ウツギ研究所が襲撃され、ワタルが負傷した――
その一報を受けて、キバナはバトルタワーに駆けつけていたのだった。
「よお」
「ああ」
感動詞ひとつで挨拶を済まし、ダンデはパソコンに、キバナはスマホに目を落とす。
「っ、おい、キバナ! 犯行声明が出たぞ!」
「マジで?」
「これを見ろ」
トップニュースになっていた。ダンデが開いた動画サイトには、岩壁を背景に厭味っぽい顔付きの男性が映っていた。しかし、アクセスが集中しているようでなかなか動き出さなかった。
ちまちまと進んでいた動画のローディングが一段落ついて、再生が始まった。神経質そうだなと思ったキバナの想像通りの声が流暢に持論を展開し始める。
聞く耳を持たずに画面の男を見ていたキバナは、妙な既視感に首を傾げた。
「……なぁんかコイツ、どっかで見たことあるような気がするな……」
「うん……オレもそう思うんだ。ガラルの出身かな?」
「んー……――ん? ……あ、ああ!」
画面にアローラのキュウコンが映った瞬間、キバナは両手を叩いた。
「このアローラキュウコン! 思い出した! 十年前のジムチャレ――オレさまが初めて挑んだやつのセミファイナルトーナメント、一回戦で当たった奴だ! そうそう、このアローラキュウコンにてこずらされたんだ……。確か名前は――カルム?」
『申し遅れたが、私の名前はカルム』
まるでキバナに応答したかのように、動画の男――カルムはそう言った。
そして薄く笑ったまま、
『ガラルのチャンピオンは始末させてもらった』
爆弾を投下した。
「……は?」
「なんだって?」
『彼の最後の言葉を聞くといい』
そう言って画面が切り替わった。
「マサル……」
呟いたのがダンデだったかキバナだったか、当人たちにも分からなかった。
地面に寝ころんだマサルは、普段よりずっと分かりやすいふくれっ面をしていた。投げ出された右腕と上半身しか映っていなかったが、見える範囲だけでも血にまみれていて、明らかにポケモンの技を受けたことが窺える。その周囲にあられがパチパチと音を立てて落ちていた。
『――さぁチャンピオン、インタビューといこう。負けた気分はいかがかな?』
厭味な声に、マサルはあまり普段と変わっていないような調子で応答していた。やっぱりどっかズレてるよなコイツ、とキバナは苛立ち紛れに思った。
ダンデが手のひらに爪を食い込ませながら、画面の中のマサルを凝視する。
マサルは誰も見たことのないような真っ赤な顔で吠えていた。
『僕の知ってる強さは……負けても折れない強さだ……っ! 何度目の前が真っ暗になっても、次の道を探し出そうとする強さだ! そういう強い人たちを僕はたくさん知ってる! っ……僕も、そうありたい……だから……だから、“次は負けない”!』
ひび割れた声で張り上げられた叫びを、二人は歯を食いしばって受け止めた。誰のことを言っているのかなどすぐに分かった。
カルムが逆上したようにマサルの手を蹴った。
『次など無い! ここでお前は終わりだ!』
小柄なマサルは簡単に持ち上げられて、湖に放り投げられた。
そして、
『キュウコン、ぜったいれいど』
アローラキュウコンが、マサルの落ちた湖を一瞬で凍りつかせた。
「マサルっ……!」
思わず、といった風情でダンデが声を上げた。キバナの手の中でスマホがびきりと鳴る。ロトムがおずおずと『キバナ、壊れるロト……』と囁いた。
再び画面が切り替わった。色白の男が満足げに微笑んでいる。
ぐるりと画面が動いて、マサルが入っている湖を映した。不純物の少ない澄んだ湖は、凍り付いて動かないマサルの姿を明瞭に見せつけた。
『ご覧いただいた通りだ。ガラルのチャンピオンは沈み、伝説のポケモン・ルギアは私のものとなった! 世界のチャンピオンとなる第一歩に、これ以上相応しいものはない!』
カメラがカルムの方を向く。彼は両手を広げ、歌うように言った。
『世界よ、括目して見よ! 私がすべてを支配する。ポケモンの闘争本能を解放し、
ボールから飛び出てきた白銀の美しいポケモンが、その大きな翼を悠々と広げた。
『エアロブラスト!』
ひゅごぉお、と暴風が吸い込まれる音がして――
――次の瞬間、放たれた空気弾は。
スピーカーの出力の限界を超えた轟音に途方もない威力を引っ付けて、洞窟の天井を貫きなお止まらず、空に突き刺さって雲を吹き飛ばした。
「っ……」
「マジかよ……」
画面越しでもよく分かる。とんでもない威力だ。――これが町に向けて放たれたら、一体どうなることだろう。
『ははははははっ! 素晴らしい! さあ行こう、まずはジョウト、次はカントー、それからガラルだ! 楽しみに待っているといい! ふはははははははっ!』
厭味な高笑いを残して、動画は止まった。
瞬間、ガタンッ、と音を立ててダンデが立ち上がった。
「ちょちょちょちょ、待て待て待て待て!」
そのままズンズン大股で歩き出したダンデの腕を、キバナは慌てて掴んだ。掴んで踏ん張ったが引きずられる。
「待てって、オイコラ! ダンデ! 一旦落ち着け!」
「オレは落ち着いてるぞ!」
「どこがだ! そういうことはオレさまを引きずるのをやめてから言え!」
それでもダンデが止まることはなく、そのまま扉を蹴破るように開けて外に出た。スタッフたちが何事かと二人に注目する。
「聞け、って、この馬鹿! お前が行っちゃ駄目だ!」
「なぜだ?!」
「お前がここを空けたら誰がガラルの人たちの不安に応えんだよ! 結構な人数があれを見てたんだぜ、不安に思うに決まってる! その内テレビも雑誌も取材だなんだって押しかけてくるぞ! その時に『大丈夫です』って言えんのはお前だけだろうが!」
「っ……」
ダンデは奥歯を噛み締めて、しぶしぶ立ち止まった。それでようやくキバナは手を離し、彼の前に躍り出る。自信満々に見えるように、わざと八重歯を見せつけて笑った。
「このキバナさまが行ってきてやるから、ふんぞり返って待ってろよ、委員長さま。チャンピオン救出の瞬間は配信すっから、見逃すんじゃねぇぞ?」
「……」
「あ、そーだ、ネズでも引っ張っていこ。どーせ暇だろ、アイツ」
「キバナ」
ダンデは腰からボールを外して、差し出した。
リザードンが入っているボールだ。
「コイツを連れていってくれ。心配しているから……」
「……わかった」
「君に、任せるぞ」
「ああ、任せろ」
「気を付けて」
「おう」
「道に迷うなよ」
「お前じゃねぇんだから」
キバナはまったく気負っていない風の笑顔を浮かべ、「じゃな!」と手を振りながら駆け出した。
――ダンデに背を向けた瞬間、その表情は一変した。
(……許せねぇな。いや――)
元々大きい一歩がさらに大きくなる。
(――許さない!)
マサルの叫びが耳の奥に残っている。次は負けない。同じ言葉をキバナは何度吠えただろうか。――そこから“次”を奪った男を、許してなどやるものか。叫びが風を呼び魂の奥底が燃え上がる。
さっそくタワーの根元に集まってきていた取材陣が押しかけてきたのを、「詳細はぜーんぶオーナーにお願いしまーす!」と軽々躱して、キバナはフライゴンに飛び乗った。