三度寝までして夕方に起きたような気分で、マサルは目を覚ました。寝すぎて眠い感覚の中で、ぼやけた視界を掴もうと瞬きを繰り返す。
やがて腹の辺りがじんわりと温かいことに気が付くと、それ以外の体の冷たさと重たさにびっくりした。動かそうと思っても動かせないほど、全身がだるくて痛い。
「マサル、頭は大丈夫ですか」
白と黒のボーダーが見えた。この色、この形――トゲトゲ――
「マサル?」
「……しゃべる……タチフサグマ……バズる……?」
「駄目そうですね。わかりました。まぁもうしばらくそのまま寝てやがれってんですよ。どうせ君がポケモンをボールに戻さねーと、移動も出来ねぇんでした」
「……あー」
その言葉で思い出した。意識が急速に戻ってくる。
「……負けた……」
悔しさと申し訳なさで胸がいっぱいになった。体が動くのなら胸を掻きむしって暴れ回りたかった。そうでもしないと今胸に詰まっている黒い塊がどんどん大きくなっていって、自分が飲み込まれてしまうような恐怖があった。
「あの人にだけは、負けたくなかったのに……」
「……今頃キバナがかたきうちしてますよ」
「キバナさんが……? ていうか、あれ? ネズさん?」
「ようやくまともになりやがりましたね。ああ、起き上がんな。無理しぇんで、横んなっとけ」
ネズだけでなくリザードンにも押さえこまれて、マサルは大人しく力を抜いた。
「リザードン……お前、ダンデさんの?」
低い唸り声が肯定した。
「そっか……心配させたんだな……」
そう言った瞬間、目の前が滲んだ。
「だめ、だ、僕……」
涙があふれてきたことがまた余計に悔しかった。
(心配かけた――心配も迷惑もいっぱいいっぱいかけた! 負けたせいだ、弱いせいだ! 僕がまだ弱いから――ポケモンたちだって、ちゃんと戦えなかった――僕を気遣って、庇ったせいで――……悔しい。悔しい!)
負けたことも、失敗したことも、等しく悔しくて。
でもそれ以上に、心配をかけてばかりいる自分の情けなさに、胸の奥がキンと凍り付いた。
「もっと、強くならなきゃ……っ、こん、な、ふ、っに……心配、かけない、ように……っ!」
「――それは無理ですよ、マサル」
「えっ……?」
ネズの骨ばった手が、マサルのおでこをぺしぺしと叩いた。
「どんだけ強くなったところで、心配はされるもんです。俺はいくつになったってマリィのことが心配でたまんねーですし、ダンデとホップが互いを気に掛けなくなる日が来るとは思えねーでしょう? キバナの野郎は、一度も勝ててねぇくせにダンデの心配をしやがる。慣れねー仕事で疲れてる、なんつって」
マサルは鼻を啜り上げて、ネズの方に首を傾けた。アイスブルーの瞳がマサルを真っ直ぐに見返す。
「心配する、ってのに、強いも弱いも関係ねーんですよ。歳も格も関係ねぇ。それは、ただその人を失いたくない――大切だから失われてほしくない、っつー“愛情”なんですから」
ネズは淡々とした調子で続けた。
「だから、強くなることと心配されなくなることは、別モンなんですよ。君が誰からも心配されなくなるってことはありえねぇと思います。……そんだけ愛されてるってことを、ちゃんと受け止めて、ドーンと返してやりんしゃい!」
強くなるってのはそういうことだと俺は思いますがね――そう言って、ネズは珍しく微笑んだ。いつもしかめっ面で無愛想な彼の笑顔と、無骨だがシンプルな言葉は、マサルの心にすんなりと染み込んだ。
氷が溶ける。
「……今の、動画に撮っておけばよかった」
「はぁ?! 晒し者にする気ですか!」
「だってせっかく良いこと聞いたのに、忘れちゃったらもったいないじゃないですか」
マサルはへにゃりと笑った。
「ありがとうございます、ネズさん」
「どーいたしまして」
それからゆっくりと起き上がる。傷は痛んだし、上手く動かせないところもあちこちにあったが、さっきまでよりはずっと良かった。
心配そうにこちらを窺ってきたリザードンの頭を抱き締める。
「ありがとう、リザードン。君が来てくれて嬉しいよ」
「君、ポケモンに対しての方が素直じゃないですか?」
「え? ネズさんもハグしてほしいですか?」
「嘘です結構ですやめてください。やめろって!」
ネズの拒否を拒否してマサルはひょいと飛び付いた。怪我人を強く押しのけることが出来なくて、ネズは
薄い胸板に額をこすりつけて、マサルはぼそりと呟いた。
「来てくれてありがとうございます。……僕、死にたくなかった……」
「……誰だってそうですよ」
ネズはマサルの肩を軽く叩くと、マサルごと立ち上がった。
「立てますか?」
「うん、大丈夫」
マサルは自分の足でしっかりと立った。
「実際のところ、君を助けたのは俺らじゃねぇんですよ。あのポケモンです」
「え?」
ネズが指さした方向を見ると、そこには大きな朱色の鳥ポケモンが、悠然とした佇まいで岩場に止まっていた。
その輝かしい虹色に、マサルの目は釘付けになった。
「外にいんのがルギアだって話でしたから、おそらく――ホウオウ?」
「ホウオウ……」
マサルの呟きを聞き取ったかのように、ホウオウがその翼をばさりと広げた。
そしてマサルの目の前に降り立ち、首を下げる。
その大きな瞳の中に自分が映り込んだ。ホウオウの目を通してマサルは傷付いた自分の姿を見る。顔色は悪くて、全身は乾いた血と泥で汚れていて、帽子もない。ひどい姿だ。
けれど、思っていたほど、表情は暗くなかった。
ホウオウがわずかに体を揺らして、低く囁いた。
――――。
「……わかった、一緒に戦おう!」
「はぁっ?!」
大声を上げたネズを無視して、マサルはよたよたと自分の手持ちたちをボールに収めて回った。
(お疲れさま、みんな。……ごめんね。あとは僕が頑張るから、ゆっくり休んでて)
最後にカバンを拾って、ちゃんとジッパーを閉めて背負う。
「ちょ、マサル、本気で行くつもりですか?!」
「うん! あ、でも、ちょっとヤバイかもしれないんで、ネズさんも来てくれませんか?」
「それは別にいいですけど……」
「よろしくお願いします!」
ホウオウはマサルのために体勢を低くしてくれた。
「ん、と……――わ、ありがとうリザードン!」
リザードンが押し上げてくれて、どうにかよじ登ることに成功する。ホウオウの上から手を伸ばしてリザードンを撫でると、彼は鼻から息を吐いた。
(ったく仕方がないな――って感じかな?)
「リザードンもよろしくね」
「ばぎゅあ!」
「よーし、それじゃあ行こうか! ホウオウ!」
マサルの指示に短く答え、ホウオウが翼を広げた。
大穴から見えるうずまき島の上空は、見事に晴れ渡っていた。
おかえり主人公!!
ネズさんの目の色よくわからんかったごめんなさい!!