マサル、ジョウトへ行くってよ。   作:井ノ下功

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閑話:りゅうのまい

 

「ネズ! ネズ!! 四十秒で仕度しろ、行くぞ!」

 

 フライゴンに乗ったまま飛び込んできた嵐の男は、そう言うが早いかネズの首根っこを引っ掴んでリザードンの背中に放り投げた。

 それで、気が付いたらジョウトの上空だ。

 

(まぁ、いいんですけどね……)

 

 胸糞悪い動画を見た直後だったから、飛び出すことに異存はなかった。

 

(マリィも心配してましたし。ったく、マリィに心配させるとは、はた迷惑な男ですね)

 

 心中で吐き捨てるように思いながら、自分を乗せているリザードンの背中を見る。彼の胸中が怒りで満たされていることは手持ちでなくともわかった。

 触れた背中は熱く、ぴりぴりと緊張感を纏っている。

 

「――まさか、ダンデのリザードンに乗る日が来るとは思ってませんでした……」

「あぁ? んだってぇ?!」

「なんでもねぇですよっ!」

 

 ネズはキバナに向かって大声で怒鳴り返した。そうでもしないと声が掻き消されるのだ。

 

「っとに、ノイジーな……」

 

 舌を打って、持っていかれそうになる髪の毛を手で押さえる。

 ジョウトの上空はすさまじい嵐だった。風が渦巻き、横殴りの雨が肌を打つ。眼下の海は荒れ狂い、この距離でもわかるほど高い白波が立っていた。時間的には昼間のはずなのに、分厚い雲が地上に影を落としているせいで、とてもそうとは思えない。

 自分だけちゃっかり防塵ゴーグルを装備しているキバナが、スマホを片手に叫んだ。

 

「オーイ! ネズ! この嵐なぁ、ルギアってポケモンのせいらしいぜぇっ!」

「そぉーですか!」

「でぇ! ネット民の情報だと! マサルがやられたのはうずまき島ってとこらしい!」

 

 と言いながら、キバナは長い手で豪雨に霞む島を指差した。

 

「あそこだってよっ!」

「そーでっ、すっ、かあっ、あああああああーっ!」

 

 言い返す間も無く、リザードンが勝手に舵を切った。

 突然の急降下に悲鳴を上げるネズ。それがあっと言う間に遠退いていくのを、キバナはひらひらと手を振りながら見送った。

 

「――そんじゃ、オレさまはこっちだな。いくぜフライゴン!」

 

 嵐に乗るのは大得意だ。まるでそよ風の中を進むかのようにすいすいと、キバナたちは嵐の中心へと飛び込んでいった。

 果敢に報道を続けているテレビ局のヘリコプターへひらひらと手を振りながら、泳ぐようにして湾岸に近付く。ポケモンの技同士がぶつかり合って閃光が散っていた。

 

(おー、いたいた。アイツがルギアか。……けっこうでけぇな)

 

 ルギアの姿を目視する。アイツが翼を一振りするたびに、風がいっそう唸りを上げた。聞いた話の通りだ。深海を統べ嵐を呼ぶポケモン。

 ジョウトのジムリーダーたちが数人、その前に立ちはだかっていた。しかしルギアの大技に加えて多数のロケット団員の攻撃があり、形勢は不利なようだった。昨晩から夜通し戦っているのだとしたら善戦していると言えるかもしれないが、そろそろ限界だろう。

 キバナは目を凝らして――見つけた。

 

「……アレか」

 

 カルム。アレが、マサルをひどい目に遭わせた男。

 覚えず牙を剥き出しにしてしまった。それに呼応するようにフライゴンが翼を打つ。一気に下降して戦場に急接近。

 

「よーっし、行くぜぇフライゴン――とんぼがえり!」

 

 キバナはパッと飛び降りた。フライゴンがぐるんと宙を舞って、ルギアの腹に頭を突き刺す。

 大きな呻き声を背中で聞きながら、キバナは砂浜に着地した。

 

「ナイス、フライゴン! んでもって、いってこい、サダイジャ!」

 

 こうかばつぐんの技をくらって、砂浜に降りたルギアの足元に。

 サダイジャは鎌首をもたげて、吠えた。

 

「すなじごく!」

 

 ガクンッ、とルギアの巨体が傾いた。砂浜が渦を巻きながら陥没し、それに足を取られたのだ。

 

(これでしばらく、アイツはこの場に釘づけだ。その間に――)

 

「あの、あなたは?!」

 

 声を掛けられて、キバナは振り返った。ハガネールに乗った女性が、警戒するような目でこちらを見ている。

 

「んぁ? あー、オレさまはキバナ! ガラル地方、ナックルシティのジムリーダーだ!」

「ガラルの……!」

「そう! うちのチャンピオンが世話んなったみてぇだからな! 助太刀だ! そういうわけなんで――」

 

 話しながら、キバナはボールを投げる。

 飛び出したフライゴンが急旋回し、サダイジャに襲い掛かろうとしていたオーロンゲを掴んで投げ飛ばした。

 

「――てめぇの相手はこのキバナさまが務めるぜ! カルム!」

「……っ!」

 

 キバナの鋭い目を真正面から受け止めて、カルムは苦々しげに舌を打った。

 


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