カンナギ   作:百瀬頼人

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番外編  赤田梨華の夢

試合は順調に進み、終盤に差し掛かっていた。

 

両チームの先発が好投する投手戦となったこの試合が動いたのは5回裏だった。

 

ブロッサムズの四番打者の会心の当たりはフェンスを越えるソロホームランとなった。

 

0行進が続く試合に風穴を開ける一発に美華の顔にも笑顔が浮かんだ。

 

 

 

梨華)1点あればお姉ちゃんなら何とかしてくれる…

 

小原)そうかな?「野球は筋書きのないドラマ」って言葉があるじゃないか。

 

梨華)そうだけど…お姉ちゃんなら絶対に抑えてくれる…

 

小原)まるであの時の試合と同じだな。

 

梨華)え…?

 

小原)この世に「絶対」は存在しない。あの時はそう思ったよ…

 

 

 

~3年前~

 

小原)そうそう…送球への移行が楽になるだろ?

 

梨華)本当だ…

 

小原)ソフトの盗塁は難易度が高い。投球より前にリードを取ると離塁でアウトになる。その為、盗塁する際には投球と同時にリードを取って球種を見計らって走ってくる。

 

梨華)そうですね。

 

小原)だからキャッチャーは、捕球後にすぐにベースカバーに入る選手にきっちり牽制できるよう準備する必要がある訳だ。

 

梨華)なるほど…

 

小原)梨華ちゃんは肩が非常に良いから、このポジション移行をもっと突き詰めればトップクラスのキャッチャーになれるはずだ。

 

梨華)勉強になります!

 

 

 

梨華は俺の指導によって、ずば抜けた牽制技術を手に入れた。

 

持ち前の肩力は抜群で、僕が教えるまでもないほどだった。

 

そんな良い肩を活かせるように、ひたすら捕球から投球動作への移行を梨華に叩き込んでいった。

 

 

 

その結果はすぐに表れた。

 

指導を始めてからしばらく経過したある日。練習試合を見て欲しいと例の球場に呼び出された。

 

そこで見たのは牽制でランナーを刺しまくる梨華の姿だった。

 

盗塁を試みるランナーだけではなく、塁に戻ろうとするランナーもかなりの数を刺せるようになっていた。

 

俺の指導が上手くハマったことを確信した瞬間だった。

 

 

 

それ以降、梨華はチームに欠かせない存在となっていった。

 

守れば抜群の守備力で相手チームを圧倒し、打てばシュアで破壊力のある打球を飛ばす。

 

バッテリーを組んでいた美華との相性も抜群。

 

まさに、向かうところ敵なし…最強のコンビだった。

 

 

 

…小原さん!

 

小原)…あ、ごめんごめん。試合はどうなってる?

 

梨華)お姉ちゃんが…

 

小原)どうした?

 

 

 

試合は6回表。ここまで完璧に抑えてきていた美華が徐々に捕まり始めていた。

 

何とか2人打ち取ったものの、2,3塁のピンチ。

 

ここでブロッサムズの監督が動いた。

 

「ブロッサムズ、選手の交代をお知らせいたします。」

 

 

 

美華をマウンドから下して二番手の投手を投入した。美華はそのまま遊撃の守備に回った。

 

ピンチの場面でマウンドに上がる投手のプレッシャーは計り知れない。

 

同じようにマスクをかぶってきた俺にも、梨華にもその緊張感は伝わっていた。

 

 

 

梨華)あっ…その球は…

 

梨華が小さく呟いたその時だった。

 

 

 

金属バットから快音が鳴り響く。

 

打球は左中間を深く破る当たりとなった。

 

二人が生還し逆転。ブロッサムズは一気に不利な展開になってしまった。

 

 

 

小原)だから言ったろ…「野球は筋書きのないドラマ」だって。

 

梨華)…

 

小原)あの時と全く同じ展開だな…

 

 

 

赤田姉妹のキャリアはその後も順風満帆だった。

 

大学3年生になると、二人は揃って大学日本代表に選出された。

 

国際大会と言う大舞台でも、二人の技術は完全に通用していた。

 

並みいる強打者を相手に三振の山を築き上げる美華、快速自慢のランナーをいとも簡単に刺してしまう梨華。

 

二人はプロ選手の有望株として、大きく注目されていった。

 

…しかし、時間と言う物は時に残酷な答えを出すこともあるのだ。

 

 

 

~1年前~

 

ある日の仕事終わり。いつものように着替えを済ませ、荷物をもって帰ろうかと言う時だった。

 

小原)(…ん?)

 

誰かがすすり泣いているような声が微かに聞こえた。

 

小原)(誰が泣いているんだ…?)

 

その声を頼りに探していると…誰にも見つからないような建物の陰で、梨華が泣いていた。

 

 

 

小原)梨華ちゃん…どうしたの?

 

梨華)小原さん…

 

梨華の目には涙が浮かんでいた。相当悲しいことがあったようだ。

 

小原)話…聞こうか?

 

梨華は小さくうなずいた。

 

 

 

小原)…神楽巫女に選ばれた?

 

梨華)そうなの。お母様が…「私を後継者にする」って…

 

小原)凄いじゃないか。この神社の歴史を担うんだろ?とても名誉なことじゃないのか?

 

梨華)そうだけど…ソフトボール…

 

小原)あっ…そうか。

 

 

 

赤田姉妹はもう既に全国区の選手となっていた。当然、姉妹揃ってプロの世界に飛び込んでいくだろうと誰もが確信していた筈だ。

 

しかし、赤田神社には「神楽巫女」と言う伝統がある。1000年も続いてきた伝統はそう簡単に破れる訳じゃない。

 

梨華は俺の指導を吸収して、自らの素材を活かした抜群の選手になっていった。

 

だからこそ、神楽巫女に選ばれたこと…いや、選ばれてしまったことがとても悔しかったのだろう。

 

 

 

梨華)嫌だよ…諦めたくない…もっとお姉ちゃんと一緒にソフトボールをやりたい…

 

 

 

俺は悲しむ梨華の姿を見て、こう切り出した。

 

 

 

小原)梨華ちゃん。俺が何で梨華ちゃんに指導したか…分かる?

 

梨華)何でって…?

 

小原)俺も、梨華ちゃんみたいに夢を諦めたからなんだ。

 

梨華)…どういうこと?

 

小原)全部話すよ。

 

 

 

俺が野球を始めたのは小学生の頃だった。パワー馬鹿で、打球をかっ飛ばしたり、鋭い送球をする事しか能の無い選手だった。

 

そんな俺がキャッチャーをやるきっかけとなったのは、チームメンバーが足りなくて万年代打だった俺が急遽キャッチャーをやることになったある試合からだった。

 

その試合で、俺は散々な守備を見せてしまった。そんな俺の守備を見た監督が言った一言が運命を変えた。

 

「守備はまだまだだけど、凄い肩を持っているじゃないか。」

 

 

 

その言葉に、俺は思った。

 

「もしかしたら…肩で活躍できるかもしれない」と…

 

それ以降、俺は一流のキャッチャーを目指して練習を積んでいった。

 

 

 

キャッチャーは肩で飯が食えるほど楽な仕事じゃない。投手とのコミュニケーションも必要だったし、フレーミングやインサイドワークも重要なポイントだ。

 

経験値0の俺は、研究を積み重ねた。必死になって色んなものを吸収しようとした。

 

書籍や映像から取り入れた知識を実戦で生かそうともがき続けた。

 

気が付いたら、日が暮れるほど真っ暗になるまで練習していたこともあった。

 

 

 

地道に、愚直にやり続けた結果…俺はとりあえず一人前のキャッチャーになることは出来た。

 

しかし、このままではただの「キャッチャー」であり、「一流のキャッチャー」ではなかった。

 

そこで次に極めたのが牽制の技術だった。

 

 

 

抜群の肩を活かして牽制を極めた。結果として、鉄砲肩のキャッチャーが完成したのだ。

 

中学時代はまさに無双状態だった。走るランナーをことごとく刺してチームに貢献した。

 

しかし、高校に入ると流石にそれだけでは通用しなくなってくる。

 

そこで次に磨いたのが打撃だった。

 

 

 

打てて守れる捕手。どのキャッチャーも憧れる理想形だ。

 

俺が常に努力を惜しまず高みを目指した結果、チームの士気も上がり大会でも上位に入るようになっていった。

 

流石に甲子園とは縁が無かったが、いくらかはプロからも注目されるほどにはなっていった。

 

 

 

しかし、俺の実家は神社だ。いつかは家業を継がないといけないかもしれない。

 

そう言う事態に備えて、大学進学を選んだ。

 

 

 

大学でも俺は注目され続ける存在だった。常にライバルがいる状態と言うプレッシャーは尋常じゃない。

 

それでも監督の期待に応え続けた。チームの勝利にも貢献し続けた。

 

プロも狙えるんじゃないかと思っていた大学3年生の夏だった。

 

 

 

俺の肩が悲鳴を上げた。

 

 

 

全治1年ほど…4年の秋リーグまで絶望だった。

 

 

 

1年何もできない状態は流石に体力が衰えてしまう。リハビリできたとしてもリーグに間に合うとは到底思えない。

 

…俺は野球を諦めた。

 

 

 

梨華)…そうだったんですね。

 

小原)夢を諦めてしまうと、何をしたから良いのか分からなくなっちゃってね。

 

梨華)…

 

小原)でも、自分が培ってきた技術は誰かに伝えることはできるだろ?

 

梨華)…

 

小原)俺は、叶えられなかった夢を梨華ちゃんに託したんだ。

 

梨華)…

 

小原)梨華ちゃんも夢を諦めることになってしまった。ならば、誰かにその技術を伝えるとか…誰かの夢に寄り添う事が出来るんじゃないかな?

 

梨華)…

 

小原)…梨華ちゃん?

 

 

 

梨華)そうですね。私が叶えられなかった夢は…お姉ちゃんに託すことにします。

 

小原)…それで良いんじゃないかな?

 

梨華)はい。でも…最後まで夢は追いかけますよ。

 

小原)?

 

梨華)今度全国大会をかけた試合があって…これに勝てれば全国の舞台に行けるかもしれなくて…この全国大会を私の花道にしようと思ってて。

 

小原)…分かった。その試合、絶対見に行くよ。

 

 

 

…小原さ~ん。寝てませんよね?

 

小原)…おっと。大丈夫だよ。試合は?

 

梨華)7回の裏。2アウトでランナー1塁。…今お姉ちゃんが打席に立ってる。

 

小原)…本当に、偶然じゃないかってくらいあの試合と同じだ。

 

梨華)…そうね。私のこの球場での最後の試合よね。

 

 

 

1年前、それは赤田梨華にとって最後になるかもしれない大事な試合だった。

 

2-1と1点リードされた7回裏。2アウトと後が無い状況で梨華が打席に立った。

 

ランナーは1塁にいる。一発があれば逆転サヨナラと言う場面だ…

 

 

 

小原)1球目は何だった?

 

梨華)アウトローのチェンジアップ。空振りした。

 

 

 

小原)2球目は?

 

梨華)インハイのライズボールが外れてボール…

 

 

 

小原)3球目が…

 

梨華)真ん中低めのカーブ。私はそれを打った。

 

 

 

球場に鋭い打球音が響いた。

 

とっさに音の方向に目をやる。

 

綺麗なフォロースルーで打球の行方を見守る美華の目線は、遥か遠くを見つめていた。

 

 

 

梨華)行け!!行け!!届け!!

 

 

 

打球は左翼フェンス際に飛び込んでいった。

 

 

 

球場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 

打球の行方を見守っていた美華もゆっくりとダイヤモンドを回る。

 

背中越しに高らかと突き上げた拳まで、梨華と全く一緒だった。

 

 

 

小原)参ったな…やっぱり赤田美華は最高のソフトボール選手だよ。

 

梨華)…そうね。私の一番の自慢だわ。

 

 

 

ホームベース上で、今日のヒロインが手荒な歓迎を受けている。

 

 

 

俺の夢は、一人のソフトボール選手の夢を育てた。

 

彼女の夢は、親愛なる姉の夢を今も育てている。

 

小原)今日は良い休日になったな。

 

梨華)…そうね。

 

 

 

終わり

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