片手でオタチを撫でながらお茶を啜っていたら、神妙な顔つきの博士がのそのそと戻ってきた。マサルの向かいにゆっくりと座って、重たい口調で博士は切り出した。
「うーん、マサルくん、これは大変なものかもしれない」
「大変なもの、ですか」
「うん……」
机の上に並べた二枚の葉っぱをじっと見下ろして、ウツギ博士は言葉に迷っているようだった。オタチがひょいとマサルの手から脱け出していって、キッチンから博士の分のお茶を持ってきた。
「ああ、ありがとう」
博士はそれでちょっと喉を湿らせてから、改めて話し出した。
「君は、この地方に伝わる伝説のポケモンのことを知っているかな?」
マグノリア博士が何か言っていたような気がする。マサルは記憶を掘り返した。
「ええと……ルギアとホウオウ? でしたっけ」
「そう。――ルギアとホウオウは、ジョウト地方のポケモンにとっては神様みたいな存在でね。何か大きな災害が発生した時には、ポケモンたちを守ってくれると伝わっている。今から……十年とちょっと前くらいかな。その時にも復活したロケット団があちこちで悪さをしていたんだけれど、それを収めるのにも協力してくれたんだ。ある二人のトレーナーの手持ちになってね。その後、ルギアとホウオウは元の住処に戻っていった」
(ザシアンとザマゼンタみたいだ……そういうポケモンってどこにもいるんだな)
ホップと一緒にムゲンダイナに立ち向かった記憶は、もう遠い過去のことのように感じられた。まだ一年とちょっとしか経っていないのに。
「再びジョウトに危機が迫っている今、ルギアとホウオウは目を覚ますかもしれない。――で、問題は、おそらくロケット団の目的がその二匹だということなんだ」
「えーと、わざと暴れてルギアとホウオウを呼び出して、それを捕まえてもっと暴れよう、ってことですか?」
「その通り」
それってやばいんじゃないか、とマサルが言うより早く、博士が続けた。
「ただ、彼らは知らないんだ。十年前も、ルギアとホウオウはただ自然に出てきたわけじゃなかった。ロケット団を壊滅させた二人のトレーナーは、それぞれにじいろのはねとぎんいろのはねを持っていて、それによって二匹を目覚めさせたんだ。それらは使い終わったら消えてしまったらしいんだけど……」
と、博士はもう一度、机の上の二枚の葉っぱに視線を落とした。
葉っぱはただ蛍光灯の光を反射しているのではなく、自ら発光しているように見える。その神々しさに触れるのを躊躇ったのか、博士は葉っぱの少し横を指先で叩いた。
「このきんのはっぱとぎんのはっぱは、同じような役目をするかもしれない。その二人に見せてもらったはねと同じエネルギーを発しているから。……君がこれを持っているということをロケット団が知ったら、彼らは君を狙ってくるだろう」
「それじゃあ――」
「そうなる前に君はガラルへ――」
「僕がルギアとホウオウを捕まえにいけばいいんですね!」
「え?」
「え?」
きょとんとしたウツギ博士につられて、マサルも首を傾げた。
「だって、そうじゃないですか? 僕が二匹を捕まえて、ロケット団壊滅を手伝って、それから二匹を逃がせば、全部丸く……収まり、ますよね?」
「その通りだね。話が早くて助かるよ、マサルくん」
笑いをこらえるような顔でワタルが肯定した。
「じゃあすぐに――」
行きましょう、と言いかけたマサルを、ワタルは遮った。
「だが、今日のところは休んだ方がいい。長旅からの戦闘で疲れただろう? 博士、部屋を貸していただけますよね」
「う、うん……それはいいんだけど……」
「細かいところはおれと話しましょう」
博士はまだなにか言いたそうにしていたが、やがて諦めたように息を吐き出した。
「……そうだね。じゃ、オタチ、マサルくんを案内してあげてくれるかな?」
きゅーい、と鳴いたオタチがマサルの足元にすり寄ってくる。
「じゃ、マサルくん。また明日」
「自分の部屋だと思ってゆっくりしてくれていいからね」
「はい、ありがとうございます、博士、ワタルさん。……じゃあ、おやすみなさい」
ひらひらと手を振る大人二人に、半ば追い出されたような感じを覚えながら、マサルはちょっと頭を下げてから研究室を出た。はっぱを無造作に放り込んだカバンを両手で抱き締めるように抱えて、自分の前をぴょんこぴょんこ跳ねていくオタチについていく。
「……なぁオタチー」
「きゅい?」
「僕まだ元気なんだよ? そりゃ、長旅だったし、バトルもしたけど……話をするくらいはどうってことないんだ」
「きゅぅう?」
「……君に言っても仕方ないよね。ごめんよオタチ」
「きゅい、きゅい!」
案内された部屋は小さかったけれど、綺麗に整えられていた。博士のところには泊りでくるお客さんが多いのだろう。
一仕事終えてご機嫌そうなオタチを見送って、マサルはベッドに転がった。言葉で言ったほど体は元気でなくて、あっと言う間に眠たくなった。意地を張ったマサルはしばらく睡魔に抵抗していたが、すぐに、抵抗する気力ごとねじ伏せられて。
翌日、すさまじい爆発音で起こされるまで、夢すら見なかった。