やはり俺のゾンビ・サバイバル生活はまちがっている。   作:砂粒

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3. So Lucky We Are

 

 物資探しの最中に見つけた、謎の集落。

 見張りの男のよそ者を寄せ付けない態度に、落胆する俺、比企谷八幡。

 そこに突如現れたのは、折本かおりという女だった。

 並々ならぬ因縁を持つその相手は、昔憧れた姿とは少し変わって、煤けた雰囲気を纏っているようにも見えた──…

 

 

「折本……」

「久しぶりだね、比企谷。少し髪、伸びた?」

 

 

 3. So Lucky We Are

 

 

「そっちも伸びたんじゃないか」

「あはは、お互いさまだよね~……」

 

 折本がけらけらと笑ってる。

 折本かおり。中学時代の同級生。海浜総合高校所属。最後に会ったのは、バレンタイン・イベントの時。海浜総合高校の生徒会のイノベーティブでクリエイティビティ溢れる面々と連れ立って現れたことをよく覚えている。そういえばあのあと割とすぐゾンビのごたごたが本格化したんだよなぁ。あのへんで色々と歯車が狂った感がある。まあ、俺の人生もともと狂いがちでしたけどね。

 顔馴染みと思わぬ再会を果たして、不思議とホッとした気分になる。知ってる奴とこうしてまた話したりするというのは……

 

「それで、昔のよしみで俺を助けてくれるってわけか?」

 

 俺の言葉に、折本は目をぱちくりさせて固まった。

 

「……なんだよ?」

「いや?」

 

 折本は一転、何か思いついたようにニヤついている。

 

「まさかあの比企谷がそういうこと言ってくるとはね……変わったと思ってたけど、また一つ変わったんじゃない?」

「うるせえよ。なんなら、まだ二段階くらい変化を残してるまである」

「は?」

「い、いや……何でもねえわ」

「何それ。ウケる」

 

 折本は眉尻を下げてくすくすと笑う。

 俺はその笑い方に不自然さを感じていた。いや、こいつの自然な状態なんてあまり知らないが、中学時代はそれなりに観察した身分でもある……その俺から言わせてもらえば、折本の笑い方は少し違和感がある、ように思う。どこか慎ましやかというか……流石に失礼か。

 まあ……ゾンビの出現は誰にとっても険しい経験だった。誰であれ少なからず変化を強いられたはずだ。違和感があって当たり前か。こいつからしたら、俺もそう見えているのかもしれないし。それ、ある。マジである。不自然に見える事柄も、エビデンスに基づいてロジカルシンキングを心掛ければ大抵のことについて納得できる。

 

「おい、折本の嬢ちゃん。嬢ちゃんの顔馴染みだからって、こいつに食わすもんはねえぞ」

「わかってますって。別にいいでしょ、少し話すくらい」

 

 中年が、折本に釘を刺した。俺の気分も水を差された。

 流石に諦めていたが、やはり折本の縁では、食糧を分けてはもらえないらしい。仕方ないか。住人の友達が現れるたびに優しくしてたら、集落も保たないだろうしな……俺が友達かどうかは別として。

 気分が急速に萎えていくのを感じる。どうやら、あまり希望に満ちた再会にはならなさそうだった。やはり別の──…

 

 

「……およ?」

 

 

 突如。折本が素っ頓狂な声を出して、俺の後ろに視線を移した。中年も眉を潜めてそれを追う。

 俺も慌てて思考をかき消して、何事かと振り返る。

 ぎょっとして、凍り付いた。

 交差点の曲がり角から、ひたひたと歩いてくるゾンビの姿が見えたからだ。

 

「一体か……」

 

 折本の意外と落ち着いた声音とは逆に、俺は「ヒッ……」という呻き声を隠せなかった。嘘だろ、こんな時に、みたいな。

 ゾンビはガクガクと不自然な動きを繰り返しながら、首はしっかりこちらに向けている。まだ数十メートルは距離があるが、俺はすっかり余裕を失ってしまった。スーパー・マーケットではゾンビは走っていた。このゾンビにも走ってこられたら……? 冷や汗が顔を伝う。折本との再会で少しばかり落ち着いた気がした俺の心が、一瞬にして、恐怖に塗り替えられる。

 

「おいおい、勘弁してくれよな。()()()()()()()んじゃねえのか。こいつ……」

 

 中年が俺を責め立てる。反論はできない。注意していたとは言え、俺に反応して現れた可能性は十分ある。というかそれしか考えられませんね……しかし、中年のそのトゲのあるやれやれ声のおかげで、むしろ俺は正気に戻された。そうだ。俺の責任なら、対処しなければ……

 ごくりと喉が鳴る。震えながらもなんとか腕を動かして、バットの先をゾンビに向ける。ゾンビは一体しか見えない。たかだか一体くらいなら、なんとか倒せるのでは?

 

「ふー……」

 

 息を整え、ゾンビと対峙する。俺はバッターボックスに立った野球選手のように体を傾けてバットを構えた。問題ない。しっかり見て、反応すれば、やれるはずだ。こいよ。フルスイングで吹っ飛ばしてやる……

 ゾンビが、あと五メートルというところまで迫る……近付いてくるにつれ、ゾンビの顔もよく見えるようになる。皮膚はところどころ剥がれて、色も変色していたが……それでも、人間によく似ていた。

 そうだ、元は人間だったのだ……

 俺は、足が竦んでしまった。

 それどころか金縛りにあったかのように体が動かない。頭が真っ白になる。

 まずい。

 

 食われる……

 

 本能がそれを察するのと同時に、ゾンビの首が弾け飛んだ。体液が少し体にかかる。首を飛ばされたゾンビの体が、俺の前に崩れるように倒れこむ。俺は愕然としながらも、目の前で起こったことを頭の中で処理する。

 斜め後方から飛んできた石つぶてが、ゾンビの頭に直撃して、吹っ飛ばしたのだ。

 

「……一発命中。やりぃ!」

  

 振り返ると、折本が、スリングショットのようなものを持っていた。俺と目が合うと、きゃるるんとウインクする。ようやく物事を理解する。

 俺は、折本に助けられたのだ。

 全身から、力が抜ける。

 魂まで、抜けていきそうなほど……

 

「折本、てめえ、なんで助けた? あのガキを食わせてやってれば、的が動かなくなるから狙いやすいだろうが」

「あたしの友達ですよ。見殺しにしたら夢に出てきそうじゃないですか」

 

 中年は折本を責め立てた。折本が何か言い返している。

 俺はまだ、足がガクガクと震えていた。

 

「情けねえ。そんなんでよく外ほっつき歩けたな」

 

 返す言葉がございません……

 

「ちっ。一体だけだといいんだがな」

 

 中年の男が、俺を睨みつける。

 

「おいガキ、てめぇ、どっかの回し者じゃねえだろうな?」

「え、いや……」

「それはないですよ。比企谷はあたしが保証します」

 

 中年の疑念の声に狼狽えると、即座に折本が俺を庇った。

 それにしても、回し者、だと? それはどういう──…

 

「比企谷! そこ、はっきり言って危ないから、こっちにきなよ。はしご降ろしてあげるから」

「……マジか」

 

 折本が、トラックの上にあったはしごを外側に立てかけて、手招きする。俺は予想外の対応に面食らい、その様子を呆然と眺める。

 

「ちょっと。はやく登ってよ。またゾンビ来たらどうすんの?」

「お、おう……」

 

 中年は訝しんでいたが、意外にも止めなかった。俺は中年の胡乱な視線を感じながら、はしごに足をかける。集落にお邪魔していいのか逡巡したが、とりあえず流れに身を任せることにした。まだ先ほどの光景が頭から離れない。そのせいで、思考が鈍くなっている。

 

「嬢ちゃん、どういうつもりだ?」

「いいでしょ、友達なんだから話すくらい! ちょっと通すだけ。すぐ帰ってもらいますから……」

「ちっ……ケツの青いクソガキどもが。なんかあったらわかってるよな?」

 

 中年が凄んだが、折本は愛想笑いで適当に流した。

 なんか、折本が優しい……

 いや、そんなに悪い奴じゃないのは知ってるし、ここ最近はそれなりに接触もあった関係だ。それでも仲睦まじい間柄とはとても言えないわけだし、正直、追い返されてもおかしくないはずだが……折本の誘いにどういう意図があるのか、俺には読めなかった。

 俺は釈然としないながらもトラックの上に立つ。そこからの景色で、ようやく集落の中を認識できた。

 なるほどな。そうなっているのか……

 このバリケードは、トラックの上部にそれなりのスペースがある。ゾンビを追い返すための道具も準備されている。ただの壁の役割だけでなく、有事の際にはここから防衛できるように考えられているのだろう。そして、この場所と同じようなバリケードが、数区画先の道路にも"建造"されていた。この分だと、この辺りの区画の道路も四方八方バリケードで封鎖して、住居など建物の敷地の隙間もどうにか塞いで、"ミニ集落"を作り上げているのだろう。元祖ウォール街流だな。地域の住民の協力が不可欠のはずだが、よくやったものだ。実際、比企谷家の周りではそういう動きはなかったわけだし……

 

 俺と折本は内側のはしごを降り、区画を歩いていく。

 折本は先ほどのことがあっても平静を崩していない。慣れているのだろうか。俺は未だに心臓バクバクなのに。そして、俺は一体どこへ案内されているのだろう……

 辺りには人の姿もちらほらと見える。急に世界に戻ってきた感じがした。居住者たちは俺たちを無遠慮に睨めつけて、地面にペッと唾を吐きながら、「なんだあいつ」「ゾンビみてえな目しやがって」などと好き放題言ってくれている。うるせえよ。いや、俺みたいな不審者が周りをチラチラ見てたらそんな反応もされるか。とは言えなんか無駄に殺気立ってて怖いんだよな……本能的に目を逸らしてしまう。

 折本はそんな奴らにも笑顔で軽く手を振っていた。昔よく見た折本の癖だ。中学時代の俺には効果抜群だったそれも、ここの連中には効果はいまひとつらしい……ああ、俺みたいなのが隣にいるせいでしたね。

 居住者が何をしているのか気になり、やはり少しチラ見するが、道に出ている人間は大したことは何もしていないように見える。居住者同士でただ雑談してたり、カードかなんかで遊んでたり、思い思いに過ごしているようだ。"仕事"なんかはないんだろうか。なにか、作物を育てたりとか……まあ、農地なんてないけれど。それでも住宅街ならプランターの一つや二つはあるだろう。終末世界ではみな何を生業にしているのだろうか。政府や会社がなくなってもコミュニティを維持するなら何かしら骨を折る必要があるはずだ。個人的には、食糧に繋がる有益な情報が欲しいが、軽々しく詮索する余裕はない。さっきの今で、どっと疲れていた。俺は実際には何もしていないのだが。

 集落の中を観察していると、あえて壊されたような民家も見かける。おそらく建材をバリケードなんかに流用しているのだろう。色々な工夫が見て取れた。それを見るだけでも参考にはなる。

 

「お礼」

 

 折本が、ふいに俺に声をかけた。顔をこちらに向け、指で髪をくるくるしながら、半目で俺をじとーっと見ている。そういえば、まだ、助けてもらった礼をしていなかったな……

 

「お礼、聞いてないんだけど」

「すまん、マジで助かった。それに、悪かったな、手間をかけて……差し出せるものがあればいいんだが、あいにく持ち合わせがない」

「へへへ……いいよ」

 

 なんだその含みのある笑い方は……少し、不穏な空気を感じた。

 

「てか、感心してる?」

「ん? ああ……凄かったな。お前のスリングショットの腕前……」

「え? うん。まあね~。これでも数週間、修羅場をくぐり抜けてきた身だからさ……あ、そうそう知ってる? ゾンビは心臓を貫いても意味がないんだよ。その代わり、頭をやったら一撃。結構強い力じゃないと倒せないけど……」

「凄いな、折本は」

 

 心の底からそう思った。

 

「そうかな? あたしも最初は比企谷みたいにビビってばかりだったけどね。そんなもんじゃん、ふつー? てか、なんであたしが比企谷励ましてんだろ……ウケるわこの状況」

「珍しく同意見だ……だが、その……本当に感謝してる。お前がいなきゃ死んでた」

 

 折本は俺の顔を見て、ふっとため息をつくように微笑み、小さな拳で俺の肩をちょこんと小突く。

 

「てか、あたしの言った感心ってのはそういう意味じゃなくて。さっきからなんかキョロキョロしてんじゃん? ここの様子になんか感心してんのかなって。どうなん?」

「まあ……そうかもな。こんなガッツリ封鎖していたら、ゾンビも容易に手は出せないんじゃないか」

「どうかな、ヤバかった時もたくさんあったしね……それに、そんなにいいもんじゃないよ、こんなところ……最悪だ

「ん?」

 

 折本の科白の後半部分、声が小さくて正確に聞き取れなかったが、明らかにこの場所をディスったよな?

 なんだろう。気になるが、あまり突っ込みすぎるのも怖い気がする。女子が小声で何かを言う時には、食い下がらない方が身のためだ(俺調べ)。

 まあ、ありがちなアレか。外の世界は危険に満ち、物資は限られている。強いられる共同生活と狭いコミュニティ……どう考えてもストレスが溜まる。想像するだけでうんざりする。そう考えると、信頼できる人間(俺の場合、家族)で固まっていたというのはある意味では正解なのかもしれないな。

 

「他に知り合いいないのか?」

 

 何の気なしに折本に問いかけたが、すぐに後悔することになった。

 

「いない。親も友達も死んだし。一人でふらついてたらここに行き着いただけ」

「……」

 

 絶句した。

 折本はさらりと言ったが、その内容は……想像を絶するに余りある。

 わかっては、いた。俺は家族とずっと引きこもってた。情報が遮断されていたからか、家族からも友人が死んだとかそういう話は聞かない。だが、外の世界にはそういう喪失がありふれていることはわかってはいた。想像はしていた。理解はしていた。していたはずだが……俺は拳を強く握りしめる。

 

「すまん。軽率だったな……」

「気ぃ遣ってくれるんだ。やさしーじゃん」

「本当に悪かった……」

 

 開示されていない情報に触れることは、常にリスクが伴う。何の気なしに言った一言が相手を傷つけることは珍しくない。それを俺は経験則で知っていたはずなのに、地雷を踏み抜いてしまった。いつもなら、軽々しく相手のプライベートには触れたりしない。長く世間から隔絶されてたせいなのか、さっきの今で浮ついていたせいなのか、心のブレーキが効かなかったらしい。

 

 

 あまりかける言葉が見つからない。一歩先を歩く折本の背中が、遠く見えた。

 もしかしたら……

 もしかしたら、ここで折本に会えたことは、とても幸運なことなのかもしれなかった。

 もしかしたら……

 もしかしたら、あいつらは、とっくに……

 

 

「……比企谷?」

「……すまん、めまいだ。あんまり食べてないからな……」

 

 強がった。頭の中に、ガンガンと、嫌な予感だけがぶつかる。

 あまり良い態度ではない。親も友達も失った折本の前で、()()何も失ってない俺が取っていい態度ではないだろう。流石の俺でも、慎まなければならないとわかってる。だが理性とは裏腹に、暗澹たる思いが拭えない。俺は、こんなにも弱かったのか?

 

 とん。

 

 額に熱を感じる。折本の指が俺の額を、とん、と優しく突いたようだ。

 俯いていた俺の顔が上がる。視線の先には折本の目。思わず、身震いがした。まるで、籠の中の虫を観察するような眼差しで俺を見ていたからだ。なんだ、この感覚。よくない話が、待っている気がする。

 

「比企谷の考えてること、何となくわかるよ」

「なん、だと?」

「それに、比企谷が困ってること、助けてあげられるかもしれない」

「……それって」

 

 折本は、蠱惑的な笑みを浮かべた。どきりとして、固まる。そんな俺の様子を見て、折本はますます笑みを深め、ちろりと、舌を出した。

 初めて見るその表情に、俺は、目が離せなかった。

 冷たい風が、俺の体を撫でた気がした。

 

 

 

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