マサル、ジョウトへ行くってよ。   作:井ノ下功

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せいなるほのお−3

 マサルが病室で目を覚ました時には、すべてに幕が下りていた。

 カルムは逮捕され、ロケット団は壊滅。

 何度となく襲撃を受けてきたジョウトの町々は、慣れた様子であっと言う間に復興を進めていった。もうほとんど直っているらしい。たくましいものである。

 

 マサルが起きるのを、ベッドの脇でキバナが待ち構えていた。その顔にいかくされたような気がして、マサルは恐る恐る声を出した。

 

「あの、キバナさん……」

「おっまえこの馬鹿!」

「ひえっ」

「どれだけ心配させれば気が済むんだよア゛ァ?! それともなんだ、心労でダンデを殺す計画か?! 良い度胸だなァその前にオレさまが殺してやるよ!」

「痛い痛い痛い痛い、背ぇ縮んじゃう! 背ぇ縮んじゃうって!」

 

 頭にドラゴンクローをかまされて、マサルは涙目になりながら抗議した。

 ネズが「一応怪我人ですよ」といさめてくれなかったら、身長が半分になるまで手を離さなかったかもしれない。

 キバナは腕を組んでそっぽを向いた。

 

「ったく……」

「……ごめんなさい、キバナさん。迷惑も、心配もかけました……」

「そーだな、本っ当に」

「ごめんなさい……」

 

 マサルは一旦うなだれたが、がんばって顔を上げた。

 

「でも、あの――助けに来てくれて、ありがとうございます。本当に、助かりました……ありがとうございました」

 

 素直に下げられた頭を、キバナはちょっとだけ見詰めた。

 

「――っし、じゃあ、報告しとこうぜ!」

「報告?」

「heyロトム! ポケスタ生配信開始だ!」

『了解ロト~!』

「ええっ?!」

 

 びっくりして固まったマサルをすっぱり無視して、キバナはカメラに手を振った。

 

「よお、みんな! キバナさまのチャンネルだぜ! 今日はジョウトから配信するぞ! ゲストは最近話題のお騒がせチャンピオン様、マサルだ! オラ!」

「こ、こんにちは……?」

 

 キバナに背中を叩かれて、マサルは引き攣った笑顔で挨拶をした。

 

「ショッキングな映像が世界中に流されちまったけど、本人はこの通り、ぴんぴんしてるぜ。まぁそれもこれも、このキバナさまとおまけのネズのおかげなんだけどな!」

「おまけってなんですかおまけって」

「じゃ、チャンピオンからみんなへメッセージだ!」

「え?! ちょ、聞いてないですよキバナさん!」

 

 マサルは狼狽えてキバナを見た。が、キバナは愉快げに笑ったままカメラの向こう側に行ってしまって、何も言わない。ネズの方を見ても、その目は“がんばれ”としか言っていない。

 頭を掻きながら、マサルは考え考え口を開いた。

 

「えーと……その……ご、ご心配をおかけしました……すみませんでした」

「……オイオイ、それだけか?」

「うっ……うーんと……」

 

 キバナの煽りに顔をしかめる。

 

「自分でも嫌になるんですけど、負け、ました……ので、その……もう一回、色々と考えながら、やり直してみたいなって思っています」

「やり直すって――お前――」

「ハロンタウンからシュートシティまで、ジムチャレの道順でもう一回、自分の足だけで歩いてみようかなー、なんて思ってるんですけど……」

「……ああ、そういう。ハハッ、いいんじゃねぇの? ついでにジムリーダーたちと一戦ずつしていけよ」

「えっ?!」

「嫌か?」

「いや、嫌ではないです。むしろ嬉しい……いいんですか? それじゃあご褒美になっちゃいますよ?」

「お前、そーいうところだぜ……」

 

 呆れたように笑いながら、キバナが隣に戻ってきた。

 

「ま、でもそれ、けっこう良い企画じゃねぇ? ガラル一周懺悔の旅。生配信しながらやれよ。ジムリたちとガチバトルして、勝つまで先に進めないってルールでさ。ラストはバトルタワーでのオーナー戦! よくね?」

「いや、マジでご褒美なんですけど……」

「んじゃ、ペナルティとして、“ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ファンサもバトルも喜んでやります”って書いたタスキつけて歩けよ」

「え、はっず」

「ペナルティだからな!」

 

 キバナはカメラに向き直った。

 

「見てるかダンデ! そういうことだから! また連絡するぜ!」

「あっ、ダンデさんに連絡してなかった! ロトム~!」

「馬っ鹿お前、そういうのは後にしろよ。っつーかお前のスマホ、今修理中だぜ」

「マジですか?!」

「そりゃ、ぜったいれいどをくらう想定で作ってあるスマホなんてねぇだろ」

「そんなぁ……」

「ったく、呑気なもんだぜ。――この通り、チャンピオンは健在だから、安心してくれ。心配してくれたみんな、ありがとな!」

「あっ、ありがとうございました! すみませんでした!」

「じゃあまた配信するぜ。おら、ネズ、お前も入れ!」

「ええ~……」

「まったなぁ~!」

 

 しぶしぶ入ってきたネズと三人で画面に向かって手を振って、キバナは配信を止めた。

 瞬間、『ダンデから電話ロト~』の声。

 

「さっそくか。――よお、ダンデ。見てたか? ――おう。分かった。マサル、代われってよ」

 

 マサルはびくりと肩をこわばらせた。きっと怒られる。けれど出ないわけにはいかない。

 ひとつ深呼吸をして、それからスマホを受け取った。

 

「……もしもし、マサルです」

『……』

 

 不気味な沈黙に底知れない恐怖を覚えて、マサルはとにかく謝ろうとした。

 

「あの、ダンデさん、僕――」

『うん。オレはバトルタワーで待ってるぞ』

「え?」

『ハロンタウンから出発して――今の君なら、三ヶ月くらいで来れるんじゃないか? それ以上は待てないからな。なるべく急いでくれ』

「っ……」

 

 泣くつもりなんて欠片もなかったのに、涙が溢れ出てきた。スマホを耳に当てたまま、膝に顔をうずめる。――意地を張って“心配なんか”と思ったことが思い出されて、死にたくなった。同時に、死ななくて良かったと思った。また戦える――まだ戦える。大好きなポケモンたちと、大好きな人たちと、思いっ切り競い合える。

 それが、何よりも嬉しかった。

 何よりも嬉しいと思っていることを理解してもらえたことが、さらに嬉しかった。

 

『また一回り強くなった君と戦えるのが、今から楽しみで仕方ないぞ!』

「……はいっ。ありがとうございます、ダンデさん……っ!」

 

 できるだけ声が震えないようにしたつもりだったが、きっと見透かされているだろう。けれどダンデは何も気付かなかったように、『キバナに戻してくれ』と言った。

 マサルはしゃくりあげるのをこらえながら、キバナにスマホを返した。キバナは「おいダンデ、オレさまとも勝負しろよ。いい戦法思い付いた――あぁ? 明日? それは駄目だ、せっかくだからちょっと観光してから帰りてぇ。ワタルさんとも戦いたいし――ズルいとかいうな。お前は戦ったことあるだろ?!」なんてごちゃごちゃ言い合い始めた。

 それを横目に、マサルは大きく伸びをして、ベッドに横たわった。

 

(はぁー……なんか、お父さんのこととかどうでもよくなっちゃったな)

 

 本来の目的をすっかり見失っていた。けれど、それももはやどうでもいい。

 通話を終えたキバナが目を輝かせながら振り返った。

 

「なぁ、お前らも観光してから帰るだろ?」

「はぁ? 嫌ですよ。マリィが待ってますから」

「そのマリィちゃんにお土産のひとつも持っていかなくていいのかよ」

「むっ、それは駄目ですね……」

「だろ? まぁ付き合えって。マサル、お前の退院明日だったよな。お礼参りをかねてジョウト一周するぞ。この地方のジムはガラルと違って、シーズン関係なく挑戦させてくれるらしいから、三人で制覇しようぜ!」

「ただの道場荒らしじゃねーか……」

「交流試合って言えよ、交流試合! 非公式のな!」

 

 キバナがけらけらと笑う。ネズは嫌そうに顔をしかめたが、存外満更でもなさそうだ。

 マサルは胸の中を満たす温かな空気の名前を知らなかった。けれど、それが決して手放してはいけないものだと――そして、この数日のうちに失いかけたものだと――いうことだけは理解できた。

 

(今そばにいてくれる人を大切にする方が、ずっと重要だよね)

 

 ルギアとホウオウが作った虹が、まだ青空に架かっている。それを窓ガラス越しに見上げて、マサルはいつものようにへにゃりと笑うと、二人の方を振り向いた。

 

「いいですねソレ! 最高です!」

 

 

 

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