒じゃ。人間世界のことを深く知ると良かろうて」

「クソー、最悪だ……」

 

 ズキズキ痛む頭を押さえて鬼の少年はふてくされるのだった。

 こうして、桜通りから始まり、満月の夜にかけて起きた事件は終わりを迎えました。

 本喰らいに記憶を奪われたハルナが目を覚ますのは一週間後のことです。みんなには季節外れのインフルエンザということになっています。

 そしてA組に一人の生徒が加わることになりました。女子校ですが特例ということで学園長が了承したのです。

 そして私たちの部屋に角の生えた居候が一人増えることとなったのです── 

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