マサル、ジョウトへ行くってよ。   作:井ノ下功

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のみこむ−1

 マサルがダンデから貰ったヒトカゲは、あっと言う間に成長してリザードンになった。今ではチームのメインアタッカーだ。

 

(こいつの父親は、ダンデさんのリザードン、だよね……)

 

 ついさっきバトルタワーで倒してきたところだ。つまりあれは、新旧チャンピオン対決にして、父子対決でもあったのだ。

 

(……え、もしかして、ひどいことさせた?)

 

 ふとそんな気持ちがよぎったが、当のリザードンは間の抜けた笑顔でカレーが出来上がるのを待っている。頑張ったご褒美に彼の大好きなきのみをたくさん入れたから、いつもよりさらに機嫌が良さそうだ。鼻の穴が大きく膨らんでいるのがその証拠。

 

(考えすぎか……)

 

 リザードンが『まだ?』とでも言いたげに、小さな唸り声を上げた。その鼻先をちょいと撫でる。

 

「もうちょっとで出来るからな、待ってろよ――」

「美味そうだな!」

「わぁっ?!」

 

 マサルは跳び上がって頭上を振り仰いだ。

 

「ダンデさん……」

「やぁ」

 

 ダンデが上から覆い被さるようにして、マサルの手元を覗き込んでいた。群青色の髪が無造作に垂れ下がって、カーテンみたいに揺れる。金色の瞳がにっこりと弧を描いた。

 

「バトルタワーの目の前でキャンプを始めるやつなんて君くらいのものだぞ、チャンピオン!」

「あ、まずかったですか?」

「オレをまぜてくれたら不問にしよう!」

「やったぁ。どうぞどうぞ」

「よーし、みんな出てこい!」

 

 ダンデが放り投げたボールから、ポケモンたちが飛び出してくる。バトルを通して散々慣れ親しんでいる彼らは、さっそくマサルのポケモンたちとじゃれつき始めた。

 

「うん? ――ああ、いいよ。いってくるといい」

 

 ダンデがリザードンに向かってそう言って、軽くその背を叩いた。どすどすと歩いてきた彼は、マサルのリザードンを誘うように空へ向かって鼻を向けた。

 マサルの隣に寝そべって火の様子を見ていたリザードンが、パッと身を起こした。そしてこちらを見下ろして小首を傾げる。その仕草でマサルは察した。

 

「うん、いっておいで。出来上がったら呼ぶから」

 

 リザードンは嬉しそうに一鳴きして、ばさりと翼を打った。

 二匹揃って空中に舞い上がる。

 

「おわっ」

 

 マサルの帽子が風圧で飛ばされた。そうなると見越していたダンデは帽子を華麗にキャッチして、マサルの隣に腰を下ろす。

 

「ん」

「すみません、ありがとうございます」

「本当、君ってバトルしてない時は普通の少年だよな」

「バトル中だって普通の少年ですよ」

「ははは、それは知らなかったぜ」

 

 マサルは帽子を被りなおして、カレーをかき混ぜながら空を仰いだ。

 二匹のリザードンがくるくると飛び回っている。嬉しそうな鳴き声がここまで届く。マサルのリザードンの方がわずかに声が高くて、よく喋っている。対するダンデのリザードンは、落ち着いた低音ボイスで、時折あいづちを打つように鳴いた。

 父親に話すのが楽しくて仕方ない息子と、息子の話を聞くのが楽しくて仕方ない父親。

 二匹の姿はそんな風に見えた――

 

「手を止めると焦げるぞ、マサル……――マサル?! どうしたんだ?!」

「……え?」

 

 肩を揺すられて、マサルははたと我に返った。そうして初めて、自分が涙を流していたことに気が付く。

 

「あれ? なんで僕、泣いて……えぇー? なんだろうこれ、あはははは」

 

 マサルは誤魔化すように笑いながら、慌てて手の甲で涙を拭った。

 しかしダンデは誤魔化されなかった。

 

「何かツラいことがあったのか? ホップと喧嘩したか? あいつ、へそを曲げると長いからなぁ。どうしようもなくなったらオレを呼ぶんだぜ、どうにかしてやるから。それとも、何か変なファンが付いたか? 悪口とかは日常茶飯事だから、あんまし気にしない方がいいぜ。愚痴っていいんだからな、いつでも聞くぞ」

 

 両手をわたわたと動かしながら気遣ってくれるダンデがじたばたするウソハチみたいに見えて、マサルは少しだけ笑った。

 

「違うんです、そういうんじゃなくて」

「じゃあ、どういうのなんだ?」

「んーと……何て言ったらいいんですかね……」

 

 マサルはもう一度空に目をやった。

 

「……お父さん、ってどういう感じなんだろうなぁって思いまして」

「――」

「僕は、自分の父親のことを何にも知らないんです」

「何も?」

「はい」

 

 マサルは片手でカレーを混ぜながら、もう一方の手でボストンバックを引き寄せた。

 長くて過酷な旅を耐え抜いた、丈夫で便利なカバン。すなあらしの中に飛び込んでも、冷たい海に落ちても、まったくへこたれることなく中身を守り抜いてくれた陰の相棒。

 

「このカバンはお父さんの物だったらしいんですけど……それだけです。写真も何も無いし、話にも出てこない。何となく、聞いちゃいけないのかなぁって思って、母さんにも聞けないままで……」

「そうか……」

「だから、リザードンたちを見てたら、なんか――なんだろう――……微笑ましく……羨ましく? なっちゃって……」

 

 そうだ、それで、マサルは思ったのだ。

 

「……あんな楽しそうに話す二人を、戦わせちゃって、良かったのかな……」

 

 呟いたのは無意識のことだった。

 

「――それは駄目だぜ、マサル」

 

 





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