魔法先生ネギま!─紙使い、綾瀬夕映の事件簿─ 作:うささん
「みんな、ちーすっ!」
朝の二年A組の教室。登場したハルナの挨拶にみんなが振り返る。いつもの三分の二ほどが教室にいた。
本日は保健室で目覚めた。シズナ先生から制服を渡されてハルナはそのまま登校である。
「あ、ハルナっちだ~」
「復活を遂げてハルナが帰還っ!」
「どーも、どーもぉ。お久っさ~」
鳴滝姉妹のハイタッチ洗礼を浴びてハルナは自分の席に着く。すぐに朝倉和美が寄ってきて挨拶をする。
「ハルナも吸血鬼にやられたとか、もうすでに死んでいる、説が出てたけど、うーん生きてたか。お帰りー」
「フ、寝てる間に和美に勝手に記事ネタにされてたかぁ……」
「しない、しないって。インフルエンザなんかじゃネタにもなんないよ~ 季節外れってくらいかなぁ」
「だよねぇ~」
ハハハ、と和美に笑って返す。インフルエンザということで隔離されていたらしいのだが、ハルナにはその間の記憶がまったくないのである。
不思議なことに最近の記憶だけすっぽり抜け落ちているのだ。それ以外は普通。今まで通りだった。
ハルナの前に今入ってきた図書館組の二人が立つ。夕映とのどかだ。
「もう体はいいですか? ハルナ」
「良かった、パル。もういいんだね?」
「お! ユエ吉ただいまぁ~」
夕映がいやいやする抵抗は無視し、むぎゅーっと夕映をハグする。
「ハルナ、そーいうのはいいですから……」
シズナ先生から目を覚ましたという連絡を受けたのでいつもより早く登校してきたのだ。
心配していたような記憶の混乱は今のところ見られませんが、しばらくは様子見ですね。
「うーん、何だかわからないけど、ぎゅーしたい気分なんだ~」
ようやくハルナが離れてホッとする。ついでのどかもハルナはハグをする。
「パル……」
「いやぁ……満足、満足!」
二人にハグして、しっくりきたと一人満足してハルナは席に座る。
ネギが教室に入ってきてハルナを認めて席の前に立つ。
「早乙女ハルナさん! 良かった、復帰できたんですね!」
「あれー、ネギ先生もちょー久しぶりー! 明日菜もげんきー?」
ハルナがピンピンしてるよ、と手を上げて明日菜とタッチする。
「早乙女さん、インフルエンザ良くなったんだね」
「そーだよ、何でか知らないけど、その間の記憶ないんだけどねぇ……」
頬杖ついてなぜかしらん? とポーズを付ける。
「まったく、お気楽な女だぜ……」
「はて? 君、誰?」
ネギと明日菜の後ろにいる少年に目が行く。ハルナが初めて見る顔だ。
白シャツに黒ズボンはそこらの中学生かなという服装だが、額にはバンダナをしている。何だか尖った角みたいなのを付けていて目つきはすごく悪い。
見た感じは小学生のように見えるが、中学生なのだろうか? いやそもそもここに男子生徒?
前提条件がおかしいが、子ども先生がいる時点で常識はマッハに素通りしているA組であった。
「彼はですね、僕の新しい生徒です! 名前は綾瀬キラ君です」
ハルナのいぶかしむ視線にネギが前に出る。キラの態度は偉そうで腕組みをしている。
彼はこのクラスに特別編入となった。席は増設されてキラは夕映の隣である。寮と教室では夕映が面倒を見ている。
力を封じられているが、夕映を喰ってやると宣言するようなキラを野放しにはしておけないと、ネギがキラ君を監視しますと言うので、夕映との距離も微妙に縮まっている。
おかげでのどかとネギ先生の距離も近くなりました。まあ、のどかは相変わらずの性格なので一緒に話すだけで精いっぱいなのですが、本人はそれだけで幸せモードです。
のどかにはもっと頑張ってほしいですね。
なお、隣席の千雨は非常識クラスがSランクアップにしやがったと現実と戦っている。
「綾瀬?」
「恥ずかしながら、私のいとこです……」
ということになってます。と夕映は頭の中で注釈をつける。
「はい?」
夕映の応えにハテナマークでハルナが返す。
学園長との話し合いで鬼の少年、鬼羅(キラ)は夕映のいとこということにされているのだ。
「ハルナが寝てる間なんだけど、キラ君が上京してきて、その間は私たちの部屋にってことになったの」
「ふーん。何、その頭の? 角? 角なの?」
のどかの説明にハルナの手が早速伸びる。変わったものは確かめずにはいられない質である。
「触んな、バカ女!」
「おおう?」
その手をキラは邪険に払う。
「バカは余計よ! ごめんねぇ、この子、礼儀がなってなくて!」
ごっつんとキラの頭に明日菜の拳がのめり込む。
「このアマー!」
すかさずやり返そうとキラの手が伸びるが、あやかが二人の間に割って入る。
「もう、またですの! 明日菜さん! キラさん! 授業前の騒ぎはペナルティを課しますわよっ!」
「何よ、委員長。ペナルティって!」
「放課後の居残り補習に決まってますわ! テストが近いことお忘れっ!?」
「テストだぁ……?」
何だそれ? というキラ。夕映の背にはどんよりモードがのしかかる。
「ついにその時が来てしまったというわけですね……」
「そうかぁ、もう期末試験だねえ……」
自分が寝てる間にもうその時期か……
ハルナ的には問題ない。何せここはエスカレーター方式。学年最下位になろうがクラスがどうにかなる事もないのだ。
「まあ、最下位でも何とかなるよねぇ。大丈夫、大丈夫」
「ええ? ハルナさん、大丈夫じゃないですよね? それはマズいことでは……」
楽観的なハルナにネギがおろおろする。他のメンバーも特に実害がないので涼しい顔である。
「そうです! ネギ先生の言う通りですわっ! 今年も最下位になんてなったら、わたくしのクラスが地に落ちてしまいます。明日菜さんのようなおバカさんを野放しにしては置けませんわ!」
「ナニソレっ! 委員長、人を何だと思ってるのよ!」
「おバカさん。ええ、おバカさん以外の何者でもありませんわ」
「キー! おバカか知ってるけど人に言われたくないわっ!」
「だったら、今からお勉強なさってはいかがですか? お・バ・カ・さ・ん」
「相変わらず委員長の煽りスキルが光ってるですね……」
あやかと明日菜が取っ組み合うのをネギが止める。
「だってー、夕映も勉強しなさいよ」
「そうだよ、夕映……」
「絶対イヤです」
ハルナとのどかに全力否定。そこは譲れない一線です。
「は、こいつらアホすぎるな……」
委員長と明日菜の取っ組み合いも決着がつき、今日もいつも通りの授業のチャイムが鳴るのでした。
◆
「……勉強はさておいて、今日はハルナの快気祝いです」
「夕映、どこ見て説明してるの?」
「のどか、ジュースは行き渡りましたか?」
「みんなの分のコップあるよー。はい、どうぞ」
「ありがとうです」
のどかが夕映の分とコップにオレンジジュースを注ぐ。
ここは前にみんなで来たお好み焼き屋です。今日はハルナ復帰の快気祝いにお店を借り切ってみんなできています。
一人余計なのがいますが仕方ありません。
「なぜ私までここにいるのか……」
桜咲刹那さんも呼んであります。余計なのは彼女のことではありません。
桜咲さんは今回の特別ゲストです。龍宮さんも呼んだのですが、用事があるので遠慮しておこう、と辞退されました。
ハルナ救出の功労者の二人へのお礼も兼ねていたのですが、彼女には別の形で返そうと思います。
「せっちゃん、来てくれてありがとうなぁ」
「お嬢様……」
刹那と木乃香は夕映たちとは別席で隣同士の席になるように夕映が指定している。
キラはハルナとのどかの前にふんぞり返っている。
「キラ君て出身どこなの? こっちにはご両親の都合とか? でも寮にいるんだよね」
「……好きでここにいるわけじゃねえ。学園長の爺に言えよ」
ハルナの問いにキラはぶっちょう面で答えを返す。
「こらです。そんな答え方がありますか」
ごつん、と夕映の制裁チョップがキラに炸裂する。
「ってえ……あにすんだこのアマっ!」
ギランと目つきの悪い双眸が夕映に向けられる。
バンダナ下の三つ目は閉じられているが魔物が持つ「魔眼」の力は封じられている。
魔封じの鎖と魔物を封じた式札が封印の要だ。式神としての存在を維持するのに夕映の持つ力を必要としている。
「言葉使いには気を付けるですよ?」
「ち……」
「なかなか個性的だねぇ。夕映がしつけ役ってわけね」
「ホントにしつけがなってなくてすいません」
実際、常識という言葉の意味を一から教えるなんて面倒この上ありません。
魔本に封じられていた時間が長かったのもありますが……
「その角、触らせてよ~」
「だから、触んなよ……」
「今回の主役はハルナです。好きなものを頼んでくださいね」
「いやぁ、どうもどうも。でも、一週間寝込んでてまったく記憶ないなんて最近のインフルエンザはヤバいよねえ、アハハ」
「そうだね、ハルナへの面会は全然ダメだったから、すごい久しぶりかな?」
ハルナの記憶がない期間、本喰らいに喰いつくされた記憶を復元するために夕映がずっと治療していたのだ。
紙の秘術を用いてすべての記憶を元に戻すことができたが、失踪前と本喰らいに乗っ取られていた間の記憶はあえて再現しなかった。
それがハルナのためだった。
のどかの記憶も念のためにしおりを差し込んで事件当時の記憶には封をしてある。
「喰われたのに呑気なねーちゃんだぜ……」
「そのことは他言無用です。いいですか?」
小声でキラに囁く。
「人間ごっこなんていつまでもやってられっか。お前を喰ってやるんだからな」
まったくと言っていいほど馴染んでいませんが、コレを放し飼いにするわけにもいきません。
のどかにはいきなり過ぎましたが、綾瀬家のいとこをしばらく預かることになったのだが、すまんがそちらで一時期預かってくれんかのう、と学園長から直接の説明がありました。
穴だらけで突っ込みどころは満載ですが、彼は祖父の泰造が本に封じた魔物です。その魔物を私が受け継いだのです。
これまで数多の本喰らいを食らってきた恐ろしい魔物……なのだけれど、今は学園長に力を封じられてただの子どもでしかありません。
まあ、実害はないのですが……
「夕映ちゃん、夕映ちゃん?」
「はい?」
ちょんちょんと木乃香が夕映の肩を突く。ジュースを取りに来たのか瓶を持っている。
「せっちゃん誘ってくれてありがとうなぁ~」
「いえ、私も桜咲さんにお世話になったので」
「そうなん?」
「ええ、だからお礼しようと誘ったんですよ」
実際、彼女がいなければハルナを救えていなかったかもしれません。スムーズに本喰らいを誘い込めたのは二人がいたおかげですから。
運ばれてきたお好み焼きの入れ物をキラが覗き込む。
「何だこれ?」
「キラ、かき混ぜてこうやって焼くです」
キラに見本を見せて夕映が鉄板に具を注ぐ。
「んだこれ、うめえな……」
「ふつーは切って食べるですよ。熱くないんですか……」
一枚丸ごと頬張ってキラが顔芸を披露したり、みんなで違う種類のを切り分けて食べたり、今日一日の最後が過ぎていく。
刹那さんと木乃香の距離感も少し縮まったみたいです。
「やっぱこのお店いいわ~ 常連決定~」
「ハルナ、復帰初日お疲れ様です」
「いいよね、こういうの。賑やかなのも増えたし」
向こう側で今度はキラが刹那に絡んでいる。
斬るか……と殺気を飛ばす刹那の前で焼き方を覚えたキラがひっくり返して、木乃香がパチパチと拍手を送る。
「そうですね。ハルナ」
「うん、何?」
「……お帰りなさい」
「ただいま、夕映」
ハルナ快復の打ち上げ会はこうして賑やかなうちに幕を閉じるのでした。