マサル、ジョウトへ行くってよ。   作:井ノ下功

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バークアウト-1

 腕が裂けて血が噴き出る。痛みで頭が痺れて、スイッチが切れた。

 

「いっ……」

 

 何も収められなかったボールが地面に転がる。

 なのに、

 

「――!」

 

 ルギアはボールに吸い込まれていったのだ――マサルが投げたのではないボールに。

 

「そんな……っ!」

 

 腕を押さえて目を見張るマサルの前に、一人の男が歩み出た。悪タイプが追加されたアローラキュウコンみたいな顔のおじさんだ。昨日知ったばかりの真っ黒な服――ロケット団の服を着ている。傍に付き従っていたアローラキュウコンが、牽制するような流し目をマサルに向けた。

 

(しまった、つけられてたのか!)

 

 マサルは呆然と立ちすくんだ。ルギアが――あの美しくて強いポケモンが、ロケット団の手に渡ってしまった!

 男は悠然とした態度で、ルギアを収めたボールを拾うと、高らかに笑った。

 

「ふっ、はっはははははは! ありがとうガラルのチャンピオン! 君の勇気と愚かさに敬意を表そう!」

「あなたは……?」

 

 男は仰々しい動作で振り返り、マサルに向かって厭味っぽい微笑を向けた。

 

「私はカルム。ロケット団を統べる者――そして、これから君を倒し、世界を制する者だ!」

「世界を?」

「そうさ」

 

 カルムは自信たっぷりに笑った。

 

「君は、おかしいと思ったことはないのか? ポケモンは生まれた時から闘争本能を持っている。だというのに、ルールの中に縛り付けて、不自由な試合をさせるなど! 生まれ持った本能を自由に発揮させるべきだ! ポケモンにはルールなど必要ない! それに巻き込まれて死ぬのなら、それはトレーナーの力不足だ! ポケモンの本気に付き合ってこそ、本当の強者、本当の共存というものだろう!」

 

 たたきつけるような叫びにマサルはひるんだ。湖から戻ってきたウーラオスがマサルをかばうように立ちはだかる。

 

「人間のエゴに付き合わされるポケモンたちが可哀想だ。つまらない試合(バトル)なんかのために本能を抑えこまれて……――私はそれを解放する。そして、これこそが本当のバトル(・・・・・・)だということを、世界に見せつける!」

 

 カルムは顔中に蔑みを浮かべて、マサルを見下ろした。

 

「お前だけじゃない、キバナも! 本当の争い(バトル)の前には太刀打ちできまい!」

 

 マサルはハッとした。

 

「どうして、キバナさんのことを……?」

 

 カルムの目が冷たく細まる。

 

「……知る必要があるか? 今から死ぬ人間が! いけ、ミミッキュ!」

「っ!」

「じゃれつく!」

 

 ルールも構えも全部無視して出された技を、ウーラオスは真正面から受けてしまった。こうかばつぐんの技に膝をついて――その手から、役目を終えたきあいのタスキが落ちた。

 

「ウーラオス、アイアンヘッド!」

 

 カルムはマサルの反撃を鼻で笑った。

 

(分かってるよ、特性・ばけのかわ――)

 

 マサルは歯がみした。攻撃を受けた時に一度だけダメージを大幅に軽減する、ミミッキュならではの特性。

 

(――でも、押し切る!)

 

「ウーラオス、もう一度――」

 

 と、出しかけたマサルの指示は、

 

「キュウコン、こおりのつぶて」

 

 カルムの命令で撃たれたキュウコンの技に掻き消された。

 ウーラオスが倒れるのを呆然と見つめる。

 

「え……なんで……」

「これが本物のバトル(・・・・・・)だ。ルール? マナー? そんなものが争いの場に存在すると、本気で思っているのか? 馬鹿馬鹿しい!」

 

 両手を広げて熱弁を振るうカルムに、キュウコンが呼応して美しく吠える。

 

「思い知るがいい、場のすべてがお前の敵だ。ぼんやりしている暇はないぞ! ――ミミッキュ、しっとのほのお!」

「うわっ!」

 

 自分に向けて噴き上がった炎を、マサルは間一髪のところで避けた。

 

(くそ、なんだコイツ……ウーラオスを戻すことすらできないなんて!)

 

 舌を打ちながらボールを投げる。

 

「カビゴン! したでなめ――」

「戻れ」

 

 ポケモンが手元に戻る時、おいうち以外はしてはならない。トレーナーに当たる危険があるからだ。ガラルのルールが染み込んでいるマサルは思わず指示を止めた。

 それをカルムは嘲笑った。

 

「ふっ、ははっ、模範的だな、素晴らしい! ――その愚かさのまま死ぬがいい! いけ、オーロンゲ!」

 

 ボン、と飛び出てきたオーロンゲが、素早くカビゴンに詰め寄った。

 

「けたぐり!」

「っ」

 

 体重が重いほど威力が上がるかくとうの技。体力が満タンの状態でくらっても沈んでいたに違いない技を受けて、カビゴンはひっくり返り沈黙した。

 

「この程度か、チャンピオン!」

 

 安い挑発でも一方的に不利な状況ならば充分に効き目を持つ。マサルの脳味噌はパニックを起こした。

 

(まずい、このままじゃやられる……どうにかして打開しないと!)

 

 二体以上同時に掛かって来るならば、とマサルは決意した。こういう場所でこの技を使うのはあまり褒められたものではないのだが、仕方がない。

 

「いこう、フライゴン!」

 

 キバナに貰ったタマゴが孵って、ナックラーの頃から大切に育ててきたポケモン。やんちゃな性格をちょっと封印した真剣なまなざしで、洞窟の天井すれすれまで飛び上がった。

 

「じしん!」

 

 ズンッ、と洞窟が縦に揺れた。岩場がめくれ上がり、オーロンゲとキュウコンに襲い掛かる。

 マサルは近くの壁に掴まって揺れに耐えた。狙いは相手のポケモンだからダメージは入らないが、フィールドが狭いせいで多少はどうしても巻き込まれるのだ。気遣わしげにこちらを一瞥したフライゴンに、気にするな、と手を振ってやる。

 中央にいたオーロンゲが膝をついた。が、

 

(戦闘不能にはならない、よな……!)

 

「――ふっ、これがじしん? この程度の威力が? 笑わせるな! トレーナーがポケモンの性能を抑え込んでどうする!」

 

 カルムが歯をむき出しにして笑った。

 

「本物を見せてやろう、キュウコン、ふぶき!」

「うわっ! ……うっ、ぐ……っ!」

 

 猛吹雪が発生して、マサルの視界が真っ白になった。右腕から流れていた血が凍りついて、火照っていた全身が一瞬で冷え切った。吐く息が白く凍える。腹の底から震えが広がって歯の根が合わなくなった。

 

(やばい……寒……)

 

 ワイルドエリアでもこんな吹雪にはあったことがない。フライゴンの呻き声が遠くに聞こえた。

 震える手を意地で動かして、ボールを掴む。

 

「――ニンフィア! マジカルフレイム!」

 

 まじめな性格で気が強いニンフィアは、いつになく気合の入った声を上げて技を放った。ボンッ! と弾けた炎が吹雪を蹴散らす。

 

(きっちり一体ずつ仕留めないと!)

 

 マサルが狙ったのはオーロンゲだ。

 だが、クリアになった視界にいたのは、ガラルマタドガスだった。

 カルムがマサルを指差して指示を出した。

 

「ヘドロばくだん」

「っ?!」

「ふぃいっ!」

 

 ニンフィアがマサルを庇った。ヘドロばくだんが直撃して倒れ込む。

 

「ニンフィア!」

「さて、残りは二体だな、チャンピオン? インテレオンとリザードンだ。知っているぞ。対策は完璧だ」

 

 と言いながらマタドガスをボールに戻し、別の二体を出してくる。

 

(パッチルドンとバリコオル……)

 

 リザードンはこおりタイプに強いが、パッチルドンはこおり・でんきタイプだ。でんき技をくらうのはリザードンにとってもインテレオンにとっても厳しい。

 バリコオルがステッキで地面を叩いた。瞬間、あられが降り始める。

 

(ルール無用ってこういうことか)

 

 理解するのが遅かったのかもしれない。けれど、もっと早く理解していても同じことだったろう。マサルはルールの中での戦い方しか知らないのだから。

 焼け焦げるような痛みが内臓を圧迫した。焦燥。劣等感。不甲斐なさ。

 

(どうしよう……僕、どうすればいい……?)

 

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