「なぜ貴様がここにいる、キバナ!」
「なぜってそりゃお前、ご丁寧にご報告いただいたからなぁ! うちのチャンピオンを随分と可愛がってくれたみてぇじゃねえか! そのお礼を言いに、わざわざ来てやったんだろうがよ! ――フライゴン!」
キバナが腕を振り上げた。
「吹けよ風、呼べよすなあらし!」
「ふりぁああああっ!」
「っ!」
フライゴンが周囲をぐるりと一周し、その軌跡に沿うようにして砂嵐が発生した。ルギアの呼んだ雨が強制的に押し返され、乾いた風が二人を包む。
完全に包囲されたのを見て、カルムは鼻を鳴らした。
「デスマッチでも気取るつもりか? 愚かしい――貴様の対策などとうにしてある!」
回復させておいたバリコオルをボールから出す。
「バリコオル、あられ――」
「とんぼがえり!」
技が発動するより早く、フライゴンがバリコオルに突っ込んだ。弾き飛ばされたバリコオルは渦を巻く砂嵐に巻き込まれて、空まで放り投げられると、
「っ!」
砂浜の上に落ちた。
キバナが歯を剥き出しにして笑う。
「本物のバトル、つったっけ? いいぜ、乗ってやるよ。――だが、覚悟しろよ。オレはマサルほどお行儀よくねぇからな!」
カルムは歯を食いしばった。十年前のトラウマがフラッシュバックする。キュウコン以外はほとんど一撃で倒されてしまって、なすすべもなく無様に敗北した記憶――あの時もこの男は、目を爛々と輝かせ牙を剥き出しにして、こちらを見据えていた!
カルムは忌まわしい記憶を掻き消すように頭を振って、猛々しく笑った。猛り狂う胸中とは裏腹に、脳味噌は冷え切っている。
「……これほど早くやり返す機会に恵まれるとはな! わざわざ倒されに来たその蛮勇、褒めてやろう! 光栄に思え――そして惨めに散るがいい! いけ、オーロンゲ、ミミッキュ!」
「行くぜオレさまの相棒たちよ! バクガメス! ヌメルゴン!」
同時に放たれた四体のポケモンが、砂嵐のリンクの中央でぶつかり合った。
「ヘドロばくだん!」
ヌメルゴンの放った攻撃はオーロンゲに直撃し、体力を一気に削り落とした。こうかばつぐんの技に加えて、もともとフライゴンから受けたダメージがあったのだ。
カルムは即座にオーロンゲを交代させながら、
「ミミッキュ、じゃれつく!」
狙ったのはバクガメスだ。先にこちらを落とさないと、後に差し障る。
飛びかかったミミッキュをバクガメスは甲羅で受け止め――次の瞬間、甲羅が爆発した。
「っ?!」
「トラップシェル、だぜ!」
キバナは得意げにニヤリと笑い、腕を振った。
「仕留めるぞヌメルゴン、ハイドロ――」
「マタドガス! ワンダースチーム!」
顔面に吹きかけられたピンク色の煙に、ヌメルゴンは足元を狂わされた。あらぬ方向へ飛んでいったハイドロポンプが砂嵐に吸い込まれて消える。
その隙に、
「ミミッキュ、いたみわけ! ――決めろ、シャドークロー!」
ばけのかわの下から飛び出た鋭い爪がバクガメスを切り裂いた。急所に当たったらしい。戦闘不能。
「見たかキバナ! 十年前と同じようには行かせないぞ! 貴様のように、ただ闇雲に再戦を繰り返すだけの愚か者とは違うのだ!」
――キバナはその目に、挑むのをやめたIFの自分を見た――
即座に余計な感傷を振り払う。ルール無用の
「ヌメルゴン、ヘドロばくだん!」
煙を振り払ったヌメルゴンが、ミミッキュを戦闘不能に追いやった。そして、キバナを守るようにマタドガスと向かい合う。紫色の滑らかな背中が、自分と同じようにぴりぴりと緊張感をまとっているのを感じながら、キバナは声を張り上げた。
「誰が愚か者だって?!」
「貴様だ! 勝てもしないのにいつまでも挑み続けて! まだ無駄だと分からないのか?!」
「無駄ァ?! 何が!」
キバナは両手を広げ、獰猛に笑った。
「オレさまの人生はこんなに輝いてんのに?!」
「っ……この、ドМ野郎!」
「何とでも言え! 一回の敗北で心折れたてめぇに、あれこれ言われる筋合いはねぇよ! まして他人の“次”を奪う権利なんて、世界の神が許そうともこのキバナさまが許さねぇっ!」
トレーナーの叫びに呼応して、ヌメルゴンが咆哮した。
カルムは思わず半歩下がって――その足を無理やり前に出す。
「ヌメルゴン、かみなり!」
「パッチルドン、つららおとし!」
同時に炸裂した技がリングの中央で相殺された。
その衝撃で舞い上がった砂煙に紛れ、マタドガスが接近する。
「マタドガス、ワンダースチーム!」
「っ!」
ヌメルゴンが倒れたのを見て、キバナは即座にボールを放った。
「フライゴン! 遠慮はいらねぇ、ぶちかませ! ――じしん!」
ズドンッ、と、強烈な揺れが全員を襲った。砂浜の一部が崩れ、流れ込んできた海水が足元を濡らす。技の一番外側にいながら、キバナもカルムも膝をついた。中央で最も強い衝撃を受けたパッチルドンが力なく倒れ――
――キバナは目を見開いた。
「っ、しまった、“ふゆう”か!」
「マタドガス、ワンダースチーム!」
技の矛先がキバナに向いているのを見て、すかさずフライゴンが滑り込んできた。煙の直撃を受けて翼を折る。
「悪ぃ、フライゴン! ゆっくり休んでくれ……!」
キバナは距離を取りながら、倒れたフライゴンをボールに戻した。
「ふっ、ははっ、これで終わりか?!」
「まさか!」
キバナは一笑に付した。
「一気に決めさせてもらうぜ――コータス!」
コータスはどすん、と両足を湿った砂に埋めた。途端に砂嵐が掻き消えて、頭上に晴天が広がる。
特性・ひでり。
太陽の光を燦々と浴びて、コータスの背負った熱が高まっていく。足元の水が音を立てて蒸発し、コータスのすぐ後ろに立ったキバナの姿が陽炎のように揺らいだ。
「キュウコン、こおりのつぶて! マタドガス、ヘドロばくだん!」
焦ったように下された指示は、しかしどちらも大した意味を持たなかった。氷の塊は届く前に溶けきって落ちた。直撃した毒の塊はコータスを止めるほどの威力を持っておらず、飛沫の二、三滴を肌に受けたキバナも微動だにしなかった。
雄たけびのように指示を出す。
「焼き尽くせ――ふんえん!」
炎をまとった爆風が砂上を蹂躙した。
「おおおおおあああああああっ!」
カルムの絶叫が炎の向こう側に消える。砂浜を侵食していた海水が一気に吹き飛んだ。
――やがて、熱風が収まった時。
「ぜったいれいどのお返しにしちゃ、優しいもんだろ?」
砂に両手をついたカルムに向かって、キバナはにっこりと笑いながらそう言った。
カルムはそれほど怪我をしていなかった。ポケモンが庇ったらしい。そうしてもらえるだけの愛情は注いでいたということだろう。
(……ま、とっととお縄についてもらうとするか)
キバナはゆっくりと彼に近付いていった。
その時。
「っ……まだだ! まだ終わっていないぞ! キュウコン!」
「?!」
確実に仕留めたと思っていたキュウコンがよろめきながらも立ち上がった。気力だけで踏ん張ったらしい。
「こおりのつぶて!」
「コータス――」
――だが、氷の塊は明後日の方向へと飛んでいった。
ルギアを押しとどめていたサダイジャの方へ。
「やっべ!」
奇襲を受けて、今まで踏ん張っていたサダイジャは倒れ伏した。すなじごくが切れる。解放されたルギアが苛立ったような声を上げながら、翼を打ち浮かび上がった。再び空が嵐に。
「負けない……私は負けないぞ! ルギア、エアロブラスト!」
ひゅごおおおっ、と嵐がその口に吸い込まれて――
――放たれた。