やはり俺のゾンビ・サバイバル生活はまちがっている。   作:砂粒

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2. WARNING!

  

 世界はゾンビ・パニックにより終焉を迎えた。

 その間、俺・比企谷八幡は、運命を受け入れるかの如く家族と引きこもっていた。

 しかし忍び寄る飢えの危機に、ついに立ち上がることを決意する。そして物資の調達のため、それまで避けてきた、外の世界へと足を踏み出すこととなるのだが──…

 

 

「曇ってるな……」

 

 鈍色の空。雨が降り出しそうな気配がするが、今のところは大丈夫らしい。人間社会の崩壊をあざ笑うかのように、鳥たちは自由に空を飛んでいる。俺にも翼があれば色々捗るだろうに、なんて馬鹿らしいことを考えた。

 

 ──まだ一体も、遭遇していない。

 

「なんだよ、意外と余裕じゃねえか……」

 

 我が家を離れ、自転車で道々を進む。見渡すと、火事で燃えたようなアパート、壊されたフェンス、崩壊した建物が目立つ。だが、意外と目に見えた"違和感"は少数で、以前と変わらない建物も多い。俺たちみたいに引きこもって過ごしている人々もいるのだろうか。その気配は感じないが。

 ひとまずゾンビがいないのにはホッとするが、人っ子一人見かけないというのも、やはり薄気味悪い。他人に煩わされない! 孤独歓迎! って気分にはイマイチなれない。ゾンビはこの辺りを離れたのだろうか? だとしたら、「餌」の匂いが薄まったという線も考えられるのでは? いずれにせよ、短絡的な結論は出せない。俺はずっと引きこもっていて、情報は遮断されていた。外の世界はわからないことだらけだ。

 油断できないことは確かだが、安堵の言葉を一つ口にすると、ガチガチに固くなっていた体がやわらかくなった気がする。緊張も少しほぐれた。

 最短ルートで地元のコンビニに到着する。やはり人の気配はない。

 

「大丈夫だろうな……」

 

 少し離れた場所に自転車を止めて、周囲に目を光らせながら、恥ずかしくなるほどゆっくりと歩みを進めた。風が道路の塵を吹き上げる音にすらびくりと体が反応する。途中何度も振り返って警戒したが杞憂に終わった。さっさと事を進めるべきだろう。

 コンビニに入ると、半ば予想していたことだが、何もなかった。ありとあらゆる商品は棚から消えていた。手入れされていない店内は埃っぽく、広告や値札だけが虚しく残っている。その光景はあまりにも淋しかった。ひきこもっていたので想像の域を出ないが、放棄されたあとは掠奪されたのだろう。何かに使えるかもしれないと、持てるものは全て持っていかれたに違いない。食糧や生理用品だけでなく、雑誌や文具なんかも跡形もなく消えていた。

 

「ちっ。どうするかね……」

 

 世界がめちゃくちゃになっているのだと、改めて気付かされる。

 孤独だ。そう感じた。

 

「とにかく何か見つけないとな……」

 

 俺はコンビニを離れることにした。物資は何もないようだし、こんな薄気味悪い場所にいつまでもいたくない。

 では、スーパーはどうだろう? コンビニとは規模が違う。流石に何かしらあるかもしれない。せめて加工食品の一つくらいは……

 俺はここから近いスーパーに自転車を走らせた。

 寂寥感ただよう住宅街を進み、五分もかからず目的地に到達する。千葉のローカル・スーパー。やはり人の気配はない。俺は自転車から降りて、バットを握りしめ、今度は確かな足取りで近付く。

 ガラス張りの出入り口に近付くと、やはり閉鎖されていた。自動ドアが反応するはずもないが、手動で開こうとしても無駄だった。ロックがかかっている。どうにかして開かないものか……?

 そこで、俺は違和感に気が付いた。

 

「なんだ? 人か? いや、まさか……」

 

 出入り口のそば。ガラスの向こう側、暗がりに人が倒れている。ぴくりとも動いていない。よく見ると、皮膚が剥がれているようにも見える。うつ伏せで、よく顔は見えな──…その時、それがピクリと動いた。

 俺は凍りついた。

 倒れていたそれが、もそりもそりと動き始めた。かなり不自然に。胴体を曲げ、膝をついたまま、腕を使わず上体を起こし、それからのろりと足を――…

 

「うおおおっ……!!?」

 

 俺は絶叫し、腰を抜かし、尻餅をついた。

 気力を振り絞りすぐ体勢を立て直す。震える体でバットを構え、「それ」と直面する。「それ」が顔をこちらに向けている。俺を認識している──…!

 はっきりとわかる。皮膚は腐り落ち、変色した筋肉と、骨のような突起も見え隠れする。目玉には黒い部分は見えず、全て白目だったが、その顔貌は俺を捉えて離さない。間違いない! 俺は確信を持った。

 

 

「これが──…!」

 

 

 これが、ゾンビ──…!

 初めて見るわけではない。自宅の二階の窓から、通りにそいつらが見えたことはある。その時も寒気で震えたが、まじまじと見たわけではなかった。だが、今回は細部まではっきりと見える。恐ろしい容貌。これが元は人間だったとは。吐き気を催すが、堪える。危機的状況下で分泌されるホルモンが、恐れの機能をコントロールしようとしているのだ。

 ゾンビと俺の間はガラスで隔たれている。どうくる? ガラスを突き破ってくるのか? そんなことになったら逃げきれるのか? なら今すぐ、振り返らず全力で逃げるべきなんじゃないか──…?

 俺はハッとした。よく見たら、ゾンビは一体ではない。奥の暗がりにも数体いるのが見えた。次々に起き上がってきて、俺を認識する。

 

 そいつらは、一斉に走り出した。

 こちらに向かって、一直線に。

 

「うわあああああああああ!!!!」

 

 頭が真っ白になり、俺は一目散に駆けだした。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ……!?

 自転車の元まで辿りつき、思い切りハンドルを掴み取る。

 後ろを振り返ると、ゾンビはいない。その光景に、俺は安堵のため息を漏らした。

 ゾンビたちは、スーパーの出入り口のガラスを、突き破れていなかった。俺を認識してはいるようだが、体をガラスに無造作にぶつけているだけだ。力がそれほどないのか、割れる気配がない。詳しくないが、防犯や事故防止のために強化されたガラスかもしれない。何にせよ好ましいことだ。

 奴らはここまで来れない。つまり俺を食い殺すこともない……

 

「な、なんだよ……」

 

 今になってようやく、汗がどくどくと流れているのを自覚した。

 ゾンビが急に現実感のある存在に変わった。頭でわかっているのと実際に対峙するのは違うものだと痛感する。警戒度をさらに高めなければ。ゾンビはスーパーに閉じ込められた連中だけではないはずだ。気付いてないだけでそこらにいるかもしれない。ゾンビが何に反応するのかわからないが、大声を出したのはまずかったかもしれない。俺は周囲を再度見渡して、何も来ていないことを確認した。

 

「クソッ! 情けねえ……!」

 

 自分に憤る。なんてザマだ。ビビりすぎだ。こんなんじゃゾンビに抵抗するどころの話ではない。あのガラスがなければ、目を瞑ってバットをぶんぶんと振り回す余裕もないうちに、わけもわからず俺は食い破られ死んでいただろう……惨めな最期を想像し、震える。しっかりしろ、俺。小町の顔を思い出せ。よし、よし。落ち着いてきた。俺クラスのエリートお兄ちゃんともなると、妹との約束を果たせず息絶えることは沽券に関わる。

 冷静に考えれば悪いことは一つも起きていない。まだ。それに。

 

 あのスーパーには物資がある。

 

 きっと店員だか警備会社だかがこのスーパーを放棄する際に、ゾンビを閉じ込める形になったのだろう。大量の物資も残して。幸いなことに、物量でガラスが突き破られるほどゾンビの数がいたわけでもないようだ。だが、仮に俺がここでガラスを破って物資を調達しようものなら、棚に手を伸ばす前にゾンビが俺に手を伸ばす。そんなリスクは犯せない。

 それでも、このスーパーのことは覚えておこう。今後何かわかるかもしれない。例えば、もしゾンビに寿命があれば、ここもいつかは探索できる。ゾンビに対処できるようになれば、このスーパーは宝の山だ。

 ……まあ、そもそもゾンビに対処できるのか、というのが疑わしいが。対処できる人間がいるなら、このスーパーからもとっくに物資はなくなっているだろう。少なくとも地元の奴には発見されてるだろうから。

 

「結局どうすればいいんだ……」

 

 俺はなんとなく察し始めていた。

 掠奪できるところは既に掠奪されきっており、物資の残っているところはいわくつき、ということを。

 大型の商業施設や、繁華街は想像しただけで危険だ……通信が崩壊する前、自衛隊や警察や消防などが、大規模な掃討作戦を行うだとか報道されていた。その後はよくわからないが、この町の静かな様子を見ると、あまり功を奏したとは思えない。もしかしたら人間のコミュニティが存在するかもしれないが、ゾンビのバーゲンセールということも大いにありうる。何があるか知れない。リスクが高すぎる。

 どこへ行く?

 俺の頭には、"あいつら"の顔が浮かんでいた。

 

「総武高……」

 

 振り切るようにあいつらの顔を頭から消し去る。学校なんて……きっと何もない。

 世界が終わっていく過程で、当然学校も休校になっていた。誰もあそこには近寄らないだろう……

 とは言え、ここで無意味に時を過ごすのはよくない。俺には時間がない。夜を迎えれば、街灯もない町で危険度は格段に増すだろう。暗闇の中では食糧を探すのも難しくなるはずだ。小町も不穏なことを言っていたし、とっとと帰らなけらばならない。休んでいる時間はないのだ。

 とにかくしらみつぶしに探してみよう……なにか、なにかあるかもしれない。

 俺はスーパーを惜しみつつ、自転車に跨った。次は少し先のスーパーに行ってみよう。その過程で、ドラッグストアやチェーン店もチェックしなければ……

 焦燥感に駆られながら、俺はペダルを踏み出した。

 

 

 2. WARNING!

 

 

 キキィ……

 

 そんな考えで住宅街を進んでいた俺は、一分も経たずブレーキをかけることとなった。

 明らかに様子の変な風景を横切ったことに気付いたからだ。

 来た道を少しだけ戻り、何の変哲もない交差点の真ん中に自転車を止め、右を見る。

 ああ、やっぱりおかしい。

 

 道路が封鎖されている……

 

 一際目を引くのが、大型のトラック。そのトラックが道を塞ぐように駐車してあった。本棚やら冷蔵庫やらもそこかしこに配置され、テープや紐で丁度いい感じに固定してあり、壁の役割を果たしている。車の下の隙間はタイヤやコンクリートのブロックで塞がれている。他に隙間があれば尖った木材が外側に突き出すように固定されていて、先端が赤黒く染まっている。はっきり見えるわけじゃないが、トラックの上には梯子や、物干し竿に刃物を括り付けた急造の武器(槍のつもりだろうか?)も置かれているようだ。まあ、完全にバリケードって感じだ。

 これの意味するところは……

 

「まさか、人がいるのか……?」

 

 これはきっと、内側に人が暮らしてるってことのはずだ。胸が鳴る。人の気配に興奮するとは俺にしては珍しい。だが、同時に敬遠したい気分にもなった。関わってもロクでもないことが待っているような気がした。

 少し、迷う。

 接触するべきか?

 物資を分けてもらえるとは思えない。そこまで期待するべきではないだろう。だが何か、有益な情報の一つくらいはもらえるかもしれない……

 

 そんな俺の思考は雑にかき消された。

 先に向こうが接触してきたからだ。

 

 

「何者だ!」

 

 

 俺はハッとして声の主を探すが、見当たらない。

 

「ここだここ。屋根の上だ!」

 

 ようやく声の主を認識した。左側の二階建ての民家の屋上に、男がいる。ゾンビじゃない。生きた男だ。中年で、険しい顔つきをしている。警戒されているのは当たり前。だが、生きている人間をようやく認識できて、変な話だが少しだけ……救われた気分になった。まだ、暮らしていかれる人たちがいる。ゾンビ・サバイバル生活を営んでいる連中がいるのだと……

 

「何者だと訊いてるんだ!」

「すっ……すいません」

 

 俺は、事情をかいつまんで説明した。

 家族でずっと引きこもっていたこと。食糧が尽きたこと。何か探しに外出していること……

 中年の男は険しい顔つきを崩さない。

 

「はぁん。そうか、それは気の毒だったな、坊主。俺らもギリギリなんだ。まあ、頑張れよ」

 

 案の定……といった反応だった。取り付く島もない。まあ、そりゃそうだ。何の関わりもない人間に、分けてやる物資なんかない……ってことだろ。その気持ちはわかる。俺だってその立場だったらそうするだろう……それでも流石に落胆した。

 俺には……俺たちには、もう時間が残されていないんだ……!

 

「何か……何か情報だけでもいいんです! 何かありませんか!」

「はぁ。知らねえよ情報なんか。近所のスーパーは食いモンがたくさんあるみたいだぜ。まあ、ゾンビも棲み付いてるがね。運が良けりゃ最後のメシにありつけるかもなぁ。坊主も奴らの腹の中に収まるだろうが」

 

 くそっ。それはさっき思い知ったっつうの!

 駄目だ。まったく気を許してくれる気配がない。取引できるような手段もない。ここは退くべきか……?

 だが、こんなふうに集落(と言っていいのか?)が構築されている場所があるなら、探せば他にお人好しの集落があるかもしれない。物資を分けてくれるような親切な人たちのいる集落が。そちらを探してみるべきか……?

 俺は中年に背を向けた。この集落は諦めよう。

 惜しみながらもペダルを漕ごうとした、その時。

 

 

「ま、待って! 止めて! その人、あたしの友達なんです!」

 

 

 !?

 

 友達……!?

 いや、誰だよ!?

 俺は思わず振り返る。

 

 その女は、バリケードのトラックの上に立っていた。

 髪はぼさぼさで、服もボロボロだったが……

 それは確かに、()()()()だった。

 

 折本かおり……

 

 俺が昔恋をした女。

 俺が昔、自分の理想を押し付けた女。

 本質を見誤ることの代償を、知らしめてくれた女。

 折本かおりが、トラックの上から俺をじっと見つめていた。

 

 

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